新年明けまして、おめでとうございます。
本年もこのブログを通して、ブラジル日系社会、日本語教育、そしてブラジルについて、何か発信できたらと思っております。
何卒、宜しくお願い申し上げます!!
授業が終わってから、私の住むパラナ州とお隣のサンパウロ州を移動してまいりました。
パラナ州だけで日本と同じ面積!その果てしなく続く大地を長距離バスで大移動。
移動症候群の私の空腹感は満たされました!
ちょいと、ブラジル国内を地図で見てみましょう。

■ブラジル地図(出典:Wikipediaより)
15:パラナ州
24:サンパウロ州
27:連邦直轄区(首都ブラジリア)
18:リオデジャネイロ州
といった具合です。
15のパラナ州に日本がすっぽり入ってしまう訳です!
とにかく大きい!!広い!!
こんなに広いので、一先ず、地元パラナ州を知る旅を計画しました。
パラナ州概要(出典:Wikipedia)
○人種構成
人口の75%を白人が占める。
この地方への入植そのものは16世紀末から始まったが、19世紀後半にヨーロッパからの移民の流入が活発化し、主にポルトガル
、ポーランド
、イタリア
、ドイツ
、ウクライナ
からの移民が入植し、20世紀に入ってから、日本
、レバノン
、シリア
からの移民がこれに加わった。現在では東欧からの移民およびその子孫が最大数であり、日系人がそれに続いている。
南部地方の他の州同様、アフリカからの奴隷の流入の歴史を持たないため、黒人が占める比率は低い。
何ゆえ、人種構成を引き出したのかというと、今回の旅でシリア人移民に出会ったのです!ずっと会いたいと思ってました。ずっとアラビア語で彼らと話したいと切望していた夢が叶ったのです!
後日、感動の再会(?)はご紹介。
第1回目はパラナ州の州都クリティバ。
私の任地から約500キロ。
都市計画の成功したとても美しい街。

詳細はこちら(出典:Wikipedia)
クリティーバは、都市計画の優れた成功例とみなされている。専用レーン、2連結ないし3連結のバス、バリアフリー化も図られたチューブ型のバス停などを用い、大量かつ高速の輸送を実現した極めて効率的な公共交通システムを有している。日常の足として全市民の85%に利用されている。また、緑地政策においても著しい成功を収めており、クリティーバ市において、市民1人当たりの緑地面積は51.5平方メートルであり、これはユネスコ
が都市に求める基準値のおよそ3倍にあたる面積であり、世界の都市ではオスロ
についで2番目の広さである。区画整理
も綿密かつ柔軟に設定されており、自然環境への悪影響を避けるため工業施設については建設区域が制限されている。
今回は仕事を離れて、旅の道中のエピソードをご紹介。
朝8時半、老人クラブ、上級クラスでお世話になっているTさんご夫婦がクリティバの娘さんの所でクリスマス休暇を過ごすということで、一緒に便乗させていただきました。
目的地はクリティバ近郊の町コロンボ。
今回、一緒にJICAボランティアとして和太鼓指導に携わっておられるMさんの練習風景、しかもブラジルジュニアチャンピョンの練習風景も見せていただくことになり、コロンボの山奥で合宿中のところをお邪魔しました。
約7時間の旅。
とにかく車窓から広がる広大な景色。
真夏を迎えたパラナは山々の木々、とうもろこしの緑が青々と輝いていました。
何度もはっと息を呑みました。「う、うつくしい!!」「空も大地もあおい青い!!」
途中正午前にお昼♪
ブラジル名物シュハスコ(色々な部位のお肉を食べます!)
大きな釜で焼きます。
釜に近づくと熱い・・・!
焼かれたお肉がテーブルに。これを好きなだけ切っていただきます!ブラジルのお肉は外側に脂身、中は一切脂身がないので、お肉本来の味を堪能できるのです。
それにしてもお、おおきい!!
お肉の他にもともろこしやジャガイモ等を使った料理がどっさり!!
そして、我らが日系移民がこのブラジルに浸透させた醤油。日本食以外のレストランにも置いてあります。そして「SYOYU」という日本語までも定着しているのです!
本当に美味しかった!ブラジルに来て、お肉、好きになりました!
そして、また移動。車内では演歌が流れ、Tご夫妻と共に口ずさむ。お腹も満たされ、さらには演歌。外には果てしなく広がる大地!抜けるような青空!!まさに絶妙に3拍子が混ざり合い、何とも贅沢なロケーションを作り出していた。
「生きててよかった!!」
と思わせる力。ブラジル大地の力。
無事にクリティバに到着!しばしTさんの娘さん宅で休憩。かわいいお孫さんと一枚。
ご主人はイタリア系ブラジル人。
お孫さんのTシャツには「日本」の文字が。
あ、私のTシャツにもたまたま「日本」の文字が!
その後、目的地コロンボまでわざわざ送ってくださったTさん・・・(涙)
せっかくのお孫さんとの再会もそこそこに
「先生を送り届けねば!」と使命感までをも持ってくださり、Tさんも行ったことのない山奥まで送ってくださいました(涙)
目的地までの車中の「ことば」は実におもしろい様相を呈していました。
・運転手 T.Vさん(日系人2世:ポルトガル語、日本語)
・運転手の隣の席 T.Vさんの義理の息子(イタリア系ブラジル人:ポルトガル語、英語)
・私 (日本人1世:日本語、微々たる英語とさらに微々たるポルトガル語)と同期の女の子
車中のリンガフランカ(共通言語)はないため(日本人1世の我々はポルトガル語を習って、8ヶ月しか経っていないため)使用言語が乱れに乱れ、非常に興味深い1時間でした。
T.Vさんとは日本語、お婿さんは英語で話してくれましたし、そのお二人はポルトガル語だし、4人で同じ話をするときはポルトガル語、日本語訳、英語訳・・・
頭の中の言語スイッチが壊れました(笑)
しかし、貴重な体験ができました。
とにもかくにも・・・
本当にここの方達は優しい!!
幾度となく、道中、道を尋ねて、がたがた道をゆき、到着!
Tさん本当にありがとうございました!!
さ、和太鼓ブラジルジュニアチャンピョンの合宿。年越し運動会が行われていました。
このダンボールはこの後、あっけなく破れました(笑)
(つづく)