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ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

諸行無常の日々をことばを通して世界中の人々と心が通い合う瞬間が何よりの幸せ!に感じる日本語教師の他愛のない日常。只今、ブラジルにて修行中。

今日はブラジルのお盆で祝日。

今週前半、2日間駆け抜けました!!


月曜日、火曜日の授業は以下の通り。



月曜日:老人クラブ、高校生クラス、成人クラス(O初級:20・30代)

火曜日:文字クラス(上級:60・70代)、子どもクラス(6~9歳)、成人クラス(初中級:40・50代)


と、非常に語彙コントロールの技が鍛えられます!!


シリアでも日本でも初級クラスから中上級クラスを受け持ってましたが、あの時は皆大学生・社会人でした。


初級クラス直後の中級クラスの授業(その逆も然り)しばし、語彙コントロール(学習者のレベルに合わせて教師が話す語彙をコントロールすること)のコードスイッチングは難しいものがありました。


今回は高齢者→子ども→大人と日本語レベルはさることながら、世代も超えてしまうという、貴重な経験をさせていただいています!!


本当にありがたい!!


少し、クラスをご紹介いたします。


★老人クラブ


クリスマス忘年会に向けてのお花作り。

ポインセチアに加えて、星も作成開始。
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皆様、毎週、上手になられています!


★高校生クラス
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左側のMさんはメキシコからの交換留学生。日本、アニメが大好き!シリアでもインドネシアでも世界各国で日本のサブカルチャーの力を見せつけられています。


右側のKさんは来年は大学受験のために、近くの大きな町に出てしまいます。日本語を勉強するのもあともう少しでです。


過疎化は緩やかながらも確実に、この街でも進んでいます。


そして・・・


★子どもクラス(6歳~9歳)!


今週最大の山場でありました。

前回のブログで書きましたが、このクラスで「日本語を話させよう活動の日」を月1で私が担当することに!

そして、昨日が初回でありました。


久しぶりに徹夜。まだ新人の頃は毎日教案、授業準備で徹夜してました。

1時間の模擬授業ですら・・・なつかしい・・・


確実に時間は流れゆく。


とにかく、「心でふれあおう!」ということで、授業初めは歌とおどりでぐっと心を引き寄せました。

「日本語を通して、学ぶ喜びを♪」ということで、


「あたま・ひざ・肩・ぽん♪」

「むすんでひらいて」

「幸せなら手をたたこう」


を体を使いながら、体の部位と上下右左を学びました。

子どもの笑顔って、何であんなに平和を感じるのでしょう。


家に帰って、日本語、忘れてもいいのです。

ただ、「今日、日本語の歌、うたって、踊って楽しかった^v^」と思ってくれれば。
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その後、手作り冷蔵庫を登場させ(ここで、「何だ~これは??!!」と思わせ、子どもを引き込む作戦成功!かなり近づいてきました。視界から姿が消えるくらい(笑)^v^)冷蔵庫の中身を確認し、子ども達もすいか、ぶどう、いちごチームにわかれ、野菜、果物づくり。(↑作成中)



「○○をください。かしてください。」を言って、道具を借りに行くというお題が。

言えなければ、のりもクレヨンもはさみも貸してもらえない!


ということで、子ども達、よくがんばりました!!


私はしつこく「これは何ですか。」「何色ですか。」と質問攻め。

答えるまで、動きません(笑)



来週は冷蔵庫も作ります!!


いやはや、何せ、子どもの日本語クラスというのはここブラジルが初めてのことであり、まだまだまだ課題が多く、努力せねばなりませぬ!!


精進あるのみ!

終始、日本語で授業を受けるのは初めてだった子どもたち。


不安と緊張だらけでした。朝からずーっと。そっぽむかれるんじゃないかと緊張していました。

しかしながら、子どもたちは「聞こう、わかろう」としてくれました(はず??)

少しずつ、慣れていって、発話する日も訪れるのではないかと実感しました。


私が帰るまでには、残り1年7ヶ月でやってみせます!!


まだまだ手探り。今日の反省を次回に生かさなければ。



昨日、緊張していた私の緊張をほぐしてくれたのは

「里美さん、お饅頭作りました。おいでなさい。」というTさんからの電話。


お盆のお供え物のお饅頭を朝6時から作っていたそうです!
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「料理は手作りで。だって、愛が入れられるでしょ?」


と今日もT語録を聞かせていただきました(涙)


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私もTさんがお饅頭に愛を込められたように日々の授業に「愛」をこめて、学習者と向き合いたいと切に思います!!


ちゃんと料理します(反省)


そして、老人クラブで作ってきた折り紙の作品も壁に貼られていました!


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何だか、安心、愛をいただきました!!



こうやって、ここで、日系社会の中で生きられる喜びを感じています。

今日の午後はお墓参りに同行させていただくことに。



いってきます!



先週末、来月発足する太鼓クラブのために、練習用のばちを準備すべくを求めて、カフェ畑を再び訪れました。


今回は、残念ながら、ラガトというオオトカゲには会いませんでした。連れてくださったKさん家族の話だと、前回見たラガトで大きかったのは1M30cmくらいあったそうです!


「よかった!60cmのだけしか見られなくて!」という気持ちの一方で、でもせっかくその場にいたのに、勿体無いことをした!という後悔の念も抱きつつ、カフェの木を見つめました。私は逃げてしまったために、大物を逃してしまったのです。


まあ、またカフェ畑に来る目的が増えました。いつか大物と遭遇したいと思います!*人に危害を与えないトカゲなので、安心であります。


今回はkさん家族が所有するカフェ(コーヒー)畑で栽培に携わるブラジル人家族との交流も持て、一味違ったカフェ畑ツアーとなりました。



先ずは竹を!ということで、竹林のほうへ。


これが、ブラジルに生息する竹です!大きい!


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これは太鼓代わりに使用予定です。いい音が出そうであります!!


そうめん流しもできるかもしれませぬ。


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そして、今回はカフェ実をの乾燥させるまでの工程も見学させていただきました。


ここのカフェ園ではカフェの実を剥ぎ取り、ある程度寝かせて、大きな乾燥機が実を色がつくまで乾燥させているそうです。その後、カフェ会社に運搬するとのこと。


これがカフェの皮の山。


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皮をとった実は袋につめられ、倉庫に寝かせてありました。色は緑。


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かつて、初期の日本移民達は着るものに困り、このカフェ袋を服として、来ていた時期もあったそうです!!


