今度は、夫が1ヶ月半も海外出張中。夫婦すれ違い生活です。


そうなると、馬鹿にならないのが電話代。


一度ついついホテルの部屋から電話して、30分も喋ってしまったら、1万円チャージされ、かなりへこみました。


それからは、あらかじめメールで連絡して、日本からかけてもらうようにしています。


この間、南美州に2週間出張したときの、電話料金の明細が送られてきたのですが、一万円請求されてました。トータル2時間しゃべって、1万円だからお得はお得なんでしょうが、夫が海外出張の多い仕事になったので、積み重なると馬鹿にならない金額です。


というわけで、導入したのが「すかいぷ」。よく海外のネットカフェで、若者がヘッドセットつけて会話しているアレですよ。ブロードバンドのネット接続環境が必要となりますが、すかいぷ同志だと、通話料無料なのです。


さっそくだらだらと通話を楽しんでおります。昨日なんて1時間半も喋っちゃいました。(喋りすぎじゃ)時々音質に難ありなこともありますが、タダだと思うと文句言えません。


ですが、問題は私が海外出張に行くとき。


うちの会社の出張用パソコンには、すかいぷのインストールが禁止されているのです。すかいぷっていうか、業務と関係ないソフトウェア全般。


となると、すかいぷをするためには、会社のパソコンとは別のハードウェアを持っていかないといけないわけですね。


しかしこれだけのために、もう一つPCを持っていくっちゅーのもばかばかしい。PDAとかmyloとか、スマートフォン、Wifi機能つきの海外ケータイとかいろいろ考えました。が、どれも高い。


そこで急浮上したのが、PSP。すかいぷにも対応しているんですって。お値段も、約2万円。ネットも見れるし、音楽も画像も楽しめて、このお値段なら買い、でしょうか。でも、これって簡単に手に入るのかな?ゲームやらない人間なのでよくわからず。。。


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1.大きなバックを持つのは禁止。やっぱ基本はショルダーたすきがけ

2.パスポートは腹にまくぐらいの慎重さで携帯すべし

3.なにかあったときのために、大使館や知人の連絡先を分散して所持すべし

4.いざという時のために、スーツケース以外の場所にクレジットカード、もしくはシティ・バンクのカードを1枚お守り代わりに保管すべし

5.パスポート、クレジットカードのコピーも分散して所持すべし

6.ケータイは首からぶらさげとけ


なんだか常識のような気がしてきましたが。私も昔はやってたんですけどね。




夜の7時にホテルに現れたDさん。あいさつのチュっが、相変わらず口にかぎりなく近い。油断ならないおっさんである。


てっきり食事にでも行くのかと思いきや、車で向かったのは噴水公園。確かこれは、昼間おじさんが「とってもロマンチックな場所で、カップルがこぞってデートしている。」とか言ってた場所では。。。やっぱり油断ならない。でも、入ってみたら、家族連れでにぎわっていたところでちょっと安心。


幻想的にライトアップされた美しい噴水に癒される自分。傷ついた私の心を慰めるためにわざわざこの場所を彼は選んだんだろうか?前から一緒に仕事をしていて感じていたんだけど、Dさんはこういう心配りがさりげなくできる人。これで落とされた女性は数しれないだろうなあ。


公園の外には、モツの串焼き料理屋が店を広げている。このあたりの名物とのこと。食べたいかと聞かれる。屋台にモツ、、、一瞬躊躇したものの、せっかくだから、という気持ちの方が勝った。こういうところは、出張で来ていると絶対に来れないところ。地元の人でにぎわっているし、かつてインドネシアの地方都市の道端で食べたモツ煮こみに比べれば上等上等。と、心の中でいろいろ言い訳して食べてみることにした。


お味はうーん。というのも、またDさんが気を利かせてお店の人によく火を通すように頼んじゃったもんだから、肉が硬くって。でもいいんです。こういうのも旅の醍醐味。そして、食べ物より、それに伴う会話の方が重要なわけで。


どうでもいい世間話をした後、ホテルに車で送ってもらう。車の中で「Samuela, キミには特別な美しさがある。」とか言い出すDさん。あー、ラテンな男は困るよ。しかしうまい表現だなあ。どんなブサイクちゃんにも使えるフレーズ。そこは人妻の余裕を見せ、「あら、ありがとう。でも、特別ってどういうことかしら?」なんてかわしてみたりして。



