
佐高信さんの村山富市元首相追悼記事

トンちゃんこと村山富市が亡くなって11月2日号の「サンデー毎日」に追悼文を寄せた。「村山談話」で中国に絶大の信頼があったが、小泉純一郎は中国を無視してアメリカべったり。つまり二次方程式を解けなかった。安倍晋三は一次方程式も解けず、麻生太郎は方程式の意味がわからない。高市も同じだ。
https://x.com/satakamakoto/status/1980453917940195484
という訳で21日にXで佐高信さんが触れた、サンデー毎日に寄せた追悼文でありますが、従来から村山さんについて言ってきたことがほとんどで「とっておきの話」等はありませんでした。
最初は大分から上京する飛行機は普通の席(エコノミー?)に乗っていたことでCAから「尊敬します」と言われたと、村山さんが言っていたという話を共著「村山談話とは何か」からから引用。村山さんの庶民性を表すエピソードですが、いつも東海道新幹線に乗るときはグリーン車を用意してもらって、その度に前席のラックに無料配布されている雑誌WEDGEに腹を立てている佐高信さんは見習って普通の指定席に乗ってほしいと思います。
そして1994年に東洋経済から佐高さんが「良日本主義の政治家・石橋湛山」を著して増刷されたときに「村山内閣は親湛山内閣である」という帯がついた、と。その頃はまだオウム事件も阪神淡路大震災も起こっていなかったか。そして1995年の村山談話に石橋湛山の考えが反映され、それは2025年の石破茂談話に繋がったという考えを。そして村山談話にはもう一人、穂積五一という核があり、穂積は当初は上杉慎吉の七生社に属し、満洲国の五族協和を信じ、戦時中、台湾、朝鮮の独立運動家を支援して投獄されたが、その穂積が寮長だった至軒寮に村山氏は入寮して影響を受け社会党代議士へと進んだ。「アジア留学生の父」とも言われた穂積五一。これらがまとめられた村山富市・佐高信共著の「村山談話とは何か」は中国語訳もされました。翻訳は後に在日本中国大使館の書記官にもなった中国社会科学院の陳応和さんでしたね。2009年頃に村山さんと佐高さんの出版社から中国への招待が村山さんの体調不良で中止になったのは残念でした。
佐高さんは、村山首相のオウムへの破防法申請のとき「この男は民主主義における犯罪者」などと厳しく批判したこともオブラートにくるんで指摘はしました。首相を辞めた村山さんが社民党党首に土井たか子さんを担ぎ上げたときに、三宅坂にはもう行くまいと決めていた佐高信さんでしたが、結局その集まりに行き、村山さんの「社会党」という何回もの言い間違えにあきれながら「そうじゃった」と村山さんが言うのに拍子抜け、脱力して参ってしまう旨が書かれています。
「倒産しても大鍋の底」という慣用句?を引いて村山さんの人柄を評価します。(検索しても「大鍋の底は撫でても三杯」ということわざしか出てこないんですが。)
後、田中秀征さんが村山さんは「宮澤喜一さんより頭が良い」(本当か?)と言い、与謝野馨氏も「翁の政治」とその相手の話を聞き調整していく方法を評価したことを引きます。漁師の家出身の村山さんが「猫嫌い」だけは相容れなかった、として追悼文は終わります。
結局「人柄評価」ですよね。
上野千鶴子さんの村山さん批判Xポストも参考までに。
私心のない政治家として尊敬を集める村山富市さん。だが土井たか子さんと並んで、今日の社民党の覆いがたい衰退を招いた戦犯だ。村山さんを総理にし、土井さんを国会議長にして党籍離脱させた保守政党の狡知。支持者が離れた責任を誰がとるのか。
https://x.com/ueno_wan/status/1979490967804907615(追記)
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高市早苗自民党総裁と松下政経塾
日本維新の会らとの協力で総理就任が確実視される高市早苗自民党総裁ですが、かつて松下政経塾第5期生だったことはそれほど報道されていないような印象もあります。
同じ政経塾第1期生だった野田立憲民主党代表との会談も行われたようですが、政経塾生同士の雑談もあったとか。日刊スポーツで朝日新聞の非主流派記者が書いていると言われるコラム「政界地獄耳」は佐高信さんも愛読しているようですが、そのへんの政経塾人脈が語られています。
さてその政経塾、パナソニック嫌いの佐高信さんは「松下未熟塾」「塾生は松下(現パナソニック)最低の不良品」などと痛罵してきましたが、一昨年23年2月4日のバレンタインデーに月刊俳句界23年5月号の対談シリーズ「甘口でコンニチハ!」でイマジニア創業者の神藏孝之さんと対談されていたのは、ほとんど佐高信ファンにも知られていない事実です。
この神藏さんは松下政経塾の第2期生で現在同塾の副理事長なのですね。佐高信ファンに知られていないというのは、社会新報での連載、筆刀両断日記ではいつも「甘口でコンニチハ!」のことは記されるのですが、どういう訳だか5月分の日記には記述がないのです。単行本「統一教会と創価学会」に掲載されているので御確認下さい。
この対談ではなんと、神藏さんの松下政経塾の卒業のことを佐高信さんから話題にしながら、自分の政経塾観のことを全くおくびにも出さずに、対談を続けます。
そこでは三澤千代治さんのことや、神藏さんが盟友だったという消費税アップ3党合意に尽力の香川俊介元財務事務次官のことを褒め称えたりするんですね、、。
(後任勝栄二郎事務次官は批判対象だった)
まあイマジニアとは教材10ミニッツのことでも昔から付き合いもあった、ということもあるのでしょうが。
チェックしていただきたい佐高信さんの行状です。
村山富市元首相が御逝去
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本日、村山富市元首相がご逝去されたとのことです。謹んで御冥福をお祈り申し上げます。合掌。
佐高信さんといえば村山氏と共著がありますが、首相時代はその評価はひどいものでした。一夜にして自衛隊と日米安保条約を認めたことにあるでしょう。
オウム事件のあとに破防法の適用申請をした時は「この男はもはや穂積五一の弟子ではない。民主主義における犯罪者である」とまで罵倒しました。「佐高信の寸鉄刺人」という本にその頃のことが書いてあります。
日本社会党が民主党への合流や社会民主党、新社会党などに分裂して初代社会民主党代表に村山氏が転じた頃から評価が変わって佐高信さんと田中眞紀子さんとの対談「問答有用」では「私トンちゃん大好きです」と言ったのは印象的でした。
2006年に元首相が受勲された時も特にコメントはありませんでした。その後「村山談話とは何か」を出されたのは御存知の通り。
昨年には百歳を迎えられてお元気そうだったんですが、残念です。
(追記)
てなこと書いてたら毎日の米江貴史記者の記事が載っていました。無料公開です。「村山談話とは何か」の出版を持ちかけたのは佐高信さんだそうです。

