森の日 in Tasmania

森を歩くとき、その景色の一部になりたくて、
迷彩柄のハーフパンツとその同系色の服を選んだ。
しだや苔に顔を近づけ、手で触れ、森の息吹を感じる。
深い深い地底に向けて、大声で叫んだ
Rain Forest
その言葉の響きだけでも、心惹かれる。
しだの群生や苔むした森に入ると、
葉っぱの陰や木の枝の上から、こっそり見ている
不思議な存在を感じるような、感じないような・・・
湿った土はとても苦手、」
なのに何故か、懐かしいような気分になる。

1億7千万年の昔。ゴンドアナ大陸に地殻変動が起こり、
南極、アフリカ、南米、ニュージーランドやオーストラリアに分かれていった。
そのときに、ポンとできた島のひとつがタスマニア。
「億」という想像を超えた時の流れ、
恐竜よりも昔の地層や、絶滅の危機に瀕した植物や動物など、
古代からの種がこの土地に残っている。
熱帯雨林のForest、Growling Swalletは、
そんな古代種の樹木、マートルが、ユーカリの巨木と並んで森を覆う。
いい匂いを醸し出すサッサフラスや、大きく育ったしだ、ふかふかの苔、
ところどころに、顔を出す小人のようなきのこたち。
うっそうとした緑の間に、光がいくつもの線を描き、
温められて苔から水蒸気が昇り始める。
密度の濃い空気の中に、風がさらりと通り過ぎた。
森は歓迎してくれている。
苔むすトレイルを進むほどに、ちょっと陽気になってくる。

1時間くらい進んだところで、崖の下を流れる水の音が聞こえてきた。
湿った土の斜面を降りていくと、川の流れが岩肌を滑って、
まっくらな洞窟へと滝のように落ちていくのが見える。

オーストラリアで3番目に深い地底へとつながる洞窟。
川の中に倒れ、くさりかけた大木を伝い、
濡れてすべる岩の足がかりを用心深く選びつつ、
できるだけ洞窟の入り口に近いところまで。
もっと、もっと・・・と降りようとしたら、
旅のお父さん、Arminが「No,Sae.それより行ってはだめだよ」と。
やっぱり、そうよね。へへっ。
吸い込まれてしまいそうに深く暗い洞窟を見ていたら、
突然、大声でさけびたくなった。
地底にいる、何者かに私の声は聞こえるかな??
それで、唐突に奇声を上げたら、後ろにいた友人が、すごく焦ってずっこけた。
山で「やっほー」というのと同じ感覚かな?
その後は、みんなで合わせて、声を出した。
それは美しいハーモニーになって、断崖に響いた。

勢いよく流れ落ちる水の音が、現実の世界からこの一瞬を遮断し、
何億という昔の地層に立ち、太古の森に包まれる。
濡れた岩の上にレインウエアを着て座り、
深い深い闇の底に宿る自然のスピリットを想像してみた。
ふ~っ。
畏れ多く、神聖な森の息吹。
なんだか、尊いものに触れたような感じがする。
『楽園』(鈴木光司著)という本を読んだことがあるが、
一万年の時と空間を越えた魂のラブストーリーだったけれど、
そこで描かれるシーンや背景が、この旅と何度も重なった。
改めて思う、鈴木光司というひとは、すごい!
山の日 in Tasmania

恐竜の頭のような巨大な岩が、
山の斜面に、絶妙なバランスを保ちながら立っている。
こんな岩が、ごろんごろんと落ちてきた時代に
生きている自分を空想して、なんだか楽しい。
大きな岩に張り付いて、地球を感じる
普段、自分が地球の上に住んでいることをあまり意識することはない。
その大きな存在はいつも足の下にあるというのに。
だから、地球にとっては、小さな小さなオデキのような存在かもしれないけれど、
ぼこっと飛び出した山の岩肌を手足を使って張り付くような場面もあって、
しがみつく感覚は、地球に素肌で触れているという感じがした。
と、いっても決してハードなロッククライミングではなく、
地元の人たちは、軽装で登っていくようなトレイルだったけれど。
きっと、ボルダリングの境地は、地球とのつながり感なんだろうなぁ・・・
などど、想像してみたり。
さて、この日登った山は、タスマニアの東の海に突き出した半島、
Freycinet Peninsyulaにある、Mt.Amos。
3時間で頂上まで行って帰ってこられるくらいのトレイル。
ハワイでも、シンガポールでも、軽いトレッキングは
「ゲンベイ」のビーサンで行ってしまうけれど
(甘く見ているわけではないけれど、いつも準備が薄い中での山歩きなので)
今回は、気合を入れてトレッキングシューズ持参の旅、
かなり万全の装備でこの山を訪れた。
入り口の看板のこんなものは「NG」の中に、ビーサンの写真もあって、ホッとする。
登り始めてみて、納得。登りの傾斜や距離の難易度は高くないけれど、
すべすべの岩肌をずるずる滑りつつのルートは、ビーサンでは、無理!!
しかも、雨だったら、トレッキングシューズでも、滑り落ちそう。
と、思っていたら、ローカルのボーイズ集団が、山の上からスキップするように
軽やかに降りてくる。上半身裸だったり、ビーサンだったり。
きっと「今日は天気がいいから、朝いちでMt.Amosへ登ろうぜ」くらいな軽い感じ?
子供の頃から、日常の暮らしに自然が当たり前にあるのだろう。
葉山では、少しだけそれに近い暮らしをしている。
でも、まだまだ、自然に対してまったく構えずに・・・というわけにはいかない。
車にボードを積んでとか、時間を調整してとか、物理的にちょっとしたハードルがあったり。
「そこに波があるから波乗りをして、山があるから登って・・・」、
「朝だからご飯を食べる」と同じような感覚で、自然の中にいられる状態に強く憧れる。

