先月の29日に行われたパラナ州アマチュアカラオケ大会。
昨年9月に初めて、カラオケ大会を目にしたとき、これぞ「日系文化!!」と肌で感じ、早9ヶ月。
私の任地で行われた今回の大会。
この日はまた多くのもの、琴線に触れることば、瞬間に出会うことができました。
司会は2名の大先輩の方とさせていただいたのですが、合間に色々なお話が聞けました。
カラオケ全伯大会でも司会を務めてらっしゃる2世のYさん。
Yさんに日系社会への思いをぽつりと。
「10年、20年後には同じようにはカラオケはなくなっているかもしれない。日本語を話せる人も。だからこそ、今、できるうちにつなげていきたい。カラオケを通して、日本の文化を少しでも伝えていきたい。」
70を超えていらっしゃるYさん。
ご両親のふるさと熊本を訪ねた時に、何と天候不良のために宮崎に飛行機が降り立ち、思いがけず、宮崎を観光されたそうで、タクシーの運転手に案内してもらい、おみやげまで買ってもらったそうです。
「南の人はあったかいね。」と言っていただき、宮崎人として、嬉しく思います!!
一口にカラオケと言っても、日本でのカラオケと意味、意義が一味も二味も違います。
日本語も同じ。継承語としての日本語。
継承文化としてのカラオケ。
うむむ、深い!!
こちらはACEPのカラオケクラブの一人Nさん。↓
ポルトガルの血をひくNさんは日本が好きで、ご自分で日本語を勉強されたそうで、上手に日本語をお話になります。
かつて、日本人の恋人がいたそうで、結局、結婚はされなかったそうですが、その時のNさんの表現ががっしっと私の心を掴みました!!
「指輪まではめたけど、結婚せんかった。」
いや~、何だか切ない・・・!!!
「指輪をはめた」という言い回しが、何とも言えません><
しかも「指輪まで・・・」というこの表現がまたもや、切なさを倍増させます!!
ちなみにNさんは三田明の「美しい10代」を熱唱されました。
そんなこんなで、無事にカラオケ大会が終了。
そして、この「切ない」感じ、至る所で感じました。
舞台上で日本語で日本語の歌を歌う日系人の皆様。Nさんのようにブラジル人も。
確かに高齢化を迎え、10年後、20年後はもうなくなるかもしれないカラオケ大会。
でも、今、つなげようと一生懸命日本語の歌を歌い続ける人々がいる。
しかも、真剣度合いが違う!
歌にかける情熱が!!
ここには確かに日系文化がある。
今、正に過渡期の日系社会。2世の高齢者の皆様が歌にこめる思い。
親御さんへの思い、行ったことのないふるさと、日本への思い。
会場の脇で売られる日本食品を手に取る2世のおばあちゃんの手までもが、
切なく、胸がぎゅっと締めつけられました。
「切ない・・・残したいなあ・・・」
と思うのは日本から来た1世の私の傲慢な考えでしょうか。
あれこれ、思いを思い巡らせた1日となりました。
4月29日のこの日、2世の皆様は「天長節」とおっしゃいます。
昭和天皇の誕生日のこの日、戦前の言い方が残っているのです、ここブラジルでは。
恥ずかしながら11月3日文化の日が、明治の天長節だったこと、ブラジルに来るまで、知りませんでした・・・
日系社会に来たからこそ始めて知る日本の姿。
特に戦前の日本。
やはり日本の敗戦は大きく運命を変えたんだなと今、ここに来て、実感を持って思います。
一般的にそう言われていますが、戦後の生まれの私には「そうなんだ~。」と思うだけで、この「実感」は今まで、なかったのです。でも、ここでは痛いほど、感じる。
日本人の運命もブラジルにいる日系人の運命も。
そして、5月は母の日の行事、太鼓の発表会と5月は行事が続きます。
会館の裏で。出番が近くなってくると、みなさま外に出て、喉の調子を整えていらっしゃいました。
その後姿にも郷愁が漂っていました。























































































































