スロヴェニアへ
結局日本滞在の間は
一度しかブログを更新できなかった。
毎日様々なことが起きていたのに、
ちゃんと記録出来なくて残念。
基本的に日記的・備忘録的ブログだけど、
出来ればちょっとずつ過去の事でも書きたい。
それはさておき、
こちらへは15日午後1時過ぎの
ルフトハンザ・ミュンヘン経由で戻った。
前回の帰国時はこちらへ戻るフライトは午後9時過ぎで
飛行機に乗り込むや、子供達は寝息を立て始め、
サンクトペテルブルク上空ぐらいまでそのまま・・・、と
なんともラクチンなフライトだった。
それが、今回の午後便はずっとお天道様を追い続け、
更なる災いだったことに、私たちの席列の窓際両側の客とも
ブランドを開けていたい主義のようで、
傾いたオレンジ色の陽光が機内を明るく照らし、
なんともロマンチック・・・・
ではなくて、子供達ったら全然寝やしない。
ミュンヘンに到着するのは東京時間の午前1時。
出来るだけ沢山寝ておいて欲しいという親の気持ちとは裏腹に、
子供達が寝入ったのは通常通り就寝時間である午後9時。
約3時間後、機体が着陸態勢に入りかかるちょっと前、
機内の照明が点灯すると共に
子供達も渋い顔をしながらもぞもぞと目を覚ませかけると、
偶然通りかかったアテンダントがくれたスナックに気を惹かれ、
幸い機嫌良き目覚めを迎えた。
そのままルンルンムードで順調にトランジット。
3時間の待合時間の間もいつもどおり走り回って元気、元気。
ところが最後の砦はミュンヘン・リュブリャナ便。
既に東京時間午前4時を回っている。
小さなアドリア機に乗り込むといよいよスロヴェニア、
という実感が子供達にも沸いたのか、暫くワクワクしていた。
機体が上がりきった頃、サンドウイッチが配られ、
空腹だった子供達は
「流石スロヴェニアのサンドウイッチは美味しいね。」
(本当か?)
なんて言いながら一気に頬張った。
ところが、お腹が膨れ、満足すると二人とも船を漕ぎ始めた。
フライトタイムはたったの50分。
この時既に機体は着陸態勢に入っていた。
何はともあれ、ここまで頑張って引っ張って来たのだ。
ここで寝られては大変!
と、通路を挟んで座っていた私は周りも気にせず、
子供達に元気良く喋りかけたり、歌いかけたり。
息子なんか2秒でも喋りかけないと瞼が閉じている。
(私が)最後の力を振り絞って無事着陸。
地に着いてしまえばこっちのもん。
後は、バスに乗って、入国審査、荷物をピックアップ、
小さい空港は何でも直ぐ済んで楽々。
到着ロビーには成田で見送った時より
ちょっと髪の伸びた旦那が車で迎えに来てくれていた。
車に乗り込みながら、
「やっと帰って来たね。」と、ニコニコ、大はしゃぎだった子供達も、
家路に就くや2分もしない内にいよいよ電池が切れたのか
二人揃ってスヤスヤ夢の中だった。
着いたスロヴェニアは既に初夏か・・・?
