ことごとく立ちはだかる高い壁。
逃げれば逃げるほどまとわりつく苦難。
前に進めばつまづき、
後ろに引けばひっくり返る
何もしなければ腐ってゆく・・・。
そんな状況下でまわりを見渡せば
あたりは霧がかっていてよく見えない。
完全に負のスパイラル。
いつかは抜けるんだけど
どうゆう状態で抜けられるのか心配。
超マイナス思考がおりなす
ダメなスパイラルを打破しつつ
やれる限りどうせやるなら真剣にやろう。
・・・と逆境に立ち向かい、
逆境を楽しむ自分が1%くらいはあるのです。
言葉の持つ力は無限大です。
同じ言葉でもイントネーションや微妙な表情の変化で
まったく違う捉えられ方をしてしまいます。
同じ言葉を同じイントネーションで同じ表情で
言ったとしても
その場の空気とか、コンマ1秒のタイミングのズレとか
そういったものが相まってそれぞれ伝わり方が違う。
相手との信頼関係の成熟度によっても
それは大きく影響するのです。
そんな言葉を思うように操れる人っていうのは
それだけでたいしたものだと思います。
私は口下手なので人前で思うように話せません。
言葉を遣うのは「自然」でないとうまく伝わらない
のです。
だからうまくしゃべろうとかよく見せようとか
思っているうちは自然と「不自然」になって
思うように言葉が伝わらない。
へたしたら思っていたのと
真逆に伝わったりすることだってあります。
もどかしい。
だけれども思ったことを自然に話せればきっと
決して話すのが上手じゃなかったとしても
表情だとか身振り手振りとかで伝わるのだと
思うのです。
たとえば伝えたいと思えば外国人にだって
ジェスチャーとニュアンスで伝わるし、
逆に同じ日本人でもまったくかみ合わない
事もある。
大切なのは自分の「気持ち」と
相手を思いやる「気持ち」と
TPOでしょう。
人間である以上、素敵な言葉を
遣いたいですね。
人はどんな人でも時が経てばいつか死にます。
しかも何時死ぬかということは誰も教えてくれません。
死ぬということを前提において
生活をしているひとがどれだけいるでしょうか。
もちろん病気になったり、老年期にはいったり
した場合にはある程度考えると思いますが
それでは遅かったり準備ができていなかったり
することもあるでしょう。
死は何時やってくるか分からない。
ひょっとしたら明日死ぬかも分からない。
自分が死ぬという状況を頭の片隅に考えておくのと
全く考えていないのでは随分と違うと思います。
たとえば毎日2~3秒でも、「今日死ぬかもしれないな」と
思うだけである程度のその後の人生において、
残されたやらなければならないことの優先順位が
変動するかもしれませんし
億劫に思っていたことも重要であったということに
気付いてすぐ実行にうつすことができるかもしれません。
そして何より死ぬことへの覚悟が
なにも考えていない人に比べてできている分、
いざ死ぬときに慌てないし悔いが残らない
(あくまで比較論ですが)のではないでしょうか。
死というのは日本人の日々の生活から
ほど遠いものであり、忘れてしまいがちですが
いつでもどこでも誰にでも迫り来る
一番身近なものなのです。
毎日少しだけ死ぬことについて考えて
悔いのない人生を送り、大往生したあとに
「素敵な人生だった」と天国で
お茶でも飲みながら振り返りたいものです。
毎日どうしようもないほど良くないことが
巻き起こりますがこれも
自分の運命なのだとあきらめつつ
そんな星の下に生まれた自分に
苦笑いしつつも
うまいことやっていかにゃあならんと
改めて思う今日この頃です。
現実の世界は極めて厳しい風が吹いていますが
仮想世界?では良い傾向です。
最近久々に小説をよく読むようになって
少しでもヒマを見つけては読んでいるのですが
すごくのめりこんでいます。展開を予測したりその予測を
裏切られたりで感心するばかり。
ちなみに現在は村上春樹に再傾倒しています。
そして寝る前に毎日あの例の米国で人気の