悶々とホテルですごしているうち、思い切って、この数ヶ月濃密なコンタクトをとっている相手先の面倒見のいいおじさんに連絡をとってみることにした。もともと、人の好意に甘えることが苦手な私。この時だけは、強盗にあったという大義名分があるのでいつもの自分よりちょっとずうずうしくなれた。こういうのを自然に出来ちゃうオンナノコがうらやましい。


おじさんは快くつきあってくれ、彼自らが運転する車で市内を案内してくれた。いつも運転する彼のお抱え運転手は日曜でお休みで、彼が運転するしかなかったらしい。いつも仕事ばっかりでロクに観光スポットにいったことない私には貴重な経験。その後は、彼の家族とレストランで一緒に食事。毎週日曜日はお手伝いさんがお休みなので、家族一緒に外で食事をするようにしている、とのこと。なんと奥さんのお母さんまでいて、思いっきり家族の団欒にお邪魔している。初めて会う、とっても感じのいい彼の奥さんはいろいろと話しかけてくれ、オトナはオトナで話しをし、子供はつまんなそうに横で食事をしている。


なんだかとってもどこかで見た光景。うちも昔は、食事の場所に父の取引先の人がいるってことは珍しくなくって、しかも時には外人だったり、家族旅行にさえ、見知らぬ同行者が人がいたりしたものだ。なんだか久しぶりに父母がそろっていた時代に戻った気がして、ささくれだったココロがずいぶん癒されました。ありがとう。


彼の奥さんに「あなたはとってもスペイン語が上手ね。」と言われ、「いえいえ、まだまだです。だよね?」とおじさんに話をふると、「いやいや、あなたのスペイン語はかなり上達したよ。だって、最初はしゃべれないに近い状態だったもの。書く方も上手くなったし。」とのうれしいコメントが。よかった。ここ数ヶ月の努力は無駄ではなかったんだ。


私はお昼の数時間につきあってくれただけで十分ありがたかったのに、なんと、おじさんは夜私をアテンドする人を手配してくれていた。その人は、このBlogに何回か登場している、典型的なラテンな男、Dさん。

土曜日は、被害届を出しに空港で指示された警察に出向く。大体どの国でもこういうポジションにいる人っていうのは、特権意識だけが強く、融通の利かない、やる気のない人間が多いというのが定説なので、まったく期待していなかったけれど、案の定、係官が数人で、私の案件はどのようなケースに分類されるか、ということでひとしきろモメたあと、あっさりと、「キミは観光客である。観光客の犯罪はすべからく観光警察が取り扱う。よってここではこの事案は取り扱えない。」と判定されてしまう。2回目のたらいまわしに不信感むきだしの我々。警察官のおっさんに観光警察に電話させ、本当に本件を所掌しているのか電話で確認させる。どうやら今回は間違いないことを確認。観光警察があるのは市の中心部だという。わざわざ郊外まで出向いたのに思いっきり無駄足。


ようやくたどり着いた観光警察ではあっさりと対応してくれ、ほどなくA4用紙びっちり被害状況が書かれた被害届けが出来上がる。署名のときに内容を見たら、名前や被害金額が間違っていることがわかり、またやり直ししたりと途上国チックな出来事に事欠かない。結局ホテルを出てから手続きが全て終わるまで4時間かかってしまった。


そしてパスポートの再発行に必要な写真を撮る。盗まれたカバンの中にはメーク道具も入っていたので、スッピン状態。このおぞましい写真でこれから何年も使うパスポートを作る気にならず、帰国のために必要な渡航証明を発行してもらうことを決意する。


ようやく食事をして、ホテルに戻ったのが夜の7時。駐在員は「では、月曜日の8時に迎えに来ます。」といって帰っていった。


本の一つも持ってきておらず、できる仕事もない。パソコンの電源ケーブルも盗まれたので、パソコンもおいそれと使えない。外に行く気にもならず、ホテルの部屋でぼーっとケーブルテレビのいろんなチャンネルを見てすごす。

仕事を終え、空港に向かう。時刻は夜10時半ごろ。疲れでついうとうとしていたとき、右にある窓ガラスがガシャーンと音をたてて壊れる音、そして割れてとびちるガラスを感じて我に返る。


壊れた窓から、私のひざの上にあったカバンを奪い逃げていく影。やられた!!!


