効率化の牙城にて(その30)-会者定離-東京駅13番ホームの別れ | 流離の翻訳者 青春のノスタルジア

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

19899月に入り、毎日引っ越しの準備に追われていた。198999日(土)の午前中に荷物一式の引き取りを業者に依頼しており、夕刻のブルートレイン「あさかぜ」で東京を離れることにしていた。

 

この時、新幹線にしなかったのは、父と上京した19773月がブルートレインの「富士」だったことが思い起こされたからだ。それから短いような長いような12年半、同じ干支の巳年、今度は「あさかぜ」にした。なお、19773月の上京の経緯については「自叙伝(その20)-翳りゆく勝算」に記載している。

 

 

首都圏には父方の叔父が二人いた。私が東京に居た7年半の間、年に一度か二度東京・世田谷の叔父の自宅で食事などをご馳走になった。叔父の家では、いつも叔父の一人息子(私の従弟)や千葉の叔父(世田谷の叔父の兄)の四人で酒盛りになった。

 

従弟は、私が安田火災に入社した同じ年に麻布高校から東大・文科三類に進んだ。その後東大・文学部で社会心理学を専攻し大学院まで進み研究を続けた。私が東京を去るときもまだ東大・大学院に在籍していた。あの「半沢直樹」で大和田常務を演じた香川照之氏は、東大文学部・社会心理学科出身で彼の2年後輩となる。

 

世田谷の叔父の自宅は京王井之頭線の「駒場東大前」で、自宅周辺には東大教官などの社宅も多かった。当然にして住民にも東大卒が多く「幼稚園よりも東大教養学部の方が近い」という環境だった。叔母が所謂「教育ママ」になったのも頷ける話だった。

 

この叔父・叔母は私の東京暮らしの後半、何人か私の花嫁候補を紹介してくれた。叔父・叔母が勧める相手のことをもっと真剣に考えていたなら、今は全く別の人生があったかも知れない。

 

 

198999日(土)。業者の荷物の引き取りは午前中で終わった。ガスを止めたり不動産屋にカギを返しに行ったりして結局15:00くらいになった。不動産屋の最寄り駅から中央線に乗り込んだ。

 

荷物は貴重品とボストンバッグが一つだけ。途中「神田」で降りて朝食・兼昼食を摂った。鰻が食べたかったが店がわからず、結局、泥鰌(ドジョウ)になった。最後の東京の街をぶらぶらと散策した。

 

「あさかぜ」の東京発は19:00ちょうど、ホームまで千葉の叔父と「いいとも会」のITが見送りに来てくれた。

 

千葉の叔父には、浅草の「神谷バー」に連れて行ってもらいデンキブランをご馳走になったり、筑波山にドライブに行ったり ……。結構思い出が多い。予備校の頃、早稲田・政経の発表を見に行ってくれたのも千葉の叔父だった。この辺の経緯については「自叙伝(その35)-啓蟄-受験戦争の終結」に記載している。

 

ブルートレイン「あさかぜ」の入線時刻は18:44、東京駅13番ホームだった。「いいとも会」のITから餞別の目覚まし時計を受け取り、最後に二人と握手を交わして列車に乗り込んだ。

 

この時、東京での75か月あまりの長い旅が終わると同時に、福岡・博多での新しい旅が始まることになった。

 

 

李白の詩「送友人」は、友人との別れを詠んだものだが、再会を期待して「じゃあ!またな!」と言って別れても、再会は何時になるわからない。人との出会いと別れ。人生は「会者定離(えしゃじょうり)」である。

 

 

「送友人」(友人を送る)       李白

 

青山横北郭                          (せい)(ざん) 北郭(ほっかく)に横たはり

白水遶東城                          白水(はくすい) 東城(とうじょう)(めぐ)

此地一爲別                          此の地 一たび別れを為さば

孤蓬萬里征                          ()(ほう) 萬里()かん

浮雲遊子意                          浮雲 遊子の意

落日故人情                          落日 故人の情

揮手自茲去                          手を(ふる)ひて (ここ)より去れば

蕭蕭班馬鳴                          蕭蕭(しょうしょう)として (はん)()(いなな)

 

(拙現代語訳)

青々とした山が北側に横たわり、清らかな水を湛えた川が城の東側を流れている。

一旦この地に別れを告げれば、君は風に吹かれる(よもぎ)の葉のように万里の彼方へと旅立ってゆくのだろう

空に浮かぶ雲は去ってゆく君の旅心を表わし、沈みゆく夕日は別れを惜しむ私の心を映している。

手を振って此処から立ち去ろうとしたそのとき、お互いを乗せた馬までが悲しそうに(いなな)くのが聞こえてきた。