TVシリーズ「ロスト」(100話くらいある)を1話観て寝ます。
これまたビックリするほど面白くって
どうなることやらとハラハラしながら観ては
次はどうなるのだろうと予想をしたり
裏切られたりでこれまた楽しい。
本とドラマと現実と3本同時進行で
とても良いバランスなのではないでしょうか。
まったく違うものだからこそ
頭の切り替えができて気持ちも洗われるのでしょう。
よいバランスを保ったまま
明日に向かってゆきたいものです。
ある程度、現実逃避して少しの時間でも距離を置くことで
現実を客観的に見ることができるのです。
・・・というまとめにしておきましょう。
昔、偶然とは必然の産物であるという言葉を
聞いたときに
足元が崩れ落ちるような
そんな衝撃を受けたことを覚えています。
いつどこで誰が言ったのか知りませんが
本で読んだのか、テレビで見たのかも
忘れましたが
衝撃を受けたことはよく覚えています。
今までの概念を覆すというか
天と地がひっくり返るような感覚です。
ともすればそれまでは
偶然は偶然の産物だと思っていたし
必然は必然の産物だと思っていたわけです。
それを偶然というのは偶然じゃないと
気付いたときに
何か自然の摂理というか
そういったものを少し垣間見たような
感覚にとらわれたのです。
それがあっているかあっていないか
とかではなく
ただただそう感じたのです。
そのときからどんなときでも
前向きに日々積み上げていこうと
思いました。
すべては繋がっているのだと。
偶然は必然の積み重ねが産むもので
偶然は偶然起きないのです。
犬はご主人様には従順ですが
家族の中で誰か自分より下を作るそうです。
自分は一番下ではないのだという認識なのでしょうか。
人も同じく、まわりに自分より下の人間を
探します。
そして「あぁ自分は一番下ではないのだ」と
安心するのです。
誰しもが一番下にはなりたくないのです。
あいつよりはましだとか
あいつよりは恵まれているとか
思うことで自分の不幸な境遇を少しでも
やわらげようと必死なのです。
冷静になって考えてみれば
そんなことなんの「たし」にもならないのに
なんで・・・と思うのですが
心の不安定を少しでも安定させるには
それが一番の良薬なのかもしれません。
不幸なのは自分だけじゃないと。
幸せ絶頂なときはそんなこと考えないでしょう。
幸せなときは人のことなどあまり気に掛けないのです。
逆に自分より幸せな人はもっといると
浮かれた気持ちをおさめるのでしょうか。
何はともあれ、客観的に自分をみることが
大切です。
自分を見失ってはいけません。
客観的に自分のおかれている状況を把握して
この先どう動けばよいのか方向性を見極めた上であれば
自分より不幸なひとを探してひとときの安心を勝ち取るのも
よいでしょう。
目的もなくただただ自分より不幸な人をいないかなりふりかまわず
探している人がいればその人こそが不幸です。
何の方向性もなくただその場所にとどまり
ひたすらに自分より不幸な人を探しては歓喜する人は
果たして幸せになれるでしょうか。
犬のほうががよっぽと方向性がしっかりしていますね。
道を誤ったかもしれないと
ふと思うことがあります。
あの時ああしていたら良かった
こうしていたら良かったということばかり
人生を振り返ると後悔ばかりです。
でも過去があるから今があるのであって
大事なのはあくまで今とこれからの未来です。
道を誤ったと思う概念が間違っているのであって
そもそも間違おうとおもって間違う人は
いないのです。
みんな正しいと思ってやっているんだから
それはそれでよいのです。
その時正しいと思ってやったことは
そのように考えるように大きな力に
導かれたことであるとしか思えないのです。
導かれて正しいと思ってやったことを
あとから間違っているというのは
やはり筋が違うのではないか。
結果は正であり
問題なのはこれからどうするか。
