終末の唄_043
「そこで――、さあ、あんたはんの出番や」
「ぼくの、出番?」
「そうや。あんたはん、アリスの友だちになったってくれへんか?」
「友だち――ですか?」
「そうや。あんたはんやったら、アリスと同じ側の世界の人間やし、多少なりともアリスの事情も知ってるわけやしな?
なんとなくな、あんたはんやったら、アリスとうまくいくような気がすんねんや。いや、わてのただの勘なんやけどな?
それにまさか、いきなり世間のまともな人間に、こんなこと頼まれへんやろ?」
「はあ」
「人助けや思うて、どうや? 頼まれてくれへんか? あかんか?」
「でも、実際、何をすればいいんですか? ぼくは」
「簡単やないか。今度会ったら、何でもいいさかい、話しかけたってくれたらええねん。
そらあの調子やし、最初から仲良うなるのは難しい思うで? そやさかい、じょじょに、じょじょにでええねん。
なんせ、アリスは消えたがってるんやさかい、ちょっとでもこの世界に引き留まる理由ができたら、それでええねん。
それが友だちでも、恋人でも、何でもかまわへんわけや。それを、あんたはんに頼みたいんや」
「はあ」ぼくは少し考えてから、言った。
「まあ、ぼくにできることだったら、べつに構わないけど――」
「決まりや! ほんま、頼んだでえ?」
と、月兎が言った。そして流れてきたチョコムースの皿をうれしそうにとった。
月兎のテーブルの前には、結局十五枚の皿が積み重なっていた。それと、ビールの中ジョッキがふたつに、赤出しと茶碗蒸しのお椀がそれぞれひとつずつ、そして最後にデザートの皿がひとつ並んだ。
「はあー、食った、食った」月兎は楊枝をくわえながら、言った。
「ほんまは、もっと食いたいんやけどな。悲しいかな、これがアリスの胃袋の限界なんや」
「月兎さん、その楊枝でシーシーするのも、やめた方がいいですよ? アリスがかわいそうだ」とぼくは、言った。
「ああ、かんにんな。気をつけてるつもりが、ついつい――な。
うん? なんや、あんたはん、もうおしまいか? たったの三皿しか食ってへんやないか?」
「すみません。あまり食欲もなくって」とぼくは、言った。
「そらそうやなあ。身体きついんやろうなあ? その落ち込んでクマのできた目えみたら、わかるわ」
そのとき、スピーカーから流れてきた音楽を聴いて、月兎が言う。
「あ、この曲、最近なんやよう聴くなあ。
これなあ、なんでか耳について、いつも頭ン中で響いてる感じなんやなあ。
あんたはん、この曲しってるか?」
「いや、何の曲かはしらない。でも、ぼくも同じなんだ。
とても気になっていて――」
「そうやろう? なんや変やなあ。
まあええか。ほな、そろそろいきまひょか?」
月兎は精算をするためにインターフォンを押して、店員を呼んだ。
「ごちそうさまでした」とぼくは、言った。
「なんの、なんの。これしき」
と、月兎は赤いダッフルコートを着て、赤い手袋をはめながら上機嫌で、言った。そして、肩からたすき掛けした小さなポーチの中の小銭をじゃらじゃらと鳴らした。
それから、ぼくらはまたバス停まで歩き、クリニックと反対向きのバスに乗った。
月兎は座席に座ると、膨らんだ腹を撫でながら、程なく眠りについた。
いったん眠ってしまうと(あの関西弁でしゃべらなければ)、頬を少し赤く染めてぼくに寄り添うアリスは、まったくキュートだった。
そのアリスの寝顔を見ながら、ぼくらはまったく、奇妙な世界に住んでいるんだな、とふと思った。
To be continued.


「ぼくの、出番?」
「そうや。あんたはん、アリスの友だちになったってくれへんか?」
「友だち――ですか?」
「そうや。あんたはんやったら、アリスと同じ側の世界の人間やし、多少なりともアリスの事情も知ってるわけやしな?
なんとなくな、あんたはんやったら、アリスとうまくいくような気がすんねんや。いや、わてのただの勘なんやけどな?
