しばりやトーマスの斜陽産業・続 -87ページ目

ひっさつわざをふるって逮捕

※これは前ブログの過去記事(2019年07月10日)の再録です

 元TALIZMANのボーカルでアニソン、特ソン界で活躍し、最近はライブ活動を再開していた木村昇ことハーリー木村さんが暴力事件で逮捕。

「ルパン三世」歌手逮捕 知人男性に暴行容疑、ウルトラマンも 宮城県警
https://www.sankei.com/affairs/news/190709/afr1907090017-n1.html

 この見出しだとまるでウルトラマンも暴力をふるって逮捕されたように受け取れるが、なんでこんな見出しになったのかというと、警察(もしくはマスコミ)がハーリー木村のことをよくわかってなかったのか、本名に、韓国籍の実名まで書かれて

>容疑者は「自分はシンガー・ソングライターで『木村昇』の名で『ルパン三世』や『ウルトラマン80』の主題歌を歌っていた」と供述しているという。

 とまるで「などと供述しており」系の書かれ方されてるの、悲しすぎ。オタクに言わせるとハーリー木村といえば『テクノボイジャー』、『未来警察ウラシマン』だろ、とかうるさいけど、世間に通じるタイトルが『ルパン三世』の「LOVE IS EVERYTHING」か、『ウルトラマン80』なんだから、この見出しになったといえる。この担当記者がもしオタクだったならば、

「『はだしのゲン』の歌手逮捕」

 とか、

「『宇宙刑事ギャバン』挿入歌「青い地球は母の星」でおなじみの歌手逮捕」

 などという一般人がきょとんとする見出しになっていたところだ。いやあぶないあぶない。

 

 

 

 

 

紳士の犯罪映画『ジェントルメン』

 

『ジェントルメン』はガイ・リッチー監督の新作で最近は『シャーロック・ホームズ』シリーズや『アラジン』などブロックバスター系大作を手掛けることが多かったリッチーが初期の傑作『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』『スナッチ』の路線に原点回帰した犯罪映画だ。

 

 

 パブに現れたスーツ姿も凛々しい紳士ミッキー・ピアソン(マシュー・マコノヒー)は電話の最中、背後から何ものかに銃で撃たれ、グラスは血に染まる(この時点でミスリードが仕掛けられているのでご注意)。

 

 レイモンド(チャーリー・ハナム)の自宅に私立探偵のフレッチャー(ヒュー・グラント)が突然姿を見せ「俺が書いた映画の脚本を2000万ポンドで買わないか?ハリウッドにも売り込もうと思ってるんだけど」と迫る。それはレイモンドの雇い主、ミッキーが一代で築いた麻薬王国を根底から揺るがすスキャンダルだった。

 ここから映画はフレッチャーが書いた脚本という形でミッキーの生い立ち、何者でもなかった男が麻薬ビジネスで巨万の富を築き上げるまでの物語が過去形で語られる。アメリカ生まれのミッキーはイギリスの名門オックスフォードに入り、上流階級のお坊ちゃん相手にマリファナを売りつけるビジネスで懐を温めていたが、次第に勉強そっちのけでビジネスを拡大。相続税を払えない貴族の土地を管理し、そこでマリファナを栽培するというやり方で12か所の麻薬栽培所「農園」を手にしたミッキーはいつしかイギリスのアングラ界を支配する大物に成長。彼が人生で積み立てた資産は4億ポンド(500億円)。しかし裏社会の血で血を洗うもめ事に嫌気が差したミッキーは妻ロザリンド(ミシェル・ドッカリー)との穏やかな暮らしを選び引退を決意。自分の麻薬王国を誰かに売り飛ばすことを決める。

 

 名乗りをあげたユダヤ人の大富豪マシュー・バーガー(ジェレミー・ストロング)にミッキーは4億ポンドで売却を持ちかけるが、ミッキーの「農園」はトドラーズと名乗るヤンキーどもに襲撃され、中のマリファナを運び出す様子は彼らによってYouTubeにアップされてしまう!その動画を見たスラムの不良を厚生させるジムのオーナー、コーチ(コリン・ファレル)はトドラーズがジムに通っている不良たちだと知り、麻薬王ミッキーからの報復を恐れたコーチは借りを返すまではミッキーの元で働くことを彼の片腕レイモンドに申し出る。

 

 単なる不良に過ぎないトドラーズがミッキーの「農園」を知るはずもなく、背後に何者かの存在を感じ取ったミッキーは麻薬王国を買い取ろうと接近してきたチェイニーズマフィアのNo.2ドライ・アイ(ヘンリー・ゴールディング)がはした金を提示してきたので軽くあしらったことを思い出しドライ・アイのボス、ジョージ卿(トム・ウー)に赤痢菌を飲ませ、手を引けと宣告。

