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ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

諸行無常の日々をことばを通して世界中の人々と心が通い合う瞬間が何よりの幸せ!に感じる日本語教師の他愛のない日常。只今、ブラジルにて修行中。

不安定で、将来も保障されない(安定、保障されている方もいます!が、相対的に見てです。)「日本語教師」を職業として、選び、生きている理由。その大きな理由は「学習者」であります。学習者と日本語を通して、笑いや涙や人生を共有できたとき、この上ない喜びを感じるのです。


だから、やめられませぬ!(でも、正直、あまりもの不安定加減に不安を感ずることも、もちろんあります。これまで何百回もやめようと思ったこともあります。)


今日も、そんな「よろこび」を感じ、家路に着きました。


今日、月曜日は(日本では火曜日)は老人クラブ大人クラス(0初級)でした。2時。皆様がぼつぼつと来られ、談笑しながら、折り紙をスタート!今日は2種類のお花に挑戦!


皆さん、かつて千羽鶴を折ったことがあるそうですが、かなり久しぶりにされるとのこと。楽しくああだ、こうだと談笑しながら、皆様、どんどん「悦に入っていく」のがよくわかりました。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)  














私もここブラジルに来て、折り紙の腕があがりそうです(笑)

改めて、日本人は「細かいことすするな~。」と唸ってしまうほど。








女性6名、男性1名の参加者だったのですが、この貴重な男性参加者のKさんは1世の方です。3歳で渡伯されたので、殆ど2世と変わりません。


「男性も折り紙をするだろうか、果たして・・・??」という心配をよそに黙々とハート型を折り、お花を完成させてました。茶色のお花でしたが(笑)それがまたいい味を出して、素敵でした!写真手前右がKさん!茶色の花びらを作成中!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) 写真を見て、お分かりのように、皆様、半そでです。


冬も終わりに近づいていますが、昼間は34度にまで、あがりました!


ブラジルは、厳密には私の住むパラナ州では1日の気温の変化が大きく、1年中、半そでと長袖が必要で、「衣替え」の習慣はないそうです。


折り紙をしながらも、話に花が咲き、「もちが食べたい!」としきりにおっしゃっていました。話の流れは忘れましたが。






ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) 何だか、皆さんとあれこれお話したり、笑ったり、時には昔の苦労話など聞かせてもらい、心がぽっと温かくなったり、胸から熱いものがこみ上げてきて、泣きそうになったり。こういう瞬間、大好きです!


左手前の女性はTさん(82歳)。カラオケ好きの方です。



私がシリアに住んでいたという話をしたら、「案外、安全でしょう。」と一言、おしゃって、涙が出そうでした!




「テレビで見るより、実際、行ってみるとね、案外どげんもないもんですがね。私たちはな~んにも知らんだけで、本当はほんの一部しか、映さんですもんね。日本の地震も同じでしょ。勿論、大変やけど、外の人のほうが、もっと大きく思ってる」


と熊本弁交じりの日本語でおっしゃいました。(ご両親が熊本出身)さすが、人生をさとってらっしゃっる!Tさんのように、先入観を持たず、広い心で物事を見たいな~と切に思います!


所謂ムシの目とトリの目で!社会を悟ったTさんこそ、まさに社会学者!人生を長く生きた方の「余裕」には敵いません!超越してらっしゃいます!


「さとみさん、遠慮はしたら、いかんよ。ここでは遠慮する人は誰もおらん。」と毎回、言っていただいてます。ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)



無事に2種類のお花が完成し、ラジオ体操第1、第2、首の体操を行い、本日の老人クラブは終了。あっという間の2時間でした。





夜は全くの0初級クラスの初授業でした!体を大いに使いました(笑)あくまで、日本語による直説法で行っているので、身振り手振りも大きくなります。



もちろん、ポルトガル語は話せなくとも、やはりポルトガル語を知る必要はあると今日も感じました。



これはシリアでもインドネシアでも日本でも常々感ずることです。それでこそ、共有できるのです。今日は初日で今日の学習目標は「自己紹介をする。」何とか、最後まで発表でき、みなで喜びを分かちあいました!


やっぱり、授業、好きです!日本にいてもシリアにいてもここ、ブラジルにいても同じです。


やっぱり、やめられない~。貧乏でも何でもいいや~。泥まみれで!生きているだけで!こうやって、草の根のような活動ができたらと切に思います。でも・・・30代は・・・神のみぞ知るです。あと丁度半年で30歳を迎えます。やっぱり30代は堅実に!インシャアッラー!

今週末は今年最後の盆踊りに参加して参りました。


ブラジルの日系社会では8月の週末にどこかの街で「お盆供養」が行われ、近隣の町々からも応援に行きます。


しかしながら、私の配属先であるコルネリオではもう20数年、行われていません。 高齢化が進み、世代交代が進んだことが、原因のようです。 少しずつ、日系社会も変わりつつあります。ここにも「諸行無常の響きあり。」


今回は私の住むコルネリオから車で1時間のイタンバラカという田舎の「お盆」に参加して参りました。 「母の会」のお母さんたち10名(平均年齢推定73歳)の仲間入りを果たし、夕方5時に出発!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)














ブラジルはこれから夏を迎えるため、日に日に日が長くなっています。


車窓から見える景色にはただただ感嘆のため息がこぼれるばかり。果てしなく広がるとうもろこし畑、さとうきび畑にただただ心奪われ、母の会の皆様の元気な笑い声にも心奪われ。あっという間に到着。


道中での車中での2世のお母様方の「ことば」、実に興味深いものでした!


日本語の中に突然すざましいスピードのポルトゲースが現れたかと思えば、日本語に戻り(熊本、福岡、広島、岡山出身者が多いため、西の方言であり、九州人の私も徐々についつい九州弁になってしまいます。


あいづちや感嘆表現はポルトゲース!所謂、日系社会で使われている「コロニア語」!(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%B3%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%AB%E4%BA%BA

4.コロニア語 参照)


いやはや、言語のコードスイッチングはどうなっているのだろう?!非常に興味深いです。この混成語のコロニア語こそが2世のお母様方の歴(れっき)とした母語なのですね。いつか録音したいと思っています!