カバンの中には貴重品が何もかも入っていた。もちろんパスポートも。あまりのことにボーゼンとしかできない。


さすがに昼間は、目に見えるところにカバンをおかない、という用心はしていたが、夜だから車の中は見えないんじゃないか、とタカをくくってひざの上にのせ、あとは帰るだけという安心感でうとうととさえしていた。しかも、日本で使っているバッグに、日本と同じように貴重品を放り込んでしまっていたという体たらくで、被害が大きくなってしまった。20年近く前にブラジルで盗難に会ってから、貴重品は分散して身につけるのが一番確実だってことを確信し、しばらくは実践していたはずなのに、だんだんと警戒心が緩んでいた。反省。


同行者が現地の支店に連絡。駐在員が助けに来てくれた。早速空港の警察に行き、被害届を出そうとしたら、盗難にあった地域を管轄する警察に行け、という。犯罪被害者に対するいたわりなど一切なし。今からあんな犯罪多発地帯に行くなんて気持ちはわかず、次の日に出直すことにする。一介の個人旅行者だったら一体どうなってたんだろう?また、幸いeチケットで、変更可能な航空券だったので追加費用なしでフライトを変更出来た。どうやらパスポートは月曜にならないと発行できないらしい。図らずもこの国でもう一度週末をすごすことになってしまった。


マヌケにも、さっきチェックアウトしたばかりのホテルにまた戻る。しかもまた同じ部屋。荷物を運んでくれたのはその時と同じポーター。すっかり顔なじみ。「飛行機に乗り遅れたの?」と聞いてきたので、「というか、盗難にあってパスポートをなくしたので帰国できなくなった」と言うと驚いていた。


って何度目のタイトルかしら。


冬の南美州に来ております。今回は諸事情により、ヨーロッパ周りでやってきました。火曜日に日本を出て、パリ、マドリーと経由し、こちらに到着したのが、日本時間の木曜日の早朝。合計搭乗時間は26時間でっす。


実はヨーロッパに足を踏み入れたのは初めてだったんですが、いつも通るアメリカのイミグレの、訪問者全員をテロリスト(もしくは不法滞在者)扱いするような対応とはえらい違って、すっごくラクだったし、ウェルカ~ムな雰囲気がただよっていて快適でした。らぶ、EU。


そして一泊したスペインでは、道を聞かれるのはまあよくあるとして、ホテルのレストランで、従業員に間違えられたのにはビックリ。そんなになじんでましたか、わたくし。。。


この半年というもの、必死に西班牙語を勉強したつもりでしたが、当たり前のことながら、苦もなくべらべらしゃべれる状態になっているわけはなく。どうやって仕事を進めるか思案していたら、取引先の人が「Samuela、眠いの?時差ボケ?」と聞いてきて、そしたら横にいた人に、「違うよ。どうやって仕事を進めるか考えているんだよ。」とフォローされる始末。相変わらず目ぢから(顔)で勝負しております。(っていうかアナタのその気のまわしぶりにはいつも脱帽です。)


今日も一日がんばりまっす。あーさむ。














そうこうしているうちに、火曜日からまた南美州某国に行ってきます。今回は、約2週間日本を不在にいたします。


ギリギリにならないと準備しない人間でして、大体出張のときは、出発の当日の朝パッキングしております。(たいがい夕方の便なのでそれが可能。)


今回はめずらしく、ウィークデイに出発なのでこの土日にパッキングしとくべえ、と腰を上げた私。衣服などをぽんぽん入れ始めてふと、気付く。


「パスポート、どうしたっけ??」


信じがたいことに、ずっと机の上に放置されていたことは記憶に残ってる。さすがに、ある日「こんなところに置いといちゃいかん」と思ったことも。でもその後どうしたか全く記憶なし。


一応いつもパスポートをしまっている場所を見てみる。。。。。ない。一生懸命記憶をたどる。最後に使ったのは6月のマカオ・香港旅行の時。旅行の時に使ったカバンの中を見てみるが、ない。とにかくいろんなところをひっくり返すが出てこない。家具と家具の隙間まで探してみてもない。


