考えるヒント -3ページ目

考えるヒント

人の一生は重き荷を背負うて遠く道を行くが如し。と心掛けつつもときどき荷物をおろして考えます。


考えるヒント-本牧はいわししかつれない!
※思うように釣れないこともあればやたら釣れることもある!




一生懸命頑張ってもどうにもならないことがあります。


しまいには何をどう頑張ればいいのか


わからなくなってきます。



でもそういうときはあるものです。



ただ風が吹いていないだけで


誰も悪いわけではない。


大事なのは


風が吹いたときに


頑張っているかなのです。



腐ってはいけません。


もっといえば


ただ目的地の方向へ


やたらと一生懸命頑張っていれば


いざ風が吹いたときに


それが大きな追い風になるのです。



ただただ日々頑張って


積み上げていきましょう。


いつかきっといい風がふくでしょう。



目的地のない船に吹く「追い風」はないのです。



ペタしてね





考えるヒント

                   ※釣れたさかなたち。これこそ縁です。




流れにまかせてここまで生きてきましたが


決して流されていたわけでなく


流れにまかせてきたのだと思っています。



流されるのと流れにまかせるのは違います。



流れに身をまかせるにはある程度流れを


読まなければいけません。



流れを読むというのは感性的なもので


第六感というか考えてわかるものではないような


気がします。



イメージとしては「縁」です。


一生のうちに出会う人は限られています。


何万年何億年という歴史のなかで


同じ時代に同じ場所で出会うことができる


人というのはものすごく縁があるのです。



人だけでなく物や場所や景色もそう。


思ったり考えたりすることもそうです。



決して自分ひとりではどうしようもない


おおきなうねりがありそこに自分は存在している


のです。



ならばそのうねりをとらえて


縁を大事にして


うねりに身をまかせながら目をこらして


流れを読み、


出会いに感謝して、偶然に感謝して


身に起こるすべてのことを「縁」であると


認識して、その後の縁につなげる。


そうやっておおきな流れをとらえて日々を過ごす。



そう考えると生きるということは


さほどたいしたものではないと


選択や分岐はさほど難しいものではないと


思うようになりました。



コレは悪いことだと思うことはやってはいけない


いいことだと思うことはやったほうが良い。


やめたほうがいいとおもったらやめる。


やったほうがいいとおもったらやる。


思うことがそれはすでに縁なのです。



ただそれだけなような気がします。



ペタしてね



  

            考えるヒント-上野

                      ※ビール最高!





