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ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

諸行無常の日々をことばを通して世界中の人々と心が通い合う瞬間が何よりの幸せ!に感じる日本語教師の他愛のない日常。只今、ブラジルにて修行中。

先週の木曜日。

今年最後の授業の前、更衣室にいました。

何度も書きますが、会館の更衣室が日本語学校の教室です。


会館の奥のほうから笑い声が聞こえてきたので、そのまま、誘われるように、広間のほうへ。


行ってみると、カラオケクラブの皆さんが、これから練習を始めるところでした。

今年最後の練習だそう。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
忘年会にて熱唱したカラオケクラブの皆様。


カラオケクラブは1世が1名の他は皆さん2世の高齢者の皆様。

ここでの共通語は「日本語


日本から来た私も皆さんとお話しするのが好きです。

日本語で話せるという事もありますが、それ以上に「生き様」を聞かせてもらえるからです。


先日あった忘年会の話になり、子どもと一緒の合唱はよかったとか、盆踊りをしてもいいねとか、話に花が咲いていました。その中で「芸能祭(すすごいネーミング!)」という、協会の行事の話になりました。



歌、踊りをはじめ、芝居まで!演出から出演、大道具小道具作りにわたるまで、皆様の手でされていたそうです。

毎晩、仕事(農作業ですね)が終わってから、会館で猛練習されていたそうです。すごい!!



もちろん、色々なおもしろエピソードや伝説が残っていて、それを思い出して、大笑いしているお母さん達。涙まで流しておられました!その涙には昔を懐かしむ涙ともとれました。




そんなこんなで盛り上がりに盛り上がっていたところにYさん(2世男性。70代)が来られました。


奥様がカラオケをされていて、いつも送り迎えをされていて、


「奥から楽しそうな笑い声が聞こえてきたから、入ってきてみた。」


とおっしゃいました。


いつもは寡黙なYさんがぽつりと




「ここに来て、日本語を話すのはとても懐かしい。もう若い人は日本語が話せんようになってきよるから、日本語を話すところがないんよね。僕らは2世でちゃんとした日本語は話せんけど、日本語を話すと懐かしいね。先生が日本から来てくれて、ほんとにうれしい。」


とおっしゃいました。


その言葉を耳にした瞬間、涙が零れ落ちそうになりました。

無力な私にそんな風に言ってくださるなんて、ありがたいという感謝の気持ちを追いかけてどんどん切なさが募ってゆきました。


胸からこみ上げる何か。琴線にふれる何か。


「切ない・・・」


これが諸行無常ということなのか。



日本語を話せる人はどんどんいなくなる。



移りゆくことに歯どめはかけられない。自然の摂理は変えられない。



でも「日本語」を失うということは「ことば」を失うということはブラジルで育まれてきた日系社会、文化もいつかはなくなってしまうのか。


その軌跡は失われることもなく、文化がなくなるわけでもないが、大きな穴がぽっかり空いてしまう。空虚感。



今、変わりゆかんとする日系社会で日本語教育を通して、日本から来た1世である私ができることは何か。


と大きな問いを、大きな一石を心の泉に投じてくださったYさん。

心から感謝です。


一筋縄では、答えはでません。修行が足りない私では簡単には答えは出そうにありません。


一先ず、この夏休みにこの問いと真正面からじっくり向き合おうと思います。



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11月の母の会の遠足。2世の皆様。心から目の前にある瞬間を楽しんでおられました。

日本から来た親御さんを支えてきた皆さんの殆どが畑仕事にコーヒー栽培に携わってこられました。


経験した苦労を苦労とも思わず、底抜けに明るいみなさま!

だから、強いし、且つしなやかだし、大らかだし、人としての魅力に溢れています!!


苦難を乗り越えた人こそ、本当の明るさや幸せをしっているのではないでせうか。


皆様との出会いに感謝です。


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本気で楽しんでいるお母さん!笑い声がどこまででも青空に響き渡ります!


このお母さん達の口癖


「いつかは死ぬんやから、笑とったほうがまし!!(大笑)」


であります。


恐れ入りました!

2011年も残り僅か。




1週間前の12月15日で全ての授業が終了しました。


思い起こせば、2011年の前半は日系人就労準備研修をメインに日本語学校でも3月まで教えていました。


2008年のリーマンショック後の派遣切りにあい、再就職を目指す日系ペルー人、ブラジル人、コロンビア人、アルゼンチン人。中国人帰国者。新宿の高層ビルを横目に日々、アルバイトに勤しみ、日本で、専門学校、大学・大学院進学を目指す韓国人、中国人、台湾人、ベトナム人、ネパール人留学生。


思えば、2つの日本語教育の現場を経験できて、本当によかったなとつくづく思います。どちらがかけていても駄目でした。



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日系人就労準備研修にて。日本社会を支える皆さん!


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新宿の日本語学校で。最後に担任したクラスのみんなと。


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専門学校、大学・大学院の願書相手に駆けずり回っていたころ。
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中国で建築科を卒業し院を目指す3人!!