と、まぁ、まだ時差ぼけを言い訳に引き篭もっている私。
(早めの午後便でのヨーロッパ行きは直行便ならまだしも、
乗り換えがある場合with kids は疲れる~)
すっかり夜中のコンビニでもミルクは買えるし・・・
って生活に慣れてしまっている私だけど、
土曜の今日はいよいよ市場へ繰り出すか。
何が出てるか楽しみである。
そういや、デジカメのUSBケーブルを実家に忘れて来た
(一度しか使わなかったくせに・・・)
ので、購入するまで暫く写真はありませぬ。
日本雑感 しもさかいの曾じぃ
烏山、しもさかいの曾じぃじの所へご挨拶に。
馬頭から那珂川沿の県道を下ること30分。
旦那の父方のおじぃさん宅、初訪問。
(曾)じぃちゃんはなんと97才。
私たちを笑顔で迎えてくれ、終始ニコニコ。
足腰丈夫で矍鑠としていらっしゃる。
未だ、米を脱穀するのは彼の仕事だそう。
30キロにもなる俵を持ち上げて脱穀するそうだから、驚愕。
旦那のお父さま、和夫さんのお兄様夫妻と一緒にお住まい。
このご夫妻もなんせ声が大きく賑やかで元気一杯。
二人ともご立派で叔父さんは国璽をお持ち。
「私は三回天皇陛下からお招きがあったよ。」、なんてさらっとおっしゃる。
お仕事も国璽を頂くほどきっちり勤め上げられたのだけど、
それより何より驚かされるるのは、趣味の多さと求道精神の強さ。
書道は師範の上の教授範、詩吟、尺八、碁は有段、紙漉きもなさるし、
聞いている私はただただ口をあんぐり、敬服の一言に尽きる。
突然の訪問も大歓待して下さって、お子達は初めてお目に掛かった
曾じぃじと一緒に記念撮影。
私は縁側に干してあった芋がら、「いいなぁ」の一言でお土産に頂いてしまった。
縁側はぬくぬくぽかぽか陽だまりで
なんて優しい空気に満ちているんだろう。
芋がらの下には大きなザルに二つ、
切り干し大根、干され中だった。
曾じぃじ、80才で一人、パリへ旅行へいらしたそう。
まさかスロヴェニアへまでいらしては頂けないだろうけど、
またの帰郷の際には是非是非お目にかかりたい。
いつまでもお元気で。
日本雑感 馬頭 七五三
帰国翌日、いきなり旦那の実家の栃木は馬頭へ。
今回が初の従兄弟大集合。
6人の子供たちと、ちぃばぁ、ばぁちゃん、じぃじ、お兄さん夫婦にお姉さん、
と、8人の大人が皆揃い、その上私の弟カップルまで参加。
三つのテーブルに分かれての食卓。
さて、翌日は予定通りの七五三のお宮参り。
朝7時半の美容院の予約に間に合うべくあいにくの雨の中、
娘を起こして急ぐ。
待ち構えていた美容師3人の異様な雰囲気にもちろん娘は嫌がり、
私の膝から離れない。
なので、まずは私から始めてもらい、
そのうち場の空気に馴染んだ娘も一著前に結ってもらった。
どうにか形になったので、記念撮影。
注文の多い写真館では子供たちも嫌気が指して変な顔。
雨の中鷲の子さん(とりのこさん)神社にて季節外れの
七五三お宮参り。
じぃじと。
娘は神主さんに薦められたお神酒を当然一気飲み。
寒い中皆さんご苦労様。
その後は馬頭温泉東屋さんにての宴席。
そしてあいそという地元那珂川の魚を頭からがぶり。
日本雑感
ミュンヘンへ着くまでに既に何度も
「スロヴェニアへ帰ろう・・・・。」と、つぶやく息子。
ミュンヘンで乗り継ぎの飛行機を待っていると、
一人、二人・・・、気づけば回りは日本人だらけ。
三年以上周りがオール日本人体験をしていなかった旦那は、
居心地が悪そうでやっぱり、
「あぁ、スロヴェニアに帰りたくなってきた。」と。
私も内心一緒。
さて、ミュンヘンから11時間。
到着した成田は晴れ。
成田の印象は白。
ここのところ続けて成田では、幸い晴天に迎えられるのだけど、
光がとても白く感じられる。
ミュンヘンを発ったのが午後4時前。
滑走路を機体が走っているうちに寝入った省エネ派の娘。
これぐらいの時間帯のフライトは夜が長くて比較的楽。
母に迎えられ、実家へ。
ずっとあれもこれも、食べたい!なんて言っていたのに、
着いてみるとどうでもよくなるから不思議。
旦那は3年間のブランクを私の母や弟とお互い埋め合って
翌日は馬頭へ。
まだ、「明日飛行機に乗ってスロヴェニアに帰る。」と、息子は宣言。
私は前回の帰国からまだ9ヶ月しか経っていないし、
