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ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

諸行無常の日々をことばを通して世界中の人々と心が通い合う瞬間が何よりの幸せ!に感じる日本語教師の他愛のない日常。只今、ブラジルにて修行中。

先月の29日に行われたパラナ州アマチュアカラオケ大会。


昨年9月に初めて、カラオケ大会を目にしたとき、これぞ「日系文化!!」と肌で感じ、早9ヶ月。

私の任地で行われた今回の大会。


この日はまた多くのもの、琴線に触れることば、瞬間に出会うことができました。



司会は2名の大先輩の方とさせていただいたのですが、合間に色々なお話が聞けました。

カラオケ全伯大会でも司会を務めてらっしゃる2世のYさん。

Yさんに日系社会への思いをぽつりと。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

「10年、20年後には同じようにはカラオケはなくなっているかもしれない。日本語を話せる人も。だからこそ、今、できるうちにつなげていきたい。カラオケを通して、日本の文化を少しでも伝えていきたい。」


70を超えていらっしゃるYさん。


ご両親のふるさと熊本を訪ねた時に、何と天候不良のために宮崎に飛行機が降り立ち、思いがけず、宮崎を観光されたそうで、タクシーの運転手に案内してもらい、おみやげまで買ってもらったそうです。


「南の人はあったかいね。」と言っていただき、宮崎人として、嬉しく思います!!


一口にカラオケと言っても、日本でのカラオケと意味、意義が一味も二味も違います。

日本語も同じ。継承語としての日本語。

継承文化としてのカラオケ。


うむむ、深い!!


こちらはACEPのカラオケクラブの一人Nさん。↓


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)



ポルトガルの血をひくNさんは日本が好きで、ご自分で日本語を勉強されたそうで、上手に日本語をお話になります。



かつて、日本人の恋人がいたそうで、結局、結婚はされなかったそうですが、その時のNさんの表現ががっしっと私の心を掴みました!!


「指輪まではめたけど、結婚せんかった。」



いや~、何だか切ない・・・!!!


「指輪をはめた」という言い回しが、何とも言えません><

しかも「指輪まで・・・」というこの表現がまたもや、切なさを倍増させます!!


ちなみにNさんは三田明の「美しい10代」を熱唱されました。



そんなこんなで、無事にカラオケ大会が終了。




そして、この「切ない」感じ、至る所で感じました。


舞台上で日本語で日本語の歌を歌う日系人の皆様。Nさんのようにブラジル人も。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

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ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
確かに高齢化を迎え、10年後、20年後はもうなくなるかもしれないカラオケ大会。



でも、今、つなげようと一生懸命日本語の歌を歌い続ける人々がいる。

しかも、真剣度合いが違う!

歌にかける情熱が!!



ここには確かに日系文化がある。



今、正に過渡期の日系社会。2世の高齢者の皆様が歌にこめる思い。

親御さんへの思い、行ったことのないふるさと、日本への思い。


会場の脇で売られる日本食品を手に取る2世のおばあちゃんの手までもが、

切なく、胸がぎゅっと締めつけられました。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

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「切ない・・・残したいなあ・・・」


と思うのは日本から来た1世の私の傲慢な考えでしょうか。


あれこれ、思いを思い巡らせた1日となりました。




4月29日のこの日、2世の皆様は「天長節」とおっしゃいます。

昭和天皇の誕生日のこの日、戦前の言い方が残っているのです、ここブラジルでは。


恥ずかしながら11月3日文化の日が、明治の天長節だったこと、ブラジルに来るまで、知りませんでした・・・

日系社会に来たからこそ始めて知る日本の姿。

特に戦前の日本。


やはり日本の敗戦は大きく運命を変えたんだなと今、ここに来て、実感を持って思います。


一般的にそう言われていますが、戦後の生まれの私には「そうなんだ~。」と思うだけで、この「実感」は今まで、なかったのです。でも、ここでは痛いほど、感じる。

日本人の運命もブラジルにいる日系人の運命も。


そして、5月は母の日の行事、太鼓の発表会と5月は行事が続きます。



会館の裏で。出番が近くなってくると、みなさま外に出て、喉の調子を整えていらっしゃいました。

その後姿にも郷愁が漂っていました。

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

初秋のブラジル。(*私の住むパラナ州はブラジル南部に位置し、四季があります。)

朝晩は滅法、冷えてきました。


日本は相撲も夏場所の千秋楽を迎え、初夏のにほいがしている頃でせう。


私の住むコルネリオプロコピオは毎日、カフェ(コーヒー)のかほりをのせた秋風が吹いております。

コーヒー好きにはたまりません!



