身体に注目するのが、私の仕事である。
合気道を教えたり、体操教室で身体の整え方、鍛え方を伝えたり、脳幹活性のBSセラピーを施術したり、セミナーで身体の凄さを伝えたりしている。
なぜ、こんなにも身体と関係の深い人生になったのだろうか?
子どもの時から、運動神経はよくて、小学校に入る前から連続逆上がりが何回も出来て、誉められてそれが自慢で、よくやっていたもんだ。
父が教師だと分かると、いつも体育の先生ですか?といわれた。父は、数学の教師である・・・。何も父から身体のことで習ったことはない、プロレスの相手をしてもらったぐらいかなぁ。
人生40年を前に、考える。
孔子曰く、40歳になると迷わなくなるならしい。
不惑の年である。
私はこの身体に関係のある人生を自分で選んで作り上げたのか?
それとも、ある程度決められたストーリの上を歩んできたのか?
身体とは、最初に認識する自分ではなかろうか?
自分とは、この身体だと思っている。
でも、どんどん研究していくと、そうではないことが分かってくる。
観察している自分と、
観察されている存在(自分と思ってたけど、自分ではないと気付く存在)
観察している自分が、私なのではないだろうかと思う。
その私に対しての、身体は道具なのである。
かけがえのない道具なのである。
丁寧に使おう。
理解と敬意を持って使おう。
機能を最大限使おう。
きっと、仕事を通じて伝えたいのはこんなことなんだろうなぁ・・・。