今年もあともう少しで終わり。
本当に大変な年だったけれど、
私にとってはすごく達成感のある
年になった。
このブログで、
あることがきっかけで、
毎日お嫁ちゃんのいいところを
書いていこうと決めて、
日々書き始めた。
その後超長い仕事が入ってきて、
徹夜続きでやっていたので、
続かなくなってしまったが、
そうやって書き始めて一週間くらい
経った頃だろうか。
朝、仕事をしていた時、
不意に、これまで感じたことのない
感情というか状態を経験していることに
気がついた。
心の底から、じわーっと湧き上がって
来るような、幸福感だった。
これまでも、いろんなことで、
自分は幸せだなあとしみじみ感じることは
よくあった。
でも、その時経験したのは違っていた。
なんというか、
自分そのものが幸福感というか、
至福の存在というか、
自分が幸福と一体になっている、
そんな不思議な感じだった。
何か素晴らしいことが起こって、
嬉しくて興奮して飛び跳ねたくなるのとは
違って、
とても静かな、でもとても力強くて
揺るぎのない、
確固たる至福や、そうだなあ、
自分が愛そのものというような、
ずっとそのまま幸福と愛のまま
存在しているような感じだった。
そして、そのことにちょっと
驚きはしたけれど、
何故そうなったのかはすぐ分かった。
そう、他人のいいところに注目して
お嫁ちゃんのいいところだけを
見ようとすることは、
つまりは自分の良いところに
注目するということで、
だから世界を見る私のレンズが
批評、否定から、愛や肯定の
レンズに変わったということだ。
こんな感覚は今まで一度も
味わったことがなかった。
垣間見る至福の一瞬とか、
自分が広がって宇宙と一体になるとか、
読んだり聞いたりしたことは沢山あったけど、
自分で体験出来るとは思ってもいなかった。
そして、それは一生懸命修行に励んだから、
というよりは、ただお嫁ちゃんに対する
向き合い方を変えたことで、
なんとも呆気なく起こったのだった。
そうだったんだ、こんなにシンプルで
簡単なことだったのだ。
ああ、もっと早く気付けていたら、
などという無駄な後悔は
しないでおこう。
この発見で、私的には2020年は素晴らしい年に
なった。
相手のいいところに注目する。
いやだなと思うところに関心を集中させる
のではなく、視点をずらして、
いいところを探してそこに焦点を当てる。
いろんなところで何度も読んできたけど、
出来なかったこと。
それができるようになった今年は、
本当に良かった。
来年はもっと上手くなって、
人生が大好転するはずだ。
うふふ。
拙い私の日記を読んで下さり、いいねを
つけて下さる皆様。
いつもどうもありがとうございます。
とても励みになります。
お会いしたことはありませんが、
2021年が皆様にとって良い年になりますよう
遠くよりお祈りしております。
幸せは本当にすぐそこにあります。
全くそう思えない時ほど、
そのことを思い出すようにしたいと
思っております。


お嫁ちゃんと私はかなり性格が違う。

息子と私はかなり似ている。

ということは、息子とお嫁ちゃんはかなり違うということで、

理解し合えなくて大変なところもたくさんあるけれど、

そういう二人が結婚したということ、

そして、そういう人が私の人生に入ってきたということには

ものすごく大きな意味があったのだと、

同居して2年が過ぎた今では

よく分かる気がする。

 

確かに似た者どうしだったなら、

喧嘩や軋轢や誤解もあまりなくて

波風立たず平和に過ごせたかもしれない。

 

けれど、学びの機会が圧倒的に多いのは、

似ていない人、全然理解できない、と思える人と

一緒に生活することだろうと思う。

 

それは、自分がこれまでの人生で

握り締めてきた常識が

大胆な挑戦を受けてがらがらと崩れ、

相手を理解するにはそれを手放さないといけない

ということが前提になるからだ。

手放せないにしても、

今までなんの疑問も持たないで思い込んでいたことに

もう一度光を当てて最低吟味をし始める、

ということだ。

 

そうすると、

ものすごく大きな成長の機会がやってくる。

 

お嫁ちゃんのやることが私の常識とかけ離れていて

全然理解できないときもあるが、

それをそのまま受け止めることは

かなりできるようになった。

 