ストレスは溜めると体に良くありません。



かといって溜まるものは勝手に溜まるので仕方ありません。


溜まったストレスを解消するのが大事といいますが


そんなに簡単に解消できるものでもありません。



朝から晩まで働いて家に帰ればごはんをたべて寝るだけ。


でもおいしいごはんで溜まったストレスも少しは


解消されるものです。しかしストレスを残しつつ翌日も仕事。


仕事でたんまりと溜め込んで家で少し減らして


また溜める。



一気に減らせるのは休日しかないと休日に向けて


気力をふりしぼるも休日返上でお仕事。



休めば良いのですが休んだら休んだで休み明け


仕事が山積みでストレス倍増。


嗚呼悪循環。



しかし。


こんなに忙しいのも、きっと意味があるはず。


ストレスは溜まるけど


一生懸命頑張ることできっとプラスになるはずです。



世の中一生懸命頑張って良くない事はありません。


後悔先立たず。



一生懸命頑張るからお休みが楽しいし


おいしいごはんが食べられるんだし。



ペタしてね



考えるヒント-やるならいましかねえ
※はらっぱに平屋が1軒







人は忘れゆく生き物だと思います。


時間が経てば記憶は薄れ、時には消えることもあります。



私の頭のなかの「記憶」のイメージは


ものすごく広い土地に「記憶」という町がある。



興味のある事象の記憶については大都会のように知識という


ビルが立ち並んでいて活気に満ち溢れている。


そして無限にビルが建つ余地がのこっている。



これといって興味のない事象の記憶は平屋の家がちらほら。


住人も新しく家を建てようなんて気はさほどない。



もちろん知らないことやあえて知らないようにしている


ところは「はらっぱ」のまんまです。



最近思うのですがこの「はらっぱ」の状態は


あまり良くないと思うのです。



たとえば、


私は「会計」とか「国際政治」とか「医療」とか


まったく興味がないことは意識的に目を背けてしまうので


知識がゼロなので、わたしの記憶の町の


「会計」とか「国際政治」とか「医療」


については完全に「はらっぱ」です。



でもあるとき少しでも意識的に興味を持って


平屋建ての家ぐらいの知識をを持っていれば、


長い人生ですからいろいろなことが


巻き起こったときにその平屋建てが役に立ち、


その後、平屋が2階建てになるかもししれないと


思ったのです。



ひょっとしたらそれがきっかけでそこに新興住宅が


立ち並ぶかもしれない。


これが人間の幅が広がったという状態でしょう。



でも「はらっぱ」だったらただ「知らない」という風が吹くだけで


なんの成長もない。



だから私にはムリとか私にはこれが限界とか決め付けるのは


記憶という広大な土地に自分でチョークの粉で線を引いているだけなのだ


と気付いたのです。



その日からまったく興味のない話も一生懸命聞くことにして


もちろん興味がないんで100聞いても1~2個しか家が建たないのですが


少しづつ「知らない」という荒野を開発していくことにしました。



興味がない事って、根が浅いからすぐ風に吹かれて


全部消えちゃうように見えるのですが、そこに何かは残っているんです。


(看板とか、門とか、犬とか・・・)



なにかひとつでも知識があればそれは大きくなる可能性がある。



そんなことを最近考えています。



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考えるヒント-木
※ときには木陰で一休みすることが大切です






人生は選択の連続だと思います。


一本道であれば道なりにあるくだけですが


そこには必ず分岐点があります。



そもそも分岐は苦手です。


高速道路を車で走行していても


○○JCT(ジャンクション)という表示を見ると


それまで快適にドライブをしていたのに


急に胃が縮こまるというか


緊張感が漂って、「間違ったら大変」と


緊急事態に発展します。



人生の長い道のりは分岐だらけで


そこには標識すらありません。


常識と洞察力と経験則と直感を頼りに


右だ左だ真ん中だと判断しなければ


なりません。



時には立ち止まることもあります。


後戻りすることもあるでしょう。


誰かに相談することもあるでしょう。



ただ時間は過ぎてゆきますし


いつかは自分で決めなければいけません。



私たちは時間という制限がある中で


ただひたすら道を歩き


分岐の連続を選択・判断しながら


ただ前に進んでいます。



その道は平坦ではなく


上り坂や下り坂、ぬかるんだ道や落とし穴だってあります。



人それぞれ重さは違えども、重い荷物を背負って


歩かねばならないのです。



上り坂を避けてぬかるんだ道を避けて


楽な道ばかりを選ぶ人もいます。



あえて辛い道を選ぶ人もいます。



それは人それぞれです。



答えなんてあるわけがないし


ゴールだってあるわけではない。



ただ一人ひとりがそれぞれの道を


歩いて、たまに荷物をおろして一休み


したときに、いままで歩いてきた


道のりを振り返って



いろいろあったけど楽しかったな


って思えればいいのではないかと思います。



一緒に歩いてくれるひとが


いれば心の支えになります。



色々話し合って決めることもできます。



でも一緒に歩いているひとは


あくまでもお互い同じ方向へすり合わせて


行っているだけであって


同じ道を2人で歩くことはできません。



だからコミュニケーションをとらないと


気付けばお互い違う方向へ向いていて


最後には声すら届かなくなってしまいます。



人と声を掛け合い


しっかり前を見据えて


足元に注意しながら


一歩一歩人生という長い道のりを


歩んでいきたいものです。



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考えるヒント-うみ
※海は眺めているだけで幸せです








人はそれぞれ幸せを感じる瞬間


というものが違います。



仕事を食事をするのも忘れるくらい


好きな人は仕事に幸せを見つける


だろうし、山登りやサーフィンやスポーツなど


趣味で幸せを感じる人もいます。



もちろん家族や恋人といる瞬間で


幸せを感じる人もいるでしょう。



でも幸せを感じることができるのは


ほんのひとときで


それ以外のさまざまなことは


たいがい辛いことだったりします。



でも辛いことばかりで毎日辛いことばかりで


次の日も次の日も辛いことばかりで


来年も再来年も10年後も辛いことばかり


ということって無いと思います。



希望を持っていつか来るであろう幸せを


願う気持ちがあればなにかしらの


幸せはやってくるのではないでしょうか?