そうして、お盆供養が始まりました。


今日、読経されたのは75歳(推定)の女性。ここ、イタンバラカの文協〔日系人団体のこと)の会長のお母様で、以前はご主人が生前お勤めされていたそうです。


ここイタンバラカはサパンウロ州も近いのですが、75年ほど前にサンパウロ州から日本人が入植し、カフェ(コーヒー栽培)や野菜等の栽培をしたきたそうです。


読経中、お焼香もあったのですが、その列を見ると、お年寄りが多く、厳かに日本文化、慣習をこうやって何代にも渡って、守ってきたと思うと、何だか涙ぐましくもあり、杖をついた方などを見ると、切なくもあり・・・


そんな中、小さい子ども生徒たちも後から、やってきて、恥ずかしそうにしながらも、手をあわせている様子を見て、何だか、微笑ましく思えました。


私も地球の反対側から、震災で亡くなられた方々、そして、天国にいる両親、兄、祖父母、先祖に手を合わせました。お盆もここしばらく日本にいないこと、反省であります・・・


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)



ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)















供養も終了し、いよいよ「盆踊り」がスタート!



私も先日、他の町でかなり久しぶりの盆踊りを踊りましたが、ここでも2世の方々の後ろに並び、学んでまいりました。「炭坑節」「東京音頭」「ソーラン節」。


ここでも定番の盆踊りが引き継がれております。炭坑節は私も小さい頃から耳にしていて、「三池のたんこ~お~の♪」何だか、地球の反対でこれを聞くと、本当に切なくなるのは何故でしょうか?


冬が終わりのブラジルでは冷たい風も吹いているからでしょうか。そして、最後はフォークダンスの定番。「オクラホマミキサー」。中・高時代のあの思春期の運動会でやったものです。背の低い私はあまってしまい、よく男役もしていました。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)



ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

















そうこうして、何周か回ったところで、チェッカーズの「ギザギザハートの子守唄」のイントロ、サックス音が響き、「祭りダンス」なるものが始まったのです!


日本でもありますか??(知ってるからいたら、教えてください。)


若者たちが次々に櫓の周りに集まり、テンポよい盆踊りを踊り始めました。そのリズムは完璧なるサンバのリズム


また曲目が80年代のチェッカーズで何とも味がありました!私もやってみましたが、数秒で断念。速過ぎます!


そして、次は何が始まるかと思えば、相川七瀬、Da pumpとなつかしの90年代の曲が始まり、2回ずつリピート。おそらく、思うに、「盆踊り」にも文協の行事の「若者離れ」を懸念して、新たな「盆踊り」を!ということで、日系社会で生み出されたものでしょう。



最初にされた方、すばらしい!しっかりと若い世代の日系人に限らず、ブラジル人も参加し、新しい文化が生まれていました。なかなか感慨深いものであります。最後にEXILEの「cho cho train(私の中ではZOOですが)」と続き、しっかり2000年代へと曲目も移り変わっていきました。



1時間ほど踊り、そろそろお腹がすいたころ・・・ここで持ち寄りによる晩御飯。これが美味しいのですよ~!やきそば、巻きずし、いなり寿司、煮しめといった和食から、ブラジル料理のパステル(ちょっとつまめる軽食)ブラジルに来てから、日本食が恋しくなったことは一度もありません!ここで食べているからから。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
そうこう談笑しながら、列に並んでいると、


あんた、1世?日本語が違うもんね~!」と聞かれ、一瞬、答えに詰まってしまいました。


生まれて始めての質問だったからです。確かに1世です。「日本から来ました!」と答えたのですが、1世、日本人という定義がここ、日系社会では我々が思っている概念と少々違うので、改めて、その定義について自分なりに答え見つけたいと思います。残り1年10ヶ月で。






ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
とにかく、「日本から来た」私を皆様、歓迎してくださいました。


ブラジル移民が始まって100年という月日は流れ、ブラジル社会で生きる日系人ですが、やはり日本とのつながりを途絶えさせてはいけない!と実感を持って、そう思います!


私ができることはたかが知れていて、学ばせてもらうことのほうが多いのですが


「ここ日系社会で日系人とともに2年間という日々を、日常を過ごすこと自体に大きな意義がある!」とそう、肌で感じた夜でありました。


いつか帰る日が来ます。たかが、2年。されど2年。しっかりと、ここで生きたいと思います。精一杯生きたいと思います!! *この「移民法被!」かなりのインパクトあり!




ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) 文協の入り口。ブラジルらしい、風景の中での盆踊り。冬だけど、冬らしくもない、ブラジルの冬の終わりです。



さっ、今からいざ「老人クラブ」へ!ラジオ体操の音源も手にいれ、準備万端です!今日は折り紙でお花を作ります。






「体得」・・・十分会得して自分のものとすること。(『広辞苑』)


十分会得するという事はやはり、字の如く、「体」に擦り込ませる(摺りこませる)、その何たるかを得るということなのでしょう。


皆さんも語学を勉強して、「ああ、この場面にはこれを使うのか~!!」という瞬間がありませぬか?痒い所に手が届いたような、あの瞬間です!文脈とことばがまさにくっついた瞬間、気持ちとことばが繋がった瞬間。これも一つの「体得」ではないかなあと思う瞬間が先日、ありました。今日はそんな他愛のない瞬間をご紹介します!



 毎週火曜日のバドミントンクラブでのこと。(毎週火・木が私の所属する日系団体のバトミントンクラブの日)



ダブルスでの試合中、何度も「おしい!」と言いたい場面が度々あったのですが、一体全体ポルトガル語で何というのか、知りませんでした。試合は徐々に白熱していき、益々「おしい!」場面がでてきて、「う~ん、じれったい!」と思いながらも真剣勝負を続けていました。でも、日本語で「おしい!」を連発!



一緒にダブルスを組んだS少年にしつこく、その「おしい」場面に「あ~おしい!!」とS少年にいうと、「quase!ne!?」

(ほんとうに「おしい」ね?!」という返事が。*「ne」は日本語の語尾の「ね?」と使い方が殆ど同じである。英語で言う「isn't it」。「não e?」の縮約形である。
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)S少年と。「ドンマイ!」もつい連発。
 


その瞬間、「おしい」ということをS少年と共有でき、「quase!かあ、惜しいは~!」とぴしゃっと体の中にこの「quase」が擦り込まれた瞬間でした!


