まんがタイムきららMAX 2024年12月号 [雑誌]
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先月号が創刊200号記念だったまんがタイムきららMAX12月号はハロウィンコスのぼっち&リョウが表紙。
今月のぼざろはぼっち母がえげつない狂気の人物であったことが判明して読者一同騒然となってました。
が、今回の話題はそちらではなく今月号で残念ながら最終回となった『わからせろ!ナマイキツネ様』(『お狐様は小生意気!』より改題)について。
神社にやってきた怪しげな参拝客は神社の祭神にして狐の神様(メスガキ)の壱与に「毎日参拝していたのになぜわたしの漫画が打ち切りになるのか」とカスハラ。要するにこの漫画の作者です。本人登場!
「3巻ぐらいはいけると思った」(この漫画は2巻完結)
と、笑うに笑えないことを宣う作者。これからは無職になり、企画ボツ地獄はもうこりごり~と泣きつく。「連載経験があるなら少しは手心を加えてくれるのでは?」と気を使われてるのに
「そんな生易しいもんじゃないのよ…千切っては捨てられ、千切っては捨てられ、新規企画の生存率は1%以下未満…」コマ外に「どこがドキドキ☆ビジュアル全開やねん」ってもう洒落になってないですよ…
「そんなに大変な思いをした漫画なら打ち切られないように何かしたのか?」
と問う壱与に
「楽しんでもらえるように頑張って描いた」
健気なことをぬかす作者に
「そんなん当たり前じゃろ」「当たりまえのことしかせんかったの?」
と言葉の刃を突き付けられる作者・・・ってねえ、これ何の話?最終回を迎える漫画家の自虐ギャグにしてはキレあり過ぎるんよ!
この後担当編集者が現れ、作者が最終回を描くのを嫌がって逃亡していたことが判明。せめて最終回は描けよ!紙メンタルの作者をなんとか励まそうとする担当だが、壱与は当然のごとく
「このザコメンタル♡」
「よわよわヘタレ中年♡」
「お前なんか誰も待っとらんからとっととフェイドアウトしろ」
とあざけり罵るのだった(メスガキだからね)。
絶望する作者!しかし担当編集の持ってきたファンレターに励まされた結果、モチベーションを取り戻して最終回を描くことにしたのだった・・・ってねえ、これリアルの話?
ちなみ作者のペンネームは*sow*と書いてソウと読むのだが(初めて知った)この*は何?と思ってた。それもきちんと説明されて(漫画内で)
「昔ゲーム内で使ってた名前の表記をそのまま使って…」
って知らんよそんなこと!まあゲームのユーザーネームに記号付ける人、割といるけど…
担当編集には「最初に*はいらないのではって言ったんですけど…」ってねえ、これリアルの話??
「くだらん事に固執した結果か」とか壱与に言われてるし。漫画の内容に固執した方が…おっとこれ以上はやめておこう。
けれどもSOWにしちゃったらラノベ作家のSOWと間違えられそうだし、仕方ないか!
最後は返り咲きを宣言して去っていくのだが、もう自分で自分を励ます事態になってる。こんなに辛いきらら漫画の最終回があっただろうか?編集部も良く載せたもんだ。
傷痕(笑)だけは残せた気がする*sow*先生の次回作に期待してます!まあ一本だけで終わる人もいっぱいいるんですけどね(おいやめろ)。
2巻は11月発売です
1977年に放送された日本のテレビアニメ『超電磁マシーン ボルテスV』を海の向こう、フィリピンで実写映像化したテレビドラマの再編集し、劇場公開したものが『ボルテスV レガシー』だ。
日本のアニメ版における第3話まで(フィリピンのテレビドラマ版では初期15話分に相当)のエピソードを107分(日本版は「超電磁編集版」と銘打ったブラッシュアップ版で97分)にまとめてある。
『ボルテスV レガシー』にワクワクさせられるのは巨大ロボット実写であるだけでなく、合体変形する巨大ロボット実写映画というのは世界的にもほとんどないってことだ(スーパー戦隊除く)『パシフィック・リム』でもやってない、『トランスフォーマー』ともちょっと違う、僕らが見たかった合体変形をマーク・A・レイエス監督とGMAネットワークは実現させた。
アニメと同じVフォーメーションからのボルト・インで合体変形するシークエンスは重厚感溢れる描写と演出が実写でも完全に再現されていて興奮しっぱなし。
この手のアニメの実写版で気になるところは再現度であるが、登場人物は限りなくアニメのキャラクターを再現している。しかも安っぽい『銀魂』みたいなコスプレ感ではない、「実在の人間が演じたらこうなるのでは」と言う意味での再現度がすごい。アニメ版の岡長官に当たるオスカー・ロビンソン司令や剛大次郎に当たるロバート・“ビッグ・バート”・アームストロングはそのままにしか見えない!
