豊竹咲寿太夫
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令和5年11月公演パンフレットより
300両の公金っていくらくらい?
文楽や歌舞伎の芝居につきものなのが、遊女の身請け。
◯◯両で身請け、という様子がよく出てきますが、実際どのくらいの金額なのか肌身感覚にぴんときませんよね。
「近松門左衛門集」の中の鳥越文蔵さんによる当時の金銭についての研究を引用しながら、300両ってどのくらい!?ということを明らかにしていこうと思います。
近松門左衛門の「冥途の飛脚」では主人公の忠兵衛が恋する遊女の梅川を身請けするために300両の公金に手をつけてしまいます。
多く、米の価格を計算基準にします。
現代の米はKg単位で販売されていますが、当時は容量の単位で販売していたので、近松門左衛門集では当時と同じく容量で販売している酒一升を基準として換算しています。
近松門左衛門集が発売されたのは1997年。書籍内で、最も一般的な種類の酒で一升2000円として換算しています。
現在の日本酒の一般的な値段として、独立行政法人酒類総合研究所の清酒の価格調査を参考とし、純米酒の最も多い価格帯の2150円を現代の基準として、近松門左衛門集からさらに令和の現代の感覚に近づけてみようと思います。
*大吟醸だと5000円程度になりますが、今回は一般的な基準として純米酒で計算します。
また、ひとくくりに江戸時代といっても年代が広く、金銭価値も上下するため、近松門左衛門集の元禄8年の金1両=銀60匁=銭4貫文を基準として計算しているものに準拠します。
*近松門左衛門が生きていた時代の金銭の相場
さて、冥途の飛脚では300両の公金に手をつけた忠兵衛。
現代でも横領は非常に重い罪ですが、この300両とはどのくらいの横領だったのでしょう。
梅川の身請けの金は160両、さらに忠兵衛は堰を切ったようにばら撒いていきます。
これまでの借金、計算が煩わしいと大雑把に上乗せして渡していき、しまいには御祝儀などと言って1両ずつ配っていきます。
近松門左衛門集によると、あくまで大まかにではありますが、近松門左衛門時代の換算は1両あたり10万円ほどだということです。
つまり、忠兵衛は身請けの金を払って、さらに10万円ずつ大勢にばら撒いていることになります。
さて、身請けの160両、書籍発売当時の金額換算で1570万円。
これが、現在だと約1687万円
300両は現在、約3166万円です。
3166万円!!!!
これは確かに、忠兵衛はやらかしましたね。
大犯罪ですね!!!
梅川の身請けは現在、約1687万円。
遊女を身請けするのに、これほどのお金がいるのならば、確かに多くの芝居に組み込まれるのも納得です。
とはいえ、遊女もランクによってその身請けの金額は変わるものです。
曽根崎心中でのお初は身請けの金額は芝居には出てきませんが、九平次に貸している2貫目を取り戻せず、お初を身請けできない状況に陥ってしまうことを考えると、この2貫目がお初の身請けにはかなり大きな金額ということになります。
この2貫目、現代に換算すると、約344万円。
梅川とはかなりの差を感じます。
心中天網島の遊女小春は手付けの半分で新銀750匁、これが現在約129万円、つまり身請けするためには約258万円。
しかし、梅川が上限かというとそういうわけではありません。
さらに格の高い遊女は芝居にも登場していて、
双蝶々曲輪日記の長五郎が人殺しをする原因となった遊女の吾妻は、身請けに600両が必要とあります。
この段階で梅川の3.75倍ですが、上演した時代に少しずれがあるので、もう少し近づけて考えるために双蝶々曲輪日記の元となった「山崎与次兵衛寿の門松」の吾妻を見てみましょう。
ここで、吾妻を身請けするのに必要だったのは1000両でした。
これが、現代ではなんと
約3929万円!
これは最高でしょう、と思いきや、まだ上があります。
夕霧阿波鳴門に登場する太夫の夕霧。
この太夫は、我々の太夫ではなく、遊女の格付の太夫です。
太夫、傾城、花魁。
このワードが出てきたら、最高級の人が出てきた!と思ってください。
この夕霧、請け出すのに2000両が必要でした。
近松門左衛門集によると、上演時の正徳2年に合わせ、資料が残っている前年秋の酒相場で計算したところ・・・
1億8348万円。
これが、さらに現在の価値に換算すると、
1億9724万円。
1億9724万円。
1億9724万円!?
個人ひとりを請け出すのに、約2億円!!!
小春 約258万円
お初 約344万円
梅川 約1687万円
吾妻 約3929万円
夕霧 約1億9724万円
お金をためてどうにかなる、というものではないということがよーく分かりました。
世話物の男たちがお金をきちんと払えず心中したりしてしまうのも、これで皆さん理解できるのではないでしょうか。
けど、お金は騙したりしたらダメですよ。
とよたけ・さきじゅだゆう:人形浄瑠璃文楽
太夫
国立文楽劇場・国立劇場での隔月2週間から3週間の文楽
公演に主に出演。
その他、公演・イラスト(書籍掲載)・筆文字(書籍タイトルなど)・雑誌ゲスト・エッセイ連載など
オリジナルLINEスタンプ販売中
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