北海道と同じくらいの緯度にあるタスマニアは、
寒いイメージでやってきたれど、東側は比較的天候がいいらしい。
この日は思いっきりの晴天にも恵まれた。
どこに行くのもGathering Bagと一緒。3時間のトレイル。
大きな岩の間を抜けて、登っていく。恐竜の庭で遊んでいるよう。
山頂からは、Wineglass Bayと呼ばれる、白砂の美しいビーチが。
がんばって登って汗をかいた肌に、海から吹いてくる風が心地よい。
リンゴや洋ナシ、プラムにかぶりつくと、果実のジュースが体にしみる。
Arminたちが用意してくれたランチは、マーケットで買ったライ麦パンやチーズ、
ラディッシュやニンジン。ここでは、シンプルがいちばん美味しい。
この岩山登りの心地よさ、岩盤浴に近いのかな。
癒されるようでいて、エネルギーも充電できる感じ。
ダイナミックに空や海を眺め、涼しい風に吹かれて、
自分の中のスイッチがふっと変わる。
夕方は、静かな海辺で瞑想
昼間、山からもらったエネルギーが、体の中に蓄積されたよう、
なんだか火照ったような感じで満たされた夕方。
少し、クールダウンのために、車で10分ちょっとの海まで散策に出かけた。
お日様は、海とは反対に沈みかけるころで、
雲も多くて、夕景は期待できないかな・・・
とおもいきや、どんな日でも自然は美しい姿を惜しまず見せてくれる。


Bicheno Foreshore Footwalk は、海岸線に広く岩盤が続く。
まるで、アートのオブジェのような大きな岩がぽつんと。雲と空の色が幻想的な世界をつくる。
赤や黄色、オレンジや白でペイントされたような岩。自然界の海草や苔の色だとか。
静かな東の海に向かい、程よく疲労感の残る体をストレッチ。
ヨガのポーズを思い出しながら、瞑想に近い状態をさまよう。
ふと、目を開けると、すぐ目の前にイルカの背ビレ。
3頭が水面から順に背中を見せながら、ゆっくりと横切っていった。
MAGIC HOUR

Magic Hour: 太陽が沈んだ後、まだ残光があたりを照らし、
この世のものとは思えない美しい光と色に包まれた世界。
ほんのわずかな時間の自然のマジック。
東の果ての海岸で
タスマニアの南の入り口、Hobartに降り立ち、
北の入り口、Launcestonで、日本から参加の旅の仲間たちと合流。
ツアーのオーガナイザーNahokoとArminと7人の仲間を乗せたバンが、
島の東のBichenoにたどり着いたのは、太陽が西の山稜にもうすぐ姿を隠してしまいそうな時間。
部屋割りが決まり、荷物をコテージに置いたら、
急いで裏庭を抜けて海岸に向かった。
宿泊したSandpiper Cottagesは、オリーブの畑と芝生が広がるたっぷりの敷地に
3つのコテージとオーナーの住む母屋がぽつん、ぽつんと建つ。
白い砂のビーチとは、境界もわからないほど近い。
海にいちばん近いコテージの前をすり抜けて、少し奥まで踏み込むと
白い砂が丘のように始まり、その先にどこまでも続く広い穏やかな浜が広がる。

出迎えてくれたのは、モモくらいのサイズできれいに割れる波。
足元では、白い小麦粉のような砂が、きゅっ、きゅっと鳴いている。
遠くに、サーファーの姿がふたつ、遠すぎてよく見えない。
広い浜で散歩しているのは、両手の指の数もいない。
10分もしないうちに、お日様は西の山に隠れ、
空の色が淡いピンクに染まった。
みるみるその色が濃くなって、波の寄せる鏡のような砂浜に映る。
そして、空気がふっと軽くなって、MAGIC HOURが始まった。

