私は歌も朗読も、当然ながら「下手になりたい」と思ったことはないし「下手より上手い方がいい」と思っている。しかし前回の記事で、私が標榜しているのは「上手いかどうか」ではなく「オリジナリティが高いかどうか」であり、自分にあるのは「上達意欲よりもオリジナリティ向上意欲」だと書いた

 

では、「上手/下手」とは別の価値基準だと私が主張する「オリジナリティ(の有無や高低)」とは何か?辞書にはこうある↓

 

オリジナリティ[originality]⇒[original]+[ity]

 ⇒オリジナル[original]であるさま(名詞)

オリジナル[original]⇒[origin]+[al]

 ⇒オリジン[origin]な~(形容詞)

オリジン[origin]⇒起源、源泉、原因、原点、素性…(名詞)

 

【右:トヨタ・オリジン(2000年発売)】

【左:初代トヨペット・クラウン(1955年発売)】

 

トヨタ自動車は2000年に生産累計1億台達成記念車として千台限定で「オリジン」という車を発売した。1955年に同社が発売した初代トヨペット・クラウンのデザインを復刻させたもので、当時「観音開き」と呼ばれた後部ドアの前開きも再現され、まさにトヨタの原点を示す象徴。元カーキチ少年の私には凄く懐かしい。

 

一般的に物事の意味を明らかにしたい場合は「その“反対”は何か」「それとそれ以外との“違い”は何か」の回答を試みるのが手っ取り早い。例えば「愛情とは何か」を明らかにしたければ「愛情の“反対”は何か」「愛情とそれ以外の“違い”は何か」の回答によって(その人の「愛情」に対する考えが)明らかになる。

 

私が考えるオリジナリティの”反対”は「コピー(複写)、模倣」であり、オリジナリティとそれ以外の”違い”は「源泉かどうか」である。つまり、上記の事から、オリジナリティとは、「(人マネではなく)その人が本来持っている要素(源泉)に起因していること」、言い換えれば「(他の誰でもない)その人ならではのもの」だ。

 

ではオリジナリティを高めるためには出来るだけ人マネや模倣をしない方が良いのかといえば決してそうではないだろう。「偉大な創造は模倣から生まれる」と言われるし、徹底的に模倣を試みることでどうしてもマネできない本家のオリジナリティを発見でき、同時に似ない部分に自分のオリジナリティを発見することも出来る。

 

そして、そもそも数多ある本家本元の中から自分がマネしたいと「その対象」を選んだこと自体が「その人ならでは」の価値観の一部であり、その人のオリジナリティの一部でもあると思う。坂本九はロカビリーが大好きでプレスリーのマネをした結果、あの「九ちゃん節」というオリジナルに辿り着いたのかも知れない。

 

勿論、あの時代にロカビリーが大好きでプレスリーのマネをしていた若者は山ほど居たが皆が坂本九のように世界に通用するオリジナリティを得た訳ではない。彼は特別な才能にも運にも環境にも恵まれたのだろう。ただ私が坂本九の事例で言いたいのは模倣やマネから出発してもオリジナリティは養えるという事である。

 

そして、オリジナリティを高めるための心構えや努力の方向性とは、自分が模倣をしたい憧れの対象を真剣に選択して本気でマネをし、そこで終わらないことだろう。「真剣に」というのは「皆がビートルズと言うので自分も」みたいに流されてではなく「自分が本心から憧れる対象」を選択する事だ。

 

もし憧れの対象が「プレスリーとバディ・ホリー」だったら、その2人(プラス自分)の組合せがオリジナリティの方向性になるし、誰か一人だったとしても「その人と(マネをする)自分」という組合せでオリジナリティの方向性が定まる。あとはマネで終わらずに極めることで(憧れの対象が抜けて)最終的に「自分」が残るはず。

 

これは料理で言えば「煮詰めてダシをとる」ような工程だろう。じっくり煮詰めて丁寧に灰汁(アク)を排除することで雑味が抜け、昆布でもカツオでも椎茸でも、エキスが凝縮したダシが出来上がる。問題はどれが灰汁(アク)で、どれがエキスかという判定だ。料理なら灰汁(アク)は表面に泡状に出てくるので分かり易いが...。

 

灰汁(アク)に相当するのは「単なる癖」や「未熟ゆえの傾向」。演奏で一定のテンポを刻もうとしても走ってしまう(速くなる)人やモタる(遅くなる)人は「単なる癖」だし、私のウクレレのように易しいコード展開では早くなり難しいコード展開では遅くなるのは「未熟ゆえの傾向」、どちらもオリジナリティとは違う

 

一定のテンポで刻むスキルをキチンと会得した上で、それでも「自分の心の奥底からこみあげてくる何かによって敢えて走りたくて(モタりたくて)走る(モタる)」なら、それはオリジナリティの一部かも知れない。以前に「マッキーにあって私に無いもの」で記したがジャズの“自由さ”はその判断を難しくしてるかも知れない。

 

Saigottimo