音楽流通に革命を

相模の風レコード 代表 いしはらとしひろが綴る、『メジャー崩壊後』の音楽流通ビジネスやレコーディングのあれこれ


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3日ぶりでございます。
土曜日はリハ、日曜は自分のライブ、昨日は休養しつつ練習という感じで、音楽漬けでございました。

さて、なぜ、CDが売れないのか、ということで色々な原因を探ってみました。
その中で、僕が個人的に「こいつが重要犯人なのでは?」とにらんだのは、「音楽自体が、パフォーマンス自体がつまらないからなんじゃないの?」ということでした。
冒険が少ないという意味での、音楽自体の保守化、録音やアレンジ・スタイルなども含めての保守化、そして、過編集ということ。
じゃあ、それらをクリアしたものを創れば良いのでは?
僕の仮定が正しいとすれば、そういうことになります。
まぁ、仮定が正しいかどうかと言うこともありますが、理屈としてはそうなのではないでしょうか。

僕が欲しいもの、という意味で「こんなアルバムだったら、よろこんで買うよ」というものは。

新しい音楽スタイルを打ち出していて、楽曲の完成度も演奏の完成度も高くて、でも、編集されすぎてなくて、録音などにもポリシーが感じられて。
もちろん歌心が感じられて、その人にしかない揺らぎ感やグルーヴがあって。
アルバムとして聴いても、トータル感やアルバムを貫く大きな物語もあって。まとめて10数曲を聴く意味があるあるバム。

あー、すげーハードル高い。
ここまでいったら、それは間違いなく名作ですよね。
そうか。
名作を創れば良いんだ。

という身もふたもない結論。

言うまでもないけれど、創っている過程で、その作品が名作と評されるものになるかなんて分からないし、それを決めるのは自分ではないし。それが名作かどうか決めるのは聴いた人ですからね。

でも、創る方の気概は必要ですよね。
このアルバムのどこに新しさや、訴えるべきことがあるのか、自分ならでは、オレにしか創れないものなのか?創る前に、創りながら、自問自答することは必要ではないでしょうか?
そして創る過程でとことん突き詰める。

僕は音楽の流通や配信を引き受ける、というのを仕事にしています。
仕事として、たくさんの音楽も聴きますが、これからCDを創る人に伝えたいのは、「自分にしか出来ない新しいものを突き詰める」
まず、そこからなのではないでしょうか。

今現在、CDの売り上げもライブの動員も全体に低迷しているように見える、音楽の世界。
でも、今、そこにいると言うことは、今は見えていない風穴を開ければ、そこから世界が開けるということでもあります。
打ち破りましょうよ!我々で。

最後まで読んで下さって、ありがとうございました。
相模の風レコード いしはらとしひろでした。

あなたの音楽・CDの 流通や配信を引き受けます。
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さてさて。前々回の記事で音楽がつまらなくなったのは、消毒のされすぎ、ということを書きました。
『消毒』って何?音楽なのに?

これは一言で言って、編集作業の行き過ぎです。コンピュータ編集の行き過ぎ、弊害、といっていいでしょう。
音楽をやっている人、レコーディングを経験した人ならばご存知でしょうが、今のレコーディングはほぼ100%デジタル録音で、録音された演奏をコンピュータで編集・修正してからCD化されます。
それ自体が悪いわけではありません。アナログレコーディングしかない頃から、色々なやり方で編集作業は行われてきました。それをデジタルに置き換えて、なおかつ徹底的にやっている、というのが今のレコーディング編集作業です。

1950年代までは、少数の例外を除いて、レコーディングというのは『一発録り』でした。
「せえ~の」でみんなそろって演奏するわけです。
このやり方だと、演奏の勢いや一体感は記録できますが、演奏者の誰か一人が間違ったり、あるいは全体のリズム感がよくなかったりすると、すぐに没です。また、マイクと演奏者との位置のかんけいで、せっかくよい演奏だったのに、録音バランスが目茶苦茶、なんてこともあります。ヴォーカル+ピアノトリオの演奏なのに、ドラムが大きすぎてヴォーカルはよく聞こえず、ベースはすべての音に埋もれて聞こえない、なんて言う状態だったらせっかくの中身の濃い演奏でも、録音物=商品としては台無しです。