ああ、この「quase」は確かに「ほとんど、ほぼ、もう少しで」という意味があったな~とふと思い出しました。知っていても実際に使わなければ、覚えられないし、使えないですね~(改めて)。だから、上達しないのだ!(反省)



日本語を教える私にとって、学習者にとってそういう場面を生み出すのも一つの使命であると常々痛感しています。


殊更、日本で一番遠いこのブラジルでは言うまでもなく。しかしながら、それは日本人に同化させるということではありません。ポルトガル語が上達しないと思います(言い訳?!)。何とか、日本語を話す日本人の役目もここ、日系社会でも確実にあります。


そんなこんなで今週は立ち上げクラスがどんどん立ち上がってる1週間です。


月曜日:老人クラブ1、大人クラス(話し合い)

火曜日:大人クラス(初中級)

水曜日:老人クラブ2大人クラス(初中級)

木曜日:日本からの帰国者子どもクラス、大人クラス(ゼロ初級)

金曜日:大人クラス(ゼロ初級)


ざっと、このようになっております。ここで注意したいのはあくまでも(仮)ということです!


日本では綿密に計画を立てて、あれこれ準備していよいよスタート!となりますが、ここブラジルでは「一先ず始めなきゃ!始まらない!」と協会の方も口々におっしゃっていて、とりあえず始めてしましました!


レベルも人数もまだまだわからないですし、手探り状態の中のスタートです。カリキュラムもこれからであります。(体育館の更衣室との兼用教室。ホワイトボードも購入していただきました!)
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)              ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)














ここ2日間は大人クラスの初中級クラスがあったのですが、皆さん、子どものころに少し勉強したことがあり、皆さんの親世代は皆、日本語を話す2世世代で耳は慣れていて、ある意味「国語」を少しやった方なので、どこから日本語を料理すべきか、新たな挑戦となりそうです。




老人クラス2の今日は「折り紙」「ラジオ体操」「みやざきのDVD(県から頂いたもの)」。


2世世代のおばあちゃんおじいちゃんは日本語が話せますが、ポルトガル語との併用で話されます。お子さんやお孫さんとはポルトガル語で。この世代の方のご両親が日本から移民した1世。家ではずっと日本語で育ってそうです。その言語のコードスイッチングは素晴らしいです!


最後にラジオ体操をしながら、ひじょうに貴重な時間を過ごしていることにはっとしました!


大の字に跳躍してる時に(笑)ここに来なければ、老人クラブを運営することはなかったのでは?!(将来はわかりませんが、近い将来はないであろう)


このように2世の方と地球の裏側でラジオ体操!涙が出そうになりました(涙)


協力隊時代(シリア赴任時)の派遣前訓練では体育委員会の副委員長なぞをし、毎朝6時15分からのラジオ体操を前に出て、左右反対に行っていたのですが、やっていてよかったな~と今更ながら、痛感。


あの時はラジオ体操の声(?)の方も来られてラジオ体操の指導を直々に受けるという貴重な経験もさせてもらいました。こんな所で活きるとは!


83歳のYさんが「まさか、80歳を超えて、折り紙を学ぶなんて、夢見たい。」とおっしゃっておられました。


私には到底わかりえないご両親との移住地での思い出があったようです。その言葉ひとつ聞けただけで、地球の裏側に来て、よかったな~と思います!


一先ず、この老人クラブは「家にこもりっきりの高齢者の方が集う機会を作る。」これが協会の方と話した目的です。私のほうが毎回、貴重なお話を聞いていて、学ばせてもらっております。


しかし、何年経っても授業初回というのは緊張するものですね!


いよいよブラジル3ヶ月目、突入です。


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ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

おまけ:「」のことをここ、ブラジルでは「Damasuco」というのですが、本場ポルトガルポルトガル語では「alperece」という名です。


時々、この2カ国では語彙の言い方が異なります。


この杏を食べたとき、「シリア」の日々が蘇りました。春になると杏の花が咲き誇り、この杏もよく食べていました。


ここ、ブラジルにもレバノン、シリア系移民が日本移民と並んで、多く住んでいます。彼らがアラブから持ち込んだものなのではないでしょうか。だから、シリアの首都ダマスカス(旧約聖書によると、世界最古の都市の一つです)にちなんで「「Damasuco」と呼ばれているのでは?





ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) われ等が日本人が持ち込んだ「味噌」もここでは「MISSO」としてここブラジルでは定着しております。


日本から一番遠いのに、何でもあります!外国で一番日本の食材が浸透している国です。


それも150万人(正確な統計はないが、様々な研究者による推定)の日系人が暮らしているからでしょう。

 日曜日は久しぶりの早起き!休みの日なのに、6時に起床しました。

それも、8時から始まる「カラオケ大会」の見学(?)に行くためであります。

今日は日系社会で盛んに行われている「カラオケ」について、ご紹介いたします。



コルネリオに来てから、「大会においで~」と度々誘われていた私はようやく噂の大会を体験することができました。

私もわりと、「歌」は好きなほうなので、行ってみることにしました。演歌も好きです。


以前、ご紹介しましたが、各街の日系人協会(こちらでは文化体育協会と言う。)「カラオケクラブ」があります。私の配属先であるコルネリオプロコピオの協会では週に2回、練習が行われています。大会は月に2,3回はあるようです。


この日は地域のカラオケクラブの親睦会を兼ねた会のようで、其の名も「親睦歌謡祭」!歌謡祭って、「歌手ですか~!」と思わず、言ってしまいそうなネーミングであります。



ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) 着物がばっちりのAさん。花嫁移民の方。


*花嫁移民(写真花嫁)・・・戦前のアメリカ本土やハワイ、戦後のブラジルでは、移住した独身青年たちの多くが、現地で結婚相手を見つけられずに困っていました。独身の日本人女性の数が圧倒的に不足していたのです。この事態をなんとかしようと行われたのが「写真結婚」。


移住先の男性との写真によるお見合いと文通だけで、お互いに一度も会うことなく結婚することを決心し、夫の住む国へと旅立った女性たちは「写真花嫁」と呼ばれました。


詳しくはこちらを。http://www.jomm.jp/newsletter/tayori17_02.html



8時に「カラオケ大会」ならぬ、其の名も「歌謡祭!?」が華々しくスタート!