 ところがドライ・アイはジョージ卿から代替わりを狙っており、農園襲撃はドライ・アイの独断専行だった。ドライ・アイの手下ファ・アックがトドラーズに農園の場所を教えて襲撃したこともわかり、コーチらがファ・アックを捕まえるものの、彼は隙をついて逃げ出し、列車に踏みつぶされる(!)。ドライ・アイは「もう年寄りの時代じゃない」とジョージ卿を殺し、ボスに納まる。一方、レイモンドはミッキーが懇意にしている貴族のプレスフィールド卿から愛娘のローラ(エリオット・サムナー)がマリファナ仲間たちとつるんでいるので連れ戻してほしいと依頼を受け、レイモンドが部下たちともに現場に向かっていた。レイモンドらはすぐにローラを連れ戻すのだが、チンピラたちと諍いを起こしアスラン(ダニー・グリフィス)という若者がベランダから落ちて転落死。事件を隠蔽するためレイモンドは死体写真を撮った不良のスマホともども遺体を回収。

 これらの騒動はすべてフレッチャーのカメラに撮られていた。彼はタブロイド紙の編集長ビッグ・デイヴ(エディ・マーサン)からの依頼でミッキーを追っていた。デイヴはあるパーティの席上でミッキーに握手を拒まれ、恥をかかせてやろうとフレッチャーに身辺を洗わせていたのだ。

 

 

 フレッチャーの書いた映画の脚本という形でミッキーの麻薬王国に関する犯罪が暴かれていくというスタイルで数多の登場人物が複雑に絡み合う物語を簡単に説明しており、最初の方に語られた何気ない話が伏線になっており、徐々に回収されていくテクニックは『ロック、ストック~』『スナッチ』あたりではお馴染みのもので、初期の頃からリッチー監督のファンだった観客はニヤリとできるところだろう。

 血みどろの犯犯罪劇でありながらところどころに散りばめられたユーモアも一味効いていて、荒事では後れを取らないレイモンドらが若いチンピラが逃げるのを追いかけると息が上がって足が止まってしまう(オッサンだからね)あたりなんて自分もオッサンなのでよくわかるよ!ギャングたちがやたらと凝ったファッションしているのも決まっているし、その辺の犯罪映画とはちょっと違うセンスの良さを見た。まさにジェントルメン、紳士の犯罪映画といったところか。

 

『キングスマン』のヒットでちょっとおしゃれなアクション映画が流行っているところ、その先駆けともいえるリッチー作品だがそういえば『キングスマン』の監督、マシュー・ヴォーンは『ロック、ストック~』他リッチー作品の製作に関わってるんだよな。これはもう「俺ならこうやるね」というリッチーからヴォーンへのメッセージだろう。

 

 クライマックスのどんでん返しは最高の一言!

 

 

 

 

 

 

 

 

お祈りに意味はあるか『僕はイエス様が嫌い』

※これは前ブログの過去記事(2019年07月08日)の再録です



 この映画の監督、奥山大史はなんと22歳だという。22歳の人間が撮ったとは思えないような内容だし、熟練のベテランじみた演出で唸らされる。

 小学生の由来(佐藤結良)は東京から雪がつもる地方の学校へ転入してくる。その学校はミッション系で、毎日礼拝を欠かさず、ひとりひとりが自分だけの聖書を持っていて、賛美歌を普通に歌えるほかの生徒たちをなんだか「気持ち悪い」と思ってしまう由来には中々友達ができない。ある日、礼拝堂でひとり信じてもいないイエス様に「どうか僕に友達ができますように」とお祈りする由来の前には小さな小さなイエス様(チャド・マレーン)が現れる。
 イエス様は浮かび上がって消えてしまう。礼拝堂から外へ出た由来は小屋から逃げた鶏を追いかけるクラスメートの和馬くん(大熊理樹)を見つけ、鶏を一緒に捕まえる。サッカーは好きかと聞かれた由来は和馬くんとサッカーを通じて友達になる。転校してから元気のなさそうだった由来は食卓で和馬くんの話をするのを見た両親やおばあちゃんは顔をほころばせる。
 それからというもの、祈りを捧げる由来の前に度々イエス様は現れるようになり、ほんのささいな願い事をかなえてくれるように(本当に、ものすごく小さなことだけかなえてくれる)。