さて、4月、5月は行事が目白押しのACEP(私の働く日系人団体)でした。



先ずは・・・


☆パラナ州アマチュアカラオケ大会(4月22日〈日〉)


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この日のために金曜日から会場の準備。合間をぬって太鼓の練習。


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日系社会ではカラオケが盛んで、毎週のようにどこかで、大会が行われています。

今回は配属先で開催されるという事で、司会をさせていただくことに。そして、新人部門(デビューしたての歌手のような名前ですね笑)で出場しました!


カラオケ大会では年齢と歌の種類と経験年数でカテゴリアが分かれています。


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皆様、衣装にも力が入っておられました!



この日は6時半から母の会(婦人会)の皆様と朝ごはんとお昼ごはんとお弁当作り。


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この日のために大分は別府ご出身のNさんにお着物をお借りしたのですが、ずっしりとNさんの人生の重みを全身に受け、この1日を過ごしました。



Nさんは80歳。19歳の時分に、おばさんに作っていただいたそうで、

移民する時に一緒に持ってこられたそうです。


写真↓同じ、九州出身で1世のNさん。


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大会も終盤にいよいよ私の順番が回ってきました。



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草履は結婚式で履いたものだそうで、ずっしりNさんが海を渡ってきた人生の重みをずっしり感じながら、歌わせていただきました。



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カラオケクラブの皆様と。着付けもしていただきました。


貴重なお着物を着せていただき、本当に貴重な経験をさせていただきました。

そして、任地の方々の多くのご声援もいただき、舞台袖に戻った私は涙してしまいました。

まさに新人歌手のように!


新人部門で出場した私は、優勝させていただきました!

それもこれも新人部門での出場者は私一人のみでしたので(笑)・・・


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お父様が日本に出稼ぎに行っていて10数年、日本に住んでいたYさんと。



この日は実に琴線に触れる多くの瞬間、言葉にも出会えたことも、涙を後押ししたのかもしれません。


つづく



腹ごしらえをし、カラオケを楽しみ、身も心も満たされたところで、ラ・コルメナ市民の水の源泉地へ。

トラックの荷台に乗り、パラグアイの赤土を行く。


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宮崎で過ごした子ども時代を思い出した。


同期のMちゃんも同じ宮崎出身で、コルメナに着たばかりの頃、コルメナの景色が宮崎に見えていたそうで。

納得!


きっとここに入植された移民の方々も遠く日本の風景を重ねたに違いない。


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源泉に行くまでは途中、車を止め、歩かなければならない。

30分(いや、もっとだったかな)は歩いただろうか。


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途中、猛毒を持つタランチュラのつがいに遭遇!


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カメラに捕らえようとする同期たち。
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中央にタランチュラ!ご確認いただけただろうか。


そんなハプニング?にも見舞われながら、源泉に到着!!



目の前に広がる景色は日本の田舎のよう。



ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


マイナスイオンを体に吸い込ませ、荷台に乗り込み、帰途へ。

途中、こんな看板に遭遇。


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日本語がある!

さすが、パラグアイ初の移住地。


その後、Mちゃんの働く日本語学校へ。


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公民館と同じ敷地内に日本語学校がある。
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パラグアイの日本語学校はブラジルと違って「学校」としての色が強い。

朝の会から(Mちゃんの学校は午後からなので、昼の会を行っている)教室の掃除当番、日直などもあったりする。

ブラジルではもはや週1の語学学校になっているが、パラグアイは毎日、若しくは週に3回通って、子供たちは日本語を勉強している。


かつて、ブラジルの日本語学校もそうであったように。

パラグアイの日系社会は1,2世代ブラジルより若い。

やはり世代が移り変わっていけば、いつかブラジルの日系社会のようになるのかもしれないが、このまま何とか続けてほしい!と願っている。


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とてつもなく、仕事をしている!Mちゃん。


そして、学校の周りを散策。


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街の中心になる公園にはラ・コルメナ移住地に貢献した移民達の像が建ち、その周りに多くのパラグアイ人が憩っていた。この図、とても感慨深いものがあった。


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日が暮れて、空がオレンジ色に焼けてきた。

Mちゃんが遠くに見える山を指して、


「あの山が富士山に見えて、日系移民はこの地に移住することを決めた」

と教えてくれた。


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写真中央に見える山。


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胸が震えた。夕日に歴史の重みが擦り込まれてるかのように、山は夕日を背に受け、聳え立っていた。



一口に日系社会と言っても、国、まして同じくにでも街によってもそれぞれの歴史が刻まれている。


やはりその土地の文脈を知らなければ、その土地で生きてゆかれない。

改めて、任地コルネリオプロコピオの日系史に向き合おうと切に思った。


たった2泊3日の滞在だったが、時間以上の収穫を得ることができた。

それも同期のみんなと現地の方々のおかげである。


心から感謝!