朝の8時から、いきなり「懐メロ部門」がスタート!続いて「演歌」「ちびっこ」「青年」「演歌」・・・と永遠に続いていきました。


断然、演歌が強し!


演歌の中でもそのレベル(どうやらこれまでの大会の結果等でランク付けがされているようです。テニスやフィギアスケートのように)分けがされておりました。
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
























150人中、10人ほどが若者で、40代以上。60代以上が半分以上。それ以外はやはりここにも「高齢化」の波が押し寄せています。



そんな中、演歌を歌い上げる若者!左は我がかわいい教え子!歌詞の意味はわかってないようで、やっぱり歌詞をかみ締めながら、歌うともっといいのではないかと思うのですが。


演歌だとまだ子どもには難しいか(笑)人生経験が必要ですね!この若者2人ははわりとこのようなシンプルな衣装でしたが、全体的に小林幸子ばりの派手な衣装を纏われていました。


着付けを手伝うべく、楽屋(?)に入ったのですが、お化粧から髪のセットから、その熱意(執念)たるや、「歌謡祭」という名にふさわしいものでありました。勿論、歌声も然り。素晴らしかったです!



ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) でも、150名の歌を聴くことは後にも先にもないかもしれません!なかなか忍耐力と体力を要します!



何と、最後の人が歌い終わった時には7時前になっておりました。表彰式が終わったのは8時前。


今日は出場者が少なかったとのことで、いつもより早く終わったのだそうです!いつもは10時くらいだそうです!!


のど自慢が1時間。10時間半行われた今日の歌謡祭は「のど自慢10週分」を生で見たことになります!


何ゆえ、この大人数、そしてこんなに長時間やるのだろう。と思いましたが、ここにはここの文脈がある訳で、その裏側に在るものを見つけたいと思います。


これが日系社会の一つの姿です。地域間のつながり、カラオケを通したつながりを学ばせていただきました。



何となく「マルシア」を彷彿させる写真の女の子。坂本冬美の「また君に恋してる」を熱唱。




ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

帰りに、地元のサッカーチームが勝利したようで、街が沸いていました!



「ブラジル!」の風を感じました。演歌もサッカーも味わえる国、ブラジルが最高峰ではないでしょうか。何だか、カラオケ会場から遠くにワープしたような錯覚に陥りました。








そして、今日は始めての「老人クラブ」の日でした。


他のボランティアが配属されている日系人団体と違って、私の配属先はブラジル社会との融合を果たした新しい団体です。


日本語学校も20年ほど前に廃校になってから、また100周年をきっかけに若い世代が復活させたという異例の団体です。


3年前からこどもクラスを作り、学校と言える建物はなく、協会の体育館の更衣室と兼用しているのです。


なので、コピー機もテレビやビデオなんてものもありません。大人クラスには黒板もありません。


ただ、机といす。でも机といすがある!!「学び」というものはどんな環境でもできると切に思います。


インドネシアで地震にあった時も建物が崩れ、荷物はそのままに飛び出し、しばらく教科書もノートもなく、大学寮の食堂や体育館、青空の下、授業を続けたこともありました。その環境だからこそ、学べたことも多く在りました。


実感を持って、胸を張って、そう言えます!ないならないなりに!



ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
      ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)



















老人クラブというのもコルネリオでは初の試みで、他の大きな団体のようにうまく活発に運営できるかどうか、不安は多いですのでが、やってみるしかありません!


今日は一先ず6名の方に来ていただきました。地震のボランティアで行った岩手の写真を見てもらったり、ラジオ体操をしたり、皆さんのこれまでの生い立ちを話してもらったりしました。


水曜日にも行う予定です。広報活動がまだまだ足りないなと反省。協会の方ともフィードバック。やはり高齢者の方にわかりやすいチラシを作成、そして協会の会報で再度お知らせ記事を書き、周知させることになりました。
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

今回は成人クラスを発足させるために、そのお手伝いをするために私がここに来たのであります。


周辺の街にも行きましたが、廃校になった学校は多く、日系団体も以前の様に活発に活動していない所が多く見られました。


ブラジル全体を見ると、こういった日系社会のほうが殆どのようです。そんな中、若い親世代ががんばって団体を活性化しようと奮闘されている姿を見て、何度も胸を打たれました。何とか、力になりたい!



「さとみさん、ぼちぼちやっていきましょう。」


今、ホームステイでお世話になっており、協会の役員をされているKさんにそうやって、言って貰いました。まだまだ始まったばかりです。


明日、こどもクラス(6~8歳)では9月の歌、トロロの「さんぽ」を歌います。そして、大人クラスもいよいよ開講!


そろそろ、ブラジルに夏が来ます。


 ブラジルには「chá de panela」という結婚前のお嫁さんのために新居のちょっとした家財道具(鍋、食器、シーツ等)をプレゼントするという催し物があるのですが、水曜日にこの私のために、協会の皆様が開いてくださいました。嫁に行くわけではないのですが、特別に!

ちなみに「chá」は「お茶」panela」は鍋という意味です。



ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) たくさんのプレゼント!中身はまだわかりません。

 この日は中身を一つずつ開けていき、ポルトガル語で言い、正しければゲット!でき、間違えれば、castigo(罰)を受けると言ったプログラム内容でした。

70人くらいの人の前で、しかもポルトガル語のネイティブを前にポルトガル語を話した思うと、こっ恥ずかしい!事、極まりないのですが、あの時は死に物狂いでした!

なので、よく覚えていないのですが、実に様々なものをいただきました。


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) 後ろにはご馳走がスタンバイ!儀式が終わらなければ、皆さんの空腹を満たすことができず、非常にプレッシャーでありました。
 勿論、全部答えられる訳もなく・・・間違えると、子どもたちが声を合わせて、「casti~go ♪casti~go♪」とサッカーの応援張りに歌いだし、素直に罰を受けました。
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) この機会がなければ「おたま」というポルトガル語は覚えなかったのではないかと思われます。私が「う~ん・・・」と考えると、つい答えを言ってしまう心優しい方もいて、其の方ももれなく罰を受けさせられました(笑)でも、正解すると、大きな拍手で褒めてくださいました☆


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) 罰を受けた何ともサービス精神旺盛なbrasileiros!!