さらに敵のボアザン星人地球侵略軍のプリンス・ハイネルに当たるプリンス・ザルドスをはじめとするメンバーもほぼまんまだ。
こうしてほぼ完全にアニメ版を再現している『ボルテスV レガシー』だが、わずかに変更というか改変された部分はアニメの剛光代に当たるマリアンヌ・アームストロング博士とアームストロング三兄弟(アニメの剛兄弟)との母子の物語の部分。
アニメでは物語の大きな比重を占めているのが行方不明になった父親を兄弟が探し求める部分で、母親とのエピソードはそれほど重要な扱いではなく、ボルテスVと息子たちを守るために犠牲になるシーンが今回の映画でもクライマックスに使われてはいる。
『ボルテスV レガシー』ではその部分をこれでもかというぐらいに強調されている。兄弟は一日早く「サプライズ」ということで母親の誕生日を祝う。普段はビッグファルコンの科学者として兄弟を一歩離れたところから厳しく見守っているマリアンヌもこの時ばかりは優しい母親の顔に戻っている。
こういうところはフィリピンの国民性なのだろうか、もしくはアニメ版が描かなかったところをさらに一歩に踏み込んで描写しようというスタッフの挑戦が見える。『ボルテスV レガシー』を見る限り、それは成功している。原作アニメよりも尺を取って描いたマリアンヌ殉職場面はすさまじいクライマックスとなって映画を締めくくる。
マリアンヌの壮絶な死と絶体絶命の危機から勝利したボルテスVを目の当たりにしたザルドスたちは下等生物と見下していた地球人の覚悟と自分たちの理解を越えた親子愛の深さに激しく打ちのめされる。それは裏切者の子としてボアザン貴族の誇りを皇帝に見せつけないとならないザルドス自身に却ってくるのだから。
今回の映画は全編の三分の一にも満たない部分しか描かれていないのだ!ここから父親の行方を探し求め、ザルドスの元に間諜が送り込まれ、和平派のクーデターが起き、地球とボアザンをめぐる戦いがヒートアップしていくパート2、パート3に期待が膨らむではないですか!早く続編と全90話にもなるドラマ版の販売、配信を期待する!
映像面に関しては、そりゃあハリウッド最前線のレベルには敵わないけど、フィリピンのデカすぎる愛の前にはハリウッドなどものともしないのである。なにしろOPテーマ「ボルテスVの歌」はジュリー・アン・サン・ホセが日本語で熱唱し、EDテーマ「父を求めて」のインストが延々とかかるエンドロール、愛の大きさが無ければできまい!
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『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』は2019年に公開された『ジョーカー』の続編。前作はDCコミックスのアメコミ映画でありながら評論筋に絶賛され、アカデミー賞に11部門ノミネート、ジョーカーを演じたホアキン・フェニックスは主演男優賞に輝き、R指定映画ではじめて興行収入10億ドルを突破した。
ところが続編は全米公開一週目で前作の半分以下になり、2週目にホラー映画『テリファー3』に破れ2位に落ち、評論家、ユーザーレビューも不調で「前作を台無しにしている」といった声が聞かれ、賛否両論のどちらかと言えば否定する意見の方が目だっている。
なぜこんなことになったのか?
ジョーカーことアーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は前作で起こした殺人事件の罪を問われ、アーカム・アサイラム(『バットマン』シリーズでバットマンと対決して敗れたヴィランが収容される精神病院)に収監されている。
事件で「悪のカリスマ」としてもちあげられたジョーカーに影響され、ゴッサム・シティは彼のフォロワーたちによる暴動によって混沌とした状態に陥っており、事件を映像化したテレビドラマは大人気に。一躍時の人となったが、アサイラム内ではカリスマの影は微塵もなく、ジャッキー(ブレンダン・グリーソン)ら看守たちに笑われ、小突き回され、ふさぎ込む日々であった。アーサーを弁護するメアリーアン( キャサリン・キーナー)は事件は幼少のころの虐待が原因で自分自身を守るために生まれた別人格”ジョーカー”によって引き起こされたとして、減刑を狙っていた。
アサイラム内で入退院を繰り返している患者のリーことハーレイ・クインゼル(レディ・ガガ)から「あんたのファンだよ!」と迫られたアーサーはふさぎ込む日々から少しずつ立ち直ろうとする。彼女はアーサーを映像化したドラマを「20回は見た」と言い張るが、そんな「エイリアン2を74回観た」みたいなこと言われても・・・
冒頭のアーサーはリーから「外ではみんなあんたの話をしている」とヒーロー視されていることを聞かされてもピンとこない。すでにジョーカーだった時のことは遠い過去のようになっている。むしろこれ以上騒がれたくないって感じに見える。
しかしアサイラム内の映画鑑賞会で往年のミュージカル映画『バンド・ワゴン』を見ている時にリーが火をつけ、騒動の最中外へ飛び出す二人は『バンド・ワゴン』の有名なナンバー「ザッツ・エンターテイメント」を唄いながら門の外で待ち構えるマスコミの前に飛び出し、二人は猛烈なフラッシュに晒される。
この騒動でアーサーは独房に放り込まれ、リーは「彼に悪影響を与える」と言う理由で自宅療養に切り替えられる。退院前に独房に姿を見せたリーは彼にジョーカーのピエロのメイクを施し、二人は愛を確かめ合う。
『バンド・ワゴン』は往年のミュージカル俳優に扮したフレッド・アステアが返り咲きを夢見て再び舞台に立とうとする話。アーサーは初めて愛を教えてくれたリーのためにも再びジョーカーとして返り咲こうとする。
ジョーカー事件の裁判がはじまり、検事ハービー・デント(後のヴィラン、トゥー・フェイス)はアーサーの二重人格を否定し関能力の有無を争う。彼のトラウマが事件の原因であるとする戦法を取るメアリーアンのやり方とソリが合わないアーサーはリーの支えを必要とするが、メアリーアンはリーの言っていることはほとんどデタラメで、彼女の正体は医者の家に生まれた娘で不良ぶっているだけで本当のアウトローではないと明かす。
アーサーの気を引くために適当なことを言っているだけで、母親に虐待されたとか、近所の出身というのも全部嘘だというのは本当かと迫られたリーはアンタの子供を妊娠していると告げ、アーサーが以前住んでいたアパートに戻って一緒に暮らそうと。
「山をつくろう」
ほだされたアーサーはメアリーアンではなくリーを選ぶ。
裁判はアーサーにとって苦痛の場だ。容赦なく過去のトラウマをほじくり返され、恋愛関係にあると思っていた隣人ソフィー(ザジー・ビーツ)は彼を気持ち悪いやつと嘲笑する。誰もかれもがアーサーに「無能で面白くない似非コメディアン」という現実を突きつける。残酷な現実に耐えられないアーサーはメアリーアンを解雇し自分で自分を弁護すると宣言。沸き立つ傍聴席(中は彼のフォロワーとそうでない人々でいっぱい)。アーサーは再びジョーカーとして返り咲くのだ。
「裁判所は見世物小屋ではない」
と言いながらアーサーにジョーカーの扮装をすることを許可してしまう裁判長。まさに裁判所はザッツ・エンターテイメント!