本当にありがとう!!


おまけ。


ラ・コルメナから帰るの日の朝、バスターミナルにて、見たもの。


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テレレと呼ばれる薬草を煎じて飲むお茶。


パラグアイではどこでもテレレを飲む容器を片手に皆、歩いている。

ここではお茶文化。

パラグアイに無事に着いた夜は美酒に酔いしれ、話も白熱!

その日は爆睡したのは言うまでもない。



パラグアイは私の住むブラジルより日本人の入植は遅く、1世2世の方も多い。

ブラジルだと壮年期はもう3世、4世。子ども達は5,6世の時代。


パラグアイはまだ1,2世代ほど若い。

日本語がブラジルより強く残っている。


一般的に継承語は3代で消滅すると言われているが、パラグアイに来て、改めて実感。



ぐっすり休んで、2日目。


ラ・コルメナの日系史が綴られた写真館へ。


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2世の女性に案内をしていただくことに。

手作りの写真館。写真以外にも折り紙の作品等も飾ってあった。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

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日系ボランティア以外にも青年海外協力隊やアメリカのPeace-co,韓国のKOICAのボランティア等も入っていたそうで、この写真館作りにも参加したとか。


写真から伝わる力は言葉とは違った威力を持つ。言葉に於いても同じ。それぞれに違った力を持つ。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

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写真はさることながら、この案内してくださった73歳の女性のひざ小僧が一番、心を奪われた!

直径10cmほどになるかさぶた。自転車に乗っていて、こけたそうだ。


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それくらいの生きる力で生きたい!と切実に思った。



この日、偶然見たNHKのニュース。

「公園の遊戯で怪我をする子どもが増加。遊戯を撤去する公園が増えている。」


というような内容だったが、「怪我するのは当たり前やん!!!」と叫んだ。

そういうものですよね?子どもって?血豆を作ったり、瘡蓋作ることで、学ぶのではないのか?

そうやって、怪我をすることで危ないことを体得するのである!!


日系社会で暮らして10ヶ月。日々「生きる力」を感じているから、殊更、違和感を感じるのだろうか。


ある事象をわざわざ最近の特徴的事例のように取り上げる。

(その事象に対する意識が変わってきた証拠なのだろうが)


わざわざ、メディアが報道することで、新しい風潮(意識)を生み出す。

影響力を持つ、メディア。その重みをしっかり認識して報道してほしい!と常々感じている。


やっぱり、おかしい・・・(と思うのは私だけだろうか?)



ずっしりとパラグアイ初の日本人入植地の重みを感じ、Mちゃんがいつもお世話になっている方のお宅へ。


この日のお昼は


・お魚

・手巻き寿司(納豆もあり。しかも手作り!)

・豆腐(これまた手作り)


・ビール。


テーブルに並べられた酢飯、のり、納豆、豆腐に


「ここにも、確かに日系社会がある!」


としみじみ痛感。


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ご飯の後はカラオケ大会!



ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

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この日、演歌を歌わせていただきましたが、この状況が非常におもしろくて、何度もはっとした。

ちなみに歌は「夜桜お七」。

今月、私の配属先で行われる「パラナアマチュアカラオケ大会」にこの曲で出場予定で、カラオケクラブの皆様と練習を始めたところであった。(いよいよ明日です!)


そして、身も心も満たされたところで、いざ散歩へ。


トラックの荷台の乗って、ラコルメナの貯水池である湧き水の出る、滝へ!


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つづく

今月初めの祝日を利用して、隣国パラグアイへ国境越えすることに。

目指すは同期のMちゃんが住むラ・コルメナ。


ラ・コルメナはパラグアイで日本人が初めて入植した街。

昨年、入植75周年を迎えたパラグアイの日系人史では欠かすことのできない街。


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4月4日(水)午後8時半に授業が終わり、そのまま9時半の夜行バスに乗り込む。

4月5日(木)午前8時前に国境の町、フォズドイグアスの到着。ここでブラジル同期のNちゃんと合流し、優雅に(?)バスターミナルで朝ごはん。ポンデケージョをいただく。

(チーズパンですね。)
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ー今思えば、高校時代に通っていた高校の近くのパン屋ではまって、よく食べていた。しかも高校1年のとき、最初の隣の席に座っていたのはお母さんがブラジルの女の子だった。(今じゃ、モデルをしてる。)やっぱり、ブラジルに行くようになっていたんだ!ー


そんなこんなで、腹ごしらえをして、いざパラグアイへ!

