初めての会場で、余所にお邪魔する感じで弾かせて頂いた感じ。

 

少し言葉を交わしたお客様が「綺麗に、静かに弾いてくれました」とにこにことお話してくださったので、今回は満点でいいや。

 

 

あまりない機会だったので好きな曲ばかりを弾かせて頂いて、仲の良いお友達も一緒だったので新鮮な楽しさでした。

久しぶりに連弾したのも楽しかったなー。

あまりにも暗譜がボロボロになって冷や汗をかいていたら、先生に「わかるよ……」と共感されてしまった。

先生でもまだ怖いって。

おそらく次元が違うと思うけど、それなら私はもっと積み重ねなければならないということだな……。

(聴いて頂いている方のお名前を聞けたのが結構嬉しい)

 

それこそ積み重ねて来たものが全く違うので、先生のちょっとしたお手本が本当に有難いのです。

該当箇所じゃなくても「あーーーーそこってそう弾けば良い(美しい、まとまりがある、メリハリがある等)のか……」ってなってる。

毎回「そうやって弾けば良いんじゃん……なんで自分で思いつかないの……」の繰り返し。

レッスン受ける必要のない人ってどんななの……?

みんなもっと出来てるの……?

 

今回の重要項目は「その作曲家の音で弾くこと」です。

フレージングとかレガート、和声の捉え方とか。

じゃないと全部同じ音で弾くことになっちゃうからね。

らしく弾きやすい曲、というのはあるのだなぁと今の選曲を顧みて思ったりする。

専門課程に進んでいれば環境で耳は育っているのだから、あとは出力だけという話も。

 

そういえば、ある箇所で先生が「あ、そこは”集まってくる”感じで」って仰ったんだけど、これもレッスン慣れしてないと伝わらないな……?

(自分が「あ、こうですね」って対応できてちょっと面白かった)

今回のセットで弾くのはひとまずこれで最後。

 

前回よりは弾きたいように弾けた……けど、おそらくは

①楽器が良かった

②リハーサル時間の長さ(=楽器に適応する時間)

で出来が変わっただけなので根本的な出来上がりは同程度よね……。

その場に適応するという課題はそのままのラッキーなケースかと思うと何とも……。

 

 

 

今回の選曲は今の先生にお世話になっているからこそ選んだので正直自分に合っている曲ではなくて、”自分で弾くと超絶つまらないのに先生が弾くと最高に面白い”の最たる感じでした。

人前に出す段階になってやっと方向性が見えてきたくらい。

先生や信頼する人に良かった順を教えてもらったんだけど、自分の好みとかを加味すると異なるのが印象的でした。

”好み”と”出来”は違うのだなと。

 

仕事や真向の勉強としてだと好み云々は関係なくなるので今回の選曲は貴重なものでした。

「わかった気がする!」と「私何弾いてるの……?」という繰り返しの練習期間でした。

レッスンして頂くからには「こうしたいです」という方向性を見せねばの気持ちで。

 

結果……当ったの3割くらいかな……。

半分くらいは「その引き出しはありませんでした…」という感じで、残りは方向性は良いけどもっと際立って良しという感じ。

 

西洋音楽と母国語の難しさに触れております。

「真似してみるしかないんだよね」と。

初めてポーランドの方が弾いたマズルカを聴いた時と似たような気持ちだわ。

でもその時よりは真似が上手くなっている気はするのが救い。

 

 

 

帰りはお友達と合流して取るに足らない話ばかり聞いてもらいました。

でも先生への敬意とか紹介の重みとか、界隈にいないと共有できないことばかりだったので有難かった。

先日お世話になっている先生のリサイタルがありました。

何と満席。

喜ばしい限りです。

 

何か差し入れをと思って、考えて考えて考えて……結局無難なものにしました。

きっとお花はたくさん頂くだろうし、多ければ帰ってからの水揚げも大変だろうしとパス。

お菓子も頂きやすいだろうし、いくら賞味期限長めのものといっても限界があるしとパス。

使えるものでも良いけど、あんまり生活に密接するようなもの(素敵な石鹸とかも考えた)は先生に対して親し過ぎる気がしてパス。

諸々考えると無茶苦茶困らない?

先生との距離感もあると思うけど、結局は私にとって”先生”なので……。

久しぶりに贈り物に関してここまで悩みました。

 

 

 

今回のお席は指定&自分で選んで良かったのもあって、それも結構悩んだ……。

日頃お世話になっているお客様がたくさんいらっしゃるだろうから私はなるべく目立たないところで。

ホール的にここじゃないと音響がおかしい等の心配もなかったので。

でもできれば下手が良いし、個人的な好みは通路に近いお席だし……とあれこれ加味して最後列に近い下手後方にして頂きました。(何かの流れで母に話したら「(あなたの立場なら)その辺りよね」と返ってきてちょっと安心)

 

まぁ、その選択のおかげで大変なことになったんですけどね。

この話はまた今度。

たまにお手伝い系のお仕事を引き受けることがあり、週末はそれでした。

頭の中で現場の音楽が流れ続ける現象よ……。

予習してるのもあるけど、その場でも集中して聴いてるんだなぁ。

 

 

お仕事にかこつけてワンピースを買ってしまった。

なかなか良いので冬はこれで良いかも。

 

着ていたい服としては

・ある程度きちんと見えること

(依頼主は正装していることが多いので乖離し過ぎないように)

・程良い膝下丈

(動かねばならない場合に足が見えないこと、長すぎてもフォーマルから外れるので無し)

・ポケット有り

(自分の貴重品、依頼主やお客様から一時的に預かる物も入れたい)

辺りなんだけど、好みとか反映させようとするとなかなかないよね……。

今のワンピースも手元のボタンを目立たないものに替えたい気もしてる。

 

 

こういうお仕事の時は頼まれたことはもちろん、周りの方々に「あの方あんな人に手伝ってもらってるの?」とならないように服装も立ち振る舞いも結構気を遣います。

依頼してくださった人の株を下げてはならないと。

この感覚は付き従っていた方から教わったものだなぁ。

できればもっと黒子になってしまいたいけど、性質的に向いてない。

だからといって演奏向きの性格でもないなとも思うけどね……。

先週は発表会続きで、週末も友人が弾く会へ行ってきました。

 

毎年本当に本当に楽しみにしていて、友人をはじめいろんな立場の方が弾かれるのもあるので考えさせられるのです。

演奏を聴きながら「この引出し、自分にはあるかなぁ」と反芻する感じ。

開演前に「センスってあるよね」という話を少ししたんだけど(もう少し深く聞きたかった)、ある時は当たり前で「ない」時に気付くんだなとか……。

 

それぞれ皆さま頑張っていらっしゃるなかで、友人は「できないこと」に挑戦していて本当に素晴らしかった。

そこでしか、そういう形でしか求められないもの。

自分がぎりぎり努力するだけでは及ばない範囲というものはある。

そういう段階を要求されることも年と共に貴重になるよな……と思いながら聴いていました。