証人として呼ばれたのはアーサーの芸人仲間、ゲイリー。彼がただ一人仲間だと思い、手を下さなかった人間だが、ジョーカー殺人事件のひとつである同僚のランドル殺しの現場を見たと証言すると
「お前はアサイラムの中で俺を小馬鹿にしているブタみたいな看守(及び囚人連中)と何も変わらない。俺を見下しているだけに過ぎない!」
と責め立てる。俺をバカにするな、八方ふさがりの似非コメディアンじゃないんだ。俺はゴッサムの誰もが英雄視するジョーカー様なのだ!と言わんばかりのパフォーマンを繰り広げるアーサー。しかしゲイリーは「なぜそんなことを言うんだ?君は友達だったのに」と涙を浮かべ退席する。
アサイラム内はジョーカーに影響された囚人たちによって大騒ぎになるが、テレビで侮蔑されたジャッキーら看守がそれを許すはずもなく、トイレでアーサーをレイプ(!)する。ボロボロになって戻って来たアーサーを勇気づけようと囚人仲間のリッキーは歌い続けるがジャッキーに殺されてしまう。
最終弁論の日。ハーレイ・クインとしてバッキバキに決めたメイクとコスプレで現れるリー。そして裁判所の外を取り囲むフォロワーたち。
発言を許可されたジョーカーは陪審員の前に出るとこれまで明らかにされなかった母親殺しを自供し、責任は自分にあり、自分はジョーカーなどではなくアーサー・フレックに過ぎないと涙を流すのだった。
その姿にショックを受けたリー(そしてフォロワーたち)は次々退席していく。
悪のカリスマとして持ち上げられた人間が「俺はカリスマなんかじゃない!勝手に持ち上げるののはやめてくれ!俺はただのひとりの人間に過ぎないんだ!」と告白する。
するとどうなるか?
有罪判決が下され、大騒ぎになる法廷は次の瞬間、阿鼻叫喚の地獄絵図に変わる。大爆発が起きるのだ!おそらく悪のカリスマの落ちぶれた姿に憤慨したファンの手によるものだろう。俺たちの幻想を打ち砕くのなら、死んで神になれ!
吹き飛ばされながらも無事だったアーサーはよろよろと外へ逃げ出す。同じコスプレのファンから早く逃げようぜと引っ張られ(彼はまだアーサーに幻想を見ている狂信者である)、タクシーで逃げ出すがジョーカーであった過去から逃れたいアーサーはさらに逃げる。
前作の象徴的な場所であるジョーカー・ステアーズにまでやってきたアーサーはそこにいるリーに一緒に山を作ろうと声をかけるが、彼女は「さようならアーサー」と初めて彼の名前を呼んで去っていく。彼女もまた彼の幻影だけを見ていたに過ぎなかった。
『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』は前作を見てホアキンが演じるアーサーが『バットマン』シリーズの犯罪王ジョーカーのように振る舞い、悪のカリスマとして屹立する姿を見せてくれるのだろう・・・と期待していた人々の期待を完全に裏切る。
トッド・フィリップス監督はこの二作品が『バットマン』のオリジンにつながるシリーズではない、独立した物語であることを示唆した上で勝手に幻想を抱いて勝手に影響され勝手に幻滅していく人間に現実を突きつける。
お前が神輿を担ぐのは勝手だが、それに乗らなかった人間を責めるのはお門違いだと。
『ジョーカー』は底辺でもがく社会の脱落者たちの怒りのメッセージとも言われた。富裕層と腐敗したメディアと権力に対してカウンターパンチを打ちこむ(と思い込んでいた)人々は『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』に怒り狂っているが映画の中でさんざん「君らは間違ってる」と言われたのにまだ気づかないの?
腐敗は負けない。腐敗は死なない。アーサーは勝てない。
自分で自分を弁護する殺人者というとテッド・バンディを思い出す。米国にシリアルキラーと言う言葉を誕生させたとされるバンディは女性ばかりを何十人も殺し、裁判では自分自身を弁護し、二度も脱獄した。甘いマスクと言葉巧みな弁舌により彼に殺されそうになった人々も含め、熱狂的なファンを生み出し、獄中結婚した。アーサーが辿る最後はこれも実在の殺人鬼ジェフリー・ダーマ―に似ている。
彼らは凶悪な殺人者で、世間の反発を当然買ったが、非人間じみた行動に魅せられる人もまた多くいた。連続殺人なんてまともな人間のすることじゃないから、何等かのカリスマめいたものを感じたのかもしれないが、彼らもまた、ただの人間だったのではないか。
本作の冒頭はワーナー・ブラザーズの伝統にのっとってカートゥーンアニメから始まる。事件で人気者になったジョーカーが自分自身の影に乗っ取られてしまうという話で、「やったのは影だよ」と言っても誰にも信じてもらえず殴打される。
誰も彼も影や幻想ばかり見ていて熱狂している。
日本でも影響されて事件を起こしたバカがいたけど、あれを見てたら勝手に幻想を抱くやつがどれだけバカなのか、よくわかるってもんだ。
影響されてるやつらは恥ずかしくないの?っていうのがトッド・フィリップス監督の本音なんだろうなあ。