でももちろん、一発録りで今の耳で聴いても素晴らしい録音はたくさんあるわけで。

1960年代初頭から3トラックレコーディング、そして年を追うごとに使用できるトラック数は増え、1970年代初頭には16トラック 70年代後半以降は32トラックなんて具合です。
32トラックもあればドラムなんかも、スネア、タム、シンバルにハイハット、なんて具合にすべて別のトラックに収める、なんてことも出来るようになってきました。
また、みんなでせえ~の、ではなく、一人一人、1パートずつ、録音できるようになったので、演奏の精度はものすごく上がりました。しかし、正確であろうとすると、どうしても勢いというものは失われます。みんなでせえ~のでやる一体感、みたいなものも失われます。いわば、そこのせめぎあいですよね。
また、コンプレッサー始め様々なエフェクターも発達したので、音色や音響効果という面でも、ものすごく進化しました。精度の高い者が録れるようになったわけです。

たとえば1955年の録音 1975年の録音 1995年の録音 2012年の録音と並べて聴いてみると、その音質、音の触感だけでも、相当の違いを感じ取れるはずです。

そして現在のコンピュータ編集。
これ、すごいですよ。50年代の録音エンジニアをタイムマシンに乗せて現在に連れてきて、その作業を見せたらひっくり返ると思います。
コンピュータの中でほぼ全部の作業が出来てしまうし、特定の音を切った貼ったずらした、なんでもOKです。

誤解のないように言っておきますが、コンピュータが悪いわけではないし、編集作業がダメと言っているわけでもありません。僕だって、レコーディングの時はそういう作業をしますし。

でも、今はちゃんと歌えていないシンガーの歌でも、音程を正し、外れているリズムをきちんとしたところにはめ、なんてのも当たり前です。
他の楽器においても同様。ちゃんと演奏できていなくても『ずらして正しいところに持ってくる』ことができるわけです。

これ、実際にやってみると分かりますが、魔物なんです。そして一度直し始めると、すべての間違いやずれを直したくなるような衝動に駆られます。普通のリスナーには分からないようなどうでも良いような隅の隅まで何百箇所も。
これをとことんやると、正確無比だけれど、ゆらぎもうねりも気持ちも感じない音源に仕上がります。

かといって、「すごくいいヴォーカルが録れたんだけれど、二箇所ほど、リズムがずれた。これ以上の歌は録れそうにない。」そんな時もままあります。そういう時にちょろっと直すのはいいと思いますよ。それ以外の箇所はよく歌えているわけですから。

録音の修正、やってみると分かりますが、ちょっと直しただけで、元の演奏の持っている輝きが何%か失われます。もちろん修正したのですから、修正後の方が『きちんとした演奏』なのです。にもかかわらず、修正と共に、たとえへたくそな演奏であったとしても、それが元々持っていた輝き、の何%かは失われる。これは大事なところだと思います。
録音に関わる人には、この部分に関する感性を持っていて欲しいと思います。

ちょっと話しはずれますが、今ライブイベントなどで出演者を募集するとき、ライブ音源やライブ映像での審査がほとんどです。CD音源は除外されることが多い。なぜか?CDで聴いてちゃんと歌えているように聞こえたのに、演奏も素晴らしく聞こえたのに、ライブで実際に聴くとあまりに落差がありひどすぎる、というようなことが、インディーズミュージシャンでもフルデジタル録音・編集でのレコーディングが当たり前になった2000年以降、続発したのです。
ライブ演奏と編集された音源に、あまりの落差がある場合はやはり、アレ?となってしまいますよね。

