摂食障害になった171cm75kg文系SEのダイエットニッキ -5ページ目

摂食障害になった171cm75kg文系SEのダイエットニッキ

75kg→55kgダイエット後、摂食障害となり78kgまでリバウンド。現在寛解中

2024年12月 第1子誕生
実家とトラブルで絶縁状態。
産後うつ&コロナ後遺症で83kg→現在60kg

ダイエットのこと、日常のことを書きます。



見事に正月太り!!!

いや、12月後半から息子の誕生日やらクリスマスやらで食べ過ぎていたので
年末年始太り???

今日は戒めにタイトめのスカートを履きましたが
腹肉が乗る真顔ハートブレイクハートブレイクハートブレイク
きつい、、、、。

せっかく自分のなかでベスト体重な58kgをキープできていたのに…。。。


摂食障害寛解中とはいえ、ショックです。


まあ短期間で増えた2kgなんて水分量で簡単に左右されるのでそこまで気にしなくても良いかもですが
このところ食べ過ぎだったので正月明けからまた健康的な食事を心がけたいと思います。



ガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラ


そして、糖尿病の夫。
110kgと聞いてましたが、
115kgくらいあるらしい。


昨日も食べる食べないの話で口論になり
ダイエットの話になると不機嫌になられ
私自身もサポートが不十分で何年も100kg超のままですが、
今日の夕食後、再度ダイエットの話をしました。

「●●(私)とおかずの量は同じにしてほしい。野菜は多めで。」
と、毎日の食事内容について要望を受けました。

↑でもこれ、何度か同じような提案を受けて実践したんです。

したんですが…
結局「物足りない」となり、夕食後に追加でお菓子を買ってきて食べてしまったり
休日に反動が来てコンビニ弁当を2個、菓子パン、お菓子…と食べまくるなどすることがありました。


夫がダイエットする気になったのは嬉しいことですが、今までのことがあるので純粋に喜ぶことはできません。


夫は早食い(噛まない)で、ジャンクフードや脂っこいものが好き。
そんな夫のご飯を減らしたところでいつか反動が来る。

これは摂食障害がひどかったころの自分もそうだった。


痩せたいのに、食欲が止まらない。


これをどうにかしないとなんだけど、夫は数値的にはマンジャロ等のいわゆるダイエット注射を打つような数値ではない。
糖尿病の薬は飲んでるけど、それ以外は自分で頑張ってくださいという状況なので
頭を抱えています…。


でも、息子もまだ小さいしまだまだ我々2人とも元気でいたい。
色々情報を仕入れつつ、無理なくやっていこうと思います。







・糖尿病の夫
現在110kg、一時期ライザップで70kg台になるもリバウンド。毎年「今年は100kg切る」が目標


・摂食障害寛解中の私
現在58-60kg位、
痩せたり太ったりを短いスパンで繰り返しているがここ数年は症状がほぼ落ち着いており寛解中



どちらにも共通しているのは、

・昔から太り気味なことがコンプレックス
・一度、極端なダイエットをしてリバウンドしている
・過食衝動がおさえられない

という点です。

ただし、私は痩せることに執着して少しでも食べ過ぎたらメンタルが不安定になるくらい落ち込むのに対し、夫はそこまで気にしておらず危機感薄め。


どちらも両極端です。

こんな最悪な組み合わせの我々ですが(笑)
もういよいよ本当に「健康」を意識して
正しい方法で無理なくダイエットすべきだと焦ってます。


でも焦ってるだけじゃ何も解決しないので、具体的にどうやって夫と私が健康体を目指すかを考えたいと思います。


まず、夫に関しては体重を減らす必要があり
110kgを数年間キープしてしまっている原因は完全に「食べ過ぎ」なので、
食べ過ぎない環境づくりをします。


…ぶっちゃけ、当人でもないわたしがここまでやらなきゃいけないんだって思う瞬間もありますが…というか今まではいくら言っても聞かないならもうどうにでもなれと思っていた時期もありますが…
それでも、本人が何年も動かないのであれば周りがどうにかするしかないです。
どうにもならないかもだけど、やるしかない泣き笑い