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続いては寝かせた豆を乾燥させる工程。


火力エネルギー源は薪であります。

この乾燥させる機械はkさんの奥様のお父様の手作りだそうで、いやはや、度肝を抜かれました!!


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カフェの製造工程に感嘆のため息をこぼし、歩いていると、引越しした方のごみが山積みになっていました。


赤ちゃん用のベッドが目に飛び込んできました!


「ばちに使える!」とkさんが閃き、早速50数年使われたというベッドの柵の回収が始まりました。


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これが、50年という時の重みかなかなか取れませんでしたが、何とか4組の材料をゲット!その他、ごみ山からいくつかの材料をゲット!


材料はどこに転んでいるかわかりませんね。チャンスもそう。常にアンテナを張って、生活しなければとはっとさせられた瞬間でした。


日本にいたら、ばちは簡単に手に入るし、今回のこの体験はここにいたから、できたことです。こうして、貴重な日々を送っているんだなと。今こうして書きながら、しみじみしております。1日1日を大切に過ごさねば!いつか帰る日が来ます。




夏を迎えているブラジル。土曜日の午後は気温もぐっとあがり、太陽に焼かれているようでした。


ちょっと一息!ということで、カフェ園で働く家族の家におじゃまさせていただきました。


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家の中のかわいいこと!

かつて、日系移民達もカフェ畑に住んでいました。


今は、地主となった日系移民はカフェ作りには携わっていますが、こうして人を雇っています。



そして、ここで採れたカフェをいただきました!一般的にブラジルでは砂糖をたくさん入れて甘くして飲まれています。普段、砂糖を入れずに飲む私ですが、カフェ畑というロケーションからか、午後の暑さで体が疲れていたからか、甘いカフェが体に沁み込み、2杯おかわりしました!


アラブコーヒー、シャーイ(紅茶)、インドネシアコーヒーを思い出しました。


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こんな風にして、コーヒーは製造され、遥遥、日本に渡っていくのですね。


違った気持ちでカフェを堪能するようになりました。


10月も終わり。10月最後の日曜日は雨。


今週はサンパウロに赴き、久々に仲間にも会え、そして新しい出会いもあって、色々な話を聞くことができました。

とってもいい刺激になりました。


「雨降って地固まる。」


来月からは太鼓クラブも始まるし、子どもクラスの「日本語を発話させよう活動の日」も月1で始めることになりました


第一回目は11月1日火曜日、6歳から9歳クラス!!普段ポル語しか話さない彼らをどう料理しようか・・・日本語しか使わせません!!何とかそこから日本語を学ぶ喜びを知る機会にしたいと今から、気合が入っています!一方で緊張もしています・・・


このクラスは同僚の先生が担当しているクラスで私は補助的に入ってきたのですが、1から10まで日本語でやるのは子ども達にとって、初めてのことなのです。


そして、年末の文協の大忘年会!今回は紅白歌合戦もしようと皆様、気合が入っています。


子どもからお年寄りまでを一つにすべく「翼をください」を老人クラブ、子どもクラスで練習中です。

明日からは成人クラスでもスタートします!



また明日から新たな気持ちで6歳から84歳までの生徒さん達と、日系社会の中の日本語と、そして、日系社会と熱い気持ちを持って、全力で向き合いたいと思います!!





先週の水曜日に行われた日系人団体、コルネリオプロコピオ文化体育協会の大運動会。


今日は後半の大運動会の白熱ぶりをお届けします。


**********


AM9時過ぎ、おべんとうの準備も万端!


開会式が始まりました。


日本の国歌斉唱に引き続き、ブラジルの国歌斉唱。

どうして、外国で歌う、聞く「君が代」はあんなに胸に沁みるのでしょうか??

「君が代」を知っているのは1世、2世の高齢者世代。

無論、ブラジルの国歌のほうが、声も響き渡っておりました。

それが、「移りゆく」ということなのでしょう。


まさに諸行無常の響きあり。


ブラジルの国歌を歌う日系人の真摯な皆様の姿に、改めて日系人でありますが、ブラジル人であること、しみじみ感じました。


さて、会長挨拶、先生挨拶(何故だか、会長と並んで挨拶もしてしまいました。勿論、日本語です。)が終わり、この日、最大の任務「ラジオ体操」がやってきました!


コルネリオプロコピオでラジオ体操するのは、初めて。現在、運営している老人クラブでラジオ体操を行っているのですが、皆様からのリクエストで運動会でやってみることになったのです。


文字通り、子どもからお年寄りまでが一同に介して、ラジオ体操第1からスタート!
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特に足を曲げる箇所が難しかったようで、あちこちから悲鳴やら、笑い声やら聞こえてきました。

(↑写真:結構、なかなかいい開脚振りであります!)


それでは、一見は百聞に如かず・・・ラジオ体操の模様を見ていただきませう。


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いかがでしたでしょうか。


皆様の奮闘振り、伝わったことと思います!!

日本から一番、遠く、離れたブラジルのとある休みの様子です。

不思議ですね。


日本では運動会前にラジオ体操の練習がありますし、体育の授業の始めには必ず、やっていました。

初めてのラジオ体操はかなり難易度が高かったことと、思われます。



しかしながら、子どもからお年寄りまでがいっしょに一つのことをして、さらなる親睦を深めるという大義はかなったという実感を持って、皆様でラジオ体操第2の深呼吸をしました。



ああ、協力隊訓練生時代に体育委員会でよかった!あの時に逆方向で行うラジオ体操をマスターしたのです。早朝ラジオ体操にマラソン・・・二本松。第2のふるさと、福島、二本松。少しでも、いい方向になることを、地球の裏側から祈っています!!



そうこうして、いよいよ「赤」と「青」チームに別れ、競技がスタート。


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日本でお馴染みのかけっこから、ブラジルらしいサッカーのボール蹴り等々。

さすが、ブラジル生まれ育ちの子ども達のサッカーボールの扱いのうまいこと!女の子も上手でありました。


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そして、夫婦で参加の一輪車運び。(ちなみに九州では「ねこ」といいます。)私は勿論、相手がいないため、ご主人をお借りしての参加。
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その時、日本学校のとあるお母さんが「先生、これと一緒にしてください。」

他の人に「これ?」って突っ込まれていましたが、こうやって、皆さん、普段使わない日本語を使おうとしてくれるので、とっても嬉しいのです!

