
11月6日福島みずほ社民党党首、秋の夜長のつどい
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2025福島みずほ秋の夜長のつどい お知らせ
2025年11月6日 18:30〜20:00
会場 スクワール麹町 錦華
東京都千代田区麹町6-6
参加費 7,000円
スペシャルイベント 清水宏さん、ラサール石井さん、福島党首によるスタンダップコメディ&トーク
毎年おこなわれている、福島みずほ社民党党首の秋の夜長パーティー、ラサール石井さんの参議院比例区当選で政党要件を満たした今年は、さぞ意気上がる集いになるか、と思っていましたが、、。
このパーティーの呼びかけ人の表示では毎年、順不同と書いてあるにも拘らず、佐高信後援会会長が筆頭だったのですが、それも五十音順になってしまって寂しい限りではあります。皮相家で天皇制民主主義者の内田樹さんの名前が無くなっているのは佐高信ファンにとって喜ばしいことではありますが。
さて、衆議院沖縄2区選出の新垣邦男さんが思わぬ離党届を社民党本部に郵送、という事態のままパーティーを迎えることとなってしまっています。福島みずほ後援会会長の佐高信さんも憂慮されていることと考えますね。福島さんが衆議院から立候補しないことで党勢が伸びないことが離党の理由の一つのうちだと伝えられますが、実は佐高信さんも同じ考えで、福島後援会会長でありながら、社会新報のコラム「佐高信の視線」等で主張されてました。此処はパーティでも事態打破に向かって佐高信さんに動いて頂くようにはなりませんかね?
文春報道ではラサール石井さんの副党首就任も新垣サンには不満だったといわれています。そうなると石井さんに副党首辞任、国民運動部長への就任等の提案を佐高信さんからしてもらう、とか。なんなら党首辞任、新垣邦男さんを新党首に就任してもらっても良い、と思います。佐高信さん、出番ですよ!
(追記)
てなこと言ってたら佐高信さん
沖縄の新垣議員が社民党を離党したのは軽率な行為た。確かに前任の照屋議員が福島党首に不満を持っていたことは確かだが、離党には私は反対で彼と衝突していた。私の発言を離党の理由にされるのは迷惑至極。新垣は立憲に勧誘されているのだろうが、それは沖縄の議員として自殺行為なのではないか。
いやいや、佐高信さん!
あなたも新垣邦男議員、照屋寛徳議員と同じように福島みずほ社民党党首は衆議院から出馬せよ!と20年7月15日の社会新報コラム「佐高信の視線」で主張していたではないか!そこを曖昧にして新垣さんを批判しても中途半端ではないか?はっきりと言い給え!
「私の発言」とは結局そのことなのか?
こんな喧嘩腰のXポストでは新垣氏を翻心させられないでしょう。
同コラム末尾より
党首は衆院選に立て
「福島を政治の世界に引き込んだ土井たか子を含めて、魅力ある党首はすべて闘いの先頭に立った。安易な他党との合流を排し、独立路線を歩むというなら、なおさら、福島は衆議院で勝負すべきである。解散のない参議院議員では、その主張にいまひとつ説得力がない。」
秋の叙勲 旭日大綬章に竹中平蔵さんら 受章者発表
どなたが受勲しようと「大人のワッペン」(石橋政嗣さんの言葉)とか言ってる佐高信さんにとっては、どうだってよいことですが、竹中平蔵元金融担当、総務大臣経験のある竹中平蔵さんの受勲には、怒りもひとしおなんじゃないかと思いますね。
受勲の理由というのが、あまりはっきりと公式には伝えられていないと思います。
数年前に再販された本
社民党離党意向の新垣邦男衆院議員が会見 離党届
【速報】新垣邦男氏が社民党離党の意向 副党首、社民唯一の衆院議員
新垣氏は2021年の衆院選で沖縄2区に出馬し初当選。現在2期目。22年から党副党首を務めている。
【速報】党勢拡大「思いかみ合わなかった」社民党離党意向の新垣邦男衆院議員が会見 離党届、福島党首らに受け入れられず郵送に
社民党副党首の新垣邦男衆院議員は宜野湾市の事務所で記者会見を開き、離党の意向を発表した。10月31日に離党届を郵送した。党勢拡大に向けて党内で意見の不一致があったと説明した。新垣氏は「なんとか社民党の党勢拡大をしていきたいという思いを持っていた。だが、その思いがかみ合わなかった」と語った。県内の社民支持者に対しては「申し訳ないと思っている」と述べた。
佐高信さんと同い年であった、元社民党代議士の故・照屋寛徳さんの後継者だった新垣邦男さんが社民党への離党届を郵送と。
このことは週刊文春が先行報道していて、その後にはあと追い報道が無かったので収まったのではないか、と思われたのですが。
佐高信さんが新垣さんの選挙応援に行かなかったのも訝しげに感じられましたし、社会党設立80年記念大会に新垣副党首の姿が無かったのも気にはなっていましたが、。
転向者に厳しい佐高信さんの新垣筆刀両断が予想されます。吉田忠智さんや吉川元さんら現立憲民主党の社民フォーラム派に対する激しい攻撃が思い出されます。
「比例で2%を獲得して政党に踏みとどまれたのは、確かにラサール氏の力が大きい。しかし、ラサール氏は政治の素人。そんな人を周囲に相談することもなく副党首に据えたことに新垣氏は不満を募らせた」(前出・社民党関係者)
スクープ!佐高信、高市早苗、小池百合子、辻元清美、テリー伊藤座談会の掲載誌は!