単純なことなのですが見失いがちなのです。
たまに連休になって特にこれといってすることもなくて
家にずっといたりすると
なにかとてつもなく悪いことをしているような
不安におそわれます。
ただ1週間に2日続けて休むだけなのに
なぜこんなに嫌悪感をいだきながら
休まなければいけないのだと
いらだったりしたりして意味がわかりません。
あとせっかくの貴重な連休なのに
家でゴロゴロしていてよいのだろうかという
もったいない感がすごくあります。
1泊3万円のホテルにリゾートホテルに泊まったのに
夜遅くについて朝早くにでかけちゃうような感じで
満喫できてないような気がしてしまうのです。
きっと根っからの貧乏性で小心者だからなのでしょうが
困ったものです。
でもこんなことではせっかくの連休が
全然リフレッシュできません。
だから休みの日は極力出かけるようにしていますし
極力なにか身になるようなことをしようと
思っています。
出かけると充実感で明日からも頑張ろう!と
なりますからね。
休みというリスクに見合う
「楽しかった」というリターンが
あれば休みは成功です。
まあ休みがリスクと言っている時点で
もはや間違っているといわざるをえませんが。
いつの日か悪びれもせず
完全週休2日をとって
悠々自適に過ごしたいものです。
最近、なんとなく読んだ本をご紹介します。
【チルドレン】 伊坂幸太郎
展開がアップテンポで登場人物が奇想天外
ストーリーはいい意味で期待を裏切る展開で
読みやすくはまりやすい作品。
5つくらいに物語がわかれているのだけれど
それぞれ時系列がバラバラで、でもどこかでつながっている
というカラクリ仕掛けな構成も素晴らしい。
他にも読んでみたいと思わせる中毒性があり
これはいいものを見つけたという達成感がありました。
【羊をめぐる冒険】 村上春樹
過去に高校生か大学生の頃読んだものを
読み返してみましたが、まぁ面白い。
静かな情熱というか、表面上はあらわれないけれども
地中深くにマグマのような熱いものを感じます。
相変わらず謎が多く、読み終えて「フーッ」と
一息ついてしばらく考えて、また気になるところを
読み返すというなんとも達成感のない気持ちになって
しまいます。
(現在続編のダンスダンスダンスを読んでます)
【リアル鬼ごっこ】 山田悠介
スケールも大きく内容は悪くないと思うのだけれどもどうも
物足らなさを感じてしまいます。
引き込まれはするんだけれども、筋が通らないことが
多すぎてついつい現実に引き戻されてしまう。
あえて万人受けさせるために軽くうわべだけで表現して
いるのかもしれないなどと勘ぐってしまう一冊でした。
【アフターダーク】 村上春樹
夜中から朝方までに起きたことを綴っただけの内容なのですが
またしても深い。文章の組み立て方だったり、表現の仕方、
感情表現を直接的に表記していないのに行間で感じさせる
不思議な手法は相変わらずスゴイ。
読み終えて「フーッ」と一息ついてしばらく考えて、
また気になるところを読み返すのだけれども
よくよく考えると夜から朝までにコレといった大事件も起こらずに
これだけ引き込ませて読ませて考えさせられるって
やっぱりスゴイ。
嫌だなあやりたくないなあと思っていることは
あとまわしにすると
どんどん積もり積もって
気持ちはドンヨリしてくるし
手に負えなくなってしまいます。
いやなことはエイヤー!トー!
とやってしまうと
案外そんなに面倒なことではなくて
なおかつ終わってみると
すっきりさわやかな気持ちになります。
とどのつまり
嫌なこと気が重いことキライなことは
さっさとやっちゃったほうが
100%いいに決まってるのです。
でもさっさとやっちゃえないから
こまりものなのです。
まぁすべてはタイミングです。
嫌なことを一斉にやっちゃえる
気持ち的なコンディションというか
タイミングってあるのです。
そこを狙ってかたずけて
すっきりさわやかになりたいものです。