それだけでも、私がここに来た甲斐があったと思います。


ここで、私がポルトガル語が上達しない(?)深い理由があります。(結局、自分次第ですね、それは。がんばります!)



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おじいちゃんおばあちゃんを見つめる孫たち。何だか、胸がほわっとあったかくなります!
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もれなく、賞品が。


私も2年分の石鹸をゲットしました。もう、ブラジルでは買わないでしょう。この日5つの石鹸をゲットしましたから。しかも、先週金曜日の「先生の日」でも生徒から高級石鹸をもらいました。


そうこうしているうちに、お昼になり、母の会のお母さん達の愛がたっぷり入ったお弁当の時間となりました。


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朝、あんなに食べたのに、ぺロリと平らげてしまいました。1,5人分はある、あのお弁当を!

外で皆さんと演歌のBGMの中、ビールもいただいたからでしょうか。本当に心の底から「おいしい!!」と叫びながら。


卵焼きとおにぎりって合いますね。しかも、白菜ときゅうりのおしんこ、そしてきんぴら・・・いやはや、味がさらに沁みこんで、朝より美味でありました!


味もさることながら、何だか、同じ、お弁当を皆さんと大空の下、食べられて、この上ない幸せを感じました。


お腹もいっぱいになったとこで、母の会のSさん(いつも老人クラブにも着ていただいています)とお話したときのこと。Sさんの子どもの頃のお話を聞きながら、目頭が熱くなりました。



1世のSさんは8歳のとき、家族と一緒に船で2ヶ月の長旅をへて、ここサンパウロにやってきたそうです。


出身は何と、岩手


「一度でいいから、また行きたいねえ。でも、地震もあったし。親戚ももういないし。家族もここにいるからねえ。」

と語る80歳を超えたSさん。


九州、中国地方出身者が多いこの土地で初めて出会う、東北出身のしかも1世のSさん。


ブラジル行く前に2週間ほど、岩手に行ってきた私はありのままの様子を伝えました。それだけでも岩手に行った意味、ありました。ブラジルで今の岩手の様子を70数年前に岩手からブラジルに渡ったSさんに話せるだけで、もう十分すぎるほど。いつかsさんあの美しい景色を見てもらいたいなあ・・・


何だか、人生の重みが、80年という年月が、私にはまだまだ想像もつきませんが、伝わってきました。

いやはや一本の映画を見てるよう・・・


さて、胸もいっぱいになり、ビールも程よく回り(シリア、インドネシアでは考えられません!!)、私も走りました。

よくよく考えると、高校ぶりです、運動会。12年ぶりです、何と!


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ビンつり(生まれて初めてしました。ブラジルの日本移民があみだしたのでしょうか。)駅伝競走、ゲートボール等。次々と競技が進み、フィナーレに近づいてきました。


玉いれ、綱引き!


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15歳以下の子ども限定だったのですが、小学生と同じ身長の私も子どもに紛れ、本気で戦ってきました。


途中、審判の親御さんに


「先生、何歳ですか?」と突っ込まれ、「14歳です!」と答え、許可がおりました。


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というのも、綱引きや玉入れのやり方を子ども達に伝授するためです!

殊に綱引きでは何度も「腰の入れ方」を伝えましたが、やはり練習が必要ですね。

でも、そのお陰か我らのチーム、勝利しました!


綱引きが終わった時にはもう6時を過ぎていました。

母の会のお弁当作りが始まったのは午前6時。もう、12時間も活動しています。最後まで残っていた母の会のお母さん達、本当にお疲れ様でございました!!


家路に着いたのは6時半。日も暮れていました。


アパートのドアを開けた私の胸はいっぱいで、涙がこみあげてきました。


ここに、確かに日系移民の息吹が生きていること、そして、新しいブラジルの大地の風を吸い込みながら、脈々と流れていること、この五感でしかと感じました。


残り、1年8ヶ月、しっかり、ここで生きます!日系人の皆様と一緒に。

今週水曜日、ブラジルは「こどもの日」で祝日。


我がコルネリオプロコピオ文化体育協会(ACEP)では毎年恒例の運動会が行われました!!(*協会の正式名称を日本語で知ってる人は1世、2世の一部の方のみです。)


運動会を終えて家路に着いたのは、もう日が暮れた6時半。

何だか、胸がいっぱいになって、涙がこぼれました。


地球の裏側に脈々と流れる日系移民達の血潮がブラジルの広大な大地で育まれてきたこと、日系人が現代のブラジルで生きていること、そして、その結束力を、肌で感じた1日でした。


そして・・・


日本人として、日系移民や日系人の知識のなさを恥じました。

やはり、我々はもっと知らなければなりませぬ!!



今回は2回に分けて、運動会の模様をお届けします。


ねこへび月曜日


授業を終えた20時半、教室である更衣室を出て、広間の方に行くと、仕事を終えた皆様が賞品を種目別に分け、袋詰めしているところでした。
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作業が終わったときには、10時半を回り、それから「持ち寄り」の晩御飯。

欠かせないのはやはり、「おにぎり!!」


おにぎりは何であんなにたくさんお腹に入るのでしょうか?!

大勢で食べていることも食欲増進させていますね、確実に!!


カエル火曜日


13時より、明日の運動会で販売するお弁当作り。担当は「母の会」のお母さん達。


私も「きんぴら作り」の任務を受け、参加。


前日の今日は材料をきったり、下ごしらえをしたり。↓この肉の塊は「かつ用」の牛肉。しかし、ブラジルのお肉は本当に大きい!!
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途中、カフェ(コーヒー)、お茶、ケーキ、ドーナッツ、フランスパンでおやつ。勿論、話の花も咲く訳です。


日本語とポルトガル語の混成語(?)であるコロニア語を話す2世のお母さん達。


「まあ、しかしsogura(姑)って人はどうして、嫁が憎いんやろうか(大笑い)。まあ、ひどい人やった~(大笑い)!」

(この地域は熊本・福岡出身移民が多く入植した土地で、九州弁が確かに生きています。)


「どうせ、死ぬんやから、笑っとたほうがましやね~(大笑)!!」


というお言葉、胸に沁みました!!皆様、底抜けに明るいとです!!