それにまさか、いきなり世間のまともな人間に、こんなこと頼まれへんやろ?」
「はあ」
「人助けや思うて、どうや? 頼まれてくれへんか? あかんか?」
「でも、実際、何をすればいいんですか? ぼくは」
「簡単やないか。今度会ったら、何でもいいさかい、話しかけたってくれたらええねん。
そらあの調子やし、最初から仲良うなるのは難しい思うで? そやさかい、じょじょに、じょじょにでええねん。
なんせ、アリスは消えたがってるんやさかい、ちょっとでもこの世界に引き留まる理由ができたら、それでええねん。
それが友だちでも、恋人でも、何でもかまわへんわけや。それを、あんたはんに頼みたいんや」
「はあ」ぼくは少し考えてから、言った。
「まあ、ぼくにできることだったら、べつに構わないけど――」
「決まりや! ほんま、頼んだでえ?」
と、月兎が言った。そして流れてきたチョコムースの皿をうれしそうにとった。
月兎のテーブルの前には、結局十五枚の皿が積み重なっていた。それと、ビールの中ジョッキがふたつに、赤出しと茶碗蒸しのお椀がそれぞれひとつずつ、そして最後にデザートの皿がひとつ並んだ。
「はあー、食った、食った」月兎は楊枝をくわえながら、言った。
「ほんまは、もっと食いたいんやけどな。悲しいかな、これがアリスの胃袋の限界なんや」
「月兎さん、その楊枝でシーシーするのも、やめた方がいいですよ? アリスがかわいそうだ」とぼくは、言った。
「ああ、かんにんな。気をつけてるつもりが、ついつい――な。
うん? なんや、あんたはん、もうおしまいか? たったの三皿しか食ってへんやないか?」
「すみません。あまり食欲もなくって」とぼくは、言った。
「そらそうやなあ。身体きついんやろうなあ? その落ち込んでクマのできた目えみたら、わかるわ」
そのとき、スピーカーから流れてきた音楽を聴いて、月兎が言う。
「あ、この曲、最近なんやよう聴くなあ。
これなあ、なんでか耳について、いつも頭ン中で響いてる感じなんやなあ。
あんたはん、この曲しってるか?」
「いや、何の曲かはしらない。でも、ぼくも同じなんだ。
とても気になっていて――」
「そうやろう? なんや変やなあ。
まあええか。ほな、そろそろいきまひょか?」
月兎は精算をするためにインターフォンを押して、店員を呼んだ。
「ごちそうさまでした」とぼくは、言った。
「なんの、なんの。これしき」
と、月兎は赤いダッフルコートを着て、赤い手袋をはめながら上機嫌で、言った。そして、肩からたすき掛けした小さなポーチの中の小銭をじゃらじゃらと鳴らした。
それから、ぼくらはまたバス停まで歩き、クリニックと反対向きのバスに乗った。
月兎は座席に座ると、膨らんだ腹を撫でながら、程なく眠りについた。
いったん眠ってしまうと(あの関西弁でしゃべらなければ)、頬を少し赤く染めてぼくに寄り添うアリスは、まったくキュートだった。
そのアリスの寝顔を見ながら、ぼくらはまったく、奇妙な世界に住んでいるんだな、とふと思った。
To be continued.

終末の唄_042
「さて」
月兎はお茶を一口飲んで、言った。
「あんたはんを待ってたわけやけど――」
イクラの皿が流れてきて、彼の意識はそちらに向かい、話がまた中断した。
「ああ、ごめんやで? ええと、なんやったっけかな?
ああ、そうや、そうや。あんたはんを待ってたわけ、やったな?」
「ええ」
「あんたはんも、アリスが多重人格者やってことは、たぶん、聞いたことあるんやろう?」
「ええ。柿ピーが言ってたのを、少しだけ聞いたことがあります」
「柿ピー? なんやそれ?