そして、もう一歩進んで、

 

もし、私自身が、その理解できない考え方や

やり方でやってみたらどうだろう、

と思えるようになった。

 

すると、

新しい考え方が自分をもっと柔軟にし、

そこに思いがけない可能性の芽が

潜んでいることに

気づかされた。

 

特に、自分が嫁だった頃のことと

比べ合わせると、

 

ああ、あのとき、私にはこういう反応しか

できない、と思い込んでいたけれど、

 

もしかして、お嫁ちゃんだったら

こういう反応や対応をして、

 

全く違った展開になっていたかもしれない。

 

そう、パラレルワールドの扉が開くという訳で、

 

とりもなおさず、

 

それは自分の過去をいやすということに

つながるのだと思う。

 

だから、全く理解できない人を、

それでも諦めないで、

なんとか理解しようとしたり、

受け入れて、その人の視点で

物事を見てみようとすることは、

 

本当に人生を変えるための

触媒なのだろうと思う。

 

自分の癖はなかなか自分では気づかなかったり

直せなかったりするけれど、

そうやって鏡となって触媒となって

思いがけない気づきがたくさん

降りてくる。

 

何か嫌なことを言われて、

ただ耐えなければいけない、

我慢しなければいけない、

 

そう思って何も言わずに、

 

でもその代わり、自分の中に

貯め込んで貯め込んで、

 

いつか耐え切れずに爆発してしまう、

 

そんな生き方しか知らなかった、

若い時の自分。

 

でも、もし私が、彼女のように

思ったことをうまく相手に伝える、

我慢しない、

そういうことが出来ていたならば、

 

私の人生のコースはかなり違ったものに

なっていたはずだ。

 

ああ、あの時、

相手を怖がって、

自分だけが我慢すればいい、と思って、

中にため込んで、

 

でもそのために

ものすごい毒性を自分が帯びていたこと、

 

そして、それを知らず知らずのうちに

きっと周りにものすごく放射していただろうこと。

 

お嫁ちゃんのように、

遠慮なくその場で言えていれば。

 

そう、そんなに自分も周りも苦しまずに

済んだだろう。

 

そう、

だから、

イメージの中で、

そうやっている自分を想像して

過去をいやす。

 

そして、これからも、

お嫁ちゃんを見ていて教わった、

この人との新しい交わり方を

うまく使って、

 

我慢を重ねる人生ではなく、

好きなことをして、

いつも幸せな人生を

歩いて行きたいと思っている。

 

感謝。

仕事がまだ終わらないけど、

とても嬉しかったので書く。

先週はアメリカはThanksgivingという祝日で

ターキー料理を家族、親戚が集まって

食べる日。

今年はコロナのせいで誰も呼べないので

家族でこじんまりやるとのことで、

簡単に、と言ってもターキーを焼いて

パンプキンパイを作って

サイドディッシュを作って

おしまい、

いつもはこれでもかっていうくらい

いっぱい作るんだけど、

簡素版だった。

お嫁ちゃんは初めて自分でパイを作って

私がターキー焼いたり他の料理を

作っているときにキッチンで手伝ってくれた。

ターキーはブラインというやり方で

解凍しながら味付けするから

結構ジューシーで、

今年のはちょっと違うのをやってみたら

焼き色がとてもきれいだった。

結局半日以上キッチンにいて

一緒に作っていたけれど、

出来上がった料理をテーブルに

のせて綺麗なセッティングにしたら

写真映りがすごくよくて。

 

お嫁ちゃんは、そうやって撮った

料理の写真を、

お母さんに送って、

しばらくぶりに電話で話していた。

 

自分が参加して作った料理が

すごくうまくできて、

とても誇らしくて、

お母さんに送ったら、

よくできたね、よかった、

みたいなことを言ってもらえたそうだ。

 

お母さんをHappyにできて

良かった。

 

そうやって笑顔で言ってくれた

お嫁ちゃん。

 

普通の親子関係じゃなくて

いろんなわだかまりがある中での

このお母さんの言葉は

本当にうれしかったようだ。

 

子供はいつまでたっても、

親から褒められたいし、

親を喜ばせたい。

 

数年たったら全部自分でやれるかな、

と言ってるお嫁ちゃんに、

 

