突然ですが、夫と会話するなかで
幼少期の環境や経験の差を感じたので
自分の幼少期を振り返ってみたいと思います。
※完全に自分用の内容ですので全然面白味のない記事となっております


あと、めちゃくちゃ長いですw
うちは長らく団地暮らし。
いまだに実家は団地です。
私が子供だった1990年代〜2000年代あたりは団地内にクラスメイトが沢山いましたが、
気付けば誰1人いなくなってました。
今は空き部屋も多く、高齢者と外国人の割合が多いようです。
家を建てたりマンションを購入するなどで団地を出た人もいました。
でも多くは低所得者や片親の家庭で、治安は悪かったです。
自宅出産、
ク●リをやって警察が来る、
●人事件、
虐●と思われる親とその子供の声、
器物破損、
よその子供が勝手に家に入ってくる、
道路族ならぬ…もはや駐車場の一角でサッカーをして車に当てて知らんぷり、、、
等々
普通の家庭もあれば、ちょっと危ない家庭もあり
よくあの環境で大学まで行けたなぁと自分でも感心w
因みに私の家は、低所得者で団地に住んでいるパターンです。
家賃は当時2万円台でした。
父親は地元の会社で働いていましたが、ずっと平社員でした。
でも家族のために毎日会社に行って頑張ってくれていたことはとても感謝しています。
お給料はアルバイトの1ヶ月分と大差ないくらいには低かったようですが、母は専業主婦でした。
大人になってから理由を聞いたら
「家に帰ってきたときに親がいたほうが良いと思ったから」
ということでした。
子供となるべく長い時間一緒にいたいという想いでそうしてくれたなら、母なりの愛情だったんだなと思います。
(お金の工面は困ったら親に援助してもらっていたようです)
でも、小学校高学年くらいになってくると「自分の家があまり裕福ではない」ということに少しずつ気付きます。
まずお小遣いはほとんど貰えなかったし、お正月にお年玉をもらってもすべて回収されていたし、サンタさんのプレゼントは手袋や文具などでした。
他の子がゲーム機を貰っていたのはとてもとても羨ましかった〜
でも親なりに選んでくれて、プレゼントをくれるだけでも有り難いと思う気持ちもあります。
夏休みや連休明けに、友達から海外旅行のお土産やディズニーランドのお土産をもらうことがありました。
このへんからも、「そういえば私って、お友達が行くような場所ぜんぜん行ったことないなぁ」と思ったり。。
泊まりがけの旅行は、一度だけしました。
隣県の福島県に車で行って、ビジネスホテルに一泊。
当時の自分は「ビジネスホテル」という存在を知りませんでしたが、家族旅行で泊まるホテルってこんなに質素なものなのか…?とちょっと衝撃でした
飛行機にはおろか新幹線はおろか電車すらかなり大きくなるまで乗ったことはなく…
週末のお出かけは公園か博物館が安定コース。
それでも家族の時間を作ってくれたことは感謝だし、行き先が全てではないというのは重々分かっているけれど…
でも…自分もたまにはショッピングモールでご飯を食べたり、遊園地で遊んだり、数年に一度でいいからディズニーランド行ってみたりしたかったのが正直なところ。
外食も年に数えるほどもしていない。マクドナルドに初めて行ったのはかなり大きくなってからで、ジャンクフードの美味しさに衝撃を受けた。
(幼少期にこんなに外食を規制しても、私はジャンクフードは好きだし、摂食障害になってからは狂ったように食べた。なのでナチュラル志向のママさんにはやりすぎ注意と伝えたい)
洋服は安いお店で、
サイズアウトしたタイミングで買ってもらっていました。
当時、団地のママのあいだで隣の市に安い服屋があるというのが話題になって、車で30分くらいかけてその服屋に行っていました。
100円、200円くらいで服が雑多に並んでいて、ここから選んでと言われ、でもあんまり気に入った服がなく…
クラスでは少しお金持ちの子がエンジェルブルーとかメゾピアノの服を着ていて羨ましかった〜

…というか、、往復1時間もかけて行くくらいならせめてしまむらとかで買ってもよかったのでは〜!?!?
やはり、お金がたまらないのには貯まらないような行動や思考が原因な部分もあるなと思います。
安物買いの〜になっていた場面が、今思い返せば多々ありました。
でも、子供の頃の自分はそれが当たり前な環境で育っていたので、気付くまでには相当時間がかかりましたし、いまだにその思考は頭の中に残っているのかもしれません。
両親は高卒です。
親世代だと高卒は珍しくありませんが、私の親は自分が学歴コンプレックスを抱えていたがために
私を絶対に国公立大に進学させたかったようです。
でも、大学に進学させるにはなかなか難しい環境だったと思います
団地の他の家から聞こえてくる怒鳴り声やギターの音、時には警察が来て騒ぎになったり…
それに、子供部屋は四畳半の部屋に弟と半分こ。
四畳半と言っても、学習机と棚などでほとんどスペースはありません。
もちろん子供部屋には扉などないのでプライバシーもなにもありません。
テレビは、色気付かせたくなかったのか、
恋愛もののドラマや番組は一切禁止
芸能ニュースすらまともに見れず…w
「あいのり」が小学校で流行ってましたが一回も見たことないです。
当時流行ってたドラマも全然わからないw
私はクラスメイトの影響で嵐をはじめジャニーズが気になっていましたが、当時櫻井くんがイケイケのころで、なかなかきわどいラップ詞を書いてたので
それも良しとされず。。。
恋愛小説を図書館で借りたら「2度とこんな本は借りないように」とw!本まで規制された〜


二宮くんが「STAND UP!」というドラマに出ていましたがそれも規制されたためこっそり見たりしてましたw
まるで🔞なビデオを見ているかのような感覚w
なので親に恋愛の話をするなんて考えられなかったし
そもそも恋愛自体よく分かってなかったです。
この規制は高校生になっても続きました。
女子校に進学し、友達とお泊まり会をすることになりましたが、それも許してもらえませんでした
高校生のときはとにかく勉強勉強!!!で、入りたかった部活すら入れず。
恋愛なんて全くありませんでした
(私はめちゃくちゃ規制されていたのに、弟は部活も、恋愛も、習い事も…色々許可されてたのはなぜ〜
)
話が全くまとまらずとっちらかってますが
最初に書いた通り、自分の過去を振り返るきっかけになったのは夫との会話です。
夫は子供のころに社宅を出て一軒家に住み始め、
小学生のときに初めて海外旅行、他にも色々と旅行にいき月に数回は外食をしていた。
当時流行ったテレビ版やドラマの話になっても私がついていけず


育った環境、体験した出来事などにかなり違いがあるなぁと感じました。
お金をかけたらいいってものではないのは分かっています。両親なりに色々考えてくれていたとは思います。
でも、いろんなところで「あれ???」と思う点はあったし、その違和感は成長するにつれて惨めさに変わりました。
貧乏な家庭から社長になった人や、花開いた有名人がいるのも確かですが、
自分は団地育ちで裕福とはいえない家庭で育ってきて、他の子に羨ましいと思うことが多かったです。
お前よりもっと厳しい環境で育った人は沢山いるぞ!甘ったれが!と言われるかもだけど
あのときの違和感、羨ましい気持ちは今でも鮮明に思い出す。