人生の重みを感じました。


てんとうむし水曜日(運動会当日!)


朝6時から、お弁当の仕上げに取り掛かるお母さん達。


かつをあげ、海苔巻きを巻き、おにぎりをにぎり、卵焼きを焼き・・・

どんどん、お弁当の中身が出来上がっていきます。


これが、まあ、何といいかほりなのです!

だしやら、揚げたてのかつのにほいが。
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私もお手伝いをもらいながら、きんぴら作り。
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ブラジル生まれの皆様にはやはり私の味付けは甘いようでした。

「砂糖」はあまり、料理に使わないそうです。


味を色んなお母さんに見てもらい、100人分がやっとこさ、出来上がりました!


いよいよ詰めてゆきます!!


若いお母さん達にここでバトンタッチ。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

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こうして、100人分のお弁当が出来上がったのは9時過ぎ。


一つ一つ手作り。日本だったら、スーパーに行けば、手軽にお弁当が買えます。注文だってすれば、前日から、運動会当日の早朝にだって、作る手間はいりません。


しかしながら、皆さんが力を合わせて「お弁当」を作ってる姿に、そしてお弁当が出来がった瞬間に、至極、感銘を受けました!!「手作り」ってよかですねぶーぶー


改めて、こうやって103年もの間、「おべんとう」が引き継がれてきたんだと思うと、胸が熱くなりました。今じゃ、ブラジルでは日本の食料は何でも手に入ります。


でも、先人達がここに到着した頃は何にもなくて、ないところから一つ一つ作っていったんだろうなあ。としみじみ、お弁当作りを通して、感じました。

そして、あまりモノののおにぎり、かつ、卵焼きを一仕事終えたお母さん達とつまみ食い。これが、最高に美味なのです!!


運動会が始まる前に、既に朝ごはん、お昼ご飯まで食してしまいました。


そして、広場に移動し、いざ出陣!!


今日は、ありがたいことに曇り模様で救われました。

春とはいえ、既にものすごい紫外線が降り注いでいるブラジル。
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着々と集まってきました。


開会式でのラジオ体操。

この日、私の最大の任務です!


コルネリオでラジオ体操を取り入れるのは始めてということで、文字通り「子どもからお年寄り」までが、初のラジオ体操を一斉に行う貴重な瞬間!


↓今か、今かと待ち構えています。
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後半に続く。



昨日、念願のカフェ畑に行ってきました!

いつも車窓から眺めているカフェ畑。

ポルトガル語ではカフェ=コーヒー。

今日は、いつもお世話になっているKさんご一家のおじいちゃんのカフェ畑に連れて行っていただきました。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

初めて、コルネリオプロコピオに向かう車の中で、果てしなく広がるカフェ畑、とうもろこし畑、小麦畑、点に見える牛や羊を見て、「ブラジルに来たんだ~!!」という実感と「気づけば遠くに来たもんだ~!!」という歌が混じりあったのを覚えています。


まだ2ヶ月半前のことです。何だか、もっと長くここに住んでいるような気がします。



私の住む北パラナは肥沃な赤土で有名。本当に真っ赤!!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

いつも走る国道をいよいよカフェ畑のほうに抜け、がたがた道へ。すぐそこにカフェの木が!!とはしゃいでいると「がさがさがさ・・・・」という勢いのある音が手前から奥のほうに、影を伴って逃げていきました。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

「出た~!!ワニ!!」と叫ぶ私に


「あれは、とかげ。な~んにもしない。」と笑いながら、愛情たっぷりの声が返ってきました。



しかし、とかげにしては、大きすぎる!60センチはありました!!やはりここはブラジルなのです。

普段、日系人の方と接しているからか、醤油や味噌があるからか、日本語を話しているからか、先進国ブラジルからか、「外国!!」という実感が日に日に失われています。



ブラジルに来て、3ヶ月がすぎ、所謂「異文化のハネムーン期」が終わろうとしているのでしょうね。

常に新鮮な気持ちでいなければなあ、と思っていたので、今日のカフェ畑はまさに新鮮さを取り戻してくれました。


ここしばらく雨がなく、カフェの葉も花も、その喉をからからにさせていました。雨が降れば、花びらが開くそうです。白い花びらがきれいに咲くそうです。(写真:カフェの花と実)
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
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今日は珍しく、雲がどんより出て、もうすぐ一雨きそうな気配。

心なしかしゅんとしているカフェの気も喉から手が出そうな雰囲気を醸し出していました。



と、色々と説明してくださったKさん。2世の82歳です。子ども頃からコーヒー作りと共にこの赤い大地で生きてきたKさん。ことばのあちこちに、コーヒーへの、この大地への「愛」を感じました。そして、被っている麦わら帽子が本当によくお似合いで!長い年月をここで生きてきた人にしか出せない味。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
この辺りに入植したのは51年前。その頃は日系人コロニア(入植地)があり、40家族近い日本人がここで、暮らしていたそうです。入植当初は原始林を切り開いて、畑にしていったそうです。無論、機械などない訳で、まさに人の力で日本じゃ考えられない広大な土地をカフェ畑にしていったそうです。



植物もそうですが、生き物も豹や巨大蛇等、まさにブラジルサイズの生き物が、どこから出てくるかわかななかったそうで、いやはや、先人達のご苦労は想像を超えるものです。



Kさんの息子Fさんは2世(47歳)。1世のおじいちゃんから「どけどけ!」といつもカフェ畑で言われていたそうです。


このように、3世の皆さんは子どもの頃、1世のおじいちゃんおばあちゃんの日本語を聞いているので、わかるのです、日本語。でも、日本語を使ってたわけではないそうですが、確かに体の奥底に眠っているのです。今、その3世世代の方々も一生懸命、日本語を学んでおられます。ありがたいことに、毎週、生徒が増えております!今、日本語を知ってる最後の世代。ここで何とかバトンを渡そう!という意気込みがこの世代からは感じられます。



さて、コーヒー畑に戻りませう。

色々なお話を聞かせていただきながら、コーヒーの実を乾燥させる小屋やパパイヤの木、椰子の木なども見ました。すると風がどんどん強くなって、雨が空の向こうからやってきそうな気配。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

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「おどろおどろしい」という表現がぴったり。


日本では見れない嵐の前のカフェ畑。

1世の方はどんな思いでこの赤土を踏みしめたのだろう。

とかげに驚く私には到底、計り知れない思いがあったのでしょう。

この大地で生きるからには、その思いを知りたいと思います。

カフェ畑と嵐に色々な思いをめぐらせました。


恥を忍んで、嵐の前の風に吹かれる姿をお見せします。

思い切り、赤い大地を踏みしめました。肥料で辺り一面、黒くなっていましたが・・・


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
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今年植えたばかりのカフェの木。来年はどのくらいの大きさになっているか、楽しみであります!