絶対大丈夫!と言った。

 

だって、あなたは、自分のためだけじゃなくて、

 

お母さんのためにもそれをするんだもんね。

 

自分だけで全部作れる日が来たら、

 

彼女はどんなに誇らしい思いで

 

お母さんに写真を送って電話するだろうか。

 

そう思うと、この子はきっと頑張れるな、

絶対大丈夫、って思えた。

 

そして、もちろん、娘や息子たちにも

教えていくわけで。

 

小さなことかもしれないけれど、

私の人生にとっては

すごく大きなことだなあって

実感した夜だった。

 

お嫁ちゃん、あなたは絶対大丈夫、

絶対一人でできるようになるよ!!

今年前半の閑古鳥が嘘のように

仕事がたくさん入ってきて、

締切に追われる毎日で

有難く嬉しいけど

ブログを書く時間を削らないと

いけない、

でも最近すごく感動したことがあったので

忘れないようにさっと書いておこうと

思った。

 

孫娘がついに今週から幼稚園に行き始めた。

お嫁ちゃんはその準備ですごく忙しくしていた。

最初の日の朝、お嫁ちゃんは一生懸命、

初めて娘が幼稚園に持って行くお弁当を

作っていた。

出来上がったものがあんまり素晴らしかったので、

感動して写真を撮ったけど、

なんせ、これまで料理は苦手で嫌いでほとんど

作って来なかった彼女が、

娘のために

一生懸命全部最初から作っている!

栄養のことをすごく考えて

とっても色とりどり、さまざまなものが

入っている。

やだなあ、こんなにちゃんとできるんじゃない、

と思ったら、

幼稚園に持って行くものの準備の仕上げとか

料理とかで、

なんとほとんど寝なかったそうだ!

すごい、やっぱり娘のことを本当に愛しているんだなあ。。。

私はまた、できないから手伝って、とか言われるかと

思っていたが、

全部自分でやっていた。

そして、3日目の今日は、

なんと、にんじんのマフィンを

一から手作りしている!

お菓子類は食べるのは大好きでも

作ったことは一度もないと思うんだけど、

にんじん以外にもナッツとか

果実とか全粒粉とか、

レシピを見て初めて手作りしている!

すごいなあ!

苦手なもの、嫌いなものでも

娘のためにやる、っていうその姿勢に

本当に心を打たれた。

なあんだ、やればできるんじゃない!!

最初の日は感動したけど、

毎日続くかな、と思っていた。

でも、ちゃんとやっている。

まあ、キッチンはざーっと一杯広げて

後片付けは結局私がやっぱりやらないと

いつまでたってもそのままではあるんだけど、

 

でも、本当にすごい、

自分の苦手なことも、可愛い我が子のために

やってみるっていう、

そういうことって私はできるかな、

できてきたかなあ。。。

 

自分の仕事もほんとに締切に追われて

正直焦っているけれど、

彼女がこうやって頑張っている姿を見たら、

自分も頑張ろう!っていう気になる。

こういう素晴らしい姿を

間近で見せてもらえることができて、

本当にラッキーだなあ!

 

私はお弁当作りの手だしや手伝いはしないって

決めているけれど、

 

いつかもし息切れする日が来るかもしれないから、

その時のためにいろいろ作って

冷凍したり買い置きをこっそり

しておいてあげようと思う。

うっかり寝坊することだってあるし。

彼女はインテリアデザインとかのセンスがいいから、

お弁当もすごくセンスがいい。

見習わなきゃ。

 

本人にも言ったけど、

ほんとにI'm sooooo proud of you!だよ、お嫁ちゃん!