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東日本大震災が起こるちょうど1週間前に池袋防災館で火事、地震の避難訓練をやってきたのでした。あの時、震度6を体験したみんな。震災後、国に戻った者が殆ど。そのまま、国に帰った人もいれば、親を説得して日本へ戻ってきた者もいます。

そして、今の日常、ブラジルでの日系社会。




多くの素晴らしい学習者に出会えたこの1年に心から感謝であります!!




先日、就職が決まった日系ペルー人女性と久しぶりに電話で話したり、日本で結婚して子どもを産みますとメールをくれた韓国人留学生の女の子。(女の子といっても27歳の女性です。)


そのメールに「先生も早くいい男の子を見つけてください。」と書いてありました(笑)


ありがとう!!




そしてシリアの学生、インドネシア人看護師・介護福祉士候補者からもたくさんのニュースを聞いて、一喜一憂しています。


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日本の大学に留学しているシリアの教え子と青森を旅しました。


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新宿御苑に散歩にも行きました。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) EPAインドネシア人研修生と。


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インドネシア料理も作ってもらいました。@岐阜



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またまた作ってもらいました。@神戸


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東日本大震災後、インドネシア大使館の呼びかけで東北地方に住んでいるEPA看護師介護福祉士候補者、そして技術研修生が東京に避難中@目黒。一度、インドネシアに帰り、また被災地の福島、宮城の患者さんがいるからと一大決心をしてくれ、活躍する研修生達の姿に日本人として、心から感謝し、日本を離れていること、心から反省であります・・・


そんなこんなで学習者とのつながりは私にとってかけがえのない宝物。


日本語を教えている私ですが、学習者から教えてもらうことのほうが多いのではないかとしみじみ感じています。

人生の色々な部分を。


こうして、振り返ると、この仕事・・・


やめられない!!



2011年、最後の授業は吉田夫妻のクラス。

ご両親を「おとうちゃんおかあちゃん」と呼ぶ素敵な吉田夫妻。


写真をお願いしたら、心よく、引き受けてくださり、更にはとっても愛に溢れるポーズをとってくださいました。



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とってもすてきな吉田夫妻。こういう夫婦になりたいです!

奥様は元ポルトガル語教師。


なので、語学の達人なので、目の付け所がさすが!するどい質問が飛んできます。

私にとっての非常に学びになります。


これまで全く日本語を使うことがなかったお二人。


お二人の中の「日本人を先祖に持つものとして」という思い。

そのアイデンティティを確認する手段としての日本語。

究極を言えば、日本語を習得するのではなく、「知る」、日本や日本人、日本からやってきたじいちゃんばあちゃんの人生を知る手段として、日本語を学んでいるように感じます。


時間の「~時」を練習したときのこと、


「3時」だけは知っていた奥様Cさん。


小さいときにおやつの時間になると「3時だよ~。おやつだよ~。」というフレーズのみ日本語でおばさんが話していたそうです。


その話をしているCさんの顔は望郷の念を抱き、ご両親、おじいちゃんおばあちゃんに思いを馳せ、うれしそうな何とも言えない実にいい顔をされていました。



やはり、授業を通して、学習者との関係は構築されているなと実感。




お二人が日本語を始める前、何度かお会いしたことはあったのですが、この2ヶ月でぐ~んと距離が近づきました。



クリスマスプレゼントまでいただきました。


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パネトーネというブラジルでクリスマスに食べられるケーキのようなもの。

そして赤ワイン。



そういえば・・・

前回の授業で色をやったときに、ワインの話になりました。


私が「白も赤も好きだけど、赤のほうをよく飲む」と話したことを覚えていてくださったんだ~!!(感無量)


(涙)!!*言葉になりませぬ。



そして、ブラジルには服をプレゼントして贈る習慣があるようです。

今回、授業が終わり、何人かの方に服をいただきました。




日本では服を贈るということは出産祝い以外はあまりないですよね。


そう言えば、先日行ったライオンズクラブのお茶会でも、ビンゴの商品に服がいくつかあり、何と私もあたってしまいました。何と8,9歳児用のTシャツが当たりました(笑)。隣にいた教え子にすぐさま、譲りましたが・・・


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舞台まで賞品を取りに行くのですが、子供用のTシャツがあった私に温かい拍手!観衆の笑いもゲットできました!


他にはドレスやワンピース、ベビー服もあって、「サイズが合わなかったら、どうするの??」と日本人である私は突っ込みますが、ここでは笑顔で終わります。


何と、大らかな!


私の目の前にいたおばあちゃんもベビー用品(哺乳瓶等)があたっていましたが、お孫さんは皆、成人してひ孫もいないとのことでした。


どうしたんだろうな。

でも、「しょうがないわよ~!」と笑い飛ばしておられました。さすが、ブラジルレイラ!

そのくらいの心の余裕でいきたいものですね。


さ、夏休みです。

任地を離れて、ブラジルを見て回ってきます!


それでは、夏本番を迎えたブラジルより、FeliZ Natl!!