日本のテレビアニメが海の向こうフィリピンで実写映画化された『ボルテスVレガシー』が間もなく公開。
公開前にYouTubeで配信されていた『超電磁マシーン ボルテスV』を改めて全話完走したが、言うまでもなく今見ても圧倒的に面白い。皆絶対見た方がいい。
レーザーディスク版の広告
『ボルテスV』はテレ朝系列放送、東映エージェンシー制作の前作『超電磁ロボ コン・バトラーV』に続きアニメ演出家の長浜忠夫が関わった「長浜ロマンロボシリーズ」の第2弾である。
『コン・バトラーV』は”複数のマシンによる変形合体”を世界で初めて機構的に実現したロボットであり、おもちゃは大ヒットした。さらに長浜が取り入れた大河ロマン的物語はそれまでのアニメにありがちだった勧善懲悪のストーリーの中に敵側の物語、和平派と強硬派が対立しクーデターが起こるという、うねりを加えた展開は低年齢層よりもやや上の世代に影響を与えた。
そのため一話完結方式だった『コン・バトラーV』よりも全話に跨って続く父と子の物語が繰り広げられた。これは前作『コン・バトラーV』は制作が始まるギリギリまで前年度に放送されていた『勇者ライディーン』の続編をやろうとしていたが、うまくいかず東映が発注してきた企画を『コン・バトラーV』の形で始めることに。ギリギリの状態(放送開始を2週遅らせた!)で作ったためにどういうオチにして完結させるかを決めずに制作され、しかもおもちゃが売れたので1年以上(54話)も放送された。
物語は大きく1部と2部に別れている。大将軍ガルーダが敵となる26話までとそれに代わる女帝ジャネラが新たな敵の司令官となる27話以降。
個人的な意見だけど面白いのはガルーダ編の26話までで、ジャネラ編は完全に蛇足の物語だ。一木一家という雇われコックの一家が出てくるんだけど、こいつらがハードな物語に冷や水をぶっかけ続けるギャグキャラで、一家のハナタレ小僧らがつくったカエルのロボット、ケロッペ(声がガルーダと同じ市川治なのも情けない)が大活躍してコン・バトラーVの危機を救ったりする場面は舐めてんのかの一言。カエルのおもちゃに助けられるコン・バトラーの勇姿(苦笑)。こいつらが出てくる度、僕はイライラしていた。
突然空からやってきた平和の使者(名前がデウスっていうのもあんまりだ)が戦争を終わらせるというズッコケな最終回はアニメファンの間でも語り草になってる「この最終回がひどい!」である。
その失敗から学んだ長浜総監督は『ボルテスV』を頭から最後までのストーリーラインを完全に決めて、ギャグの話を少なくした(序盤でケロッペを連想させるタッコちゃんというタコのロボットが出てきた時は「またかよ!」と思ったがほとんど出番がなく大して活躍もしなかったので本当によかった)が、残念ながら玩具がコン・バトラーVよりも売れなかったため全40話というコンパクトに収まったが、それが幸いした。
ボアザン星ではツノが生えているものは貴族として裕福に暮らし、ツノがないものは労奴として一生貴族たちにこき使われる社会であった。皇帝の弟の子ラ・ゴールは「ツノのない貴族」として生まれ、着けツノをつけることでツノのあるものもないものも、平等に生きられる社会の実現をめざしていたが、王位継承権で下だったザンバジルにツノの秘密を暴かれ労奴に落とされ、一人息子は祖父母に預けられ、その後行方知れずに。
ボアザンの労奴階級からの脱獄者として地球に逃れたボアザン人は地球人に科学者、剛光代に助けられる。以後剛健太郎と名乗った男は光代との間に3人の息子をつくり、ボアザン星人の侵略に対抗する秘密基地とロボットボルテスVを作った後はボアザンの追手から逃れるため姿を消す。ここに父の姿を追い求める息子たちの物語がはじまる。
地球侵略軍の司令官として任命されたプリンス・ハイネルは「裏切者の子」として蔑まされながら。ボアザン星への忠誠のためにボルテスと戦う。しかし皇帝ザンバジルからは信用されず常にスパイを送り込まれることに。さらに逃亡した剛博士が労奴たちを集めてレジスタンスを結成し、周囲は敵とスパイだらけという状況に。
激闘の最中、ついに司令官を解任されたハイネルは将軍ジャンギャルを失い、側近カザリーンは身分も何もかも捨ててどこかへ落ち延びようとハイネルを連れてボアザン星に逃れようとするも貴族の誇りが逃げるを良しとせず、最後の最後まで抗ってボルテスと戦うことを決意。
ボルテスたちと労奴のレジスタンスらが皇帝の居城・黄金城を火の海にし、ボアザンの貴族社会は終わりを告げようとしていた。カザリーンを失ったハイネルはボルテスとの戦いにも敗れ、最後は剛兄弟の長男、健一と一対一の決闘に挑む。もう戦いは終わった、これ以上血を流すことはないと健一に諭されるハイネルは尚も家宝の短剣を抜いて健一に迫るが、それは剛健太郎ことラ・ゴールが一人息子に与えた伝家の短刀だった・・・
ハイネルと剛兄弟は異母兄弟だった。ボアザンの地球侵略軍とボルテスチームの戦いは血を分けた兄弟同士の死闘だったという悲劇の結末!