最近は、思い立って外食に行くことをなるべく回避すべく、
夫が休みの日のご飯は「昼ごはんどうしよっかー?」と言われる前に先に作り始めます。

夫には、「これが食べたい!という提案が特になければ、私が適当に作るね」
と伝えており、完全に外食や本人の食べたいものを禁止しているわけではありません。

でも大概は、夫は何が食べたいか分からないけどなんか美味しいものを食べたいというかんじなので
こちらでご飯を作ってしまえば文句なく食べます。




ただ、、
今日は先にUPした記事に書いた通り、夫が頭痛によりほぼ一日中寝ていて
でも昼ごはんは食べてその後お菓子も食べていたのにも関わらず

「夜ご飯はカップヌードルにしようかな」
と言っていたので

「昼ごはんに油そば食べたしお菓子も食べたから、さすがにカップ麺はやめといたら?」
と言ったら

「じゃあもう何も食べない!!!」
と怒ってしまいましたえーん

「うどんとか、サラダとか、なんか他のもの作るよ」と言っても

「いらない。何も食べない。」
の一点張り。


私も摂食障害のとき、周りに食べることに対してなんやかんや口出しされると
「それが出来ないから困ってるのに!」
「何も分からない癖に口出しするな!」
と思っていたので夫の気持ちも分かります…


でも、分かる分かるでなんでも放任してきた結果がこれなので、もう介入するしかないと思っています。


とはいえ私も「もう食べない💢!!」にはイライラしてしまい

「私が食べないときは怒る癖になんで逆の立場になったら怒ってんの?」
と怒り返してしまいました。


(書いててイライラしてきたw)



結局、夫は
私が食べるために切ったアボカドを少しだけ食べました。



そして寝る前「あーお腹減ったぁ」
と言ってました。


これ、きっと今日はセーブできても
明日爆発するやつだな…。


きっと明日は夫の主張で外食になると思います。
99パーセント、外食で爆発します。

それで、わたしも外食して
カロリー摂取し過ぎた…また太ってしまう…と罪悪感にかられ


なんでこんなこといつまでも悩んでないといけないんだろう、
なんで普通でいることができないんだろう、

と落ち込む。

ここまで未来が見えます。




毎回機嫌悪くなられるの本当嫌だけど
不摂生で早死にされるのはもっと嫌だ。


私も頑張ろう…





昨日は伊勢神宮へ初詣に行ってきました。

朝5:00に起きて6:30出発、
12時前には外宮に到着。

↑毎年行ってますが過去最速でした。
高速道路がめちゃくちゃ空いていて、事故が起きている場所もなく、快適ドライブでした。


富士山も綺麗に見えました!




途中、岡崎にて「パンのとら」というパン屋さんに寄りました。

パンのとらはカレーパン、食パンが人気のパン屋さんです。

義両親がパンのとらの食パンが好きで、帰省するときは買って行っています。


今回はあんこ×ホイップ×バターというカロリー爆弾なパンを食べましたw



隣に乗っていた息子の視線を浴びながら食べました泣き笑いダッシュダッシュダッシュ





↓外宮にて



夫と2人で行っていたときは到着が遅めだったので

元旦でもそこまでの混雑ではありませんでしたが

今回は年明けの明治神宮かってくらいの人でした。




↓こちらは内宮



伊勢神宮は外宮・内宮とわかれており

内宮だけ行く人も多いです。


…ので、内宮のほうがより混んでいました。


警備の方?が、

「真ん中の鳥居をくぐって参拝したい方は1時間はかかりますのでね!!くぐらなくても良いって方は端からのぼっていただくと早いですよ!」


「みなさん押さないでくださいね!ここで転んでしまったら…縁起がよろしくないですからね!」


と、関西弁(京都っぽい?)で延々と喋っており

一昔前に話題になった渋谷の「DJポリス」ばりの見事なさばき具合でした。


私は関東うまれ関東育ちで、仕事でもあまり関西の方と関わる機会がなく

関西に来るたびに小さな子供からお年寄りまでバリバリの関西弁で軽くカルチャーショックを受けるのですが

関西の方ってただの雑談だけでも面白いですよねにっこり


夫は大阪に住んでいたこともあるので、関西に行ったら関西弁も喋りますが

やはり普段聞かない関西弁が色んなところから聞こえてくると旅行してる感覚になります。




帰りは15時には出ましたが、帰宅したのは22時でした。

途中、サービスエリアで夜ご飯を食べたのと、御殿場あたりの渋滞があり帰りはけっこう混んでいました。


御殿場はアウトレットの初売りですかね??




ちなみに、、

息子は市販の離乳食をぜんぜん食べてくれないので

スープジャーにお昼ごはんを、

タッパーにさつまいも、米粉パン、バナナを入れて持っていきました。


ストローやコップで飲み物を飲めず、哺乳瓶を使っているので

哺乳瓶に麦茶を入れて水分補給させました。


こんなときパウチの離乳食たべてくれたら楽なんだろうなぁと思いつつ

親に似ず、素材の味を楽しめる子なんだなぁと感心w


まあ来年行く機会があればそこらへんのお店のご飯も多少は食べられるようになっているだろうし、哺乳瓶も卒業しているだろう。きっと…




私は約9kgの息子を抱っこ紐でだっこしていたので腰や肩がバキバキですオエーオエーオエー

最近は重さに加えて暴れるようになってきたのでまるで大型の鮮魚を運んでいるようです魂が抜ける










今日は夫が一日中寝ています。

息子を置いて出かけるわけにもいかないので私は暇してます。
暇で暇で暇で…!!!
掃除をしようにも物音がしたら息子が起きちゃうし…
本読んだりパソコンしたりするしかないかなぁ。