仕舞には顔に落書きも!?写真は割愛させていただきます。


そんなこんなで、「こんなにいいのでししょうか??!!」と叫んでしまうほど、実に多くのものをいただきました。皆さんは「いいのよ~、たいしたものじゃないけど、心が入ってるのよ~!」と言っていただき、胸に沁みました。(たいしたものなのですが!!)お互いに無理なく♪というスタンスがこの「chá de panela」のスタンスのようです。純粋にいいなあ。日本の習慣とはやはり正反対にあるような気がします。日本の贈り物文化の風習もよいし、こちらもよいし、金子みすずのとある詩のように、「みんな違って、みんないい。」!!


ことばでひろがる和・輪(ブラジル編) フライパン、ざる、タッパー、おたま、フライ返し、まな板、ふきん、包丁、はし(ポルトガル語も「はし」でOKでした♪)、フォーク、ナイフ、スプーン、ゴミ箱、魔法瓶等・・・


好きな色はと前に聞かれて「みどり」と答えたことがあったのですが、この日のためだったのか~!とようやく気づきました。其の後、「紫もすきです。」なんて、答えて、少々こまっていたような、Sさん・・・

ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
布巾タオル、シーツ(日系人の方は「敷布」という言い方をする。)
ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
そして、ほうき、ちりとり、ばけつ、たらい、コーヒーカップセット等

これを自分で揃えるとなると、本当に大変なことになる。











ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)

手作り刺繍、デザインの布巾!かわいすぎて、使えません!2世のおばあちゃんたちがくださいました(涙)

そして「がんばんなさいね!」と激励の声も頂き、目頭が熱くなりました。(ばあちゃん、元気かな~・・・会いたい!!)











ことばでひろがる和・輪(ブラジル編)
このスリッパも極め付けに、涙がでてきました(涙)これも2世のおばあちゃんから。愛がいっぱいつまってます!!

日系人以外の多くのブラジル人も参加してくれ、ここに新しい日系社会を見ました。


日々、感謝の気持ちを忘れず、ここコルネリオで過ごしたいと思います!!しかし、来週から新たなコースがスタートします!今回は本当に一からなので、非常に緊張しますが、背筋がぴりっとなるいい緊張です!初日は老人倶楽部からスタートなり!!

早いもので、私が今、日本語を教えるコルネリオプロコピオに来て、4週間が過ぎました。


先週末から、又もや寒気が流れ込み、セーターを取り出しました。


何だか、ずっと前からこの街に住んでいるような気がします。


それもこれも、今までの海外生活と異なり、同じ街に「日本人」がただ一人〔日系人はたくさんいますが〕、

知り合いも誰一人いないこの街に来て、暮らしが始まったのであります。


そんな中、配属先である協会の方(日系3世)のお宅にホームステイさせていただき、家族のようにしてもらっているからかもしれません。よく考えれば、初めて会ったその日から、同居させていただき、こんな私を受け入れていただき、こうやって書きながら、涙が出るほど、改めて感謝であります(涙)


(写真:ホームステイ先の「KONOさんご家族」。おじいさんが広島からの移住者。そして、部屋の窓から見える夕日。)


ことばでひろがる和・輪 ことばでひろがる和・輪














まだまだポルトガル語はできなければ、日本語の授業もまだまだ補助的に入っている段階で、

この一月で「やった!」と言えることはないけれど、とりあえず何でもやってみることにしました!!


この一月、「焦燥感」に駆られている自分がいたのですが、「やってみないことには何にも始まらない!」


ある意味、開き直り、とにかく「顔」を売ることにしました!


①本業:日本語教育


 現在は同僚の先生がやっている既存の年少者クラスに(6歳~17歳)補助的に入っています。今日は6~8歳クラス。子どもと近づくべく、とにかく、一緒に遊ぶことに!今日は授業後、鬼になり、思いっきり走り回りました!「子どもに同化作戦」成功です。(下の写真の教室は実は体育館の更衣室です!その理由は何れ!)



ことばでひろがる和・輪  そして、今回の私の使命、成人クラスの立ち上げ。



一先ず、広報活動から始めることにしました。一口に「大人クラス」といっても、対象や学習目的、年代で大きく違うわけで・・・どこから料理すべきか・・・


協会の方とも話し合った結果、「成人クラス」「出稼ぎ帰国者クラス」に加え、「老人クラブ」も立ち上げることにしました。


ここで注意したいのは「クラス」ではなく、「クラブ」にしたという点です。ここ、ブラジルの日系社会でも高齢化を迎えております。


なかなか集まる機会が少ないそうで、「クラブ」を設立し、活性化しようという!計画です。


祖父母に育ててもらったので、お年寄りの心を掴む自信、誰よりもこの世代の方が大好き!という自信(笑)があります。しかしながら、勿論、其の裏側には不安も然り・・・何もまだカリキュラムもなければ、人が集まるかどうかもわかりません!一体どうなることやら・・・でも、やってみるしかわからない!「案ずるより産むが易し」精神でいきます!


ということで、チラシを作成!


日曜日のフェジョアーダ即売会で貼り出し、市内の日系人が経営するお店にも置いてもらう事にしました。


ことばでひろがる和・輪 日本語とポルトガル語で作成。



この日は風が強く、何度も飛ばされてしまいました。仕舞には鍋の下敷きになっていました~(笑)



出稼ぎクラスについてはとにかく実際に日本から帰って来た子どもたちに会うしかない!ということで、地元の高校に行ってきました。


ついでにポルトガル語の授業も受けましたが、わかるわけもなく(笑)転校生の気持ち、日本で暮らす外国人児童・生徒の気持ちがわかりました!!勉強を続けたいと思っている生徒が多かったですが、新たにこっちでの生活も(学校も)始まり、レベルも様々ですし、これも始めるにもあれこれとつめてやらねば。






②協会の文化活動


 カラオケクラブへ。ここでは歌詞を見ずに、協会の体育館の壇上で皆様、歌われます。これが、かなりお上手なのです!ここ、ブラジルでは(日系社会では)カラオケが盛んで、地区大会、州大会、全伯(全国)大会なんてのもあります。まだ私自身は歌っていないのですが、授業後に遊びに行っています!