 

孫娘が
保育園に通うことになり、
パパとママで下見に行った日のこと。

私は急ぎの仕事が入っていて
一緒にいけなくて
残念だったが、

とてもいい学校と先生だった、
とパパとママは嬉しそうに
報告してくれた。
孫娘もすぐいろいろ遊び始めて
親達は安心していた。

その日の午後から
うちで集まりがあって、
その準備でパパ達は
忙しくしていた。

仕事してしている私のところへも、
遊ぼうと何度も孫娘が
来ていた。

保育園はどうだった?
と聞いたら、
おもちゃがあって、
先生と遊んで、と
話していたけど、

そのうち、
小さな声で、

怖かった、

とポツリと言った。

そうだったんだ。

そりゃそうだよね、
全然知らないところへ
初めて行ったんだもんね、
と言ったけど、

親達には言ってないようだった。

そうなんだね、
親達はうまく行くように
願ってて、
一生懸命やって、
親達はホッとしたんだよね。

でも、ほんとはやっぱり
怖かったんだよね。
そりゃそうだ。

いつの間にか、
親にも言えない
本当の気持ちを
言う相手になって
いたんだね、
このおばあちゃんは。

いいよ、いいよ、
何でも言いな。
おばあちゃんはいつでも
聞いてあげるよ。
ありがとね。
言ってくれて
どうもありがとう。

コロナの影響で、4月からぱったり仕事が

来なくなってしまったことを

以前に書いたけど、

8月くらいから、ぼちぼち

来はじめて、

9月には少し上向き、

そして今月中旬くらいから、

もう驚くくらい、

今までの閑古鳥が嘘のように

仕事が増えて、

昨日、今日はわんさか、

嬉しい悲鳴を上げている。

 

思うに、

お嫁ちゃんのいいところを日記に書く、

というコミットメントをして、

まあ、忙しくてなかなか毎日できては

いなかったけど、

それでも、

多分そのせいで?

仕事の受注が毎日毎日、

ということになったのだと思う。

 

気づいたこともいっぱいあって、

書きたいけど時間が取れないでいる。

でも、とりあえず、

嬉しいので書いてしまった。

 

やっぱり、人のいいところに注目して、

幸せな気分でいると、

自分や他人の悪いところにばかり

眼が行って

嫌な気分になっていたときとは

別世界の異次元に

移行するんじゃないかな?!

 

お嫁ちゃんの強さが欲しい、と

書いていたけど、

 

それはほんとは自分の中にも

あるものだから、

気が付くってことだろうし。

 

これからも、

いいところを探して感謝を続けよう!!

これはお嫁ちゃんにはかなわないなあと

前から思っていることが

もう一つあります。

 

知らないことに対して、

恐れ知らずに取り組む、

ということです。

 

恐れがたくさんあるお嫁ちゃんは、

ちょっと矛盾するようですが、

やったことないこととか

知らないことに対して、

すごく大胆です。

 

インテリアをいろいろ考えるのが

好きなお嫁ちゃんは、

リビングと子供部屋に

カーテンをつけたいと言って、

お隣さんからミシンを借りてきました。

 

すごいねえ、自分で縫うんだ、と

感心して、

きっと今までお裁縫とか得意だったんだな

と思いました。

でも、驚いたことに、

今まで全くミシンを使ったことがない、

というのです。

 

私だったら、

まず機械音痴だし、

初めて触るものなら、

絶対入門書とかマニュアルを

手に入れて

構造とか機能とかをある程度

理解してから、

おっかなびっくりやってみると

思うのですが、

 

お嫁ちゃんは、

今回が全く初めて、にもかかかわらず、

なんとかなるだろうと

ミシンに向かい、

また驚いたことに、

上糸とか下糸とかボビンとか

本当に全然何も知らないのに

やってみようとして、

私にいろいろ聞きながら、

ざーっとやり始めたんです。

 

ブロックがない分、

スポンジのようにさーっと頭に入って行って、

もちろん地頭の良さもあるけど、

結構試行錯誤しながら、

それでも直線でざーっと

縫いあげてしまいました。

 

信じられない。。。

心の中で大口を開けて

見ていましたが、

この肝っ玉の太さ、

物怖じしないところは

絶対見習わないといけないなと

思いました。

 

不思議なことに、

お嫁ちゃんは、

虐待のフラッシュバックとか、

自分が親のようになったら

どうしようとか、

いろんなことですごく恐れが強いけど、

そのために、

自分の周りの状況を

全部自分が仕切らないと

安心できないという、

いわゆるコントロールフリークで、

だからこそ、

周りにいる人は本当に大変なのですが、

でも、そうやっていろいろな

人や物をコントロールしてきたからこそ、

こうやって

全く知らないものにも

怖いもの知らずで

とにかくやってみる、

なんとかなる、

って信じて疑わないのですね。

 