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*注目!菊の花が!こちらでは観賞用として、使われています。





今週で無事に大人クラスも終了しました。


赴任して半年。


思い起こせば、右も左もわからない、知り合いの一人もいないこの街にきて、瞬く間に時が過ぎ去ってゆきました。

やっと、半年を迎えた今、振り返る余裕ができたように思います。


今では「ああ、確かにこの街でこの街の社会の中で私は生きている!」と実感する場面が多々あります。


例えば、スーパーに買い物に行けば、必ず誰かに会います。銀行や通りを歩いていても。

近所にもたくさん日系人の方が住んでいて、カラオケクラブのTさん宅にはおかずをもらいに行ったり、タッパーを返しに行ったりしています。


田舎を思い出しました。


確かに宮崎の田舎は「こげんだったな。」とタッパーを持っていくとき、ふと懐かしさがかおりました。ふっと。



先にも書いたように、今週は大人クラスが終了。

大人クラスは月曜日~木曜日まであります。


火曜日クラスの後に、打ち上げを!ということで、おしゃれなレストランに連れて行ってもらいました。


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↑地震のある日本では絶対にできないディスプレイ。日本人の私はひやひやしてしまいます(汗)


いつも日系社会の中で生きていますが、この日はブラジルを感じた夜でありました。


ブラジルといえば、ピンガというさとうきびから作った焼酎のようなもの。

そのピンガをレモンとソーダで割ったカイピリーニャをいただきました。


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さっぱりしていますが、ピンガがけっこう強いため、後味しっかりです。


ブラジル人の女性ってあんまりお酒を飲まないのです。

日系人女性に限っての事かと思っていましたが、全体的にそうだそうです。


結局、私とEさんのみ飲酒しました。

Eさんの飲んでいるワインもいただいたので、いい感じに酔っています(失礼いたします・・・)


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日本人女性のほうが、断然飲みます。

その代わり、コーラやガラナといった炭酸飲料をたくさん飲みます。



そして、ブラジル料理も堪能。


先ずはbatata(じゃがいも)です。何とアラビア語でもバタータ(タの発音がちょっと違いますが)というのです。

結構ポルトガル語の語彙はアラビア語からきているものが多いようです。

スペイン語がそうであるように。


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若干、饒舌まわってきたところで、アラビア語で話していました(笑)


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左は日本語学校の生徒Fちゃん。右の男の子はお友達。

皆の共通言語はポルトガル語なので(とはいえ、かなりの片言ですが、わたくし)、がんばって、ポルトガル語はなしていたつもりが、途中でぽろぽろアラビア語がでてしまってました(笑)


中途半端なアラビア語、ポルトガル語、英語がかなり混ざっています(涙)中途半端が故。

いかん、いかん。どれもちゃんとモノにできていないのが現実。

反省・・・


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 結構、酔ってしまいましたが、とっても楽しいひと時を過ごせました。

「ブラジル」を味わい、感じた夜でありました。


半年でブラジルという土地が私の中で、海外という枠から日常という枠に写ってきました(移って来ました)。


そして、コルネリオプロコピオに来られて本当に幸せです!

何より、素敵な人々に溢れるこの街、大好きです。


日系人以外にも友達ができました。


私が通勤で使っているタクシーの運転手Aさん。

おじいちゃんです。75歳くらい(推定)。この方の娘さん夫婦は生粋のブラジル人ですが、我が文協の会員さんで、紹介していただきました。私のポルトガル語の先生です。


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ご本人の写真はありませんが、いただいたともろこしのケーキ、プリンです。

わざわざ市場がでる土曜日の早朝に持ってきてくれました。


そんなこんなでこの街で日系人、ブラジル人とも少しずつ交際関係ができてきています。

ブラジルも味わっています!!


そして、このブラジルに来て、はまっているもの。

ネイルです。


日本でするよりもかなり安い!

手と足で800円くらい。


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子どもでも大人でもきれいにしています。

結構、赤とかオレンジとか、派手な色を皆さん、楽しんでいます。


それで学校も仕事もOKな訳です。


なるほど。


それもブラジルな訳です。


と、ブラジル社会もしっかり学んでいます。

先週の日曜日に行われたコルネリオプロコピオ文化体育協会の忘年会。


(*文化体育協会とは日系人団体で、日系人が多く住む街には必ずあります。)


日本語学校の修了式も無事に終わり、いよいよ歌です。


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先ずは6歳~9歳クラスによる「さんぽ」からスタート!

皆さん、御なじみのトトロの歌ですね♪


振り付き!


この振り付きは同僚M先生が授業中に即興でつくったもの、

そのセンスと俊敏さ、舌を巻きました!!


さ、いよいよ前奏が始まり、「さんぽ」を熱唱。


我々教師陣も端に陣取り、童心に帰って、熱唱(笑)


そして、10~13歳クラス、老人クラブの皆さんも加わり「翼をください」の大合唱。

なかなか、予定が合わず、合同で練習できなかったのですが、同じ舞台の上に立ち、世代を超えた声が重なり合うのは、純粋にすてきだなあと感動しました。

歌い終えたときのあの何ともいえぬ、充実感。

「いっしょに歌った」という満足感、幸福感。


おばあちゃんたちも「子どもに返ったわ~♪」と実にいい笑顔をされてました。


*合唱は動画のみで、UPできませぬ。あしからず・・・


来年はあれこれ、踊りをしたり、劇をしたりと色々な計画をM先生と立てています!乞うご期待!


