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SAトレーナーの目のつけドコロ!

ソーシャル・アライアンス株式会社のユニークなトレーナー陣によるブログ。全国での出会いや気づき、感動の仕入れやコミュニケーションのヒントなど、アイディア満載!
SAの看板トレーナーである岡根、小野塚、西川、鈴木、橋本が日替わりでお届けします!

先日、普段は利用しない路線バスに乗る機会がありました。
ちょうど乗った場所が始発だったため、
運転手さんから、出発前のアナウンス。

「まいどご乗車ありがとうございます。当バスは○○経由△△駅行きです…」と。

よくある普通の風景だと思いますが、今回は違いました。

思わず、運転手さんの声に耳を傾けてしまったんです。
それどころか、何となく気持ちが暖かくなった感じがしたのです(#^.^#)

「なぜ??」

考えてみたら、運転手さんはアナウンスの冒頭に

「こんにちは~♪」

と言っていたんです!



不思議ですね。
「こんにちは」の一言があるだけで
こんなにも気持ちが違ってくるものなんですね♪


そういえば、28年前に東京ディズニーランドがオープンしたとき、
園のスタッフが来場者に
「こんにちは~♪」と
あいさつする光景に少し違和感を感じ…
違和感を感じるけれども、
何となく居心地がよかったのを思い出しました。


あいさつって、
人と人の距離を縮める魔法の言葉だと思いませんか(#^.^#)


長女が幼稚園に入ったとき、
通園途中で交番の前を通るので

行きは 「おはようございま~す♪」
帰りは 「ただいま~♪」

と言って、通っていました。

最初は、おまわりさんも少し驚いたような様子でしたが
そのうち、おまわりさんの声も大きくなっていき、
しまいには、娘が通る時間には必ず
交番の前に立って待っていてくださり、
「おはよう~♪」と言ってくれるようになりました。

次女が幼稚園に上がり通園する頃には、
その交番では、おまわりさんが、道行く小学生・中学生と
「おはよう~♪」
「お帰り!!」
とあいさつを交わしている光景が見られました。


「おはようございます」
「こんにちは」
「こんばんは」
「ありがとうございます」
「ごめんなさい」

様々なあいさつがありますが
相手の方のためにも
きちんとしたあいさつができる人間でありたいです(*^_^*)

それでは、今週も読んでいただき、ありがとうございました!
また来週まで、さようなら!!


おやすみなさ~い (*^_^*) 



先日の雪が降った日、娘と息子が学校から帰ってくると

「雪だるまを作ろう!」 

と言い出しました。
私も仕事をOFFして、家にいたのですが、

雪だるま?
このくらいの雪で?
しかもべちゃべちゃなのに?
丸くなるか?

と心配をよそに早速屋上で半分融けかかった雪を集め始めましたが
やはり、水分が多すぎるためか、うまく丸くなりません。

そのうちに耳打ちを始める二人。

打ち合わせ(?)が終わると、おもむろに

「出来た!」

と言って完成したのがこちら



「雪だるま?」
と聞くと
「違うよ。雪ウサギ。ほら耳がついてるでしょ」

やはりどうしても丸まらないので、ダルマからウサギに変更しました。

残念ながら私はこの柔軟性に欠けています。
この限られた状況の中でどのようにして「ダルマ」を作るか
という「決めたことをやり抜く」ことは得意ですが
目の前の「状況に柔軟に対応する」は苦手です。

このバランスがうまく取れるようにいつも考えているのですが、
今回も子供たちから深く学ばせてもらいました。 


しかし、この雪ウサギ

私には雪「犬」にしか見えません(>_<)
私の大学時代の恩師が大学を定年退職されるということで、

25年ぶりに明治大学生田校舎へ行って参りました。

応用微生物研究室、私たちの頃は発酵食品学研究室と言っていた。


先生はお若く見えるが、70歳。

この校舎で47年、自分の研究室を持って30年以上になるのだとか。

先生の人望だろう。全国から先生に会いに130人以上のOBが集まった。


出席者11

懐かしい先輩、同級生、そして初めて会う後輩たち。

過去へ、未来へタイムスリップだ!(^u^)

先生のスピーチ。


「600人の卒業生を研究室から輩出して、今日、130人の人達が集まってくれた。

ありがとう。君たちが私の宝物です。財産です」

まさに、先生のお人柄を改めて垣間見た気がする。

みんな頑張っているなあ!