録音物としてのCDを考えたとき、編集作業は大きな意味を持っています。
間違い直し、なんてことに使うのではなくて、もっと創造的な肯定的な使い方の編集であれば、その作品はより輝くはず。
もちろん世に名作と言われている作品達は、すべてとは言わないにしても、『ダメ直しの編集』より、その作品の創造性をより上げていく為の肯定的な編集、が施されています。

おそらくそのアルバムしか、そのミュージシャンしか持っていない『世界感』『空気感』のようなものが、よりいっそう求められると思います。自分独自の質感、というか。音響派、なんて言われている人は、そこに敏感、かつ突き詰めている人達だと思います。

『音の生きている感じ』これを大事にしたいし、いま、そういうものが世に流通している音楽から、少し失われている気がします。

ということはさ。
ミュージシャンも録音エンジニアも、自分の質感の音、世界観を表す音、にもっとこだわれば良いんだな。そして他と違っていようが、自信を持ってそれを差し出せば良いのだな。
そういうところからも『より面白く』なっていく気がします。

最後まで読んで頂き ありがとうございました。
相模の風レコード いしはらとしひろでした。

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このところちょっと堅い話が続いたので、今日は軽く行こうかな。

CDが売れなくなったのには色々な原因があるみたいだけど、一番の原因は音楽自体のクオリティが低くなったからじゃないの? という話をこの数回書いたのですが、じゃあ、僕の好きなCDアルバムはなんなのか。まぁ、単なる音楽好きの話しだと思って読んで下さいね。

単に良い曲が入っているアルバム、というのももちろんいいのですが、『アルバムならでは』という構成力やコンセプトが感じられるものが、好きです。別にプログレが好き、とかそう言うことではないですよ。アルバムを貫く一貫性、みたいなことかなぁ。

好きなアルバム、た~くさんありますが、今日はこれ。
マイルズ・デイヴィスの『パンゲア』。
ジャズに詳しいわけではないけれど、マイルズ・デイヴィスは大好きです。
これは1975年の日本公演のライブ盤。なんと、CD2枚組で収録曲は2曲。つまり1枚1曲なのです。
1曲が40数分。実際には何曲かがメドレー形式でつながっているのですが、元の曲も結構ぐしゃぐしゃに煮溶かされているし。一枚1曲として聴いた方がしっくり来ます。

音的にはヘヴィかつ長いし、時間と気持ちの余裕がないととても聴けない代物なのですが、これはすごい。天国と地獄を音で行ったり来たり。どこにもないけれどどこかで見たような、でもやっぱりそれはデジャブのようなものであって、あー、いったいここはどこなんだ?というような場所へ連れて行ってくれます。
この頃のマイルズはいわゆるエレクトリック・マイルズといわれている頃の末期で(このアルバムの発表直後から5年間の長きにわたる休養・半引退生活に入ってしまう)、バンドの集中力はもう抜群。しかも、おそらくはオクスリの力も借りているであろう、全員ハイテンションのぶっ飛び状態。楽しい、とか癒やされる、とか、よくある形容詞が全く当てはまらないような音楽です。
が、目茶苦茶かっこいい音楽だと思います。


1曲目、『ジンバブエ』冒頭の抜粋  こんなです。
もう最初から阿鼻叫喚。ふふふ。

このアルバムなら、CDアルバムとして買うしかないよな。
45分一曲なんて、そもそも配信してくれないだろうし。
また、アルバム、というにふさわしい意味のある構成だし。まぁ、マイルズはそんなこと考えず、吹き倒しただけなんだろうけれど。
でも、切れ目ナシ45分、無調がベースになっている音楽で、勢い任せ、なんてそれだけで意義深いし、メンバーに対する信頼、メンバー相互の音楽会話力がないと、成り立たない音楽だし。

こういう音楽を誰もが作れるわけではないし、いわゆるポップチャートを昇るような音楽ではないけれど、この時のマイルズは『孤高』と言ってもいいポジションにいて、オリジナリティ、という点では飛び抜けていました。
音楽的にも「無調」のようなワンコードのような、すごい世界に行っています。
それでいて一人よがりではなく、恐ろしくエネルギッシュ。