「は~終わった~(ほっ)」としていたところに、そのまま舞台に留まるように言われ、

文協の役員の方による日本語による感謝のお言葉(涙)!!


普段、ポルトガル語で話すNさん、いっしょうけんめい練習してくれたんだろうな・・・(じーん)と感無量で、1世であるM先生、感涙(涙)


手にはいっしょうけんめい、にほんごで書かれたメモが・・・(涙)
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

プレゼントまでいただいてしまいました。

協会の方からのお言葉で、改めて、文協あっての日本語学校であることを痛感。

文協の方の協力がなくして、日本語学校も成り立ちません。


あくまでも日系人団体である文協の傘下にある日本語学校。これまで教鞭をとってきた日本語教育機関とは性格が異なり、新たな日本語教育に挑んでいる真っ最中なのです。



無事に歌も終わり、いよいよデザートタイム!

我が文協会ではケーキ入刀は最高齢の方が行うという仕来りがございます。


本日は95歳のI先生。I先生は初代、コルネリオプロコピオ日本語学校の教師を務められた方。いわば、コルネリオ日本語学校の礎を築いてこられた素晴らしい方です。

日本の女学校を卒業されて、遥遥地球の裏側、ブラジルまで渡られた1世である先生。

あの当時、女学校を出られたというのは、ものすごいこと!

今の時代とは比べ物にならないほど!

(表現が稚拙ですみません・・・)


現在はご家族の都合で、サンパウロ州にお住まいで、年末の今、コルネリオプロコピオに帰省されています。



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ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
ケーキを切られたのち、ケーキに合掌される姿に、感銘を受けました。

胸から熱いものがこみ上げてきました。ぐっと・・・


「ああ、先生は日本人であるんだな。」


3ヶ月の航海を経て、未知の世界に飛び込んでから、70年。

この地に来られて、日系子弟の教育に尽力されたI先生。


どんな気持ちで手を合わせていらっしゃるだろう・・・



東日本大震災で復興しつつある日本に、深い慈悲の心をささげ、遥か海の果てにある「ふるさと」にその思いを捧げているように感じました。

そして、この広大なブラジルの大地にも感謝の意を捧げているようにも。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
20年数年ぶりに復活した日本語学校を、日本から日本語を教えに来た私の事を、心から喜んでくださいました(涙)


しっかりとI先生のお心を引き継ぎ、この地で日本語に携わっていくことを固く胸に誓いました!

もう1年半しかありませぬ!

命がけで取り組みます!


最後はカラオケクラブの方による歌謡祭。


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「先生も!」といわれていたのですが、プロ並みにされる皆様の手前、練習もしていないので、今回は棄権しました。

「中途半端にやるくらいなら、やらないほうがまし。」

というダマスカス大学で一緒だったM先生の言葉を聞いて、目から鱗落としてから、私の座右の銘にしています。


なので、次回はしっかり練習して、歌謡祭にでます♪

芸能祭もやるかもしれませぬ。


とにもかくにも次回。



と、汗をかきながら、いろいろな思いに駆られた週末でした。

まさに万感、胸に迫った真夏の忘年会でありました。


ここに、ブラジルに来られて、コルネリオプロコピオに来られて、幸せです。

生ぬるい風や抜けるような青空から降り注ぐ、陽射しも心地よく感じるようになってきた今日この頃です。


おまけ。



先日、スーパーで見つけたお米。

「美味い(うまい)」の文字にひかれて、即購入。

まだ、味見してませんが、美味いに違いありません!


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師走。


文字通り、教師が忙しく走り回るこの季節。どの仕事でも皆様お忙しいことと思います。


ここ、ブラジルでは夏本番を迎える頃合であり、汗をかきながら、走り回っております。

忘年会でも同僚M先生とともに走り回りました!!


今回は前半戦の様子をお届けします。


日曜日の12時から開始予定のこの日、11時に集合し、うたのリハーサル。

老人クラブ、カラオケクラブの皆様と初の歌合せ。

(こう書くと何だか、歌手のようですが・・・笑)


11時にといっても、来ていたのは2人の生徒のみ。

その後、ま、ぼちぼちという雰囲気の中、我々教師は修了式の打ち合わせ、証書やプレゼント準備追われていました。11時半ごろ、大体集まってきて、最終リハーサル。仕上げは舞台上で幕をしめての練習。


何故だか、右はM先生、左は私と、幕を開けたり閉めたりにあくせくしてる教師の姿に「ああ、まさに師走だな。」と笑いがこみ上げてきました。


こういう時って、子どものほうが冷静ですね。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

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ここはブラジル。

12時をまわってもまだ始まりません。皆様、お話に花が咲いています。

12時40分を過ぎた頃に会長あいさつが始まりました。


会長は家族の都合で、副会長のIさんが、挨拶されました。

ポルトガル語と何と日本語でも!おそらく、ここコルネリオでは何十年ぶりのことだと思います。ここではポルトガル語社会です。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)