権力を失い、すべての罪をハイネルに擦り付けようとするザンバジルを短剣で討ち取ったハイネルは剛健太郎を「・・・お父さん・・・」と呼びながら火の中に消えていった。
『コン・バトラーV』のどうしようもない最終回と比べて『ボルテスV』の最終回の何と劇的なことか。長浜アニメの一つの完成形が『ボルテスV』であり、次作『闘将ダイモス』でより熟成されるのである。
ハイネルは『ボルテスV』屈指の人気キャラで、長浜ロマンロボシリーズは『コン・バトラーV』の将軍ガルーダ、ボルテスの後番組『闘将ダイモス』のリヒテル提督と並ぶ3大美形悪役キャラ。これに『勇者ライディーン』のプリンス・シャーキンを加えると4大美形悪役キャラとなる。ちなみに声はすべて市川治がアテてます。
炎の中に沈む名場面!
本放送中も人気を誇っていたハイネル。どれぐらい人気だったかというと当時、アニメ雑誌というものはまだ創刊されていなかった(国産アニメ雑誌のハシリである『アニメージュ』の創刊はボルテスの放送終了後であった)。
『ボルテスV』(というかハイネル様)に乙女心を刺激された当時の夢女子たちは小学館の児童雑誌「てれびくん」に気合の入りまくったハイネル様のイラストを送っていた(そこしかなかったから)。
アニメにおける少女ファン、夢女子は『海のトリトン』あたりから存在したとされているが、長浜アニメでは『勇者ライディーン』の時にもプリンス・シャーキンのファンが彼が死亡した際には長浜氏にカミソリを送り付けたことで有名。その悲劇を知っている夢女子はハイネル様を死なせてなるものかと、監督充てに「(ハイネルを)殺さないでください」と言う手紙を送ったとされている。まあ死ぬんですけどね。
当時、夢女子だった人たちはまだ健在なはずだから、数十年ぶりに立ち上がって『ボルテスV レガシー』上映映画館にかけつけてくれるかな?高齢の凛としたおばさまが座っていたら、その人はかつてハイネル様を殺さないでくださいという手紙を送った人かもしれないぞ!
地球の夜明けはもう近い!