違和感の無いまま東京になじんだ。
前日までリュブリャナにいたとは思えぬほど違和感無し。
東京の街は白い。
バレンタイン
朝から晴れ渡った空。
登園、最後の買い物。
林檎、みかん、牛乳一日分、生イースト。
クッキー、チーズ。
あっと言う間に、正午。
娘が 「あ、ちちゅう!」 と、叫ぶので窓へ目をやると、
フンワリと大きくカラフルな気球が
オレンジの大屋根の向こう側からぬーっと表れた。
写真では表現出来ない大きさの熱気球。
13時、息子を園で拾って、イレーナに会う。
快晴、気温も12℃。
すっかり春の陽気。
街の何処かでハート型の風船を配っているらしく、
市場一杯にハートがユラユラ。
道行く人々もハート風船やらチューリップを手にしている。
1月からずっと頭痛と眼痛に悩まされているイレーナ。
ここのところ少し痛みの場所が定まって、
右目の奥からその後方の頭のみに痛みがあるそう。
それでも、絶え間ない頭痛、数々のデッドライン、
そして、新しいアプリケーション、と、何重苦だか・・・。
ランチに寿司をテイクアウトしたとかで、
日の当たるロメオのテラスに腰掛けてちょっとしたピクニック気分。
フレッシュグレープフルーツジュースと
イレーナはフレッシュオレンジジュース。
写真は食後。
此処のところゆっくり話す機会のなかったイレーナと
久々に目を見て話をした。
先日仕事を紹介してあげたヴックの友人。
ロメオの厨房で働き出して、とても嬉しそうだった。
相性良く、長く今の嬉しい気持ちが続いてくれるといいのだけど・・・。
紹介しておきながら、私もちょっと確信はない。
この陽気とバレンタインとで街はカップルで溢れた。
夕方にはベルド分館ご一行が最後のサヨナラを言いに来てくれた。
そして、日本へ発つ前夜の晩餐は、やっぱりこれでしょ。
(って偶然冷蔵庫に眠っていただけなんだけど。)
アーティチョーク。
息子は寝入り際に、
「なんで日本に帰るの?帰りたくない。ボゥジャにも会えないし・・・。」
と、涙で枕を濡らした。
そして、ウォンウォン小さく声を殺し、泣きながら寝入った。
荷造りもほぼ完成。
土産のワインは10本、全て詰め終わって、
明日はいよいよ長旅だ。
一時帰国の準備をしつつ・・・
昨日は、土産のワインを買いに
ドゥナイスカ通りにある、エキジビションセンター(?)
のヴィノテカ・ブラデシュコへ行った。
実はここへ行くのは初めて。
以前、ここはヤズベッツの"ブラッドシャンパン"を扱う唯一の
ヴィノテカ、って話だけは聞いていた。
それなら、スロヴェニア各地のワイナリーのワインが
きっと揃っているんだろう、と、思って行ってみた。
地下へ階段を下りて、いかにもな趣の扉を開けると、
薄暗いパブ風なバーになっていて、
右手にはヴィノテカ。
販売員のお兄さんに、
「ヤズベッツのワインはあるかしら・・・?」
と、尋ねたら、
「あぁあの赤いスパークリングね。ずっと入ってませんね。」
と、のこと。
やはり、直に会いに行かなきゃ手に入らないか・・・。
続いて、レンチェルにつてい聞いてみたら
「うちはもうちょっと大きめなワイナリーのワインしか
扱ってないので・・・」 と、のこと。
(あら、奇遇な事にこの二人どちらも名前は ヨシュコだわ。)
そういうことなら、好みに合ったワインを選んでもらうかな・・・。
と、手法を変え、葡萄の種類、産地、熟成など
好みを伝えて選んでもらった。
旦那の母へ甘いのを一本。
店員のお兄さん曰く、
「これが恐らくスロヴェニアで手に入る最後の一本。と、言うのも、
全部日本のインペリアルファミリーに献上されたから。
これはスロヴェニアワインの中でもとてもサクセスフル」
な一瓶、後は、レブーラ、レフォシュク、メルロのバリークなど、
私の好みのワインを4本。
合計90ユーロほど。
こんなエキジビションホールの真下のヴィノテカ。
リュブリャナにいながら各地方のワインが手に入る。
(小さいワイナリーはやっぱり直に買いに行かないと無理だけど)
スロヴェニアは全体的にワインのレベルが高いから、
ちょっとした量産品でも充分美味しく楽しめる。
この間読んだ記事に因ると、
確か、スロヴェニアの平均ワイン生産量は、
面積当たりにすると、日本の十分の一以下だとか・・・