 
ことばでひろがる和・輪  ことばでひろがる和・輪
 今後は和太鼓クラブも立ち上げ予定!協会の皆さま、とってもやる気です!


③スポーツ活動


 毎週火曜日はバドミントンも行われています。私も授業後に参加しています。


ここ、ブラジルは治安が悪く、なかなか自由に出歩けないので、日本にいるときより、歩く距離もがっくと減りました。運動好きの私にとっては何ともありがたい!朝は7時半から毎日、ゲートボールもあるそうで、来月、アパートへ引越ししてから、こちらも行ってみるつもりです。(小学校のとき、祖母が参加していたゲートボールクラブでやっていた時期があるとです!やっててよかった!)




ことばでひろがる和・輪
 

そんなこんなで、今のところ、「状況把握」の時期です。この日系社会にとっての「日本語教育の在り方」を探るにも今は、「知る」時期です。「焦らずあせらず!!」焦ってやって成功したことない、逆に失敗しちゃうことのほうが多い。


「chá de panela」という引越しする人や結婚した人にちょっとしたプレゼントとして料理道具等の生活で使う道具をあげる習慣がブラジルにあるそうなのですが、9月に一人暮らしアパートに引っ越す私のために、協会の方が明日、開いてくださるのです!



「道具の名前ポルトガル語で覚える」というお題が出されました。言えなければ、墨で顔に落書きされるという罰ケームつき!協会の方から「全部、覚えないでね~おもしろくないからね~♪」と言ってもらいました(笑)60以上あるのですが~!!NOSSA!!



一先ず、がんばります!



 

ことばでひろがる和・輪
「言葉を忘れた民族はやがて其の活力を失う」

これはサンパウロ州にある福井県出身移住者が住むピニャール移住地にあった礎。

http://ameblo.jp/satomincafe/entry-10967610589.html

ここ、ブラジルの日系社会でいう「ことば」は「日本語」ということになるのか。確かに先月訪れたピニャール移住地では日本が飛び交い、日本の田舎に来たような錯覚に陥った。



 

現在、私の配属先である日系人団体コルネリオプロコピオ文化体育協会はまた違う空気を持つ団体である。一月近くこの街で過ごし、ここでは新しい日系社会の姿を日々、目にしている。ここでは確実に「ポルトガル語」社会である。日本語を話せる人は高齢者に限られ、壮年期世代は聞けばわかる世代であり(私と話すうちに少しずつ日本語が出てくる!のはとても興味深い)、若い世代は殆ど日本語がわからない。ブラジル全土の状況も同じである。


1908年に日本移民がブラジルに上陸してから103年。その年月の流れとともに、確実に日本移民のことばも変遷していき、日本人から日系ブラジル人に移り変わったことを痛感。


・・・・ここで日本語を学ぶ意義は何だろう。


「果してポルトガル語を母語とする日系人にとって、日系人としての活力は失われるのか」

という問いをここに立てたいと思う。残り、1年10ヶ月で探りたい。


さて、今日、日曜日は協会の「フェジョアーダ即売会」。ここから協会の運営費を捻出。いわば、資金調達の手段。今回は300人前のフェジョアーダを作るために、今週は火曜日から土曜日まで、準備に励んできた協会の皆さん。何もできないながらも私も参加。


フェジョアーダとは・・・かつてブラジルの奴隷が食べるものがなく、豚の耳やしっぽ等、捨てられる部分を豆と一緒に煮込んで食べていた。現在では一般家庭やレストランで広く食べられ、ブラジル料理の代表選手!


ことばでひろがる和・輪 一見、グロテスクに見えますが、ごはんにかけて食べると美味です!カレーのような感じでしょうか。ただ、食べすぎには注意!ほぼ「脂」でできています・・・今回はベーコン、サラミ、ソーセージ、塩漬けの豚肉、牛肉、これでもかっという位、肉をふんだんに使用。




ことばでひろがる和・輪ことばでひろがる和・輪 火曜日:豆の選別。

違う種類の豆や割れてしまった豆を取り除く。

日本だったら、選別された状態で出荷されるのが、普通かもしれない。でもその「普通」の概念は「普通」ではないんだな~とこの豆を選別しながら、しみじみ思いました。

豆の選別中、舞台上では週2回行われているカラオケの練習中。落ち着いたら、私も参加する予定クラッカー

ここでは、演歌が主流で、皆さん、歌詞を見ずに完璧に歌われます!日本語学校はこの体育館の更衣室との兼用?!(次回、日本語学校についてはご紹介予定)なので、授業中のBGMが舟木一夫の「高校3年生」だったりして、何ともシュールです。

作業終了後、持ち寄りの晩御飯。












水曜日:2週間に一回行われる協会の夕食会。
ことばでひろがる和・輪 木曜日:ベーコン、サラミ、ソーセージ、豚肉を切り、さらに豚肉は塩漬けのため、お湯で何度も洗い、塩を落としました。

100キロ以上の肉の塊を皆で、切り分けていきました。

火曜日に引き続き、皆で持ち寄りの晩御飯。



金曜日:協会行事、3ヶ月に1回行われる「頼母子(たのもし)」@中華料理屋(店主は日系人)での夕食会。確かに私が育った宮崎でもまだこの風習は残っていましたが、都会ではもうないのではないでしょうか。まだ、こうやって日系社会では「たのもし」という名前で行われています。地域住民の相互共済する寄り合いのようなもの。
ことばでひろがる和・輪 土曜日:今日は更に豚足、豚の耳も加わり、一緒に豆と煮る作業!お昼過ぎ夜10時半まで行われました!

豚足は洗って、バーナーで焼き上げます。









ことばでひろがる和・輪

そして、豆と一緒に材料をぐつぐつ煮炊き! この作業が何時間もかかりました~!お風呂にできそうなくらいの大きい鍋。
















ことばでひろがる和・輪 日曜日:いよいよ即売会!