10月4日に高市早苗自民党総裁が石破茂氏に代わって選出され、公明党が連立を解消、その後維新との間で自維連立(連合?)政権が10月21日形成、高市首相選出されたわけですが、4日の直前の3日にジャーナリストの佐高信さんを月刊日本の中村友哉氏がインタビューしたのが、この10月20日ぐらいから発売中の月刊日本11月号で「新聞はいつから『予想屋』になったのか」という記事になっています。
表題にあるごとく、7月の読売「石破退陣誤報」「東京地検維新議員への捜査誤報」などから読売の体制寄り体質を大正力時代からのものとし、また新聞業界全体の「予想屋」報道を批判します。そして記者クラブと宅配制度の批判。その後聞き手の中村友哉さんが「自民党総裁選の報道もつまらないのは記者が永田町向けの報道ばかりだから」と振ると佐高信さんは、SUT(世襲、裏金、統一教会)の3つを追及が弱いマスコミの問題を突き、高市さんについてこう言います。
「特に統一教会と関係の深い旧安倍派に支えられている高市早苗には、統一教会のことを突っ込んで聞かなければならない。高市は今でこそタカ派と見られているけど、自民党に入る前は『リベラルズ』という政策集団で活動していたくらいリベラルでした。私も高市とは交流があって、私の父親が亡くなったとき高市から弔電をもらいました。昔の日記を読み返していたら、私は『お笑い創価学会』を共著で出したテリー伊藤と一緒に座談会をやっていたんだけど、そこに高市と小池百合子、辻元清美を呼んでいたんですよ。私が遅刻してしまい、3人から怒られたと書いてあった。そのくらい親しく語り合う間柄でした。」
「でも高市はそこから自民党内で地位を確立するため、どんどん右旋回していった。これは転向者の常です。左から右に転向した人は保守的なことを言わないと『まだリベラルなのか』と批判されるから、過剰に保守的になってしまうんですよ。転向者の悲哀だね」
さすがに西部邁さんや櫻井よしこさんをよく見てきた佐高信さんの眼力です。
インタビューはこういうふうに進んでいき、麻生太郎批判、新聞を中心としたマスコミ批判、だまされることの責任について繋がっていきます。書店で月刊日本を是非にもご購入して下さい。
ところで、佐高信さんが手帳に記入したという、「佐高信、高市早苗、小池百合子、辻元清美、テリー伊藤」座談会ですが、偶然にもその雑誌が判明しました。28年前の集英社の雑誌Bart1997年4月14号
です。引用にある様にテリー伊藤さんとダブルで司会者となり、ゲストを迎えての座談会シリーズだったようです。テリーさんと佐高信さんのベストセラー「お笑い創価学会 信じるものは救われない」が2000年、それ以前に佐高さんがテリーさんと大蔵官僚を訴えた「お笑い大蔵省秘密情報」が1996年の発行でした。雑誌自体が余り売れていなかったからでしょうか、こんなシリーズがあったとは知りませんでした。で、そのトビラ写真と思われるのがこちらです。

佐高信&テリー伊藤の「話せばわかる。」
それにしても佐高信さん、若い!当たり前の話ですが。
そして座談会参加の女性議員3人が21世紀になって、東京都知事、野党第1党の代表代行(現在退任)、総理大臣になってしまうのだからわからないものですねえ。
佐高信さんの月刊創「タレント文化人筆刀両断」での12月号の標的は多分高市首相でしょうから、このリベラル時代の首相の言動を引いてくるのでしょう。期待して待ちたいと想います。