どうしよう、これじゃあ出張に行けない。。。


もし本当に出てこなかったらどうなるんだろう。とりあえず、課長に言うんだろうな。きっと冷ややかな目で見られて、「再発行なんて待ってられないから、君は出張いかなくて結構。○○さんに代行してやってもらうように。」とか言われちゃって、現地の事務所には、「パスポートなくした?Samuelaさんって本当に面白い人ですね。ガッハッハッ。(今度からコイツにうちの担当外れてもらおう。重要文書なくされたらかなわん。)」なんて言われて、新人にはきっと、「うちの課の人がさあ、パスポートなくして出張いけなくなったんだぜ。ありえなくねー?」とか同期との会話のネタにされ、、、、あああああー、人生終わりだあああああ。


夫が「ボクが探すから、パッキングの方をやったら?」と言ってくれたのに、すっかり気が弱くなった私は、「でも、パスポート見つからなかったら、出張にもいけないわけだから、パッキングする意味ないよ。。。」と答えるネガティブモードぶり。


とうとう、失せモノが見つかるおまじないまでやってみることにした。はさみを逆さにつるすというもの。はさみの逆さっていうのはどっちなのかがイマイチ不明なのだが、とりあえず刃を上にしてつるしている。このおまじない、結構効き目ありなのだ。これで発見された失せモノ数知れず。


気をとりなおして、さっき見たはずのカバンの中をもう一度あさってみる。そうしたら、、、、あった!!!!なぜか香港の商務印書店の袋の中に。。。


今回もおまじないが利いたよ。スゲー。


しかしこのパッキングを出発前日にやっていたらパニックに陥っていたに違いない。よかった、早めにやっといて。(夫いわく、十分「ギリギリ」だそうですが。)っていうか、ちゃんとパスポートしまっとけ!自分。







もともとは葡語をたしなんでいたあてくし。初めてマカオに来たときは、まだポルトガルの一部でしたので、ちょっとポルトガルなところを期待していたのです。なにせ、日本に一番近いポルトガルだったわけですから。


確かに、看板とかお店、道の名前といった公的なものはポルトガル語。でも、ポルトガルな顔をした人も、ポルトガル語をしゃべっている人もいませんでした。いったい、このポルトガル語を読める人はどれだけいるんだろう?一体どんな人がリブラリーア・ポルトゲーザで本を買ったりするのか不思議でなりませんでした。


でも、今回の旅で、ポルトガル料理(もしくはマカオ料理)を食べ続けたら、そういうお店にはポルトガルな人たちが集まっていて、しかも今でも彼らの間ではポルトガル語でコミュニケーションがなされていることがわかりました。


例えば、グルメ通りとして知られる官也街の近く、たまたま店頭のガラスケースにあったケーキが美味しそうなのでふらりと立ち寄ったカフェ。店主はあきらかにあちらの顔。


店には二人の女性客がいて、広東語でおしゃべりしている。香港だと茶餐庁に入るところが、マカオではこんなオシャレなカフェだなんて、やっぱりマカオってちょっと違うなーと思っていたら。


そのうちの一人の女性が、今度は店主と流暢なポルトガル語で話し始めたのです。あきらかにネイティブな語り口。外見からはわからなかったけど、ポルトガル系なんですね。きっと。


他のポルトガル料理の店でもそういう人たちを何人か見ました。マカオにはポルトガルのコミュニティーがまだしっかりと存在しているんですね。


そのカフェでのエピソードが一つ。お会計のときに、伝票をみたら、"Cheese Cake"と"Bolo"の文字。"Bolo"とはポルトガル語で「ケーキ」の意味。私たちが食べたのはチーズケーキ1個だけなのに。思わず、"Que é este Bolo? Nos comemos un cheese cake só"(この"Bolo"ってなんですか?私たちはチーズケーキ1つ食べただけなんですけど。)とポルトガル語で言ってみたところ、あっ間違ってた、ごめんなさい、って英語で返された。キミはポルトガル語しゃべれるんだね、的な驚きもなく、あっさりスルー。

ここらへんでは、こういう顔した人が色んな言葉をしゃべるのが普通なのね、きっと。