寒気が流れ込んで、冷たい風が吹く中、多くの方が買いに来てくださいました!日系人、ヨーロッパ系、アフリカ系と実に様々な人種の人が同じことばを話し、同じものを食べ、一緒に冗談を言って笑ってる姿がとっても印象的でした。

やっぱりポルトガル語、がんばらねば!!






ことばでひろがる和・輪 来月から立ち上げる大人クラス、老人クラブ等の宣伝のため、チラシを作成、貼り出しました。

シリア時代を思い出しました。シリアでも同じように広報活動をしたものです。

風で飛ばされ、しまいには鍋敷きになっていました(笑)


 日本語学校がはじまって3週間。既存の子供クラスに入っていたのですが、ポルトガル語が母語の彼らとのコミュニケーションに四苦八苦していました。こちらが日本語で話しかけると、日本語に慣れていないせいか「びくっ!」とする子どももいて、どうしたもんかな~と思ってました。子どもたちにとって、初めての「ポルトガル語が話せない日本人」そして、「外国人」。


今日はとにかく「同じ目線で」「寄り添う(これはブラジル出発時にWちゃんが言ってくれた言葉)ということを頭に叩き込み、近づいてみました。


ことばでひろがる和・輪 サボテンで料理ごっこをしていた彼女たちの仲間入りを果たし、拙いポルトガル語と彼らが知ってる語彙は日本語で。

私が拙い(全くもって!)ポルトガル語を話すと彼らは食いついてきて、彼女たちが心を開いてくれるのがわかりました。私が何とかポルトガル語の文法をつないでいくと、一生懸命、耳を傾けてくれました!(涙)でもわかる語彙は日本語で言わせてみたり。

この3週間、日本語教師として彼らに日本語話す機会を!と「日本語」だけで通していました。何の疑いもなく。

「彼らにとっての日本語」というものを知らなければ!と切に思いました。でなければ、ここで日本語は教えられない!と思うのです。そんな基本的なことに気づきました。

日本語教師になって5年。まだまだの私・・・ここブラジルでも、また新たな学びと向き合い、精進して、2013年、帰国したいと思います!(まだ気が早いかな??)まだまだ始まったばかりです。


そして、初めの問いに対しても私なりに答えを探りたいと思っております。


ことばでひろがる和・輪 今日は子どもたちの笑顔が何よりの収穫でした!

それもこの1週間、毎日協会の人々と子どもたちと過ごしたからだと思います。


「ことば」って不思議なものです。









又もや、長々と書いてしまいました。最後まで読んでくださり、ありがとうございます!



 日本でも、私の住むブラジルでも毎日シリアの反政府デモやそれへの制圧で多くの死者をだしていることが報じられている。ただただ流れてくる映像を見ると、「何て、危ないんだ!」と思うかもしれないが、ここで入ってくる映像だけで、シリアを、今のシリアを受け止めたくないという反骨心もある。




 それは、2年という年月を確かにシリアという土地で暮らしたからだ。シリア人の学生、そして学生の家族。市場のおじさんやこども、近所の商店のおじさん、職場だった大学の言語センターの売店のおじちゃん(シリアは店員は皆、『男性』である)、と一緒に実に多くのことを共有して暮らした。学生とは日本語で、そして生活の中では拙いアラビア語で、時には「人生論」をガラス屋のおじさんと熱く話しこともあったな。




ことばでひろがる和・輪 いつも買い物していた近所の市場。みなとっても気さく!元気かな・・


ことばでひろがる和・輪 日本から来た姉と世界遺産「パルミラ」にて。偶然会った家族に朝ごはんをいただき、遺跡の中で食べた。おいしかった~!シリアのあちこちで同じようにご飯やシャーイ(紅茶)をご馳走になった



そんなこんなで、シリアの人々は心から「平和」を望んで生きている国民であること、シリアに行ったことのない方にも少しでも知ってもらいたいなあと勝手な自己満足かもしれないが、思っている。ほんとうに美しいところなのだ~!!





実際に教え子ともメールのやりとりをしていて、彼らを通して、メディアでは知りえないシリアを、違った角度から見ている。




私が4年前から2年間(もうそんな前?!)赴任していたダマスカス大学日本センターの学生の一人から最近送られてきたメール。




「こんにちは。里美先生。お元気ですか。お久しぶりです。

里美先生の仕事はどうですか?頑張ってください。お知り合いはみんな無事ですか。今、日本はどうですか。家族はお元気ですか。日本人はいつもがんばっている。がんばろうにっぽん!!




私はとても忙しいです。そしてシリアのインタネットは悪くなった。
来月私は卒業します、今卒業作品を作っている、本当に疲れましたが頑張りましょう。里美先生に会った時、私はまだ1年生。本当に懐かしい。

現在シリアの状況は悪くなった。人が大勢殺される。私は本当に悲しいです。でもダマスカスは大丈夫ですよ。この状況の終わり、まだ知らない。

日本人の方、先生たちもいないので、とてもさびしいです。普通の生活を戻ってほしいです。私の日本語、悪くなってる。(間違いがあったらすみません)

卒業のあとで日本語の勉強を続きたい。日本語、上手になりたい。約束します!」







彼女は芸術学部の学生で、大学の入学と同時に日本センターのコースの勉強も始めたアニメ好きの女の子。日本語教師としてはゼロ初級のころから知っているので、ここまで日本語で書けるようになって、感無量!!同じ情報でも彼女を通すと、また違ったシリアの今を見ることができる。

常に、「色々な角度から物事を見られるようになりたい」と切に思っている。


ことばでひろがる和・輪 このてんぷらは・・・








実はこのメールの送り主の彼女が作ったもの!天ぷら!シリアの食卓で!!
今、こうやってシリアでも天ぷらを作ってると思うと、違った視点からシリアを感じられませんか?私だけ?




さらに・・・!!




ことばでひろがる和・輪 みたらし団子まで!材料はどこで手に入れたのかな。


明日、ブラジルでは父の日。家族総勢でシュハスコ(ブラジルのBBQ)するそう。

ちなみに今日の晩御飯はうどん(かき揚げのせ)!日本から一番遠い場所なのに、こうやって、日本文化が確かにある。改めて、世界は広し!