前回、アルゼンチンに行ったときもこの国境の町、フォズドイグアス(世界遺産イグアスの滝がある)から国境越え。アルゼンチン・ブラジル・パラグアイ、3カ国の国境がある。


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今回の目的地、ラコルメナは首都アスンシオンから南東にバスで2時間半のところにある。

バスに乗るときに、「私達は日本人だから、出国・入国審査をしなければならない。」と運転手に確かに告げた。現地の人々は出国入国手続きをしなくても(IDカードを提示するだけで)簡単に国境を越えられるようになっている。


出発前に事務所からパラグアイ入国の際の注意事項に書いてあった。


「くれぐれも出入国手続きの必要があると伝えるように」と。


一瞬、大丈夫かな?という不安も過ぎったが、確かに伝えたので、大丈夫だろう!とほっと安堵していた。


いよいよパラグアイとブラジルをつなぐ「友情の橋」と呼ばれる橋をバスが渡り始めた。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

右側がブラジル、左側がパラグアイ。

が、一向に止まる気配なし。心配をよそに景色はどんどんパラグアイ色になってきた。


いや、これはまずい!


そのままパラグアイに着いてしまった・・・


やっぱり、バスの運転手が止まってくれなかった・・・


しょうがない!一先ず、降りて、出国スタンプと入国スタンプをもらわなければ!


橋を歩いて、パラグアイからブラジルへ戻る。


30分ほど歩いただろうか。


そんなハプニングにも見舞われたが、橋を渡っての国境越えが体験でき、素晴らしい景色も見れた!!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


そんなこんなでバスに再度乗り込もうとしたが、祝日で本日の目的地ラ・コルメナ行きのバスがない・・・!!と言われる。


「???」


どうしよう!


そんな時、助けれてくれたのはやはり、パラグアイ組みの同期だった!!みんなのお陰さまで無事に任地に着くことができました(涙)!!ありがとう!!


車窓から見た景色。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

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色んな困難を乗り越え、無事に午後6時前にはラコルメナに到着!


出発前にあったきりだから、もうかれこれ10ヶ月ぶり!


その日の夜はMちゃんの任地の素晴らしい!方々と美味しいお酒をいただく。


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実に濃ゆい(九州弁の「濃い」)時間を持てました。


20時間のバスの旅の疲れも吹っ飛びました!


「ここにも確かに日系社会がある!!」


パラグアイの旅はこうして、始まったのです。







と、言えば、言わずと知れた大スター山口百恵と三浦友和が共演したことで知られる「赤いシリーズ」の第4作目。山口百恵、赤いシリーズ初の主演作。


・・・「日本陸上界から期待されていた選手・大山友子。彼女は刑事・新田秀夫に淡く儚い恋心を抱いていた。しかし、秀夫が犯人逮捕の際に放った銃弾を誤って受け、下半身不随になってしまう。一方、同じく刑事の秀夫の父・雄作は、友子の義父で実業家の大山豪介の過去の悪行を追っていた…。」(Wikipediaより)


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と言っても、私が生まれる前のドラマであり、存在は知っていたものの、見たことはなかった。


が、つい先日2世のTさん(「あの世にやさしさは持っていけない。」という名言を持つ。)から「赤い衝撃」全30回分のDVDを貸していただき、1週間で見終わった。


題名の如く、私にも「赤い衝撃」が走った!!



「この時代に生まれたかった・・・」


と沸々と感じた。


時代は既に36年が過ぎ、今では見られない社会風潮までうかがえた。


・明らかに前面に出ている障がい者への差別。男尊女卑。


・戦後30年の’76年、まだまだ戦争体験者が多く、「もはや戦後ではない。」と言われた高度経済成長期を過ぎ、数年経ってるが、私からすれば、やはりところどころに戦後のかおり、戦後から復興までの力強さが垣間見える。そして、日本男児精神が強く残っている。


・高度経済成長期から数年がたち、経済的に安定していた時期。「活気に満ち溢れている!」


・世紀のスーパースター百恵ちゃん(敢えて、百恵ちゃんと呼ばせていただきます!)と三浦友和、美しすぎる!

殊に、三浦友和は本当に絵に描いたように素敵!今も素敵な方ですが、若かりし頃の魅力はまた、今と違って、はちきれる若いパワーに溢れ、実直な好青年だったことに感動すら覚えました!!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

今は百恵友和ゴールデンコンビ(そう言われてたことに頷ける!)に心を奪われております。

澄み切った沢の水のように二人が美しすぎて。内なる美しさも!


とにもかくにも、この時代の活力をひしひしと感じた「赤い衝撃」。

元気な日本!!