最後に、我が町で作られているイグアスコーヒーをご紹介!(写真左側)


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

日本にも輸出されています。

どこかでお目にかかったときには、何卒宜しくお願いいたします。


本当に、美味であります!

毎日、飲んでます。



おまけ。

金曜日に行った生徒の誕生パーティー。

まるで、結婚式のようです!

Cちゃん、おめでとう!!

ここに来て、2度目の誕生日パーティ。

来週もあります。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


9月最終日曜日のこと。「パラナ幼少お話大会」の審査員をやって参りました。

(*パラナ州はサンパウロ州のすぐ南に位置する州)



「お話大会」とはあくまでも「話す」ことを競うものなのですが、童話や物語に加え、作文も読むのです!

審査基準に「内容」は問わないとのこと。これまで、日本、シリアでも「スピーチコンテスト」をやってきましたが、「お話」と「スピーチ」は別カテゴリーで行われます。


「何と!ざっくりな!」とも思いましたが、日系社会で伝統的に行われてきた、この「お話大会」。


日系社会初心者の私。「何かの意図があるはず!」先ずはここの「お話大会」の背景を知らなければ!文脈を知らなければ!ブラジルに来てから、2世世代の高齢者の方に心奪われることが多かったのですが、この日というこの日は4世、5世世代の子ども達の熱弁ぶりに何度も琴線が揺れに揺れ、胸から熱いものがこみ上げる瞬間が続きました。



先ずは来賓挨拶で、登場した某校長先生。
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

「ブラジルを担う皆さん」「よい日系ブラジル人」という言葉が印象的でした。

当たり前のことですが、「ああ、子の子達はブラジルの未来を背負ってくんだな。」と思うと、不思議な気もしました。4,5世代の子ども達は歴としたブラジル人なのです。


その一方で「震災」の話に触れ、『日本語を学ぶことで、「日本人」としての精神も学び、いい日系ブラジル人になりましょう!』というお言葉も心に残りました。



先ずは幼児組(5歳以下)からスタート!

年代別でカテゴリー分けされています。
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

とにかくかわいかったとです!「くん・ぽん・わん」という題でオノマトペを元気いっぱい話すAちゃん。これでもう、心奪われ、6~7歳部門へ移りました。


皆、とにかく、「ここ、一番!」のお洒落をしているので、さらに心を打たれました!


下の写真の7・3分けの男子!はつらつとした元気のいい話しぶり!ちなみに彼は4人兄弟で全員、スーツに7・3分けでありました。もれなく賞を各部門で持っていったS兄弟。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

以下、印象に残った「お話」


・「ぼくの人生」を話す男の子。生年月日を見ると、2003年・・・いやはや、ついこの間ではありませぬか!「人生かあ。」日本語で語る人生8歳の人生。


・「男らしい男」という題で「外見より中身が大切です!」と力いっぱい話した12歳の男子。


・「笑顔は健康の源です。皆さん、笑いましょう!」とまさに溌溂と話す女子、13歳。



この日、がっと心を掴まれたのは、歴史と彫刻を愛していると見えた15歳の男子の「北村西望と平和記念。」


長崎の平和記念像を作った彫刻家の話でした。恥ずかしながら、北村西望を知らなかったのですが、彼の熱い語り口調にどんどん引き込まれていきました!!彼のお陰で、新しい知識を得ることができました。


発音やイントネーションが上手とかより、やはり「心」だなと痛感しました。「心、魂」のこもったお話が「心」に響くものですね。



そして、「出稼ぎ帰り」子ども達が多く参加しており、日本で生まれ育って、2008年のリーマンショックを機に帰国した子ども達が多かったことも印象的でした。将又(はたまた)、105名の日系人の中でも純粋に日本語が好きで勉強している生粋のブラジル人も3名ほどいて、胸が熱くなりました!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

以上、9時から17時まで、びっちりと堪能させていただきました。カラオケ大会より時間は短かったです(笑)

(「10週分ののど自慢♪」http://ameblo.jp/satomincafe/entry-11002221929.html



「日本語」が脈々と流れている事、今日しかとこの目で生き証人として、見ました!

勿論、とにかく「日本語」を暗記した子どもが大半で、普段は「ポルトガル語」を話す彼ら。

でも、彼らにとっての「日本語」「日本」があること、いろんな形でそれぞれの世界に存在していることが見てわかりました。


これは「日本語」を学ぶ学習者、みなに共通することです。

日本でもシリアでもインドネシアでも、ここでも。


そして、審査員席に運ばれる飲み物が「コーヒー」なのも「ブラジル」な感じでありました。


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とてつもなく、余談ですが、最近またもや「ウッチャンナンチャン」にはまっている私。


「夢で逢えたら」からのコントを見ています。「You tubeに感謝!


(シリアじゃネットが家で使えるなんて考えられない!使えたとしてもダイヤルアップで、速度は遅いので、You Tubeが見れるなんて、夢のよう!さすが先進国ブラジル。でも、シリア時代はそれは普通でネットがないなら、ないで十分でした!何の不自由はありませんでした。メールしたけりゃ、ネットカフェに行けば、いい事ですから♪)


懐かしいし、本当におもしろいのです!!

「夢逢」なんて、20年も前なんですね~。いやはや、今でもおもしろい!


あの頃、部活から急いで帰り、ウッチャンナンチャンの番組をTVにかじりつくように見ていた時の頃を思い出し、またもや「諸行無常」を感じ、切なくなっています。私の青春!