Iさん家族にも本当にお世話になっておりまして、忘年会の準備をした前日土曜日の晩御飯に呼んでいただいたのですが、そこで一生懸命あいさつを考えていらっしゃいました。



その中に「日本語を教えにきた里美先生に私達は我々の文化(ブラジルですね)や習慣を知ってもらうために、みんなでサポートします。」という一文があって、私の拙いポルトガル語能力を精一杯駆使して読み込みました。Iさんもちゃんと日本語で説明してくれて、本当にその文字、その言葉に涙が出ました。


お陰で「apoio」という支援、サポートというポルトガル語、しっかり胸に刻まれました!



・ここに来たこと、日本語を教える以上の意義があること。


・日系人の皆さんが日本人の私にブラジルを体感してもらいたいと願い、全力でサポートしてくださっていること。


・日系人は確かにブラジル人として生きていること。でも日本人としてのルーツを大事にしていること・・・


・移民が始まって100年が経った現在、日本からやってきた日本人が日系社会で生きること、その意義。


等々


色々な感情が交錯しました。


そして、ゲートボールクラブの会長による乾杯、万歳三唱。万歳といいながらグラスをあげておられましたが、一生懸命日本語を話す姿に感銘を受けました。


彼は生粋のブラジル人。コルネリオプロコピオの日系人団体、文協には多くのブラジル人も会員になっています。もはや日系人団体の役割は地域社会、日系社会に限らず、地域社会への貢献もあるように感じます。


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その前に東日本大震災で亡くなられた方への黙祷がささげられました。


日本から果てにあるブラジルから皆様と一緒に精一杯の祈りを捧げました。

日本から一番遠い地にいようとも日系人の皆さんの、ブラジル人の皆さんの心は日本まで届いたはず!

6月に行った岩手のあの風景、鮮明に脳裏に焼きついています。


それを見て来て、ブラジルに出てきた私には任務があります。

ありのままの日本の状況を伝えること、「復興のためにあきらめない」ということ、そして世界各国の(私はブラジルですね。)支援に心からの敬意と感謝の意を述べること、これが震災の中、海外に出たものとしての、日本人としての一つの役割があると切に思っています。



そして、いよいよお昼。

今日のご馳走は「持ち寄り」です。


中央のテーブルに巻き寿司、漬物、卵焼き、ブラジルのパステル(揚げ物料理)、キビ(元はアラブ移民がもってきた「クッベ」という揚げ物)やおにぎり等。


まさに移民国家ブラジルを象徴するテーブルとなりました。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

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私も僭越ながら・・・かきあげと卵焼きを作りました。

こう誰かのために作ると、何ゆえ、あんなにやる気がでるのでせうか。


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皆さんが長い列をなしている間、舞台裏では教師2名はばたばた走り回っていました。


そろそろ皆様のお腹が満たされて、落ち着いたころを見計らって、いよいよ日本語学校の修了式が始まりました!!


出番を待つ漫才師のようでありました(笑)


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↑私の尊敬するM先生!!とってもパワフルで愛に溢れる素敵な先生!!

私が赴任するまでの2年間、お一人で日本語学校で教鞭をとられて来たすばらしい先生です。



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今か今かと待ち構える子どもたち。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


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コルネリオプロコピオ日本語学校が復活して2年。一区切りとして初めて修了式を行いました。

この文協で日本語学校を復活させた理由、「この街の日系人社会の活性化を図るため」です。


日系社会でも高齢化を迎え、4世、5世の時代になっている今、子ども達は「ブラジル人」として何ら違和感なく暮らしています。


どんどん先細りになっていく日系人society.


今、つなぎとめなければ

先細りしていく一方。


そして何より子どもがこの会館に来ることで、ぱっと明るくなります!!

「子どもは地域の財産、宝!」


日系社会に、そして地域社会にも明るい光を照らしてくれる子どもの笑顔。


わが子の、孫の晴れ姿に、壇上から見る親御さん、じいちゃんばあちゃんもとても喜んでおられました(涙)

ブラジルの学校も冬休みに入っていたため、全員そろうことはできませんでしたが、素晴らしい修了式となりました。

来年に向けて、あれこれ課題もありますが、皆様の笑顔に出会えて、最高の瞬間を手にすることができました。


さ、いよいよ歌です!


つづく。

日本の真裏にあるブラジルは夏。

地元の方曰く、まだ春だそうで、クリスマス前に夏を迎えるとか。


どうもさんさんと降り注ぐ灼熱の太陽とクリスマスが結びつきませぬ。

改めて日本人であることを再確認。


今日は配属であるコルネリオプロコピオ文化体育協会の忘年会でありました。

又もや、万感、胸に迫る週末となりました!!