それが訪れたとき生きてて良かったと


思うのではないでしょうか?



人生辛いことばかりですが


生きていることは死んでしまうよりも


幸せなんだろうと思います。



人生を振り返ってみれば


辛いことがあってこそ今があるのだと


実感します。



辛いことがあってそれを乗り越えた数だけ


幸せがあってその波がが多いほど


良い人生なのではないかと思います。



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考えるヒント-五郎
※悩みは紙に書いておきましょう





人は誰しも悩みをかかえています。


子供は子供なりに


中学生は中学生なりに


老人は老人なりに


自分の悩みが一番辛い悩みだと


思っています。



そもそもそれは当たり前のことで


人の悩みなんて


推し量られるものではありません。



自分がこんなに辛いんだから


夜も眠れず辛いんだから


きっと一番辛いはず。


周りのみんなは毎日


楽しそうにしているけれど


自分は全然楽しくない。


だから一番辛い悩みを抱えている


のは自分に違いない!


・・・と思っています。



思うに悩みにも色々あると


思うのですが


お金と健康の悩みは


切実です。



完全に現実だし


努力とかそういう次元を超えた場合


もはや悩むのをやめるしかないのでは


ないか。



悩んでいるうちは


絶対世の中で一番辛いわけはない。



一番辛い人は


もはや悩むのをやめているに


違いない。



そう思うと悩める日々が


幸せに感じずにいられない


今日この頃です。



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考えるヒント-健康ってすばらしい
※健康なことはありがたいことなのです






何日か前から風邪を引いたようで


鼻はムズムズ喉はイガイガで


鼻水は出るは


気持ち悪いわで最悪です。



病は気からというように


弱った心や体に入り込んで


くるのが病気なわけで


常に気を張っていれば風邪なんて


引くわけがないというのが


私の持論です。



そもそも病気は自分の中に


内包されているもので


いつしかそれが発症して外部に


現れるわけですから


病気を治すのはあくまでも自分自身の


問題だと今度は気合を入れて


自分自身で治そうと気張ってみたの


ですが酷さは増すばかり。



今日さすがにあきらめて


市販の鼻喉に効くと謳い文句のある


風邪薬を飲んだら一発で症状が治まりました。



病は気からだと思いますが


病になったらもはや気ではどうにもならないと


実感したと同時に、少し寂しい気もしました。



健康は病気になってはじめて有難さが


わかります。


世の中には当たり前のようなことでも


もっとありがたく感じなければいけない


ことがたくさんあるはずです。



そのへんを感じながら


いきていこうと漠然と思いました。



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考えるヒント-神輿
※まつり囃子が聞こえるとうれしくなります






人にほめられると何だかくすぐったいようで


やめてくれよと言いながらも


悪い気はしません。



むしろ気分上々になったりして


急に自信がでてきたりします。



明らかに後輩のお囃子というか


お世辞というかおべんちゃら


だということが


まるわかりでも


それはたいして重要なことでは


ありません。



世の中にたいこもちという


人種がいるのならば


それは人を幸せにすることができる


人を成長させることのできる


人種でしょう。



でも裏で悪口を言ったり


私利私欲のために心にもないことを


平気で言うようなたいこもちは


歓迎しませんし、社会的にも良くありません。



心から人を囃し立てることが


できる人が真のたいこもちだと


思います。



よいたいこをたたいてもらえるように


よいたいこをたたけるように


世の中の人が心がければ


きっと素敵な社会になるのだと


思います。



ペタしてね


考えるヒント-kao
※人は神秘的なものに惹かれるものです






人の心は日々浮き沈みしてしまうものです。


安定することを心がけるのですが


日々起こりうるさまざまな事象に対して


上がったり下がったり


めまぐるしく変化します。



楽しいことやうれしいことがあれば


前向きな発想で


悲しいことや辛いことがあれば


後ろ向きな発想で


自分の考えすらころころ変わってしまいます。



そんな不安定な心を


安定させてくれるものは


恋人であったり、趣味であったり、お酒であったり


人それぞれです。



それでも尚、立ち直れない人もいるでしょう。


そんな不安定な心はもう


宗教に頼るしかない。



不安定な心に


入り込む隙はたくさんあります。


宗教にかこつけて悪い人達は幾らでも


つけいる隙があるのです。



人がすべて安定していたら


この世に宗教は存在しないのだろう


などと思ったりしました。



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