1年に一回くらい、ウッチャンナンチャンのコントが見たくなる時期が訪れます。


ほかには、向田邦子のエッセイ、短編小説にも嵌ってます。

ページを進めるごとに、昭和一桁生まれの彼女の生きてきた時代を羨ましくなります。


今は、インターネットが普及して、TVを見ることも減り、TVのために自転車を一生懸命こぐ事もなくなりました。便利になった一方で「失われたもの」もあるなあと90年代と2000年~今を比べて、ほとほと感じました。あの頃は皆が同じものを見て、共感してたように思います。


どっちがいい悪いは言えませんが、今のほうが、何だか「切ない」ことだけは確かです。



ブラジルの日系社会も移りゆく。

でも、変わらないものもある。



ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
近くの大都市ロンドリーナで売られているお饅頭。餅、かりんとうもあります。


ブラジル生活も4ヶ月目に、突入です。



昨日の老人クラブにて、「アルミホイル」にまつわる衝撃的な事実を聞きました!


折り紙を折りながら、無論、話にも花が咲くわけで、毎回、貴重なお話を聞かせていただいております。

ちなみに昨日はこれまで折ってきたお花を復習し、「金魚」を折りました。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


そんな中、「99年の愛(橋田壽賀子ドラマ)」の感想を皆さんと話していたときのこと。戦時中の話になり、「日本語禁止令」が発令されていた当時、日本語の本を土の中に埋めたり、それでも勉強を続けた学校では隠れて日本語の勉強を続けていたそうです。


しきりに皆さんから教えていただいた「日本人としての心」。


当時、青少年期だった皆さんは日本の戦闘機に使ってもらおう!と「アルミホイル」を必死になって、集めていたそうです!!!!!


な、何と涙ぐましい・・・(涙)


そのエピソードを教えたくれたのは私が尊敬してやまないTさん。(「やさしさはあの世に持っていけない。」という名言を持つカラオケクラブのTさん)「必死になってアルミホイルを集めたもんですよ。飛行機に使ってもらおうと思って。」


な、なるほど、アルミホイル!


「あの時はね、一生懸命だったですよ。今はね、アルミホイルで飛行機が作れるわけないってわかってますがね。必死だったですよ~。日本人としてお国のために何かせんとね~。」と笑い飛ばしていらっしゃいました。


何だか、当時の皆様の純粋な「日本人」としての気持ち、心が胸に沁みました。


ブラジルで生まれ育ち、日本の地を踏んだことのない少年、少女が「日本人として」日本を思う気持ち。それは並々ならぬものじゃないでしょうか。私には想像する力が乏しく、うまく伝えられませんが、とにかくまっすぐすぎるほどの皆様とこうして、折り紙ができることをこの上ない喜びに思います!!


そして、最後に


「生きてる限り、がんばらんとね~。」


と笑い飛ばし、一生懸命、金魚を折る皆様の姿に又もや、目からたくさんの鱗がぽろぽろと落ちました!!本当だ~がんばらねば!!!生きてる限り!





先週は「49日法要」をされる方に香典返しの熨斗書きを依頼され、心をこめて『満中陰志』の文字をしたためました。

このように、まだまだ日系社会での風習も日本式が取られています。お礼にこんなものをいただきました。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


果物の中に、うどん、味噌汁、味の素、ほんだし、しょうゆ!そしてブラジルのチョコレート。どうやら法要のお供え物ののようです。日本の風習がブラジルの大地の中で,ブラジルの風を吸い込みながら、守られてきたこと、またもや感じました。まさに「日系文化」



これ、何だかわかりますか?


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)


「ワッフル」ではなく「ドラ焼き」なのです!先日、ドラ焼きを取りにおいで~とTさんに電話をもらい、Tさん宅に行ったときに、いただいたもの。ここブラジルでは↑をドラ焼きというのです。別名ポルトガル語では「入れ歯」だそうです(笑)確かに似ています♪


先週末は「パラナ幼少年お話大会」があり、日系人子弟の子ども達の熱い熱弁振りを聞いてきました。この日もしょっぱなから胸から熱いものがこみあげてきて、目頭も熱くなりました!!次回は子どもたちの奮闘振りをレポートいたします。乞うご期待であります!!!




これは日系2世Tさん(84)のお言葉。これまで私のブログにも度々登場してるカラオケクラブのTさん。(http://ameblo.jp/satomincafe/entry-11009488950.html

毎回、「T語録(?)」を聞かせてもらっては「目から鱗」を落としている。


先日、「タッパーを3つくらい持ってきなさい。」と電話をもらい、Tさん宅を訪ねた。私のアパートからほんの300M の建物に一人で住んでいらっしゃる。色んな話を聞かせてもらいながら、タッパーにたくさんの「おかず」をいただいた。


「私は自分ではあんまり食べんけど、孫や子どもや誰かに分けるのがすき。だから、料理をするんですよ。あの世にやさしさは持ってけんでしょ。だから、今、みーんな使ってるとですよ。」(Tさんからいただいたおかず。ワッフルも!)
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
この言葉にはいつも以上に多くの鱗が目から落ちた!!


これまで「財産」「お金」とか物質的なモノだけを「あの世に持ってけない。」と決め付けていた。そんな貧しい思想の自分を恥じた。


そして、心から「何と心の豊かな人なのだろう!すばらしいな~!!Tさんのようなモノの見方ができるような人間になりたい!」と切に思った。こりゃ、弛まない修行が必要である!私も生きてるうちに「やさしさ」をたくさん使おう!


Tさんには日本のドラマのDVDも貸していただいた。その中に橋田壽賀子の「99年の愛~Japanese Americans~」全5編(TBS開局60周年記念特別企画)。これは日系アメリカ人を描いたもので、戦前の日本からアメリカに渡り、アメリカで一旗あげようと、人種差別に立ち向かい、並々ならぬ努力をした日系移民の物語である。



恥ずかしながら、初めて知る事実もあり、「日本人として」知識のなさをまたもや反省。見ていないかたは是非!DVDになってます。一気に5編見てしまった!「日本人」である私と「日系2世」であるTさんとは感じ方が違うのだろうなあ。今度、聞いてみようと思う。


ブラジルの日系人を描いた「ハルとナツ」(NHK開局80周年特別企画)http://www.nhk.or.jp/drama/harutonatsu/ もすごかったけど、さすが壽賀子さん、すごい!こちらも併せてご覧ください。やはり、「日本人」として知らなければなりません!!涙なしでは見られません!