前日の土曜日、協会の皆様と飾りつけ。

今日は準備の様子をお届けします。


汗をかきながら、クリスマスツリーの飾りつけするのが、とっても新鮮でした。


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ツリーにぶらさげるのは老人クラブで作った折り紙。

クリスマスに相応しく「ポインセチア」を折っていたのですが、

「日本人だから、やっぱり鶴もかざらんと。」という力強いお言葉をいただき、

子供達と鶴作り。


クリスマスツリーにつるというのも素直にいいなと感じました。日本にいたら、考え付かないことで、日系人文化と日系人の中の「日本」や「日本人である」ということを垣間見た気がします。


深い!!


何だか、その「日本人だから」という言葉が胸に沁みました。


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そして、テーブルの上にはこ~んなかわいい雪だるま!

これも協会の方の手作り!何と40個も!!


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ここにきて「手作り」のものによく出会います。


お弁当、つくえやいす、何より日本語学校が協会の皆さんによる「手作り」です。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
子どもの想像力ってものは果てしなく広がっていることを痛感。

斬新なクリスマスツリー!!

これを作ったのは雪だるまのろうそくたてを作ったBさんの娘さん。

血も争えませぬ。うちの家族がお酒好きであることと同じように。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

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ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
子ども達といると、私もついつい童心に戻ってしまいます。

29歳の私、お陰さまで元気に生きてます。(柴田トヨさん風に)


(*余談ですが、ブラジルに来て、歯科矯正始めました。)


そして、老人クラブのポインセチアとともにテーブルに飾りつけ。クリスマスツリーの飾りつけも完了!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

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そして、日付は変わって日曜日。

同僚のM先生と早めに集合し、子供たちの歌の練習。


舞台でのリハーサルも終わり、人も集まってきました。

教師のほうが、どきどきしますね!!且つ、楽しんでしまいました・・・!!

日本語学校の修了式も一緒に行う忘年会。


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いよいよ忘年会が始まります!


つづく。

11月の下旬、「あれ、喉が痛いな・・」と思ったのもつかの間。瞬く間に熱を出し、風邪を完治するのに1週間かかってしまいました。


日本では殆ど風邪をひかない私。


ブラジルのものすごい乾燥と日中と朝晩の温度差(ひどい時は15度~20度の差が!)にまだ慣れていないようです。


幾度となく、ブラジルに来てから、風邪を引いてますが、今回の風邪は最大にきつかったです!

全身で「健康」のありがたさを痛感。


ブラジルに来て、半年目。ここで、一区切り、リセットできたように思います。


たかが風邪で(といっても風邪は万病の元ですので、侮れません!)苦しむ私は、闘病生活を送った父・母・姉の強さを改めて、感じました。「すごいな・・・・」まだまだ鍛錬が必要です!



さて、先週の土曜日、風邪もよくなり、食欲も取り戻しつつあった私に1本の電話が。

尊敬してやまないTさんからでした。息子さん家族が来るので、一緒に晩御飯をどうぞと、ありがたいお電話。


早速、うかがうと「里美さん、これ、どう?」


と目をきらきらさせたTさん。

その指先にはクリスマスツリーが。
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
よく見ると、老人クラブで作った折り紙の星、お花、魚が!


まるで少女のようにきらきらしていたTさん。幾つになってもそうありたいものです。

「生きてる限り、がんばらんとね。」と今日もおっしゃったTさん。多大なるパワーをいただきました!!



そうこうしてたら、窓の外から、Tさんを呼ぶ声が。


外に出ると、以前、コルネリオプロコピオ日本語学校で教鞭をとっていた95歳のI先生の姿が。


噂はかねがね、聞いていたのですが、お会いするのはこの日が初めて。I先生は日本で女学校を卒業されて、ブラジルに移民された方。街の方々から「とても素晴らしい先生だった!」と常々、聞いていました。現在はサンパウロの方にお住まいで、お孫さんと一緒に久しぶりに地元のコルネリオプロコピオに戻ってきたそうです。

あの当時、女学校を出られたというのは、ものすごい事であり、また婦人会の会長もずっと歴任されてきた素晴らしい方。


実際、お会いしてご挨拶をしたのですが、噂どおり、すばらしい方でした!私が日本からこの街に日本語を教えにきたことを、心から喜んでくださいました。温かい激励の抱擁をいただきました!!なんだか、胸から熱い物がこみあげて、涙が出てしまいました。


人の生き様って顔や雰囲気にでるものですね。とってもいいお顔をされて、とてもいい気を放っていらっしゃいました。



ここで日本語を教えるということ、大先輩から続くバトンを引継ぎ、精一杯やらなければ!と新たな決意ができました。


この晩、お孫さん、息子さん夫婦のためにせっせとそうめんや漬物を作るTさんの姿、I先生の姿、3世代に渡る日系人家族のある晩御飯の風景に、万感せまる週末でした。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
「心身ともに健康で」


しっかりと体調管理をして、残り2週間の日本語学校を乗り切りたいと思います!!

