考えるヒント

考えるヒント

人の一生は重き荷を背負うて遠く道を行くが如し。と心掛けつつもときどき荷物をおろして考えます。

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ケーキというのはフルーツの甘酸っぱさに生クリームの甘さが加わって、スポンジのホワホワ感やら、クッキー的なもののサクサク感がたまらないようですが、私はさほど好みません。

というのも心の何処かで、嗚呼太る…とか、糖尿病になる…とか思ってしまって、その甘味という快楽に心から溺れることができないのです。
好きなんだけど駆け落ちするまでは、ねぇという程度。

それに比較したらば、ラーメンなんかはもはや油まみれだし、塩分だってすごいし、もう身体に全然良くなさそうだけど、コレステロールだろうが成人病だろうが、関係なく、どこまでも溺れて行く快楽めいたものがあります。
そう、あと先考えずに駆け落ちできるのです。

何事も程が大事だということはわかっちゃいるのですが、そこには理性では止め処がない怒濤の欲望が渦巻いているのです。

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やさしい麦茶。
うちの子がママのおっぱいの次に口にしたのは麦茶でしたが、それは普通の麦茶でした。赤ちゃんでも飲めちゃうくらい麦茶はやさしいのに、さらに優しくしてしまうなんて余りに過保護。
これもゆとり世代の余波なのかもしれません。
いっそのことやさしいタバコとか、やさしいビールとかやっちゃえばいいのに。
少なくとも僕は買います。
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☆一蘭は予期せぬ店内




高校の時、人間万事塞翁が馬と

いう言葉に対して、

たかがしれている

と半ば絶望感に近い感覚で

さも世を悟ったような気持ちに

なったことを覚えています。

所詮高校生の頭で人生を見切った

わけなのですがあれから

20年がたち、私は思う。

わが人生予期せぬことばかり。

人間万事塞翁が馬。



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☆あじのまるやき


何事もやりすぎはよくありません。

でも人間は得てして行きすぎる

きらいがあります。


行きすぎて戻る、戻りすぎて進む。

時計の振り子のよう。

自然とバランスをとりながら

物事は進んで行きます。


だからあせらずゆっくりと

歩みを止めずに進んでいきたい

ものです。


一日一歩三日で三歩。

三歩進んで二歩下がる。


これこそ人生訓です。



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☆何処かの駅で撮ったもの



割りきることは人生において重要な

ことです。

全てを納得の上で進めようとしたら

きっと前に進めなくなるし

躓いたらノイローゼになってしまい

ます。

たまには肩のちからを抜いて

これも人生!と明るく笑いとばせる

ゆとりを持ちたいものです。





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#よるごはん


ついに念願叶ってギャラクシーを

購入しました。

スゴいな。機能。

アプリをどんどん試したくなり

ます。

またひとつ夢は叶いました。



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考えるヒント-小樽運河
※北海道に住みたい!





あなたの夢は何ですかと言われると


どきっとしたりします。



胸に手を当てて考えてみて


果たして自分に夢はあるのだろうかと。



サッカー選手になりたいとか、弁護士になりたいとか


タクシー運転手、芸能人、学校の先生とか


子供の頃はあったかもしれませんが


35も過ぎるとそんなものはありません。



じゃあ会社で社長を目指そうとか


専務になってやろうとかそんな夢もありません。



はて? 夢も希望もないのかしらと考える。



夢っていうのはでかければよいというものでも


ないのではないか。


そもそも夢にでかいも小さいもないのではないか。



数にも限りもないし、制限なんてないのです。



だから


寿司が食べたい、ハンバーグが食べたい、


焼肉食べたい、ビーフストロガノフが食べたい・・・


というのだって夢です。



もちろん大きな家に住みたい、北海道に行きたい


マレーシアに移住したい、地球一周したい・・・


というのだって夢です。



さらにはスマートフォン欲しい、ニンテンドー3DS欲しい、


新しいパソコン欲しい、キャンプ用品たくさん欲しい・・・


というのだって夢です。



妻を幸せにしたい、いつも笑顔をみていたい


かわいい我が子が無事に生まれて欲しい、


そして幸せな人生を送って欲しい・・・


というのだって夢なのです。



大きな夢が1個ある人。


小さな夢が100万個ある人。


どちらも両方素晴らしいことなのでは


ないでしょうか?



そう考えると小さな夢なら山ほどあります。



夢があるということは進む方向があるということ


なんですね。



自分で枠とか制限をつけることなく


夢は無限大に持っておきたいものです。


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考えるヒント-しかでしか
※どうみられてるかな




自分というものがどのような存在なのか


自分では分からなかったりします。



人は目に見えるから存在を確認できますが


自分は存在を確認できません。



鏡をみれば分かるし、映像に撮ったりすれば


分かるけどそんなこと四六時中できません。



だから自分がどのように人から見られ


感じられ、思われているのかを常に気にして


しまうのです。



でも自分は自分だし、人は人だし


すべての人から好かれるように生きようと


思ったら、まともな人間関係は築けないのでは


ないでしょうか。



ある程度割り切って考えて


敵を作るのも仕方なし、誤解を招くのも仕方なし、と


思える強い心を持ちたいものです。




また自分を過少に評価しすぎるのも


よくありません。



自分を判断するのは自分ではないのだ


という認識が必要であり、


あくまでも自分は自分として精一杯やれるべきことをやること。



あとは人がどう評価するかということです。


あくまで評価は結果。



結果は自分で決めるのではなくて


人が決めるのです。


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考えるヒント-長い道のり
※馬じゃないんだから長い道のりをゆっくり歩いていきましょう。




近代医学の考え方は病気を否定することから始まります。


いわば病気は悪で健康は正であるということです。



病気は敵だから徹底的にやっつけるという考え方


だから悪い部分が切除するのが当たり前です。



しかしながら心の病に対してはなかなか


同じようには行きません。



そもそも心の病を敵だと思って戦ったとしても


自分と戦うようなもので自分をやっつけることになってしまいます。




病気を内包しつつ共につきあっていこうという


考え方になることが大切なのではないでしょうか。



そもそも病気があたりまえ、病んでいるのがあたりまえで


大体こんな世の中で病んでいないほうが


神経がどうかしているんじゃなかろうかと思ったほうが


良いかもしれません。



病気があたりまえなのだから、じゃあその病気と


どうやってつきあっていくかを考えればいいのです。



たとえばキライな人がいたとして、そいつをどう避けるかとか


どうやってやっつけるかとか考えるんじゃなくて


どうやってつきあっていくかを考えたほうが建設的です。




自分の病んでいる部分は、すべて気持ちよく受け入れて


病んでいる部分も自分の一部なのだという意識をもって


今の状況で最善を尽くす。




「自分」と向き合って一緒にこのしがない世の中を


乗り切りましょう。



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桑田さんが復活しました。


20年以上のファンなので

感慨も深く、感動しました。


復活曲が「それ行けベイビー!」

桑田さんらしい世を憂いながらも

希望に満ちたかっこいい曲でした。


うちにも4ヶ月のベイビーが

嫁のおなかの中にいます。


うちのベイビーのテーマソング

決定ですね。


今年もふりかえってみると

いろいろありましたが

良い1年だったと思います。


また来年気持ちを新たにして

がんばろうと思います。


桑田さんありがとう!


よかったよかった。

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