だから、人間の精神って

本当に面白いなあって思いました。

 

お嫁ちゃんは、

被害者だと自分のことをとらえているけれど。

 

ところがどっこい、

ほんとはそのために

ものすごく強い女性になったんじゃないかなあ、と

思います。

 

被害者、なんていう弱い位置はもう、

とうの昔に飛び越えて、

強い人でいるにもかかわらず、

被害の記憶だけを持ち続けて、

自分の自己認識だけが

そこに留まっているんじゃないかな、

ほんとはものすごく最初から

強い人でもあって、

それがいろんなことで打たれて

もっと強くなった、

それを知らないのは本人だけ、

 

もしかしてそういうことかも

しれません。

その強さがなければ、

恐れを超えて、

結婚し出産しようとは

思わなかっただろうから。。。

 

そのことから、

また我が身を振り返って、

そうか、

もしかしたら、

自分の自己認識、イメージは、

遠い昔の自分に基づいた、

現実を反映していない

かなりゆがんだもので、

他の人がもつ自分のイメージとは

かけ離れているかもしれないな、

ここらで、

自分の自己認識も

もう一度チェックした方が

いいかもしれないな、と

ふと思いました。

 

やっぱり、ほんと、

他人や家族は

自分の鏡だなあ。。。

 

とりあえず、

私もお嫁ちゃんみたいに、

何も考えず、

さっとやってみることが

できるようになりたいです。

小さなことから始めてみようかな。

とりあえず、明日、

何か、これまでやったことのないこと、

躊躇してたことを

ちょっとやってみよう!

 

 

 

 

最近、家族の間で、

またかなりショッキングなことがありました。

詳しくは書けないのですが、

そのことに関連したお嫁ちゃんの行動に

すごく感動したので、

それだけ書きたいと思います。

 

子供のときに虐待された人はみな

そうかもしれませんが、

 

起こっている出来事が

あまりに辛いので、

感情を自分から切り離す、

というテクニックで

身を守ろうという防御反応が

自動的に起きるようです。

 

短期記憶を作りにくい、というのも

その一つ。

辛すぎるので覚えていたくないから

記憶を形成しない、という脳の

働きがあるようです。

 

これは彼女がいろいろ

カウンセリングに行く中で

知ったことだそうです。

 

その中でも、

感情を切り離して

(英語でDisconnectと言っていました)

自分がその場にいなくなる、

ことがよくあるそうです。

 

私自身は、全くその正反対で、

感情にどっぷり浸かって、

飲み込まれてしまう、というたちだったので、

なかなか理解しにくいのですが、

 

お嫁ちゃんの場合は、

辛いことやショックなこと、また

大きな音や何かトリガーになることなどが

あったりすると

自動的にその場で、自分自身が

または自分の感情が切り離されて、

まるで自分がいなくなる、

なんだか幽体離脱でもしているような感じ

になるとのこと。

 

幽体離脱、というのは、彼女の説明を

聞いていて、

理解するために、

もしかしてそういうような感じ?と

聞いたらそうだと言っていただけですが、

とにかく、

普通に受け答えはしているけれど、

自分自身の感情は何も感じられず

ただそこに存在しているだけなので、

自分の感情も、ましてや

他人の感情もまったく分からないそうです。

これはとても由々しき事で、

会話をしている自分や相手の気持ちが

全く分からなければ、

周りにいる人は

すごく大変になってしまいます。

 

でも、そうやって自分を保護してきた、

とのことでした。

それは、虐待を受け続ける中で、

気づいたらそうなっていたらしく、

もしそうでなかったら、

例えば発狂してしまうとか、

逆に親を殺してしまうとか、

そんなことになっていたのかもしれません。

 

自分がそうやって

感情をDisconnectしているのは

でもとても弊害があって、

特に夫や子供との関係では

すごく困るので、

なんとかConnectできるように

カウンセリングに行ったりいろいろしていましたが、

最近の出来事はまたあまりに辛すぎて、

感情を切り離すことが多くなったとのことです。

 

豊かに感情を感じられる私がうらやましい、と

言うお嫁ちゃんですが、

 

最近のとてもショックなことにもかかわらず、

昨日はその関係者と、

彼女は普通に話をしていました。

 

それを見て私はとても驚いてしまいました。

私だったら、絶対感情に飲み込まれて、

もう顔も見たくない、

会いたくない!