そろそろクリスマスが近づき、街中もクリスマスの様相。でも、この暑さがどうもクリスマスと結びつかない今日この頃です。

少しずつ、形ができつつあるコルネリオプロコピオ日本語学校。

更衣室の教室にも看板ができました!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
そして、先週から成人クラスが一クラス増えました!

とはいえ、受講者はお二人です。50代のご夫婦です。


ご主人のお名前は「吉田 茂」さんで、自己紹介のときに「あっ」と驚きました!

どうやらご両親が吉田首相からとったそうです。


奥様も茂さんも幼少時には日本語学校に通っていなかったそうで、0初級です。

とはいえ、茂さんはおばあちゃんの日本語を聞いていたそうで、少しわかります。


お二人のご希望は「会話」。なので、文字は勉強せず、「話すこと」に焦点を置いたクラスです。


今週で2回、授業を行ったのですが、何度も琴線に触れる場面があり、涙が出そうになりました。

この瞬間こそ「ああ、日本語教師でよかったな~。ブラジルに来られてよかったな~!」と噛み締める瞬間であります。


★授業一回目

この日は「自己紹介」をするが学習目標でした。


ご夫婦で参加されているので、家族の名称を練習していたときのこと。

絵カードでお二人がどのくらいご存知が確認していたときのこと。


「お父さん、お母さん」に差し掛かったとき、


「おとうちゃん、おかあちゃん」

と返ってきました!


ここでは、お二人にとっては紛れもなく

「おとうちゃん、おかあちゃん」

な訳で、それを「お父さん、お母さん」に直す必要は全くないのです。


その答えにお二人が、ご両親のことを

「おとうちゃん、おかあちゃん」

と呼んで、育ったのだろうなと、その言葉の裏側にある吉田ご夫婦の人生の重みをずっしりと感じ、涙が出そうになりました。


★授業2日目

先ずは前回の復習。もちろん、家族の名称も!


今回も言うまでもなく、

「お父さん、お母さん」は「おとうちゃん、おかあちゃん」

と返ってきました!


お二人は(他のクラスも!)とても熱心でたくさんの質問が出ました。


仕事が終わって、19時から1時間半を日本語の学習に充てるお二人。


「どうして日本語を勉強しますか。」との問いに


ただ、

「勉強しなければならない」と力強く答えたお二人。


日本に行く予定もブラジルで日本語を使って仕事をすることも、お二人はないのです。


そこには「日本人を祖先に持つ日系人として」という思いがこめられています。お二人が思いを馳せているのは日本語を話していたじいちゃん、ばあちゃん、おとうちゃん、おかあちゃんなのでしょう。



「行けなかった」を「行かれんかった」とおっしゃる皆様。

九州弁でいきます!

これまで手放せなかったアクセント辞典はここでは、捨てました!

(方言話者である私は勉強する必要があるため、密かに勉強続けますが・・・)

とはいえ、「今の日本語」を知りたいという気持ちも皆様、お持ちなので、その要望には応えなければなりません。


これまで、日本、シリア、インドネシアと日本語を教えてきましたが、改めて、現場によって、学習者の数だけ「日本語のあり方」が千差万別であること、しみじみ感じました。そして、プロの日本語教師として、あらゆる現場、学習者に対応できる日本語教師にならなければ!と改めて、意を決した昨晩でありました。


まだまだ修行が必要であります!


「ここにはここの日本語がある」


それを知らなければ、日系社会で日本語を教えることはできない、況してや教える資格はないと切に思います。

先ずは日系社会の日本語を、言うまでもなく、日系社会を知らなければなりません。


ここですら、世代別で日本語のあり方が違う訳です。


・老人クラブ(*上級者クラスもあります)
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

・成人クラス(20代~50代)*写真は20・30代クラス。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

.高校生クラス


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・子どもクラス(10歳~12歳)


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


・子どもクラス(6歳~9歳)


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


と、各々の世代の日本語を追求していきたいと思います!!

今日11月15日はブラジルの共和国宣言の日で祝日でした。

*ちなみに9月7日が独立記念日。



今日は毎月1回行われる協会の母の会の集まりに参加させていただきました。


母の会は私が所属するコルネリオプロコピオ文化体育協会(日系人団体)の謂わば、婦人会のようなもの。

いつも老人クラブや協会の夕食会や、運動会等、日々お世話になっているお母さん達に囲まれ、素敵な休日の午後を過ごすことができました。


昼下がりの2時から皆様、集まり、その月の誕生日の方のお祝いをするのですが、先ずはHappy Birthadayの大合唱♪もちろん、ポルトガル語。
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

そして、列を成して、お祝いの抱擁!これが熱いのです!!しっかりと気持ちを込めてのabraço(抱擁)を!


「おめでとう!○○ちゃん!健康でね~。paravénse!saúde!」
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

何だか、その姿がとてもかわいらしくて、とても美しくて、何より熱い抱擁をされる皆さんの姿にぐっときました・・・!

琴線にふれてふれて・・・!!