また、往年の大スター、中条静雄(「あわしま堂のお饅頭のCMのイメージが強い)や長門裕之、南田洋子、草笛光子の演技も素晴らしかった。

殊、長門裕之の演技が素晴らしかった!演技に関しては門外漢であるが、一番印象に残った。

彼も長年,妻南田洋子の介護をし、見送った後、昨年亡くなった。


こうやって、往年のスター達がこの世を去っていく。諸行無常の響きあり。


そして、韓流ドラマの原点を見た。奥様方が韓流ドラマにはまる理由、この青春時代に思いを馳せているからであろう。かつて、日本ドラマが人生模様を激しく描いていたこの時代に青春時代を送った皆様。



こうやって、赤い疑惑と出会えたのも、ここブラジルに来たからである。

このように日系社会では日本のドラマ、映画等がDVDとして、流れており、日系文化を担っている。

NHKや地元のニッケイ新聞(日経新聞ではありません)等のエスニックメディアと並んで、日系文化の中で重要な役割を果たしている。日本とブラジルをつなぐ橋。


地理的には一番遠いブラジルだが、一番日本がある国、ブラジル。


次回は「赤い疑惑」をお借りする予定。

今は見も心もすっかり70年代である。




2011年3月11日の東日本大震災から一年。

2月4日、コルネリオプロコピオ日本語学校の新学期。


この日から「Pray for Japan from Brasil!」を合言葉に下は6歳、上は老人クラブの84歳のおばあちゃんまで、皆で力を合わせて、何とか日本の裏側、ブラジルからも思いを届けよう!と千羽鶴作りを開始!


*ポルトガル語でブラジルは「Brazi」lではなく「Brasi」。故に表題も敢えてBrasilになっております。



2月といえば、ブラジル最大の連休「カーニバル」があり(約1週間ほど)、3月に間に合うか懸念された。

しかしながら、とにかく「案ずるよりも産むが易し」で、とにかくやってみることに。


子どもの中には鶴を折るのは初めての者もいたり、作ったことはあっても、自分ひとりでは作れない子どもが殆ど。


ブラジルでも「Origami」と呼ばれるほど、折り紙は浸透しており、学校でもたまに作るそうだ。

とはいえ、なかなか悪戦苦闘の子どもたち。

被災地での写真を見せると、幼心にショックを受けたよう。

折った鶴に祈りを捧げた。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
必死で祈るRちゃん。
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悪戦苦闘の男の子。呆然とするEくん。
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先ずは折り紙にメッセージを。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
大学生、社会人クラス。




一方、壮年期の皆様はかつて子どもの時に折ったことがある。ということで、思い出し思い出し、指を動かす。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


老人クラブでは、さすが皆様!素晴らしい手つきでおっておられる。といっても、初めて折る方も折られて、それはそれは一生懸命折っていらっしゃる。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

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そもそもこの老人クラブでは折り紙と体操をやっているのだが、是非鶴を折ろうじゃないか!と皆さんとお話しながら、「日本に千羽鶴を送ってはどうか。」ということになったのだ。


皆様、俄然やる気で、黙々と折られていた。


2月4日から、コルネリオプロコピオ日本語学校の千羽鶴との戦い36日間が始まったのである。


今日から数回に分けて、その模様をお伝えします。




余談ですが・・・

思い起こせば、2011年3月11日(金)その日は日系社会青年ボランティア日本語教師の研修がJICA横浜で行われていた。


6階の会議室は揺れ揺れにゆれた。

2009年インドネシア赴任中に遭った地震がよぎり「これは、本当にだめかも・・・」と覚悟した。


未曾有の危機に直面したこの時期にブラジルに行っていいものか、最後まで思いあぐねた。

税金を使ってのこの事業。今、海外に出ることは正しいのか・・・


色んな思いが交錯する中、派遣前訓練を終え、出発まで一月が残された。

その間の10日間たらずという短い間だったが、岩手県へ震災ボランティアへ。


これまでの人生では考えられないもの、想像を遥かに超える経験をさせていただいた。


そこで見たもの、感じたこと、何より出会った人々。


この10日間がなかったら、今、ブラジルでの日々もないかもしれない。


海外からも多くのメッセージや支援物資が届いている。そして、被災地には全国各地から日本を何とか立て直したい!一緒に復興を!という思いをもった方が老若男女が一緒になって、一つの目標に向かってひたすら、必死になって作業をこなす。


