あなたの夢は何ですかと言われると
どきっとしたりします。
胸に手を当てて考えてみて
果たして自分に夢はあるのだろうかと。
サッカー選手になりたいとか、弁護士になりたいとか
タクシー運転手、芸能人、学校の先生とか
子供の頃はあったかもしれませんが
35も過ぎるとそんなものはありません。
じゃあ会社で社長を目指そうとか
専務になってやろうとかそんな夢もありません。
はて? 夢も希望もないのかしらと考える。
夢っていうのはでかければよいというものでも
ないのではないか。
そもそも夢にでかいも小さいもないのではないか。
数にも限りもないし、制限なんてないのです。
だから
寿司が食べたい、ハンバーグが食べたい、
焼肉食べたい、ビーフストロガノフが食べたい・・・
というのだって夢です。
もちろん大きな家に住みたい、北海道に行きたい
マレーシアに移住したい、地球一周したい・・・
というのだって夢です。
さらにはスマートフォン欲しい、ニンテンドー3DS欲しい、
新しいパソコン欲しい、キャンプ用品たくさん欲しい・・・
というのだって夢です。
妻を幸せにしたい、いつも笑顔をみていたい
かわいい我が子が無事に生まれて欲しい、
そして幸せな人生を送って欲しい・・・
というのだって夢なのです。
大きな夢が1個ある人。
小さな夢が100万個ある人。
どちらも両方素晴らしいことなのでは
ないでしょうか?
そう考えると小さな夢なら山ほどあります。
夢があるということは進む方向があるということ
なんですね。
自分で枠とか制限をつけることなく
夢は無限大に持っておきたいものです。
自分というものがどのような存在なのか
自分では分からなかったりします。
人は目に見えるから存在を確認できますが
自分は存在を確認できません。
鏡をみれば分かるし、映像に撮ったりすれば
分かるけどそんなこと四六時中できません。
だから自分がどのように人から見られ
感じられ、思われているのかを常に気にして
しまうのです。
でも自分は自分だし、人は人だし
すべての人から好かれるように生きようと
思ったら、まともな人間関係は築けないのでは
ないでしょうか。
ある程度割り切って考えて
敵を作るのも仕方なし、誤解を招くのも仕方なし、と
思える強い心を持ちたいものです。
また自分を過少に評価しすぎるのも
よくありません。
自分を判断するのは自分ではないのだ
という認識が必要であり、
あくまでも自分は自分として精一杯やれるべきことをやること。
あとは人がどう評価するかということです。
あくまで評価は結果。
結果は自分で決めるのではなくて
人が決めるのです。
近代医学の考え方は病気を否定することから始まります。
いわば病気は悪で健康は正であるということです。
病気は敵だから徹底的にやっつけるという考え方
だから悪い部分が切除するのが当たり前です。
しかしながら心の病に対してはなかなか
同じようには行きません。
そもそも心の病を敵だと思って戦ったとしても
自分と戦うようなもので自分をやっつけることになってしまいます。
病気を内包しつつ共につきあっていこうという
考え方になることが大切なのではないでしょうか。
そもそも病気があたりまえ、病んでいるのがあたりまえで
大体こんな世の中で病んでいないほうが
神経がどうかしているんじゃなかろうかと思ったほうが
良いかもしれません。
病気があたりまえなのだから、じゃあその病気と
どうやってつきあっていくかを考えればいいのです。
たとえばキライな人がいたとして、そいつをどう避けるかとか
どうやってやっつけるかとか考えるんじゃなくて
どうやってつきあっていくかを考えたほうが建設的です。
自分の病んでいる部分は、すべて気持ちよく受け入れて
病んでいる部分も自分の一部なのだという意識をもって
今の状況で最善を尽くす。
「自分」と向き合って一緒にこのしがない世の中を
乗り切りましょう。