これは、やっぱりアルバムをきちんと買って聴く音楽でしょう。
そういう音楽、自分も創りたいし、みんなにも創って発表して欲しいな。


最後まで読んで下さって ありがとうございました。
相模の風レコード いしはらとしひろ でした。


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追伸
軽い話しでいく、って冒頭に書いたのに、こんなぐしゃぐしゃかつダークなジャズファンクのアルバムを紹介してしまった。すまぬ(笑)。



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前々回からひっぱている、「CDや音源が売れないのは 音楽自体がつまらなくなってきているから?」という話し。

僕の個人的感覚で言ってしまうと、「つまらなくなっている」と思います。
世に出ているすべての音楽を聴いているわけではないから、僕が知らないところで面白い音楽をやっている人、というのもたくさんいると思う。
でも、少なくとも「CD」とか「録音された音源」という点から見ると、面白くないです。

僕が感じるのは チャレンジの少なさ。そして消毒のされすぎ。です。
なんだ、消毒って?これはあとで書きますね。

たとえばボサノバ、レゲエ、ヘヴィメタル いわゆるジャンル化した音楽というのは、そのサウンドに特徴があります。
たとえばレゲエの「ンチャ、ンチャ」という裏打ちのリズム。アレが全く使われていなかったら、その曲はレゲエではありませんよね。
ボサノヴァ、というのは言葉通りに訳すると『新しい波』ということですから、英語で言えばニューウェーブ。特定ジャンルをさす言葉ではないようにも思えますが、でも、ブラジルのあのタッチを思い浮かべるわけですよね。ウィスパーヴォイス。ガットギター。ボサ特有のリズム。

ボサノヴァが出来たのは1950年代後半。レゲエが出来たのは1970年代前半。
それ以前にはそういうスタイルの音楽は、この世の中になかったのです。
携帯電話が1950年代に存在しなかったように。

なかったものを「ある」ものにする、というのはある種の発明と同等だと思います。
何かを飛び越えないと『そこ』には行き着けない。
まぁ、音楽の新しいスタイルなどは頭で考えて、『こういうリズムはないから、こんなのはどうだ』なんて、考えてやるケースは多くないはず。仲間内でジャムっているうちに、「あれ、なんか今の変だったけど、面白くねえか?」なんてところから始まったと思います。

でも、いくらそういう『新しい面白いスタイル』を開拓しても、それが広まらなかったら、有り体に言えば『売れなかったら』それはスタイルになり得ません。流行にもなりません。
ボブ・マーリーがレゲエスタイルで演奏する『ゲットアップ・スタンドアップ』が10枚しか売れず、彼のコンサートにも全然人が集まらず、という状況だったら、レゲエはレゲエとして確立されないまま、今に至るわけです。
ボブ・マーリーかっこいい、あのリズムもクールだ、オレもちょっとまねしてみよっか。
そういう人が続出したから、ボブ・マーリーはスターになり、レゲエは音楽のスタイルとして確立されたわけです。(細かいことを言うと、ボブ・マーリーが一人でレゲエを確立したわけではないけれど、まぁ、話しの通りをよくするためと、レゲエのアイコンとして、ね。)

新しいスタイルの音楽。
多分そういうものがこの数年出てきていない。多くの人を巻き込むような音楽の変化も出てきていない。細かい部分での変化はおそらくたくさんあるだろうけれど、根っこが揺らぐようなものはない。

なぜなんだろう?
その原因がどこにあるか、僕にはよく分からないけれど、少なくとも事実としてはあると思います。滞留しているように感じるのです、音楽全体が。少なくとも日本のポップミュージックが。

滞留、の原因として考えられるのは、音楽家、あるいはそれを取り巻く環境の保守化です。
業界自体のパイがどんどん小さくなっている上に、冒険を恐れている。
これって、音楽に限らず、ダメになっていく業界、時代に取り残されていく会社などによくあることですよね。

ってことは。

音楽的にも、音楽ビジネス的にも冒険に挑むところにチャンスがあるのではないかなぁ?
もちろん、「冒険」だから、成功の保証があるわけではない。むしろ失敗する可能性の方が高いと思う。でも、音楽に限らず、冒険や実験をしなくなったらだめでしょ?