気が遠くなるような作業。穂頃まみれのヘドロのついた砂利をふるいにかけ、ヘドロを洗い落とす。

己の無力さを痛いほど感じる・・・


ボランティアにできることは限られており、些細なことしかできないが、その積み重ねこそ本当に重要だなと身を持って感じた。「コミュニティーの力。市民の力。」

其々の役割を認識し、力を合わせて、何かを成し遂げようとする精神。


「日本は日本人は大丈夫!!」確信を持った。

日本人であることを誇りに思った。


ボランティアの原点。もらうもののほうが断然多い。してあげるんじゃない。


この今の現状を世界の皆様に伝えること。これも日本人としての役割なのではないか。温かい支援を下さった皆様にお返しすることも(私の場合、ブラジルですね)大切な役割なのではないか。


そう思えるようになったのです。


だから、ブラジルで活動する決意ができたのです。


まだまだ岩手での日々は書ききれないので、また改めて書きたいと思います。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
一緒に作業した仙台出身のKくん。ソロモンに赴任中。元気かな。
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
釜石市箱崎町の港にて。

たくさんの帆立をいただき、被災されても尚、必死に復興に立ち向かう皆様。

そして、深い深い温かさ・・・皆様の温かさが胸にしみました。






先週の日曜日、昨年の7月にコルネリオプロコピオに赴任にしてから、大変お世話になったMさんの49日法要が、

ACEPの会館で行われた。


この「会館」は日系人団体の「会館」であり、ここではあらゆる行事が行われる。

日本語学校もこの会館の更衣室を使用しているし、ACEPの忘年会や父の日、敬老会などの行事に加え、冠婚葬祭にも渡る。


まさに、地域の日系人にとってのコミュニティーの場。


最近では、日系人に拘わらず、ブラジル人の会員もいたり、ブラジル人の結婚式会場や卒業パーティとして貸し出ししたりと、日系人の枠を超えて、地域の中に溶け込んでいる。


街の中で「会館」は「KAIKAN」と呼ばれ、ブラジルポルトガル語として、定着しており、ブラジル人にとっても身近な存在のようだ。

(*私の住むコルネリオプロコピオ市の現状で、ブラジル全土の日系人の住む街が全部そうだという事ではない。)



Mさんは日本語学校の生徒さんでもあり、一緒に日本語を学んでいた方であった。

人生の大先輩でありながらも、やはり生徒さんの一人であったMさん。

故に、非常にショッキングな出来事であった。


この日は6時半から「母の会」いわば、ACEPの婦人会の皆様が法要のお料理を準備されるとの事で、私もお手伝いに。


6時20分、まだ薄暗く、近所の方と待ち合わせし、タクシーで会館へ。


6時半からお料理開始!!


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おにしめのこんぶを巻いている。
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この日は


・巻き寿司(日系社会では欠かせない!)

・お稲荷さん

・おにぎり

・おにしめ

・春雨の和え物

・白菜のお漬物

・ポテトサラダ


を10名近くの皆様と作ることに。50名分の料理を作ることはここ、ブラジルに来てから、初めての経験。


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この日の巻き寿司32本+お稲荷50個の酢飯!


野菜の切り方や味付け等、たくさんのことを教えていただいた。

日本料理は「細やかさ」が殊に必要であることを痛感。


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巻き寿司と春雨用の卵焼き。


途中私がこの写真↓をとってると、


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


「ブラジルだって、こんにゃくやちくわ食べますよー!!」


「日本人はブラジルに何にもないと思って~」

と少々、怒られた。


出稼ぎが始まってすぐの90年代に日本に行っていた方は日本で「ブラジルは何がありますの?」的な

発言をたくさん受けたようで、皆さんの感情を少々、逆撫でしてしまったこと、反省である。


しかしながら、それはもう、私も一員に入れていただいているからこそ、歯に衣着せぬ言葉をかけてくれているようで、私は嬉しかった。


他にも子どものときの話等もたくさん聞かせていただいた。


「母の会」の方は2世の方が多く、日本語とポルトガル語の混じった「コロニア語」を話される。


この会話が非常に興味深く、いつも「母の会」の行事に参加させていただいては、いつも「目から鱗」を落としている。


そして、1世の親御さんを支えてきた皆さん。


とっても強く、しなやか!