で終わってしまうと思うのに、

 

お嫁ちゃんは、

それでも、自分にとっては大切な人だから、

と理性で行動できていました。

 

わー、なんて強いんだろう、私には絶対

真似できない、と思いました。

 

自分の人生を振り返ってみると、

傷つけられた、とか、

気まずくなったとかで、

なんか音信不通になってしまった人が

たくさんいます。

自分の嫌な感情に向き合いたくないために

人間関係を切ってしまったことが何度もあります。

 

でも、もし私がお嫁ちゃんのように

例え切り離してでも感情を主役にしないで

脇役にして、

感情ではなく、理性から行動ができていたら、

自分の人生はもしかしたら180度違っていたんじゃないか、

とはっとしました。

 

私とお嫁ちゃんは、

ほんとに性格が正反対で、

自分では絶対進んで

友達にはしなかっただろうタイプの人です。

 

でもだからこそ、

ものすごく大きな気づきをもたらしてくれます。

 

自分と同質の人と付き合っているだけでは

絶対気づけないことに

気づかせてくれます。

 

他にもいろいろあるけれど、

とりあえず、このことでは

本当に彼女を尊敬してしまいます。

 

私も、できたら、

少しでもいいから、

彼女みたいに、

自分の感情は、まあ脇において、

人や物にきちんと対応できるように

なれればいいなあと思いました。

 

気づきをくれて

ありがとう、お嫁ちゃん。

 

私は、恥ずかしながら、

こんな年になっても、

まだまだ学ぶことがたくさんある

ひよっこです。。。

でも、その例をまじかに見れることができて

本当によかった。

私もあんな風にいつか強くなりたいです。

というか、

お嫁ちゃんの本当の強さは、

強くなりたい、強くなろう、と思って

していることではない、

ということです。

 

まあ、例えそれが辛い中での

自己防衛反応であろうとも、

やっぱりそうやってサバイブしてきた、

その強さはきっとものすごいのだろうと

思います。

 

毎日一緒に暮らしているからこそ、

気が付けた学びだなあと

有難く思いました。

 

 

この頃結構寒くなってきて、

外へ出るときにはジャケットが欠かせなくなった。

でも2歳半の孫娘は、ジャケットとか上着とかを

着るのが大嫌いで、

いつも泣いたり喚いたり大騒ぎしている。

 

でも、今日はベビーシッターが来る日で、

一緒のお散歩に行くのに、

ちゃんと一人で上着を着たところを

お嫁ちゃんが見て、

ものすごく誉めたら、

 

その時の孫娘のなんとも

嬉しそうな顔!

心から嬉しいんだなあと

胸を打たれた。

ママ、大好き、と飛びついて

離れなかった。

 

お嫁ちゃんは孫に対しては

とても誉め上手だけど、

それはお嫁ちゃん自身が

子供の頃親から欲しくて

仕方がなかったこと。

だから、それを自分の娘にしている、

そしてその娘が本当にハッピーにしている、

その様子を見て、

胸が詰まった。

 

この孫が大きくなって自分に子供ができたら、

きっと自然に自分がしてもらったのと

同じように

その子供たちを誉めていくんだろうな、と

思える。

 

毒親の連鎖を断ち切ったお嫁ちゃんは、

本当にえらい!!と思う。

なんだか、

ちょっと涙が出てくるよ。

 

 

 

 

昨夜はまた息子夫婦の喧嘩で遅くまで

もう本当にぐちゃぐちゃで

ブログ書けなかったんですが、

お嫁ちゃんとまたその後、深い話ができたので

良かったとしましょう。

昨夜話してくれてどうも有難う、

ちょっと楽になった、と

今日言ってくれました。

 

少しずつ、

また少し、

 

そうやって、

みんな

少しずつ

 

前に進んで行くんだね。

 

でも、一人じゃないから、

素晴らしいことだね!

 

少しずつ、

みんな

ほんとに

ちょっとづつ

 

少しずつ、

 

でも確実に

 

みんな前に進んでいるね))