ほぼ一日中寝てる夫は昼ごはんはしっかり起きてきて
お菓子も食べて

きっと夕方になったらご飯を食べたいと言います。

110kg、糖尿病です。

でも本人は今日は頭が痛いそうなので、一日中寝ていることに対して特に何も言うつもりはないです。

でも、心配です。

私はどうすりゃいいんだ…オエーオエーオエー



ガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラ


話変わりまして、、




今日で、実家トラブルから丸一年が経ちました。
記憶が曖昧なので正確な日にちはずれてるかもですが、うまれたての新生児とタクシーでホテルに逃げ込んで箱根駅伝が流れていたような記憶があります。


息子の新生児期は私のメンタルと身体がボロボロでもはや記憶がないです。
今でも赤ちゃんっていったら赤ちゃんだけど、生まれたての新生児ってやっぱり違うよなぁ…と。
首がぐらぐらで、ほにゃほにゃで、小さくて。


そんな時期の息子の記憶も、写真も、ほぼない。


きっと今頃実家では我々のことを話してるかもしれませんが、悪口ばかりだろうし
全く謝罪するかんじがないので今年も連絡を絶ったままで過ごしたいと思います。


時間が解決してくれるのか、
なんらかの解決するきっかけがあるのかは分かりません。


でも、これまでの両親の行動からはとてもじゃないけど仲直りできる気はしないので
親不孝と言われようが何と言われようが
自分を守ることを優先します。





突然ですが、夫と会話するなかで
幼少期の環境や経験の差を感じたので
自分の幼少期を振り返ってみたいと思います。

※完全に自分用の内容ですので全然面白味のない記事となっております昇天アセアセアセアセ
あと、めちゃくちゃ長いですw





うちは長らく団地暮らし。
いまだに実家は団地です。


私が子供だった1990年代〜2000年代あたりは団地内にクラスメイトが沢山いましたが、
気付けば誰1人いなくなってました。
今は空き部屋も多く、高齢者と外国人の割合が多いようです。

家を建てたりマンションを購入するなどで団地を出た人もいました。
でも多くは低所得者や片親の家庭で、治安は悪かったです。


自宅出産、
ク●リをやって警察が来る、
●人事件、
虐●と思われる親とその子供の声、
器物破損、
よその子供が勝手に家に入ってくる、
道路族ならぬ…もはや駐車場の一角でサッカーをして車に当てて知らんぷり、、、
等々


普通の家庭もあれば、ちょっと危ない家庭もあり
よくあの環境で大学まで行けたなぁと自分でも感心w



因みに私の家は、低所得者で団地に住んでいるパターンです。
家賃は当時2万円台でした。


父親は地元の会社で働いていましたが、ずっと平社員でした。
でも家族のために毎日会社に行って頑張ってくれていたことはとても感謝しています。

お給料はアルバイトの1ヶ月分と大差ないくらいには低かったようですが、母は専業主婦でした。
大人になってから理由を聞いたら
「家に帰ってきたときに親がいたほうが良いと思ったから」
ということでした。
子供となるべく長い時間一緒にいたいという想いでそうしてくれたなら、母なりの愛情だったんだなと思います。
(お金の工面は困ったら親に援助してもらっていたようです)



でも、小学校高学年くらいになってくると「自分の家があまり裕福ではない」ということに少しずつ気付きます。
まずお小遣いはほとんど貰えなかったし、お正月にお年玉をもらってもすべて回収されていたし、サンタさんのプレゼントは手袋や文具などでした。
他の子がゲーム機を貰っていたのはとてもとても羨ましかった〜びっくりマーク
でも親なりに選んでくれて、プレゼントをくれるだけでも有り難いと思う気持ちもあります。



夏休みや連休明けに、友達から海外旅行のお土産やディズニーランドのお土産をもらうことがありました。
このへんからも、「そういえば私って、お友達が行くような場所ぜんぜん行ったことないなぁ」と思ったり。。


泊まりがけの旅行は、一度だけしました。
隣県の福島県に車で行って、ビジネスホテルに一泊。
当時の自分は「ビジネスホテル」という存在を知りませんでしたが、家族旅行で泊まるホテルってこんなに質素なものなのか…?とちょっと衝撃でした煽り