(1ha 日本は 37万リットル のところ スロヴェニアは 3万リットル
だったかな。桁についてはかなり怪しいけど、
要はそれぐらいの違いがあると。)
後は去年センターのDvorni Trgに出来たヴィノテカで
何本か仕入れて、一先ず足りるかな・・・と、思ったけど、
もう数本必要な様子ですね。
さて、先日仕込んだ麹。
気付いたら人様からお借りしていたタッパに仕込んでいたのだけど、
覗いてみると、昨日辺りから様子がおかしい。
もう甘い香り立ち始めていい頃なのに、
すえた臭いがしている。
多分、失敗。やっぱり種が"新鮮"でなかったか。
湿度、温度の管理が出来ていなかったか。
そして、麹待ちをしていた水で戻された大豆1kg
(戻したら倍に増量)は、
残念ながら味噌にはなれず、大量の納豆になる羽目に。
只今大鍋で大豆を炊いているところ。
帰国前にこんなに納豆生産してどうするんだか。
でも、水で戻したままの大豆よりは
納豆にして冷凍庫でお待ち頂く方がまだまし。
既に納豆好きの友人に渡そうと大量に作ってあった納豆
(会いに行けなくて渡せず終い)を消費すべく、
お子達との夕食は納豆海苔巻きご飯。
納豆大好きなうちのお子達はお茶碗2杯ずつ完食。
買い込んでいた大根も3本も肉団子と炊いて、
旦那が帰ってこないと、なんともあっさりとした夕食である。
土産のワインは足りるだろうか。
そして、冷蔵庫は空にし切れるだろうか。
一家揃っての初めての一時帰国。
土産の事を考えたり、冷蔵庫の事を考えたりしながら
何故か嘗てないほどの納豆を仕込んでいる。
V. Planina
毎度の休み、気になりながらも行っていなかったので、
今日は朝から迷わず行き先はここ。
Velika Planina。
一応天気だけチェックして、吹雪いてないこと確認後、
昼ごろ出かけた。
リュブリャナから北北東方面へ。
カムニックから北上すること10km弱、
クネクネ道を進むにつれて、
雪をかぶった岩だった山が近づいてきた。
到着したのは、小さなゴンドラ乗り場。
ここも既に随分標高はあるけど、ゲレンデはゴンドラで上がった、
標高1400mぐらいのところから上。
チケット売り場でゲレンデ状況を確認。
メインリフトは止まっているけど、ゴンドラは動いてるよ、
とのこと。
雪遊びがメインで、橇で滑るのにリフトは要らないし、
と、上がることにした。
チケットはゴンドラのみの往復で大人7ユーロ。
チケットを買って、改めて、ゴンドラに目をやった。
すると、なんと行き先は遥か彼方岩の上。
見えますか?
拡大。
あんな傾斜のきつい山の上。ゴンドラは私よりお年寄り。
たった二本のロープに命をゆだねるのはちょっと怖いねぇ、
なんて、旦那も言っている。
一時間に一本のゴンドラを待つ間、
絶え間ない「やめときなって」って気持ちと戦う。
30分ほど待つと、6人の一団体がやって来て、
一緒にゴンドラへ乗り込んだ。
乗務員一名、あわせて12人。
「日本人?上で泊まるの?」
なんて話をしている内にベルが鳴って出発。
段々傾斜がきつくなり、5分のライドの長いこと・・・。
心臓バクバク、生きた心地しなかったけど、
子供が怖がるといけないので終始涼しい顔。
上がったゲレンデはがらがら。
聞いたとおりリフトは止まっている。
大型犬が楽しそうに雪の上を走り回って
やはりユルイ雰囲気。
気が付くとゲレンデは雲の中。
視界も音なく、完全遭難状態。
(実際は何人かいたのでしょうけど)
それでも温かいお茶をすすり、
サンドウイッチを頬張りながら、橇遊び。
カムニックの街を見下ろす。
1500m~2000m級の山々。
ゲレンデの周囲には可愛い小屋が沢山あって、
そこへ連泊している人も多い様子。
春も夏もここへ泊まって高原散歩をしたら楽しそう。
下りは鮨詰めのゴンドラ。
最大積載人数(定員 というのか)30人と表示されている。
30人近く乗り込んで、大きな荷物も沢山。
幸い今度は雪が舞い、視界は悪いゆえ、
逆に状況が分らず
ヒヤヒヤ感の高まる前に無事降りてきた。
春にも夏にも行ってみたいけど、
あのゴンドラは勘弁して欲しい。
別の道はないのかな。
帰宅後の夕食は、市場で買ってあった血のソーセージ、
クルヴァヴィッツァ。
