【出演】
田原総一朗
佐高信
宮台真司
三上治
平野悠
椎野礼仁
二木啓孝(司会)
佐高信さんは同世代の表題の各氏について「佐高信の追悼譜」などで語っておられますね。
つい最近、高市早苗首相に対して「クロスファイア」という番組で「死んでしまえ」みたいな発言をして即、番組終了してしまった、出演者の田原総一朗さんが、どういうような発言するか、注目されるところですね。
2022年に始まった社会民主党、新社会党、緑の党グリーンズジャパンのブロックを形成する「共同テーブル」のシンポジウムが25年10月30日の今日、行われます。

日時 10月30日(木)18時開場、18時15分~20時30分
場所 文京区民センター3A会議室
資料代 1000円
主催 共同テーブル
プログラム
1 開会宣言 佐高信(進行:白石 孝~共同テーブル発起人)
2 第1部
・移住労働者問題から「ファースト」を考える
鳥井一平(NPO法人・移住者と連帯する全国ネットワーク共同代表理事)
・在日への差別
辛淑玉(のりこえねっと共同代表)
3 休憩
4 第2部 なぜ極右政党が支持を伸ばしたか
・沖縄から 又吉俊充(沖縄タイムス記者)
・群馬から 諏訪哲也(交通ユニオン書記長)
5 第3部 「人間にファーストもセカンドもない」
ラサール石井参議院議員
登壇者と会場からの意見交換
6 まとめと閉会挨拶(杉浦ひとみ)

11月26日11時頃の佐高信さんのXポストによると
10月21日は国際反戦デーで山形で話した。ベトナム戦争反対で総評系の労働組合がストライキをやったのに由来して反戦デーは始まったが、いま連合は何もしない。日本の労働者のそのストをサルトルが称賛し、世界的な動きとなったのである。高市は国家第一だが、その狭いマジメさが国民を追い詰める。
https://x.com/satakamakoto/status/1982276467124740206
佐高信さんが山形で話されたのは山形市議会議員の高橋康輔氏(未来やまがた所属)のインスタでも報告されていますね。
10月21日の「国際反戦デー」不勉強で知らなかったんですが、佐高信さんの言う通り、当時の労働組合全国組織の総評がベトナム反戦統一ストなどのベトナム戦争反対行動でを966年に呼びかけたことをJ. P. サルトルが称えた、という故事がありました。翌1967年同日にはアメリカのベトナム反戦「ペンタゴン大行進」運動も起きました。しかし1969年には日本の新宿で「新宿騒乱事件」もありました。筒井康隆さんが実録小説の「新宿祭」を1972年に発表したことも記憶されています。佐高信さんは「連合は何もしない」と批判していますが、最近のオッカ君チャンネルゲストで「自分も忘れていた」ことを白状していました。
佐高信さんの講演は社民党分裂で終了した佐高信山形塾を思い出されるものがありますね。
ただし、この「国際反戦デー」は、今や日本だけのものとなり、例えば国連などが承認する国際女性デーや国際平和デーのような世界共通のものではありません。
ウィキペディアによると、国際デーとは国際機関によって定められた記念日で、毎年定められた日に、特定の事項に対して特に重点的問題解決を国連をはじめ全世界の団体・個人に呼びかけるための日とのことです。
国際デーのいろいろ
【出演】
田原総一朗
佐高信
宮台真司
三上治
平野悠
椎野礼仁
二木啓孝(司会)
佐高信さんは同世代の表題の各氏について「佐高信の追悼譜」などで語っておられますね。

トンちゃんこと村山富市が亡くなって11月2日号の「サンデー毎日」に追悼文を寄せた。「村山談話」で中国に絶大の信頼があったが、小泉純一郎は中国を無視してアメリカべったり。つまり二次方程式を解けなかった。安倍晋三は一次方程式も解けず、麻生太郎は方程式の意味がわからない。高市も同じだ。
https://x.com/satakamakoto/status/1980453917940195484
という訳で21日にXで佐高信さんが触れた、サンデー毎日に寄せた追悼文でありますが、従来から村山さんについて言ってきたことがほとんどで「とっておきの話」等はありませんでした。
最初は大分から上京する飛行機は普通の席(エコノミー?)に乗っていたことでCAから「尊敬します」と言われたと、村山さんが言っていたという話を共著「村山談話とは何か」からから引用。村山さんの庶民性を表すエピソードですが、いつも東海道新幹線に乗るときはグリーン車を用意してもらって、その度に前席のラックに無料配布されている雑誌WEDGEに腹を立てている佐高信さんは見習って普通の指定席に乗ってほしいと思います。
そして1994年に東洋経済から佐高さんが「良日本主義の政治家・石橋湛山」を著して増刷されたときに「村山内閣は親湛山内閣である」という帯がついた、と。その頃はまだオウム事件も阪神淡路大震災も起こっていなかったか。そして1995年の村山談話に石橋湛山の考えが反映され、それは2025年の石破茂談話に繋がったという考えを。そして村山談話にはもう一人、穂積五一という核があり、穂積は当初は上杉慎吉の七生社に属し、満洲国の五族協和を信じ、戦時中、台湾、朝鮮の独立運動家を支援して投獄されたが、その穂積が寮長だった至軒寮に村山氏は入寮して影響を受け社会党代議士へと進んだ。「アジア留学生の父」とも言われた穂積五一。これらがまとめられた村山富市・佐高信共著の「村山談話とは何か」は中国語訳もされました。翻訳は後に在日本中国大使館の書記官にもなった中国社会科学院の陳応和さんでしたね。2009年頃に村山さんと佐高さんの出版社から中国への招待が村山さんの体調不良で中止になったのは残念でした。
佐高さんは、村山首相のオウムへの破防法申請のとき「この男は民主主義における犯罪者」などと厳しく批判したこともオブラートにくるんで指摘はしました。首相を辞めた村山さんが社民党党首に土井たか子さんを担ぎ上げたときに、三宅坂にはもう行くまいと決めていた佐高信さんでしたが、結局その集まりに行き、村山さんの「社会党」という何回もの言い間違えにあきれながら「そうじゃった」と村山さんが言うのに拍子抜け、脱力して参ってしまう旨が書かれています。
「倒産しても大鍋の底」という慣用句?を引いて村山さんの人柄を評価します。(検索しても「大鍋の底は撫でても三杯」ということわざしか出てこないんですが。)
後、田中秀征さんが村山さんは「宮澤喜一さんより頭が良い」(本当か?)と言い、与謝野馨氏も「翁の政治」とその相手の話を聞き調整していく方法を評価したことを引きます。漁師の家出身の村山さんが「猫嫌い」だけは相容れなかった、として追悼文は終わります。
結局「人柄評価」ですよね。
上野千鶴子さんの村山さん批判Xポストも参考までに。
私心のない政治家として尊敬を集める村山富市さん。だが土井たか子さんと並んで、今日の社民党の覆いがたい衰退を招いた戦犯だ。村山さんを総理にし、土井さんを国会議長にして党籍離脱させた保守政党の狡知。支持者が離れた責任を誰がとるのか。
https://x.com/ueno_wan/status/1979490967804907615