空と海がローズ色と水色、淡いグレーに染まり、
その移り変わりから目が離せなくなってしまった。

振り返ると、西の山稜に日の名残。
夜になって、
満月から3日目だったから、
月明かりの中、ビーチまで少し歩いた。
砂浜に影をおとしつつ、空を見上げると、
空一面に雲がふわふわと幾重にも連なり、
そこから、ぽっとライトを照らしたように、
お月様が明るい。

浜辺にいるのに、波の音が消えた。
ドームの中にいるような、安心感が心を満たす。
空と海と太陽と月。
すごくシンプルに、地球のまるさを体感している。
東にまっすぐに向いた海岸といえば、
朝日を拝まずにはいられない。
6:30、アラームで目覚め、30秒で着替えて浜辺へ飛び出す。
自然を相手に遅刻したことはない。波もお日様も待ってはくれない。

朝のMagicHourは、すでに始まっていた。

西の空には、あーんなに遠くに、昨夜のお月様が。

浜辺には先客が。その姿も自然の一部、可愛らしい生き物。

水平線の雲をおしのけるほどの強い光で朝日が現れた。

あまりの美しさに、波打ち際でうっとりの私。
遠い星を思う、ペンギンか?!
夢ごこち

2週間の旅で読み終えたのはこの1冊だけ。
『海からの贈り物』 著者、アン・モロウ・リンドバーグは、
飛行家ピーター・リンドバーグの妻で、自らも女性飛行家として
活躍した。彼女が忙しい日常を離れ、離島に滞在し、
女として、また人間としてのしあわせを綴った本。1955年に発表。
タスマニアの海岸で拾った二億年もの歴史を語る石や、
真っ白に洗われた貝殻は、これからの日々の大切な宝物。
白い砂浜で目が覚めた!
昨日の夕方、オーストラリアの旅から戻った。
波乗り三昧のByron Bayでの5日間ですでに100%を
楽しんだような気分になっていたというのに、それはほんの序章。
後半8日間のTasmaniaは、自然の中にすっぽりと包まれてしまったような、
不思議な体験。波乗りとはまた違う、もっと深いところで自然とつながったような、
なんと表現していいのか、まだ正直、我にかえっていないという感じだ。
そんなわけで、朝目が覚めた瞬間、自分がどこにいるのかまったくわからず。
さらさらの白い砂浜か、ふかふかの雲の上にいるような、
夢ごこちで、東京の我が家のベッドの羽毛ふとんにくるまっていた。

Tasmania BrunyIslandの南の浜。
南極の風が何ものにも邪魔されず、このビーチに届く。

飛行機から眺めた雲のベッド。
この上で横になりたいという願望の現れかも。
タスマニアは、オーストラリアの南に位置する四国くらいの大きさの島。
自然豊かなこの国の中でも、さらに手付かずの自然が残されているといわれる。

オーストラリア本島より、かなり寒いタスマニア。
景色は、ニュージーランドやイギリスの田舎町にも似ている。
今回の旅では、タスマニアの南の町、ホバートから、さらに南にフェリーで渡った島、
ブルニーアイランドまで足を伸ばし、南極との間に何も邪魔することのない浜にまで
たどり着いた。タスマニアのネイチャー・ツアーを企画する友人とそのパートナーの案内で、
7日間という短い日程で、東から中部、南までをダイジェストで回った。

光と雲の描く景色がダイナミック。
太陽の光と雲の動きを感じながら、岩山を登り、レインフォーレストや洞窟を覗き、
雨にぬれつつ恐竜のいた時代から、この地上にある植物の森を散歩した。
南極のエネルギーを全身で受け、裸になって海に潜り、
ペンギンの様子を見に夜の浜辺に出かけた。
そして、何度も何度も、虹を見た。
自然との交歓、その刺激は、あの土地を離れて初めて、
じわじわと、私の中で息をしはじめたような・・・。
これから何日かかけて、その写真と思い出を振り返ってみよう。
この旅は、自然の中で、自分自身を見つめ、
これからのことを考える時間にと思っていた。
そろそろ、編集の仕事を再開しようかなと思えるようにもなったし。
長いこと、手をつけづにいたプロジェクトも稼動しなくちゃだし。
『海からの贈りもの』は、かなり前に読みはじめたけれど、
なかなか、言葉が頭に入らず、進んでは戻りで、そのままになっていた。
この本が、改めて、働く日常に戻る勇気を後押ししてくれたように思う。
50年も前にアメリカで書かれた本だというのに、
その内容は現代の日本の女性にとって、とても大切なことを言っている。
自然の中で、ふと人間の本質を考えるとき、
この本を執筆した著者と「何か」共通の思いをシェアできたような気がした。
宿のたのしみ