ちゃんと人気の店(ジャブヤックだっけ)でキスロゼリエも買った。
ボゥ母に教わったとおりオイル一杯で焼いて、
そのままオーブンへ。
茹でたじゃが芋はホウレン草と。
けれど、疲れ果てた私は血の臭いが気になって食せず。
旦那が喜んでぜーんぶお腹へ。
ガストロノミ ~スロヴェニア料理~
ふと、ボゥ母、ボゥ、ナツコ、と会えたのだけど、
その後、ボゥ父に加わってランチを頂くことに。
朝からろくに食べていなくて、もう空腹。
ランチの"ラ"の字でお腹グーグー。
初めて聞いたその名前の料理も説明を聞いたら
脳みそは "ぐだぐだ言わず食べなさい" って命令出してるし。
お邪魔しては・・・と、気になりながらもドラマへ。
稽古後のヤネスは既にゆっくりお食事中。
そこへ、ワイワイ、お子様連れの取り巻き軍団参加で
一気に賑やかに。こんなことしていいのかしら・・・
と、言いながらも、ずうずうしく、頂きました。
クルヴァヴィッツァ。
血のソーセージなんだけど、中には麦やら米やら
穀類が入っている。
ガルニはマッシュポテトとマッシュビーンズ、
そして、ポイントの(キスロゼリエ)ザワークラウト。
この酸味が全体を引き締めて味わい添えている。
皮はパリッとしていて、噛み応えあり。
クセがあるかと思いきや、結構あっさり。
お子達もムシャムシャ。
私は、二口分ちゃんとキスロゼリエを最後に残した。
朝登園の際、息子は別れ際に、
「今日はクレシュムニッタ(クレムシュニッタ)・・・」
と、一言。
それが、
「クレムシュニッタを作ろう」、なのか、
「クレムシュニッタを食べたい」、なのか、
「クレムシュニッタには飽き飽きだ・・・絶対作らないで」、
なのか、分らないまま、
帰宅して、深く考えずにレシピに半分従って作った。
皮が膨らんだ。
それに粉糖がなくて、ちょっとお洒落じゃないけど。
子供達に、
「買って来たのと、作ったのと、どっちがいいかな・・・」
と、なんとなしに聞いてみたら、
「作った方がいいね」と、お手本の様なアンスァーが。
実は、このレシピ、2週間も前にもらっていたのだけど、
** 材料 **
1、牛乳 1リットル
ってところで、このレシピはもらわなかった事にしていたの。
しかも、生クリーム3パックだし・・・。
読んだだけで胃がもたれるってのね。
でも、実際作ってみたら、バニリン砂糖も調節して、
素材の味がそれぞれ際立つ、
"クレムシュニッタ素朴バージョン"が出来て、
よかよかであった。
レシピの半量で作ったのだけど、
まだ組み立ててない、パイ生地、生クリーム、カスタードクリーム、
が冷蔵庫に眠っている。
出番は明日朝か。
日本へ帰ったら是非作って進ぜよう。(誰にだ?)
血のソーセージのクルヴァヴィッツァは流石に無理だけど、
このケーキは日本でも作れまっせ。
バニリン♪砂糖は持って帰ろ。
これぞ、ガストロノミックスロヴェニア料理。
おー、そう言えば、アナとウォルターが先日スシママへ来てくれた。
私は、突然知らされた二人の来店に、
既に入れてしまっていた予定を無視すること出来ず、
彼らに会いに行けなかった。
4月にはヒシャフランコへ日本人のパティシエが来るそうで、
その頃には必ず彼らを訪ねる、との、約束だけを交わした。
文化交流第一弾
今までも、身近なところでの
草の根文化交流的なことをやってきたけど、
(って、単に人のキッチンで料理作ったりしただけだけど)
今回はちょっとしたビッグプロジェクト。
日本のある子供向け番組の一部をスロヴェニアで放送しよう、
って企画。
去年の秋口から日本の放送局へ何度か打診、
無視されながらも執拗にメールを送ったところ、
今年に入ってやっと返答が来た。
そのメールにあったのは海外向け販売代理店名と電話番号。
早速ググッて、直に質問フォームを送った。
法人以外の質問はお断り、とのことだったから、
VUKの会社情報を借りて資料請求。
偶然にもボゥ母友人がスロヴェニアの放送局向け
子供番組製作に携わっている、ということで、
今日、その方へその番組のDVDが視聴の為に渡った。
彼女から、どんな反応がくるだろう。実に楽しみ。
そして、この "タラッタラッタラッタ♪"
果たしてスロヴェニアの電波に乗る日が来るか。





