 チャド・マレーンがイエス様という配役は意外すぎるように思えたが、画面の中で小さなイエス様がちょこちょこ動き回って、由来がトントン相撲させたり(なにさせてんの)するのを見て、ほっこりした笑いが漏れてしまい、もうチャド・マレーンはどうしたってイエス様にしか見えなくなる。由来や和馬くんをはじめとする小学生たちの演技がなんとも可愛らしいのだ。奥山監督はシーンのシチュエーションだけを与えてセリフはアドリブをさせたといい、それぞれの場面にはごく普通の子供が映っているだけなのに、計算しつくされた匂いがするが、隅々まで演出でガチガチに縛っていたらあんな場面にはならないだろう。日常を描いた家族の食卓の場面も素晴らしく(今の家庭はどうか知らないが、かつての家族の日常は食卓からはじまる)、その日常にイエス様という異分子が紛れ込む演出も若手とは思えない。和馬くんのお母さん役の佐伯日菜子の「優しくて綺麗なお母さん」演技も、彼女が色んな経験を経て「お母さん役」を演じているのを見ると・・・涙がこぼれちゃう。


 イエス様のことを信じ始める由来だったが、ある出来事をきっかけにイエス様を疑いはじめる。どんなに祈ってもイエス様は現れないからだ。ようやくあらわれたイエス様を由来は叩き潰してしまう。


 クリスマスのプレゼントを強請る子供だってやがては「サンタなんかいない」という現実を知って大人になる。だが何かのために一心に祈った子供のころの体験が現実であるように、クライマックスはどこまでも浮かび上がっていく俯瞰の映像。イエス様は確かにいたんだ!
 改めてこれを22歳の日本人が監督していることが驚き。

 

 

 

 

人の事を言う前に自分のマナーに気をつけよう『アオラレ』

 

 クラクションを強く鳴らし過ぎたことから執拗な煽り運転をくらい、周囲の人間を生命の危機に晒すことになる母子の悲劇を描いたスリラー映画『アオラレ』はB級C級チックなタイトルとは裏腹に約90分というタイトな時間で最後まで緊張感の途切れないスピーディーな傑作だ。

 

 レイチェル(カレン・ピストリアス)は夫と離婚調停中で15歳の息子カイル(ガブリエル・ベイトマン)を女手ひとつで育てるシングルマザー。さらに認知症気味の母親の介護、無職の弟フレッド(オースティン・P・マッケンジー)まで家に居り、ストレスでぐっすり眠ることもできない。カイルを学校まで送り届けなければならないのに寝坊し、フリーウェイで渋滞に捕まり、かつては美容院を持っていたが不況のため店を畳み、今はフリー。この日も遅刻したことでお得意様の仕事をフイにしてしまう。イライラが最高潮に達したレイチェルは青信号なのに動かない前の車に強めのクラクションを3度鳴らしてしまう。止まったままの車を追い越した彼女はそれがとんでもない事件の幕開けになるとは思ってもいなかった。

 

 先で渋滞に巻き込まれ停車したレイチェルの車にさっき追い抜いた車の運転手トムが謝罪を求めてくる。

 

「さっきは考え事をしていて信号が変わったのに気づかなかったんだ。それは悪かった。でも君のクラクションの鳴らし方もマナーがあるとは言えないな。軽く数度鳴らせば気づいたんだから。僕は謝ったんだから君も謝ればおあいこさ」

 

 後部座席に乗っていたカイルは母に謝ってよと促すが、イライラが収まらないレイチェルは「お断りよ」と拒絶。

 

「なら本当の不運ってやつを教えてやろう」

 

 トムはレイチェルの車を執拗に煽り、後ろからガンガンとぶつけてくる。なんとか逃げ出したが給油のために立ち寄ったガソリンスタンドで追いつかれ、彼女を助けようとした通りすがりの人間を跳ね飛ばし恐怖の追跡は終わらない。スマホまで奪われてしまい、面倒だからとロックをかけていなかったから個人情報は筒抜け、フレッドやカイルらにサイコ野郎の暴力が向けられる。

 

 煽り運転をしたことから延々と追跡されるという展開はスティーヴン・スピルバーグの『激突!』を思わせ、さらに平凡な家庭人だったはずの男が離婚や仕事でのトラブルから精神をすり減らしてしまい、怒りを激発させる『フォーリング・ダウン』も想起させる。突然怒りを爆発させる狂人トムを演じたのは名優ラッセル・クロウ。一見クロウだとわからないほどでっぷりと太って髭面なので、筋肉ムキムキの『グラディエイター』やハードボイルド体形の『L.A.コンフィデンシャル』での雄姿を覚えている観客はどこぞの無名のC級俳優かと思ってしまうサイコ野郎のなりきりぶり。私生活では暴力的な言動でも知られるクロウなので、これが適役なのかも?ヒッチハイクで乗せた男がイカレ野郎だったという『ヒッチャー』のルトガー・ハウアーをも彷彿とさせる狂気の演技が見るものを引き付けて離さない。追われている方はとっとと離れてほしいんだろうけど・・・