確かに、お母さん達がここブラジルの大地で生き抜いてこられたことが感じられて、またもや胸から熱いものがこみ上げてきました。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

日本では決して見られない光景。

日本語の中にポルトガル語を混ぜて話される2世のお母さん達。確かに「日系人文化」があります。


今月末には母の会の日帰り旅行があるのですが、その話をケーキを食べながら、話していた時のこと。


ビキニを持ってくるのを忘れないでくださ~い!!」


やはり、ブラジル、皆様ビキニをお持ちのようで、「先生も持ってきてね。」といわれたのですが、まさかあのブラジルの小さすぎるビキニは無理でありますが、皆様のビキニ姿を見るのが今から楽しみです★


私はこのお母さん達とお話するのが大好きです!!人生のいろいろな深みのあるお言葉をたくさんいただきます。



最後に皆様と「翼をください」の練習。来月の忘年会に向けて練習。

子ども達も歌います!「むすんでひらいて」「幸せなら手をたたこう」も練習。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ここ、日系社会でも確実に高齢化を迎えています。殊に日本と同じで小さい田舎町は顕著です。かく言う私のコルネリオプロコピオ市も然り。


今、つなげないと日系人のバトンを落とすことになる・・・


この母の会の皆様も若いお父さんお母さん方も、何とか子どもたちにバトンを!

ということで、一生懸命です!!


そのための日本語学校。


何とか少しでも皆様のお力になるべく、全力でお手伝いしたい!と意を新たにした祝日でした。



というわけで・・・


子どもクラスでも歌っています。↓「むすんでひらいて」を練習中。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
日系社会の中で子どもたちからお年寄りまで、それぞれの世代の方と日本語を通して、ここで生きられること改めて感謝です!


コルネリオじゃなかったら、こんなに世代を網羅して、日本語のクラスを持つことはできなかったかもしれません。

そして、何より一から皆さんで作り上げる貴重な経験はできなかったと思います。

*ちなみに写真に写っている水色の机は3世代に渡って、使われてきた机です!

この地にをひしひしと感じているブラジル生活5か月目であります。

先週の木曜日「にほんのうた実行委員会」が主催する八代亜紀ブラジル公演に行って参りました!

日本にいたら、きっと行くことがなかったであろう、八代亜紀のコンサート。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
しかも配属先の日系人の方々と共に聞く、演歌、そして「ふるさと」。地球の真裏からやってきた彼女の歌声が胸に染み渡っていきました。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
↑我が、コルネリオプロコピオ市の皆様。


当初、日系人が多く住むサンパウロのみでの開催予定だったそうですが、八代亜紀のたっての希望でサンパウ州の次に日系人の多く住むパラナ州でも是非!ということで、パラナ州ロンドリーナ市での開催に至ったそうです。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


八代亜紀の出身はその名からもわかるように熊本県八代市。

今回、一緒にコンサートに行った協会の方々殆どが熊本移民の2世、3世の方々でした。

熊本は広島と並んで多くの移民を出した県。それを受けて、八代亜紀は日系人の多いペルーに技術専門学校を建てたり、今回のように日系人の多い国で公演も行っている。ブラジルでの公演は何と28年ぶりだそう。


国内でも女子刑務所の慰問も行っている。何と全国全ての女子刑務所をまわったそうであります!!

素晴らしい!!その辺の政治家よりよっぽど人々の心に寄り添い、社会のために尽くしていらっしゃる!!


ふんわりとした雰囲気を持つ彼女。そんな彼女から発せられる歌声に皆様、酔いしれておりました。「雨の慕情」「舟歌」「なみだ恋」など、数々のヒット曲も聞くことができました。



一緒に口ずさむ日系人。中には涙を流しておられた93歳のおばあちゃん。それを見て、涙ぐむ八代亜紀。

日本では見られない光景に何度も胸がいっぱいになりました。



ここ日系社会では以前にも紹介しましたが、「カラオケ」が盛んであり、カラオケを通して日系人としてのコミュニティーの結束力を強めているような気がします。「うた」というものはまさに国境を越え、人々の心をつなぐものなんだとひしひし感じさせられました。



ふと、「私は今まで、日系社会について本当に何も知らなかったのだ。」という思いにかられ、ひどく恥じました。去年は日本で日系人の方に日本語を教えていましたが、「彼らの背景を知らずして、どうして日本語が教えられようか!」と改めて、戒めました。それで、日系社会で日本語を教えることを選び、こうしてブラジルにいるのですが、まだまだ勉強不足。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

↑最後は子どもたちからの八代亜紀へ、歌のプレゼント。「こいのぼり・チューリップ・お正月」

もはや、歌詞の内容を知って、歌える子ども殆どいません。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
私の教え子も頑張って、3曲、歌い上げました。たとえ、日本語を話せなくても、今、勉強している日本語を忘れても、今日の出来事は一生、忘れないでしょう。日本語で歌ったということが何よりの宝物です。


八代亜紀の歌声のおかげで色々な発見をすることができました。

心から感謝であります!!


「演歌は日本人の心」としきりに言っていた彼女。


ここブラジルで演歌にはまりつつある今日この頃。

来月には協会での忘年会があり、紅白歌合戦ににどうやら、この私も出場することになりそうです!?