初めてのユースホステル体験。
意外や意外、満喫できた。
数年前なら、忙しい日常から離れられる貴重な休みには
最高のバカンスを、と思い、結構、ゴージャスなホテルを選んだかもしれない。
(一応、本業が旅の編集者なので、ホテルにはちょっとうるさい、が。)
けれど、今回はユースホステルに泊まる初めての経験。
大丈夫だろうか・・・という不安はなきにしもあらずだったけれど、
Byron Bay での5日間、Cheap&Easyの旅にしようと決めたこと、
宿がメインの要因ではなく、「波」がいちばんの目的ということ。
波乗りばかりを考える大人の旅としては、120%満足だったかな。。。
世界中から集まる自分探し中の若者や、旅なれたゲストに混じっての
ユースホステル・ライフは思いのほか楽しいものだった。

シンプルな造りに、部屋が並ぶ。
個室も合い部屋も同じ造り。

簡素で清潔なベッド。住めば都。
要するに、日本の民宿と同じようなもので、
シャワーも洗面所もトイレをシェア、共同キッチンやテラスもある。
しかし、海外でのこの仕様は、文化も国民性も違うから
結構勇気がいる。どんなだろう??と不安と共にインターネットで予約完了。
実は、米国の大学に留学中、ドミトリー生活をしていたけれど、
カルチャーショックとあいまって、「常識」の違いなど、
こういう共同生活にかなりゲンナリした経験もある。
実際は、カナダ、ドイツ、インド、フランス、イギリス・・・
さまざまな文化と習慣が、Byron bayという場所で集った状態や、
YHA(ユースホステルオーストラリア)の合理的なシステムに、
すっかり馴染んで、すでにそこの住人になったような気分でエンジョイできた。

そこは、まさにインタナショナルなドミトリー。
初心者には、個室がおすすめ。(もちろん、私たちも)。
部屋の前の通路に出されたテーブルは、すべての宿泊客の共有スペースなので、
若者たちが、巻きタバコを吸ったり、カードゲームに興じたり。
11時以降はクワイエットアワー(静かにする時間)で、
そのギリギリ越すまで、大騒ぎしていたりもする。

最初はガスレンジのつけ方さえわからないけれど、
人から人へ、教えあったり、相談したりで、料理が進む。
フライパンや包丁などは、共同で使う。
普通のホテルに泊まっていたなら、言葉も交わさないような旅人同士が
ここに泊まることで、どこか「同志」のような感覚をシェアするのも面白い。
旅のいきさつや、今後の動向なんか話したりもした。
食事時には、キッチンでそれぞれが思い思いの料理を作る。
大きな冷蔵庫や棚には、名札と滞在日を書いて食材を保存。
皿やカトラリーは各自借りられて、鍋やキッチンツールは自由に使える。
「Free」という棚には、余った食材を出発前にGive away。
私もそこで、オリーブオイルと塩コショウをゲット。Lucky!

キッチンの外には、テーブルが並ぶ。
ここで食事をしたり、カードをしたり、リラックスしたり。
さまざまな国での、ささっと簡単に作る料理を垣間見るたのしみもあった。
ドイツ人の女の子ふたりは、ハンバーグもどきをきちんと作って、
サラダもサイドにつけて、けっこう立派なディナーだったり。
南米の子は、ピタブレッドを使ったラップが上手。いろんな具を入れていた。
英語を話す若い男の子は、始めての料理に挑戦!という感じだったので、
「いっつもは料理しないでしょ?いい経験ね!」とからかったら、
インスタントのマカロニ料理の作り方説明が解読できないと相談された。
食事が終わって顔を見たら、満腹になったよとお腹をさするジェスチャー。
キッチンを通して、会話や挨拶を交わすようになることもあった。
さまざなま人間が、それぞれルールを尊重することで、
手に入る自由がそこにはある。
波乗りをして戻ると、部屋の前でカードを楽しむボーイズたちが、
「波はどうだった?」と聞いてきて。
でも、気を使って場所をあけるでも、どくでもなく、大声で話している。
ちょっと迷惑だけれど、むしろこちらも気兼ねなくウェットスーツを干してみたり。

泊まっている部屋の外で、カードをする若者たち。
ほんとうに、アメリカの学生時代を思い出す。
10時すぎまで、きっとそこでうるさくしているから、
部屋からエスケープして共有のテラスで過ごした夜も。
インターネット&DVDレンタル屋に行ったり。
暮らすように滞在して、朝夕は波乗りに出掛ける。

YHAの中央には割りとよさめのプールもある。
ダイビングショップも併設されていて、潜る人には便利な様子。
10年前の私だったら、違う過ごし方が好きだったかもしれないけれど、
人の価値観は変わるもの。(現在の経済状況もあるけれ