今日の小さな結論
自分の音楽のためにも 音楽全体を活性化させるためにも 
色々な意味でどんどん冒険をしよう!


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
相模の風レコード いしはらとしひろ

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昨日の記事では ”プチ爆弾発言”CDが、音源が売れないのは、音楽自体や音楽家のパフォーマンスがつまらないからじゃないの?と、書きました。

音楽がつまらないかどうかは、またあとで書きます。

それ以外の要素を探ってみましょう。
ぱっと思いつく限りで。
・ちょっとした娯楽の選択肢が広がった。電車の中で携帯ゲーム、もう当たり前の光景になりましたね。CDに使うんだったら~~に使う、というものが増えた。CDよりも安い単価で。
・ずっと続いている不景気。お金が廻らないだけではなく、みんなの気持ちが縮こまっている。

もうちょっと音楽よりな理由としては
・CDショップに行っても、お目当てのCDがないことがある。取り寄せは結構時間がかかる。CDショップ自体、以前よりだいぶ減ってしまったので、買いに行くことも住んでいる場所によっては大変。
・CDでアルバムを買っても、アルバムで聞く意味が薄い。お目当てのヒット曲以外はずれの曲が多い。ベスト盤で充分。あるいはiTunes等で、お目当ての曲だけダウンロードでいい。
・いわゆるヒット曲が減った。好き嫌い関係なく、町へ出ればヒット曲ががんがんかかっていて、否応なく覚えてしまう、なんてことが減った。→好みの多様化?
・音楽のアーカイブ化・奥の細道現象。昔からずっとLPやCDをよく買っている人(30代後半以上の人達になると思う)をターゲットに、過去の名盤の大量ボーナストラックや色々なおまけ付きリマスタリング、なんてのはその典型ですよね。

たとえば、iTunesのページをのぞいてみると、そこでは新譜も過去の名作も並列に置かれています。
Amazonなんかでもそうですよね。そういう状態で見ると、先月でたばかりの新作も、30年前の名作も、自分が聴いたことがなければどちらも新譜、という解釈も出来ます。僕がそういうタイプだからそう思うのかな?
過去にも素晴らしいものがたくさんあって、たとえば名盤ガイドのたぐいで太鼓判を押されていたら、そのジャンルの初心者の人だったら買ってしまうかもしれません。今リアルタイムで流行っているCDではなく。

昔だって、そういう買い方をしている人はいました。僕も少なからず、そうだったし。
でも、今はそれが少し極端になっているような気もします。奥の細道に入っているような気がするのです。もちろんそれは悪いわけではない。

ただ、ヒット曲が生まれにくい構造に輪をかけているような気はします。

昔、音楽評論家の渋谷陽一氏が、「その時代の大スターは、時代の穴ぼこを埋めている。」というようなことを書いていました。ビートルズが世界を席巻したのは、ビートルズを受け入れるだけの巨大な穴ぼこが世界に空いていて、でも、彼らが現れるまではそれに誰も気づかず、ビートルズがそのでっかい空白を埋めた、というようなことですよね。

今、その見えていない空白は大きくなっているのではないだろうか?

でも昔とは情報の量も違うし、音楽に対する知識や好みも細分化されている。
空白はでかくなっているけれど、一人でそれを埋めるような人も出にくくなってきているのではないだろうか?

ああ、ちょっと長くなりそうだなぁ。それに結構脱線しているし。
音楽がつまらないかどうかは、また次回に。

最後まで読んで下さってありがとうございました。
相模の風レコード いしはらとしひろ でした。


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