今週の動向・・・・・


月曜日の「老人クラブ」が9名に増えました!!(涙)



ラジオ体操に加え、氷川きよしの「ズンドコ節」で行う「ズンドコ体操」もやっています。


シリアに行く前、会社を辞めて日本語教師の道に進むと決めた時、「ホームヘルパー2級」を取りに行きました。3ヶ月みっちりやってもらい、グループホーム、デイケア等にも1週間行き、「レクレーション」も学ばせていただきました。プロの介護職の方には到底及びませんが、ここで確かに生かされております。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

火曜日・・・子どもクラスに新しい生徒が入りました。


私のアパートの近所の化粧品店の息子F(11歳)。


両親は10年ほど日本に出稼ぎに行っていたそうです文協(日系人協会)の会員じゃないため、これまで日本語学校の存在を知らなかったそうです。やはり、広報活動がもっと必要であります!


日本語を学ぶのは初めてのようで(日本生まれですが、育ったのはブラジルです)目をきらきらさせながら、「あいうえお」から勉強している姿に、胸から熱いものがこみ上げてきて、涙が出そうになりました(涙)


Fにとっての日本語、日本はどんな風に映っているんだろう。一つの「喜び」となっているのだろうか。「日系人」としてのアイデンティティーにも少なからず影響を与えるここでの日本語教育。


大きな責任を担っております!気合を入れて、心から子ども達に向き合わなければ!


水曜日・・・先週から「2世クラス」も開講。


会話は不自由のない2世(推定平均年齢68歳)の方々も「書く」ことは学べなかったそうです。


それもこれも戦争中、連合軍側のブラジルでは日本は敵性国であり、「日本語が禁止」となっていました。無論、日本語学校も閉鎖、日本語で話すことも、日本人同士で集まることすら禁止されていました。


そんな時代を生きた皆様からの熱い要望でこのクラスを開講したのです。


一生懸命「あいうえお」を練習される皆様の姿にまたもや心打たれました。最後に「しあわせの歌」でディクテーションを行い、皆さんで合唱。


高齢者の皆様にとっての日本語、日本はどんな風に映ってるのだろう・・・2世クラスに続き、夜の成人クラスでの壮年期の皆様にとっての日本語は・・・と考えさせられた今日この頃。各々の世代で日本語学習の動機やまたあり方を残り1年9ヶ月で答えを見つけたいと思います。




2世のTKさんは授業開始1時間前に来られ、ひらがなを練習されました。


そこで「あい」「かき」「あお」等、ひらがなを読み、意味を答えるという練習をしました。「かい」のところで私は海にいる「」を想定したのですが、TKさんは腕を掻きながら「かい~」と答えました!


なるほどかゆい!全く予想だにしなかったので、これまた度肝を抜かれました!家に帰ってから、何度も思い出し笑いをしてしまいました(笑)


西日本出身者の多い日系社会では方言が多く残っています。成人クラスでも「好きの反対?」との質問に「すかん」との答えが。そうだよな~。私も九州にいるときは「きらい」より「すかん」を使っていました。方言も歴とした日本語です!





そんなこんなで昨日ホワイトボードも壁に取り付けてもらい、「よっし!」と気合を入れ直したのでした。(写真は8月29日の授業初日のもの。壁に取り付けてもらい、教室ができてきました!)


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

「暇は自分で作るもの。忙しいっていってもちょっとくらい暇は作れるでしょ。」冒頭のお言葉をくださったTさんが老人クラブでおっしゃったお言葉。


つい「忙しい」と言って、やらないことを増やしています。


少しでも自分の努力次第で5分でも10分でも時間は作れるものですよね。


先日、日本にいる祖父母に電話をかけました。これまで絵葉書は数回出していたのですが、電話はしていませんでした。これも「葉書出したから。また今度」と言って、のびのびにしていました。受話器から聞こえる声に嗚咽してしまいました。やっぱり直に声を聞いたほうが安心できるし、やっぱりうれしいですね。「努力」をしていなかったことに大反省・・・これからちょくちょく電話をします!!

今、現在「5年日記」なるものを始めて、2年目。丁度一年前の9月13日のページには「よし、ブラジルに行こう!日系社会ボランティアを受けよう!」と閃いた日で、その意気込みが書かれておりました。



それを今、ここブラジルで読んで、とっても感慨深くなりました。「本当にブラジルに来て、日本語を教えてるんだな~。」という実感がこみ上げてきました。人生本当に何が起こるかわかりませんね!「事実は小説より奇なり。」「喜」でもいいですね♪


昨年は「日系人就労準備研修」で日系ペルー人、ブラジル人、コロンビア人学習者に日本語を教えていました。


丁度、一年前、たまたま授業があった千葉市の国際交流プラザで手にしたJICAの冊子が決め手となったのでした。『JICA'S WORLD』という機関紙のようなものがあるのですが、昨年の9月号では中南米特集、さらに、何とシリアの記事も載っていたのです!!



私が2年暮らしたダマスカスの風景が一面に載っていて、何だか、アッラー(神)の思し召しのような気がして、「よっし、南米にとぼう!」とすっと決断した瞬間でした。



中南米特集でもぐっときたのに、さらにシリアの記事があり、胸から熱いものがこみあげてきました。



あの冊子を手にしていなかったら・・・ブラジルには来ておらず、何をしていたのか、皆目検討もつきません。そんなこんなで私はそういう閃きや直感で生きています。でも、そろそろ堅実に生きなきゃとも思っております(笑)


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) そもそも「日系人就労準備研修」で日系人と出会ってから、彼らの底抜けの明るさや、包み隠さないさびしさ、大変さ、でも楽しく生きよう!という日系人に強く引かれていったのでした。



人生の「喜怒哀楽」を表に出す、彼らに惹かれました。



それまで外国人に日本語を教えてきた私ですが、顔も名前も日本人なのに、日本語が話せないという学習者に出会い、今までにない新鮮な感覚があったのです。どんどん教えるうちに「知りたい!知らなければ日系人に日本語を教えられない!」という思いが募っていったのです。


そんなわけで、南米行きを決意した2010年9月13日(月)でした。その時の気持ち、初心を忘れず、精進したいと切に思います!!