マ・ドンソク演じる拳刑事マ・ソクトが活躍するアクションシリーズ最新作『犯罪都市 PUNISHMENT』は7年間(2017~2024)で4作品も作られている人気シリーズで「4作目にもなるとマンネリじゃない?」という観客の予想を軽く裏切ってシリーズ最高潮に達している。
今回の敵は違法オンラインカジノ「皇帝カジノ」で大儲けするIT長者チャン・ドンチョル(イ・ドンフィ)と彼に雇われ、ライバルのオンラインカジノを暴力で叩き潰す狂人ペク・チャンギ(キム・ムヨル)。
ソクト刑事(ドンソク)らソウル地方警察庁広域捜査隊は麻薬密売組織のアジトに殴り込み、組織を壊滅させる。組織は麻薬取引をアプリを通じて行っていた。そのアプリは韓国人プログラマー、チョ・ソンジェ(ペク・スホ)が開発したもので、オープンソースであったことを聞かされたソクト刑事は「じゃあ、閉まる前に行かないとな」とIT音痴ギャグをかます。
しかしソンジェはフィリピンで何者かに刺殺されていた。遺体からは激しい暴力の跡があり、長期間監禁されていたことをうかがわせた。ソンジェの母は一人息子の残酷すぎる死に耐えきれず自ら命を絶つ。母から「息子の仇をとってください」と遺言を託されたソクトは事件の解決を誓う(ここがシリーズにあまりない涙を誘うポイントになっている)。
サイバー捜査隊と協力して捜査を開始したソクトらはソンジェの開発したアプリが違法オンラインカジノ「皇帝カジノ」に使われていることがわかり、正体不明の黒幕を探るためにかつての事件を通じて知り合ったヤクザ、イス組の元ボス、チャン・イス(パク・ジファン)に協力を要請(と言うより無理やり従わせる)。
イスはかつてオンラインカジノ事業に参入しようとしたが、皇帝カジノグループによって根拠地を叩き潰されていた。皇帝カジノはオンラインカジノ事業を独占するためライバルをことごとく暴力によって排除、殺人すらも厭わない残忍な手口はさすがのイスも参入を諦めるほどであった。
ソクトらは潜入捜査を開始、皇帝カジノのマネーロンダリング担当者を捕まえるが、皇帝カジノのオーナーであるIT長者チャン・ドンチョルは暴力担当のペク・チャンギを使い、警察に忍び込んでマネーロンダリング担当者を殺害。
皇帝カジノは盤石と思われたが、ドンチョルはチャンギを狂人扱いし、マフィアのクォン・テウン(ヒョン・ボンシク)を使い始末しようとする。そんなドンチョルの本心を見抜いていたチャンギとその右腕チョ・ジフン(キム・ジフン)はクォンを返り討ちにし、共に組んでドンチョルの資産を奪い取る計画を持ち掛ける。
捜査の中止を命令する上司に「被害者の母親から頼まれたのです。辞めることはできない」と説得、捜査の継続を勝ち取ったソクトらは皇帝カジノを一網打尽にする奇抜な計画を実行に移すのだった。
基本このシリーズは毎回同じ展開だ。巨大な犯罪組織の暗躍を感じ取ったソクトはまず下っ端のチンピラを小突き回して情報を吐かせる。大抵そいつらは雇われてるだけなので雇い主をさらに殴り倒し最後に黒幕をボコボコにするという流れ。わらしべ長者みたいな話だ。
マンネリにしても痛快すぎるので飽きがない。この手の作品はハリウッドなら凄まじい銃撃戦になってアジトが大爆発、犯人も黒幕も皆殺しのハッピーエンド(?)だ。
だが『犯罪都市』シリーズは銃撃戦はほとんどなく、ソクトは己の身体と拳のみで悪党どもを叩きのめす。悪党は文字通りの凶悪犯罪者なので武器を持ち出すがソクトは身体一つで悪党を粉砕する。
「今まで殺さないよう気を付けてきたが、もう手加減できん」
と言うシリーズ屈指の名台詞が炸裂するが、それでもソクトの最終手段は「逮捕」だ。本当に殺す寸前まではやっちゃうけれど、最後は逮捕する。
かつてハリウッドのアクション映画はシュワルツェネッガーやスタローン、ブルース・ウィリスらが演じる刑事が悪党を容赦なく皆殺しにして強引にハッピーエンドにしていたが彼らが現役でなくなり、入れ替わるように誕生したマ・ドンソク演じる刑事はどんなに凶悪な犯罪者も逮捕する。この一線を越えないあたりが『犯罪都市』シリーズを痛快かつリアルに留めている魅力だろう。僕等はもう皆殺しハッピーエンドに喝采を送ることはできない。
シリーズは現在8作目までを予定しているそうだがどんなにマンネリでも必ず最後には「逮捕」するソクト刑事を応援できるだろう。
本作はシリーズの人気キャラであるイス社長とのバディものになっている側面もあり、「悪だけど憎めない」イス社長に次回も期待!今作では主題歌まで歌っていて、こいつが最高なのでぜひ聞いてほしい。