あなたと飲む水は、プレミアムモルツの味がする。 -21ページ目

あなたと飲む水は、プレミアムモルツの味がする。

トランプのダウトをしたら、ターンが回ってくるたびに誰かに「ダウト!」と言われる系女子です。よろしくお願いします。

のび太とアニマル惑星

 

最近ドラえもんの映画を毎日観ているけど

共通するテーマは、

「自然破壊」

「身勝手な人間」

「宇宙」

「子どもの夢」

 

ドラえもんの映画の上映が夏休みなのか、

殆どの映画は夏休みが舞台になっている

(この作品は違うけど)

 

 

このアニマル惑星は、とある日ののび太の夢の中から始まる

 

いつもの、学校でジャイアンやスネ夫にバカにされて

泣きながら叫ぶ「ドラえも〜〜〜ん」からの、

オープニングの「チャララチャララチャララチャララ・・・」

とはまた違う始まり方に、ちょっとドキっとさせられる。

 

 

夢の中のもやもやを歩いていくと、

動物たちが暮らす自然豊かな星に行き着く

 

その星では、太陽と空気と水で全ての食物が生み出され

電気は全て太陽光発電で賄われる

そのためタクシー、車はすべて無料

さらに完璧な下水処理昨日のおかげで汚染された水を海に流すこともない

まさにユートピア

 

その星を羨み、妬む隣の星の住人たち

その星はかつて科学が発展し、大変豊かだった

しかし星の住人たちはそれを奪い合い、争う

その結果、核戦争によって星の自然も文明も枯れ果てて、地下で惨めに暮らしている

まさに人類の成れの果て

 

 

そんな歴史をもう一度繰り返すかのように

その星の住人たちは動物たちの星を襲撃してくる

 

 

 

裏山の木を切り倒してゴルフ場にする計画

突然子どもの部屋を強奪して森林伐採について熱く解説するママ

 

 

そしてラストシーン

 

「すまないがマスクを取ってくれないか」

 

という台詞はあまりに悲しくて

動物たちの生活は取り戻されたけど

なんだかハッピーエンドには思えなかった

 

 

いつか子どもができたら

一緒に観たいなあと思えるとてもいい映画でした。

 

まだまだ観るぞ

 

 

おわり

誰にも邪魔されない1人の世界と、邪魔者ばかりの2人の世界。

 

 

今日職場の人に、愛について語られた。

彼が言うには「かっこ悪いところを許しあえるのが愛」だと。

ついでに、愛は恋愛の成れの果て。恋は愛にたどり着くまでの過程。お見合いこそ愛。だそうだ。

 

最終結論としてはやっぱり、とにかく情けなくて格好悪いところを許せる関係に愛がある、らしい。

なるほどなるほどと相槌を打ちつつ、パソコンに向かう私に彼が「愛とは2人で育むものです」といつになく力を込めて言っていたのがやけに印象に残った。

 

 

私の持論としては「タイプじゃない」のに「なんでこの人のこと好きなんじゃろ?」が、愛だと思う。

 

酔っ払ったら必ずしちゃう話。

 

まず、紙とペンを用意します。

そこに、恋人に求める条件を100個書き連ねます。

 

例えば、

1「背が高い」

2「黒髪」

3「食の好みが合う」

4「清潔感がある」

5「目が二重」

 

書き終わったら、最初に出てきた3個だけに注目します。

 

「背が高い」

「黒髪」

「食の好みが合う」

 

この3個が、100個書くからと油断して導かれ弾き出された本音。

 

だから、それを否定してみる。

 

「背が低い」

「黒髪じゃない」

「食の好みが合わない」

 

それなのに「なんでこの人のこと好きなんじゃろ?」。

そういうのを愛だと考えてしまう。

 

 

何分この話をする時私は酔っ払っているから意中の彼がなんと答えたのかを全く覚えていないのだけが難点で、それ以外は楽しい会話が出来る

 

 

 

 

 

 

 

 

交際も結婚も、それぞれが幸せならそれでいいんじゃない?相手の幸せを、自分の幸せにできるのなら、もう幸せの連鎖反応が起きて一生幸せになればいいんじゃない?

愛も同じかも。。

 

知らぬが仏。知ってるのも仏。

すきなふくきて、生きていく?

ひとはいつから身体に布を纏いはじめたのだろう考察パート2



この感覚は、例えるならばスーツ。
私はいま毎日スーツを着ているのだけど、それではじめて日々の気温の変化を意識しはじめた。

いままでは大人たちの言う、
「肌寒くなってきたね」とか
「今日は蒸し暑いね」とか
そういうのが本当に分からなかった。

なぜかというと私はなんとなく暑そうな日には薄手の服を着て、
なんとなく寒そうな日には厚手の服を着ていたのだ。

あたりまえのように思えるけど、
感覚的に感じた気温や、その日の気分で好きな服を着ているから
暑いのが服のせいなのか、はたまた気温のせいなのかわからないし意識もしない。

冬にはよく母に「また真夏みたいなワンピース着て…」と呆れられた気がするし
夏にはよく母に「また真冬みたいなワンピース着て…」と呆れられた気がする。


毎朝、下着を付けて、キャミソールを着て、ストッキングを履いて
そしてワイシャツを着る。最後にスカートを履いてジャケットを羽織って完成。
おなじことの繰り返し。
(隣の校庭の作者の気持ちを、高校生たちが理解できないのも無理は無い気がする。)

これが単調だということに気づくのに約1年もかかってしまった



就活の会場で「私服で参加して頂いてかまいません」の文字を目にして
それはどうなんだろうかと疑問に思ったことがある。

スーツは没個性的で、企業はもっと就活生の個性に着目するべきだぷんぷん!という意見もなんとなくわかるけど、
リクルートスーツで同じ格好をすることではじめて個々の違いが見えてくるのでは?

ド派手なピンクのワンピースに、奇抜な髪の色。
しましまの靴下に馬鹿みたいな厚底のスニーカー。

かたや地味な紺色のTシャツにジーンズに黒髪。

どちらが個性的か?と言われれば、うーんなんというか多分前者。

だけど個性ってきっとそういうことじゃない。
同じ物を見て、聞いて、それで何を感じ取るかの違いだと思う。

だから、同じようなスーツを着て、同じ場所に集まって、同じことを聞かれる。
それに対してどう答えるのか、何を思うのか、どんな態度をするのか
そこで初めてそれぞれ違うはずの「個性」が見えてくるんじゃないかな。

「やりたいことを、やりたい時に、やりたいだけする!」
が将来の夢であり人生の野望である私に今一番必要なのは、
特別な瞬間でも、めまぐるしく変化する日々でもなくて、

平凡で、ありきたりで、同じような、繰り返しのような日々なのでは?
そんな日々を送っているからこそ、私は私の「個」としての思考に濃密であれるのでは?


大学生の私には、なんとなく、よくわからないけど、サイコーに楽しい日々が無条件に与えられていたし、毎日朝起きた時からぼんやりハッピー!だった(と思う)。

それってすごく幸せなこと。
だけどいまもすごく幸せ。

起きたらぼんやりハッピー!なきもち、忘れずにいたいな〜。


おわり。