よし!オレも頑張るぞ!と改めて爽やかなスイッチが入った一日でした。













私には妹が二人いる。
3つ下の妹と、7つ下の妹だ。

姉妹なのに性格はずいぶん違う。
下の妹は、末っ子らしい末っ子で、
甘え上手で何でも要領良くこなしてしまう。

それに対して上の妹は、無口で自分の気持ちはほとんど話さない
しかし自分の意思は絶対に曲げない
とても不器用な性格だった。

私は何故か雛人形を見る度に
その3つ離れた妹のことを思い出す。


彼女は友達とワイワイ遊ぶことが苦手だったらしく
家のなかで一人でいるか、
プールで黙々と泳いでいる方が好きだった。

そんな妹も兄弟の中では私と年が近かったせいか
小さかった頃はいつも私のあとをくっ付いてきた。
川にザリガニを取りに行くときも
神社で缶蹴りをするときも。

ある日こんなことがあった。

母に連れられて妹と二人、街のデパートに来たとき
母が買い物をしている間、二人だけで近くにあった小さな遊園地で遊んでいるように言われた。

100円ずつもらって何に乗ろうか相談をしても
案の定何でもいいとしか言わない妹に
私は少し腹がたって意地悪をした。

「今日は俺のあとをついてくるな。自分の好きなのに乗れ」
そう言って私はさっさと一人で観覧車に乗った。
そして遊園地を一人で探索して1時間後にもとの場所に戻ったら
妹は100円を握りしめたまま
ずっとうつむいて立っていた。

妹は人前では決して泣かない。
怒っているわけではなく
ただ悲しみを堪えてひたすら立っていた。

ショックだった。
何故私はあんなひどいことをしたのだろう。
どうして一緒に観覧車に乗ってやらなかったのだろう。

その光景は今でも消えない心の染みとして私の心に残っている。

何故雛人形を見ると妹のことを思い出すのかはわからない。
雛人形が放つ美しくも儚く、
静かにも強いエネルギーみたいなものと
妹の雰囲気が重なるのかもしれない。

妹とはしばらく会っていないなあ。

そんな妹も今では二児の母で
田舎の小学校の先生を立派にやっている。


やはり、【氣】はとても大事だなぁ、と思います。

 

最近、病院へ知り合いのお見舞いへ行く機会があり

感じたのですが、

あまりいい【氣】ではないですよね (>_<)

そりゃあそうですよね、

「病の氣」を抱えた方が集まって来ているのですから。

 

数年前に私自身が2週間近く入院したときのことです。

お見舞いで頂いたお花を飾っていたのですが

同じ病室の方達よりも、花のもちがいいんです。

 

最初は、頂いたお花の種類が

切花にするともちがいい種類なのかな、程度に思っていました。

 

ですが、たまたま、似たようなお花をまた頂いたので、

飾るところがもうなかったので

ナースステーションの受付に飾って頂きました。

 

ですが、その花も、私のところに飾っている花より先に

枯れてしまったんです。

 

その時に改めて【氣】が大切だと感じました。

確かに数値化できないし、形がなく見ることができないので、

それこそ、「気のせい」…と言ってしまえば

そうなのかもしれませんが、

全く関係ないとは言えない気がします。

 

私は毎日、花に前向きなプラスの言葉、プラスの【氣】で話しかけていました。

ただそれだけですが、花は活き活きしているように感じました。

 


 

気分がいいと、周りの人から

「何かいいことあったの?」

などと言われること、ありませんか?

 

逆に、気分が悪かったり落ち込んだりしていると

「どうしたの?何かあったの?(>_<)」

なんて聞かれたり…

 

「気を分ける」と書いて「気分」

だから、相手にも自分の気持ち(氣)を、

相手の都合はお構いナシに分け与えてしまうんですね。

 

そう思うと、今自分がどんな気分でいるか、

どんな気分で人と関わるのか…気をつけたいところですね。

 

【氣】の持ちようで、「気持ち」も変わりますよね。

【氣】が楽しいと「気楽」ですね。

【氣】が通常とは違ってくるから「気ちがい」。

お天道様の【氣】は、「天気」で表されていますね。

 

自分がはいている【氣】が今どんな【氣】か、

いつも意識していきたいものです…(#^.^#)