飛行機にはおろか新幹線はおろか電車すらかなり大きくなるまで乗ったことはなく…
週末のお出かけは公園か博物館が安定コース。
それでも家族の時間を作ってくれたことは感謝だし、行き先が全てではないというのは重々分かっているけれど…
でも…自分もたまにはショッピングモールでご飯を食べたり、遊園地で遊んだり、数年に一度でいいからディズニーランド行ってみたりしたかったのが正直なところ。


外食も年に数えるほどもしていない。マクドナルドに初めて行ったのはかなり大きくなってからで、ジャンクフードの美味しさに衝撃を受けた。
(幼少期にこんなに外食を規制しても、私はジャンクフードは好きだし、摂食障害になってからは狂ったように食べた。なのでナチュラル志向のママさんにはやりすぎ注意と伝えたい)



洋服は安いお店で、
サイズアウトしたタイミングで買ってもらっていました。
当時、団地のママのあいだで隣の市に安い服屋があるというのが話題になって、車で30分くらいかけてその服屋に行っていました。
100円、200円くらいで服が雑多に並んでいて、ここから選んでと言われ、でもあんまり気に入った服がなく…
クラスでは少しお金持ちの子がエンジェルブルーとかメゾピアノの服を着ていて羨ましかった〜オエーびっくりマーク
…というか、、往復1時間もかけて行くくらいならせめてしまむらとかで買ってもよかったのでは〜!?!?




やはり、お金がたまらないのには貯まらないような行動や思考が原因な部分もあるなと思います。
安物買いの〜になっていた場面が、今思い返せば多々ありました。
でも、子供の頃の自分はそれが当たり前な環境で育っていたので、気付くまでには相当時間がかかりましたし、いまだにその思考は頭の中に残っているのかもしれません。




両親は高卒です。
親世代だと高卒は珍しくありませんが、私の親は自分が学歴コンプレックスを抱えていたがために
私を絶対に国公立大に進学させたかったようです。


でも、大学に進学させるにはなかなか難しい環境だったと思いますガーン
団地の他の家から聞こえてくる怒鳴り声やギターの音、時には警察が来て騒ぎになったり…


それに、子供部屋は四畳半の部屋に弟と半分こ。
四畳半と言っても、学習机と棚などでほとんどスペースはありません。
もちろん子供部屋には扉などないのでプライバシーもなにもありません。




テレビは、色気付かせたくなかったのか、
恋愛もののドラマや番組は一切禁止オエー
芸能ニュースすらまともに見れず…w
「あいのり」が小学校で流行ってましたが一回も見たことないです。
当時流行ってたドラマも全然わからないw


私はクラスメイトの影響で嵐をはじめジャニーズが気になっていましたが、当時櫻井くんがイケイケのころで、なかなかきわどいラップ詞を書いてたので
それも良しとされず。。。
恋愛小説を図書館で借りたら「2度とこんな本は借りないように」とw!本まで規制された〜魂が抜ける魂が抜ける魂が抜ける

二宮くんが「STAND UP!」というドラマに出ていましたがそれも規制されたためこっそり見たりしてましたw
まるで🔞なビデオを見ているかのような感覚w


なので親に恋愛の話をするなんて考えられなかったし
そもそも恋愛自体よく分かってなかったです。


この規制は高校生になっても続きました。
女子校に進学し、友達とお泊まり会をすることになりましたが、それも許してもらえませんでした煽り

高校生のときはとにかく勉強勉強!!!で、入りたかった部活すら入れず。
恋愛なんて全くありませんでした大あくび


(私はめちゃくちゃ規制されていたのに、弟は部活も、恋愛も、習い事も…色々許可されてたのはなぜ〜昇天)





話が全くまとまらずとっちらかってますが
最初に書いた通り、自分の過去を振り返るきっかけになったのは夫との会話です。

夫は子供のころに社宅を出て一軒家に住み始め、
小学生のときに初めて海外旅行、他にも色々と旅行にいき月に数回は外食をしていた。

当時流行ったテレビ版やドラマの話になっても私がついていけずネガティブもやもやもやもや

育った環境、体験した出来事などにかなり違いがあるなぁと感じました。



お金をかけたらいいってものではないのは分かっています。両親なりに色々考えてくれていたとは思います。

でも、いろんなところで「あれ???」と思う点はあったし、その違和感は成長するにつれて惨めさに変わりました。
貧乏な家庭から社長になった人や、花開いた有名人がいるのも確かですが、
自分は団地育ちで裕福とはいえない家庭で育ってきて、他の子に羨ましいと思うことが多かったです。



お前よりもっと厳しい環境で育った人は沢山いるぞ!甘ったれが!と言われるかもだけど
あのときの違和感、羨ましい気持ちは今でも鮮明に思い出す。