佐高信さんの柄谷行人批判って
佐高信さんの柄谷行人批判「月刊創25年11月号タレント文化人筆刀両断!」が明らかになり、目を通してみましたが、これが惨憺たるものでした。珍しい人選なので、一応は予想を立ててみたんですが
ねえ。

先ず佐高信さんは「柄谷の書くものに全く知的興味がわかない」と、始めからやる気の薄さを言明されて「大江健三郎の追悼の雑誌で大江が柄谷について『きわどいジョーク』を放っていたことに快哉」とします。その大江さんのジョークというのが「柄谷君のペンネームは夏目漱石のタイトルから取ったそうだが『坊っちゃん』の方が良い」と。でもその雑誌というのがいつ発行された何なのかサッパリ不明です。これは不明な編集者の篠田博之氏に問題あり、と思います。
それに柄谷氏のペンネームの由来はkojinという言葉の響きから偶然の思いつき、夏目漱石の小説「行人」ではない、と柄谷氏は主張しているようです。夏目漱石の国民的に愛読されている「坊っちゃん」の内容と単なる比喩的な「お坊ちゃん」とではちょっと意味が違ってくるような気がするのですが。
それはさて置き、続いて俳句界の16年11月号の川本三郎さんとの対談(これはキチンとソースを表示)から川本さんの言葉を引き「物書きが先生など他の職について安定収入があれればヒリヒリ感がなくなる」としています、その前に佐高信さんは川本三郎さんに「佐高さんは大学の先生はしてませんよね?筆一本ですね」に問われ「ええ」と肯定していますが、故郷の酒田の東北公益文科大学で客員教授を勤めていること
を隠しています。確かに報酬とかは少ないでしょうが、虚偽を述べられたわけですね。(かつては竹中平蔵さんや佐々木毅さんと机を並べられていたのも事実) 他の本では学生歌「I'm different」まで作詞されているのを自慢してるのに。
続いて岩波新書の柄谷氏の著作「世界共和国」や「憲法の無意識」を「タイトルだけでノンキな本で読む気がなくなる」と自分のヤル気の無さをボヤかれます。て言うか、比較的読みやすいこの2冊さえも読んでいないのですね?佐高信さん。
次に「法政大教授の柄谷の本を読まねばならなくなって往生した体験」。「文字が立ち上がって来なくて読み進めないのだ」
いつの頃かこれもわかりませんが、NHK週刊ブックレビューという番組での、ゲスト3人が持ち寄った本をそれぞれ議論する企画。作家の久間十義氏が、柄谷氏の本を持って来て、佐高信さんが「つまらなかった」と言うのを久間さんが驚いてそれにまた驚いたって。
また「柄谷を『解説屋』と思っても『批評家』と思ったことはない」と一般向け書籍が主である池上彰並みの低評価を投げつけますが、そのわけは一切書かれておりません。亀井勝一郎賞の「マルクスその可能性の中心」よりも、同じ学生運動経験者なら西部邁の書いたものに刺激があるとも書きますが、その理由説明も一切無し。最後の段落で佐高さんのバイブル「思想のドラマトゥルギー」で師匠の久野収氏が「竹内好、花田清輝、埴谷雄高、久野氏自身」は「ならず者世代」で嫁も子供も語らず、戦争の太鼓を叩かなかったものの、竹内と自分は学校の先生になった点ではダメだ、と言ったことがわかるか?と問いかけ、最後は噂の眞相元編集長の岡留安則の2001年の言葉、吉本隆明と柄谷行人は「編集者の支持がなければ終わっている」でまとめました。
久野氏が学習院で教師をしていなければ、佐高信さんが盗聴に来ることも無く師弟関係になることもなかったと思えますが、、。もう佐高さんにこの調子で全ての大学や高校の教師の著作を否定してほしいと思います。柄谷行人さんと同じ法政大の元総長の田中優子さんとか。
結局、佐高信さんの柄谷行人批判というのは「柄谷の本はつまらないし、読む気がおきない。昔、教師をしていたから駄目だ」の2文で終わるような内容でした。興味がある人は買ってあげて下さい。
(追記)
ネットでほとんど反応無しですが、杉山真大さんの意見(せつなりっとくさんの「作者作家の思想というよりは「作者作家が共感して書いてるんだろう」と認識してるんだろうな、とは思う」に対してのレス)
>今月号の『創』に掲載されてる佐高信の柄谷行人批判にも通じる気が。
https://x.com/mtcedar1972/status/1978787584957444374