こうやって、ブラジルに日本人移民が入ってから104年の間、日本人は日系人は扶助組織として婦人会や青年会を作り、あらゆる局面で力を合わせて、やり抜いてきたのだろうと、母の会の皆様のエプロンと三角巾を見ながら、しみじみと感じた。




「母の会」は婦人会だが、高齢化を迎えて、3世以降のご婦人方は入っていない。


こうやって、どんどん先細りしてゆく日系社会。


10年後、20年後は・・・


今、まさに過渡期。


無我夢中で作っていたので、ふと時計を見ると、10時を回っていた。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
春雨の和え物。味付けを任命された!何とか、味見をしていただきながら、完成!
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
お煮しめ。(日系社会では、煮物ではなく「お煮しめ」)
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
お寿司を巻いて行きます。
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
お稲荷さんも着々と完成へ向かう。


11時からの法要に、何とか間に合いそうだ。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


続々とお饅頭やコロッケのようなブラジルのお惣菜「コシーニャ」が届けられ、テーブルに並べられる。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


まさに日本文化がブラジル文化に溶け込んだ日系文化。


この日の法要は浄土真宗。私の家と同じ。

浄土真宗のお寺はここから30キロ離れたアサイという街にある。


皆さんといただく、巻き寿司やお饅頭は何だか切ない味がする。

胸にしみて、しょうがない。


こうして、写真だけ見てると、どうも九州の田舎町のようだ。

これもブラジルなのです。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)








今月から始まった和太鼓

配属先であるコルネリオプロコピオ文化体育協会、通称ACEPで初めての和太鼓。

ここ2年ほどの「和太鼓を。コルネリオに!」悲願がようやく実現したのです!


3回目の昨日も20名を越える参加者が。


かく言う私も和太鼓クラブに入会しました!


和太鼓は高価なもの故、購入することはできず、近くの街の和太鼓クラブからお古を譲ってもらったり、活動を休止しているクラブから借りたりしていたりと、様々の方々の協力があってこそです。



といっても、全員分には到底及ばないので、タイヤと竹もしっかり、活用!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

思い起こせば、昨年、いつもお世話になっているKさんご家族とカフェ(コーヒー)畑に行ったときに、太鼓用の竹とバチ用の棒をゲットしていました。

→「再びカフェ畑へ~竹を求めて~」http://ameblo.jp/satomincafe/archive1-201110.html





日本語学校の同僚M先生はコルネリオから30km先のバンデイランティスにお住まいで、この街の和太鼓クラブも率いてらっしゃるので、お手伝いをいただくことに。



先生は元バレーボール選手でプロの世界にいらっしゃった方なので、気合が違います!

「押忍!ついていきます!」と思わず、言いたくなるほど。



ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


先ずは構えからバチの持ち方、基本のたたき方、そして礼、あいさつの仕方。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


自ずと太鼓を叩いていると、終始、背筋がぴんとなり、気合が入ります!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

そして、入退場、礼の仕方を練習。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

礼の練習が初めての日系人、ブラジル人。

他の皆と呼吸を合わせてということも初めて。

そんな中、改めて「日本人」であることを痛感。

もう礼のタイミングや角度は擦り込まれています。

日系社会で暮らすことは他の外国で暮すよりも、余計に「1世」という看板を背負っているので、殊更、日本人であることを痛感させられる瞬間があります。



3回目の昨日は最後に指導してくれたバンデイランティス闘魂クラブの2人が「さくら」という曲を披露してくれました。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


この曲は日系社会シニアボランティア蓑輪さん作。ブラジルの太鼓界で知らない人はいないという神のような人。この曲はブラジル和太鼓大会の課題曲。


箕輪さんは同じ宮崎出身で私の事を娘のようにかわいがってくださっている方で、私も「お父さん」と呼んでいます。


兼ねてから蓑輪さんの武勇伝はたくさん聞いていましたし、一度合宿にも同行させていただいたので、そのすごさは知っていたのですが、蓑輪さんが作曲した曲をコルネリオで聞いて、蓑輪さんがブラジルで和太鼓指導を始めて、足掛け5年。(JICA派遣は2回目)その年月がしっかりとブラジルの大地にこうして、染み渡っているのを肌で感じて、太鼓のあの突き上げるような音とともに、胸の奥から熱いものがこみあげてきました。




こうやって、蓑輪さんの息吹がしっかり現地の子どもたちの中に吹き込まれて、生きている!!


感動して、涙がこぼれました。


素直に心から「かっこいい!!生き様が本当にかっこいい!!」と思わせる素敵な九州男児の蓑輪さん。


ー突然の夕立。その雨の雫が大地に染渡るように、蓑輪さんの太鼓の息吹も染渡っているー


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

蓑輪さんのようにはできないけれど、そうやって染渡るような日本語教育をしたい!!


また、その曲が「いとをかし」で胸にずんずん染渡って・・・


子どもも大人も皆、「さくら」の世界に引き込まれておりました。


また、おもしろいことにポルトガル語で和太鼓を習っている自分が非常におもしろく、「人生の機微」を沸々と感じております。



そして、祭りダンスの練習も開始。


これはブラジルの日系社会が生んだJPOPにサンバのリズムを取り入れた新しい踊り。


太鼓の3時間半の練習のあとのダンス。


しっかりと昨晩のカロリー、消費できました!!