今日は子どもクラス(6歳~9歳)と成人クラスの授業があり、皆様と日本語を通して、笑いや人生までも共有できました。この環境に感謝であります!!


つい一昨日、ホームステイ先から一人暮らしのアパートに引っ越しました。


私の配属先がボランティアを受け入れるのは初めてのことで、文協の皆様が、家財道具一式そろえてくださいました。さらには「卵、水、わかめ、お茶、味噌」等の食料品から、シャンプーや石鹸まで!いやはや本当によくしていただき、涙涙です。


そんな中、一月半もホームステイでお世話になったKONOさんご一家は本当の家族になりました!



右も左もわからない私を受け入れてくれ、本当の家族のようにしてくださいました。最後の夜、「私達は最後までサポートします。それは心からの気持ちです。」といっていただき、思わず泣いてしまいました。



たかが一月半。されど一月半。毎日、食事も家族揃ってとり、食事が終わった後もお茶を飲みながら、いろんな話をたくさんしました。土日も家族の催し物やお祭りや買い物や・・・本当に言葉では言い表せないほどの「気持ち」をもらい、まだ2ヶ月しかブラジルにいないのに、2年後帰国の際にはどんな気持ちになるのだろう?このご家族とは時間以上の関係を築くことができました。



それもこれもKONOさんご一家の「心」があってこそです。



そして、今、私が日本語を教えていられるのも、このご一家のおかげです。「心が一番大切」とおしゃっるKONOさんご家族と出会えたこと、心から感謝です。



人の縁というものは本当に不思議なものです。同じ国にいても一生会わない人(交わらない人)もいるのに、日本から一番離れたブラジルで出会えたこの出会いに感謝であります!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)



ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) KONOさんご一家以外の多くの皆さんにもよく声をかけてもらったり、ごはんをごちそうになったり、色々持ってきていただいたり・・・



本当にかわいがってもらって、コルネリオプロコピオに来られたことに感謝です!




*日本祭りでは確かに地球の裏側で日本文化が伝統がブラジルの大地に沁みこみ、育まれてきたこと、確かに感じました!!もちをうっているお店。その名も「きもち」。何とおつなネーミング!そんな風に日々を過ごしたいものです♪



今日の晩御飯はまたもやKONOさんご一家とレストランに行ったのですが、そこに12年日本で働いていたというご夫婦に会いました。昨年、帰国されたそうです。(この街には多くの出稼ぎ帰りの方が住んでいます。)




奥様が日系人、ご主人はブラジル人。このご主人が日本のことが大大好きになったようで、何度も何度も「日本は一番!」と言っておられました。そして、何度も笑わせてくれました(笑)日本語も一生懸命使って、話してくれました。「私はとても古い」なんて言ったりして。




こうやって、日本に住む外国人(殊に労働者)が「日本に来て、よかった!」と思えるように、ライフワークとして取り組んでいきたいな!とまた強く思った晩でした。

9月7日はブラジルの独立記念日。祝日でした。朝から児童、生徒による行進が行われていました。私は遅く起きてしまい、逃していました・・・(無念!)しかし、来年があるので、「ま、いいか!」と既にラテンの気質になってきました(笑)来年が最初で最後のチャンスであります!




さて、今日は文協にて、日本語学校の机といすのペンキ塗り、ニス塗りをしました。何度も書きますが、私の配属先のコルネリオプロコピオ文化体育協会(略して文協)で、日本語学校を復活させて2年。今回、大人クラスも開講したため、物置に眠っていた古い机といすを復活させるべく、本日、文協の皆様が休み返上で、ペンキ塗りとニス塗り!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

今日は2世の高齢者の皆様、3世4世の壮年期の皆様、4世5世の子ども達が集い、一つ、一つ丁寧につくえをいすを塗り上げていく感じが、素直に「いいなあ。」とつくづく思いました。まさに「てづくり」で学校をみんなで作り上げていく、この感じ。とっても素敵であります!!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)




ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

物置からこんなものが・・・!?













1962年の明星の付録。いざなぎ景気にのって、日本がきらきらとしていた頃ではないでしょうか。さぶちゃんも明星に登場してたんですね(笑)そして、なかなかのイケメンだったのですね(しみじみ)そして、手前は五月みどり。



ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)





















そして、一仕事を終えた2時過ぎに「持ち寄り」のお昼ごはん。持ち寄りの時には「おにぎり」がかかせません!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)












夜はとある祭りに行きました。トラクターやトラックなどの展示、牛や馬もおりました。カントリーmusicの歌手のライブもあったりして、何だか、JA都城が行っている「農業まつり」を思い出しました。かつて、子どものとき、この「農業祭り」で「殿様キングス」を見たことを思い出しました!(笑)何だか、懐かしい気分に浸り、冷たい夜風に切なさも感じました。アラブのらくだを髣髴させる牛!ブラジル色、緑と黄色のおお~きなトラクター。日本の縁日のような出店も。

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)



ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)











ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

でも、都城の農業祭りと異なる点は「若者が集っている!」ということです。何だか、デートスポットにすらなっているようです。我が故郷では見れませぬ、この風景。













先日、ブラジルに来て、初の「かもめ食堂」を見ました!シリア時代にも幾度となく見ては、心救われていました。やっぱり、ここブラジルで見ても、いいものですね!でも、また感じ方は違っていて、それでいて、やっぱりコーヒーとシナモンロールが食べたくなりました。シリア時代は日本食への「あこがれ」が果てしなく募り、しゃけの塩焼き、卵焼き、そして、殊更、豚のしょうが焼き(シリアで豚肉は食べられません!)を見ては、固唾を呑んでおりました。ここブラジルは日本食もあるし、豚肉もあるので、また違う印象を持ちました。シリアで「かもめ食堂」を見ていた私と今、ブラジルにいる私。確実に時間は流れ、人は同じではいられないことをひしひしと感じました。やはり諸行無常。でも、その一方で変わらないものもあります。だからこそ人生!「今」をここで生きます!