 

 クロウ演じるトムは温厚な勤め人だったが、妻の浮気で離婚することになり離婚専門の弁護士にやり込められ、仕事でも失敗して何もかも失ってしまう。「俺は真面目に生きていただけだったのに。みんな俺を責めやがって。みんなが俺を追い詰める!」張り詰めたロープの上で綱渡りのような人生を送っていたトムにレイチェルが鳴らしたクラクションはロープを切るきっかけだった。離婚の調停を頼んだ弁護士が殺され、フレッドを傷つけられ、カイルにも危険が迫ろうとしたとき、レイチェルは謝罪をするが「真摯さが足りない。お前は謝罪するチャンスをフイにしたんだ」と凶刃を揮い続ける。

 

 筆者は警備員のバイトをしているときにこの手の口の利き方がなってないとか、運転マナーの悪さから生じたトラブルの現場に遭遇したことがあるが、他人のマナーの悪さを指摘する人間のマナーのなってなさは何度も見たことがある。『アオラレ』ではレイチェルはもちろん被害者だがクラクションをあんなに強く鳴らさなければその後のもめ事は回避できたようにも思える。さらにトムがレイチェル以外の誰かを殺してやるから選べと言われた時には遅刻したことで彼女を責めたお得意さんの名前を出したりするレイチェルの意地の悪さも見えてくるあたりが、トムを単なるイカれた悪役には見せない迫力がある。誰もがトムのようになってしまう可能性があり、少しでも他人に対する労りや節度があれば悲劇を避けられたはずだ。『アオラレ』は精神的に不安定であるという原題『Unhinged』が示すように誰もが不安定な社会でトラブルを避けるためのヒントが得られます。クラクションは軽く鳴らして、スマホのロックは必ずしよう!

 

 

 

 

 

 

また月曜から仕事です『X-MEN ダーク・フェニックス』

※これは前ブログの過去記事(2019年07月06日)の再録です



 サイモン・キンバーグプロデュースによるX-MEN実写新シリーズの第4弾にしてシリーズにいったん区切りをつける最終作。X-MENは実写映画で大ヒットを飛ばしている『アイアンマン』『キャプテン・アメリカ』、『アベンジャーズ』などと同じマーベルコミックの作品だが、実写映画は『アベンジャーズ』のマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)がディズニー、X-MENは20世紀FOXが制作している。なのでX-MENのキャラクターは『アベンジャーズ』などに出演できないわけだが、数年前にディズニーが20世紀FOXを買収して傘下に収めたため、今後MCUにX-MENメンバーが出演する可能性があるわけだ。そのためか、今回の『~ダーク・フェニックス』で新シリーズは一旦終了、打ち止め。最終エピソードとして選ばれたのは原作屈指の衝撃度であるダーク・フェニックス・サーガ。X-MENのジーン・グレイ(ソフィー・ターナー)が闇落ちして、仲間のミスティーク(ジェニファー・ローレンス)を殺してしまう。
 力を制御できなくなったジーンは最強最悪のダーク・フェニックスとして地球上の全生命を抹殺に追いやろうとする。この事態にプロフェッサーX(ジェームズ・マカヴォイ)らX-MENたちと、敵対していたマグニートー(マイケル・ファスベンダー)らは協力してジーンの暴走を止めようとする。

 ってこれ、前にやった『X-MEN ファイナル・ディシジョン』(06)と同じやんけ。『~ファイナル・ディシジョン』はMCU以前に作られ、マーベル実写映画人気の先駆けとなったシリーズで、これがなければアベンジャーズ人気もなかったぐらいの作品だ。このシリーズは3本目の『~ファイナル・ディシジョン』で一旦打ち止めとなったが、その時もダーク・フェニックス・サーガが原作だった。それぐらい区切り、終わりを告げるに相応しいネタということ。
 が、『~ファイナル・ディシジョン』はさんざんな出来だった。しかも『ダーク・フェニックス』のプロデューサーのキンバーグが脚本に参加してたの!ファンからすれば同じネタで二度目の失敗はありえないだろうと、期待してたのに、今回もさんざんな出来でした!

 この『ダーク・フェニックス・サーガ』って、『アベンジャーズ/エンドゲーム』と同じで、「世界を救うために大きな犠牲を払うが、その犠牲が大きすぎて喪失感が埋められない」ってことなんだけど、『~ファイナル・ディシジョン』も『~ダーク・フェニックス』も犠牲が軽い。こんなことになったけど、また明日から仕事なんで、早く帰って月曜から出社してください、みたいなの!仕事なんかしたくない!
 こんな犠牲では納得できない。二度同じ失敗は許せない。

 

 

一度目の失敗

 

二度目の失敗