明日、日曜日は朝6時半から49日法要のお手伝いに。



ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
おまけ:見学にいらしていたTさん。「やさしさはあの世にもっていけない!」との名言を持つ。

ブラジルといえば、やはりサンバやカーニバルのイメージが強いですが、私が暮らすブラジルの日々は日系社会にどっぷりで、日本にいるときに抱いていたブラジルのイメージとは違った視点からブラジルを見ている訳で、(それをしたくて、日系社会青年ボランティアに応募したのですが)

たまには違った視点からもブラジルを見てみたいと思っていました。


今週は日本語学校の生徒さんが通うダンス教室の見学に連れて行っていただきました!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


日本にいる時からボサノバは好きでしたが、やはり本場で聞くと殊更、良いものです!


また、ダンス教室の夕食会があるというので、こちらにも参加させていただきました。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
腹ごしらえが完了したら・・・


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
とにかく踊る!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

更にヒートUPしてゆき、


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
テーブルを押しのけ、場所を確保する皆様。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
あまりにも動きがすごすぎて、ぶれております・・・

」の中にサンバのリズムが刻まれているかのような躍動感!

そして、入り乱れる人種。


ダンスの先生が至極素敵で!

マイケルを髣髴させる先生。思わず「かっこよか~!」とつぶやいておりました。



改めて、移民国家ブラジルをひしひしと感じました。


帰り間際に見たもの。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)




実は先月、本場カーニバルを見に行サルバドール(ブラジル北東部の古都)行きの飛行機もカーニバルのチケットも2枚購入していたのですが、カーニバルが始まる2週間前くらいから警察のストライキがあり、、街の治安が悪化し、行けなくなったのです。


皮肉にも配属先の方の不幸もあって、よかったのですが。


それで、結局、カーニバル連休は地元コルネリオプロコピオ市に残った訳ですが、私の街はコーヒー栽培の盛んな人口4万人の小さな街。そこでも、カーニバルをやるのですね。

いつもお世話になっている家族の方とカーニバルに行ったのですが、これもまた小さい街なりに非常に興味深いものがありました。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
街のメインストリートにて。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
小さい子も体の揺れ方が違います!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
記念撮影と恐る恐るカメラを出す。

今日はいつもお世話になっているKさんご夫婦と来たので、安心ですが、治安の良くないブラジル。

アパートを出て、アパートに入るまで、Kさんご夫婦も厳戒態勢。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

これがリオやサルバドール、サンパウロだったら、あっけなく、カメラ撮られています。


田舎でも危ないことは危ない。

先日、知り合いの日系人のご家族の家にも銃強盗が入りました。

で、犯人捕まってないのです・・・

幸いにもかすり傷のみで済んだのですが、やはり気を引き締めなければなりませぬ。

また、中東の気の引き締め方とは違います。


来年はサルバドールかリオのカーニバルを見たいものです。



生活の中に踊りが沁みこんでいるブラジル。

いまやGDP7位のブラジルも新興国を通り越し、先進国。とはいえ、貧富の差は大きく、私の街でも顕著。


でも、この日は老いも若きも、富める者も貧しい者も輪になって和をなしていました。



これ、コルネリオプロコピオ市の市長さんです!!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

日本じゃ考えられない、ブラジルならではの市長の姿!


改めて、ブラジルを見ました。




何気にブラジル生活も残り1年3ヶ月。

せっかくなので、サンバを覚えて帰りたいと密かに思っております。


そういえば、全くブラジルに行くなんて考えていない時に、同僚の先生にサンバ好きの方がいらっしゃて、よくブラジル料理の店に音楽を聞きに行っておりました。


日本でも本場ブラジルの音楽が楽しめます!

Saci Perere(http:/www.saciperere.co.jp )@東京四谷

*Saci Perereというのは座敷わらしのような昔話にでてくるいたずら小僧の名前らしいです(笑)


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


そんなこんなで日本語でも日系人の方と拘わるようになって、ぐんぐん南米が、ブラジルの引力に引っ張られている気がしていた2010年でした。

やはり、「縁」ですね。繋がっています。



今月から配属先で和太鼓クラブも発足。

明日からは盆踊りとまつりダンスというJPOPにサンバを取り入れたダンスの練習も開始。

できれば、コルネリオで盆踊りを数十年ぶりに復活させたいと思っています。

明日、土曜日の午後は全てを太鼓に捧げます!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


なので、今晩のビール、ケーキはちゃらにしたいと思います。しっかり消費!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


あ、たった今、シュハスコのお誘いの電話が・・・

シュハスコはブラジルのBBQですね。


いつも以上に気合入れて叩きます!!