早いもので、ブラジルに来て、一月が過ぎました。

そして、これから日本語の教鞭をとるパラナ州はコルネリオプロコピオ市(噛みそうですが・・・)に来て、

2週間が過ぎました!サンパウロ州は有名だと思いますが、そもそもどの辺かというと



ことばでひろがる和・輪 赤いところがパラナ州。すぐ北東部がサンパウロ州!ブラジルの国土は何と日本の23倍!!州の中に日本の47都道府県が入ってしまうのです!


ここパラナ州は肥沃な大地に恵まれ、コーヒー栽培が盛んで、今日では小麦、とうもろこし、大豆栽培も行われています。そして、この第1次産業を支えてきたのが、日系移民なのです!



ことばでひろがる和・輪 パラナの赤土はコーヒー栽培に適しているそうです!


ここにはブラジルでも有数のコーヒー会社、イグアスコーヒーがあります!

これまでJICA等の支援を受け、今では丸紅の社員が出向してるようです。何と、NHKでも紹介されていました!


www.nhk.or.jp/neo/contents/story/shashoku034.html


街の中心に、イグアスコーヒーの工場があるため、町中がコーヒーのかほりがいつも漂っています

コーヒー好きの私にとってはこの上ない環境です☆


帰国後のおみやげはこれで決まり!


さて、今回、私が所属するのは「コルネリオプロコピオ文化体育協会」という日系人団体です。
現在の会員家族は150家族程度。その中には日本が好きという理由で、会員になったブラジル人もいるそうです!

この昼食会では陸軍大佐をされていた方もおり、しきりに日本語で話しかけてきてくれました。


先日行われた父の日の昼食会では壇上に立ち、皆様にお披露目され(?)、晴れて2年間、ここコルネリオでの生活できる運びとなりました。



ことばでひろがる和・輪 この日、協会で最年長の方にケーキのプレゼントが!後から、皆でおいしく頂きました。御歳84歳!老若男女、人種も超えて、ポルトガル語で「HappyBirthday」の大合唱♪誕生日ではなかったそうなのですが(笑)



ことばでひろがる和・輪 でも、皆がFelize(Happy)であれば、OK!それもブラジルらしい♪


また、こちらでもお盆の習慣が残っており、寒さの中、盆踊りを踊りました!1時間半も!?何年ぶりにやっただろう・・・地球の裏側で見る、太鼓、提灯がやけに胸に沁みました。これも先人たちの軌跡!



ことばでひろがる和・輪 母の会の皆様と。完璧なるバイリンガル


とはいえ、協会の公用語(?)はポルトガル語。子供たち、親世代はポルトガル語が母語。お年寄り世代は完璧なるバイリンガル。と、日系社会でもその様相は世代間では大きく、異なり、これから新しい日系社会に変わっていく、過渡期にあります。ここでの日本語の意義は??と、奮闘しそうな2年間となりそうです。

ところ、学習者が変われば、日本語教育の現場もこれまで携わってきた現場とは一味も二味も違います。全くの新しいものなのです。

正面から、ここでの日本語と格闘する覚悟できました!!


一先ず、風邪を治します・・・(ここでの気温の変化に体がついて行くのがやっとのようです(笑)何せ、昼間は夏の暑さ、夜やちょっと太陽が隠れれば、冬の寒さになるとですよ~!!気合入れて、乗り切ります!)


ブラジルに来て、早3週間。

先週末はサンパウロ市から車で4時間(帰りは3時間!)かけて、ピニャール移住地というみかん農家の多い日系人移住地まで行って来ました!福井県からの移住者が多く、福井弁が飛び交っていたのが「をつ」な感じでした。



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しばらく大都会サンパウロにいた私にとっては初めて「ブラジルに来たんだ!」という実感とこれまで映像や本で目にしていた日系社会の中に実際に入り込むということで、身をもって「日系人の軌跡」を踏みしめたのであります。

風邪を引いていたのですが、澄み切ったきれいな空気のおかげですっかり移住地では風邪が吹き飛んだくらい叫び



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1泊2日の滞在だったのですが、どっぷりと日本の(日系人)の村に浸り、演歌でこぶしまでまわしてきました(笑)

確かにこの地球の裏側で脈々と日本文化がここにも流れておりました!

まずは日系人協会の宿舎にてお昼ご飯。

お決まりの巻き寿司。その他にしその実やひじき、ほうれん草のおひたし、酢の物。冬柿やデコポン(これらの果物はブラジルに日本人が持っていき、今ではブラジル全土で流通しているもの)美味でありました~ニコニコ


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そんなこんなで腹ごしらえをした後、みかん畑を見学、みかん狩り!

たくさんのデコポンをもぎ取り、その場で頂いたのですが、その時の味の新鮮さと言ったら!!


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そんなこんなで1世の山下さん宅にお邪魔し、いろいろなお話を聞かせていただきました。もちろんデコポンとともに!やはり開拓者スピリッツてのはもう我々の想像を遥かに超えてしまうくらい(すごすぎて、想像できないのかも!)森を切り倒して、畑を作って、トタン小屋で生活しながら、どんどん土地を切り開いていったそうです。ただただ頭が下がります!!



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そうこうする内に夜が訪れ、晩御飯をいただきながら、晩酌も始まり、協会の方がおもむろにプロジェクターを準備始めたのです!何が始まると思いきや、何とカラオケだったのです!!この旅最大の催物と化したカラオケ大会が始まりました!



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日系人の方の歌のうまいこと!こぶしの回ること!

しかしながら、われ等がシニアボランティアの皆様も負けていませんでした!

我々青年も負けじと参戦!

北空港では私は桂銀淑にはなれませんでした(笑)失敗!


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ふと「あっ、ここはブラジルなんだよな~!!」という実感が沸いて、演歌のこぶしがやけに胸に沁みました。


もう日系社会では2世を始め、3世、4世の時代となってきています。

そんな中で日本語をこの地球の裏側で教えられること、この環境に感謝です。


昨日4時半にサンパウロを出発し、飛行機、さらに車で移動し、パラナ州、コルネリオプロコピオ市に移動しました!ホームステイ先に着いた時には正午を回っていました。

空港からの道中、広がる小麦畑、羊、牛、ただただ果てしなく大地に「ブラジルだ!!」という実感が沸々と沸いてきました。


またここから2年間、いろいろなレポートをしていきたいと思います。