あっ、それってひょっとして、あんたはんがたまにいっしょにバスに乗ってる、あのイケ好かんチビのことかいな?」
「たぶん、そうだと思います。月兎さんの言う、”イケ好かんチビ”のことです」とぼくは、言った。
月兎は二皿続けて流れてきたハマチを、二皿ともすかさずとった。
そしてビールの残りを一気に飲み干し、小さなゲップをしたあと、またインターフォンに向かってビールの追加をしようとした。
「ちょっと待って、月兎さん。ぼくはビールは飲まないから、ぼくの分を飲んでよ」
「そうなんか? ほんまに? 遠慮してんのとちゃう?」
「ほんとに、アルコールはダメなんです」
「もしもし、聞こえた? そういうことやから、ビールの追加は取りやめや。もういらんでえ」
月兎は再びインターフォンに向かって、そう怒鳴った。そしてもう一度ゲップをした。
ぼくはアリスのキュートな顔と、月兎の下品な態度とのギャップにどうもうまく慣れることができずに、ずっとおかしくてたまらなかった。
「ええとー、イケ好かんチビの話やったなあ。まあいいわ、そんなことは、どーでも。
えー、つまり、重要なことは、なんでアリスが多重人格になってしもうたか、ってことや。
なんでか、わかるか?」
「いや、わからないけど」とぼくは、言った。
「かわいそうに、アリスはな、過去にひどい目にあったことがきっかけで――どんなひどい目にあったかは、話がなごうなるんでいまはおいとくけどな、彼女のこころの中に自殺願望が芽生えてしもうたんや。
わてがしってるだけでも、もうすでに四、五回はリストカットして、自殺未遂してるんやで?」
「そうなんですか」
「ああ、もうっ。
どーでもいいけど、この前髪どないかならんのかいな。ほんまうっとうしいなあ。
今度アリスがしらん間に、パーマ屋いって切りたおしたろか」
月兎は、前髪が浸からないように片手で髪を押さえながら、飲みにくそうに赤出しを啜った。
「それでもな、アリスの中のどこかに、生きたいと願うこころが、まだかろうじてあったんやな。
その気持ちがカタチになって、わてらが生まれたんや。
そういうわても、アリスの中にいったい何人の人格が住んでるんか、はっきりとはしらんねんで?
そやけど、わてらが順番に入れかわって、アリスがアリスでいる時間を少しでも減らして、彼女のことを救おうとしてるんや。
あのクリニックに通わしたんもわてらやし、だから、べっぴんのチェン先生がアリスのこころを完全に治してくれたら、そのときはもちろん、わてらは喜んでアリスのこころから出ていって、消えてしまおう思てるんやで?」
「はあ」
ぼくは曖昧に相槌をうった。
To be continued.


月兎はお茶を一口飲んで、言った。
「あんたはんを待ってたわけやけど――」
イクラの皿が流れてきて、彼の意識はそちらに向かい、話がまた中断した。
「ああ、ごめんやで? ええと、なんやったっけかな?
ああ、そうや、そうや。あんたはんを待ってたわけ、やったな?」
「ええ」
「あんたはんも、アリスが多重人格者やってことは、たぶん、聞いたことあるんやろう?」
「ええ。柿ピーが言ってたのを、少しだけ聞いたことがあります」
「柿ピー? なんやそれ?
あっ、それってひょっとして、あんたはんがたまにいっしょにバスに乗ってる、あのイケ好かんチビのことかいな?」
「たぶん、そうだと思います。月兎さんの言う、”イケ好かんチビ”のことです」とぼくは、言った。
月兎は二皿続けて流れてきたハマチを、二皿ともすかさずとった。
そしてビールの残りを一気に飲み干し、小さなゲップをしたあと、またインターフォンに向かってビールの追加をしようとした。
「ちょっと待って、月兎さん。ぼくはビールは飲まないから、ぼくの分を飲んでよ」
「そうなんか? ほんまに? 遠慮してんのとちゃう?」
「ほんとに、アルコールはダメなんです」
「もしもし、聞こえた? そういうことやから、ビールの追加は取りやめや。もういらんでえ」
月兎は再びインターフォンに向かって、そう怒鳴った。そしてもう一度ゲップをした。
ぼくはアリスのキュートな顔と、月兎の下品な態度とのギャップにどうもうまく慣れることができずに、ずっとおかしくてたまらなかった。
「ええとー、イケ好かんチビの話やったなあ。まあいいわ、そんなことは、どーでも。
えー、つまり、重要なことは、なんでアリスが多重人格になってしもうたか、ってことや。
なんでか、わかるか?」
「いや、わからないけど」とぼくは、言った。
「かわいそうに、アリスはな、過去にひどい目にあったことがきっかけで――どんなひどい目にあったかは、話がなごうなるんでいまはおいとくけどな、彼女のこころの中に自殺願望が芽生えてしもうたんや。
わてがしってるだけでも、もうすでに四、五回はリストカットして、自殺未遂してるんやで?」
「そうなんですか」
「ああ、もうっ。
どーでもいいけど、この前髪どないかならんのかいな。ほんまうっとうしいなあ。
今度アリスがしらん間に、パーマ屋いって切りたおしたろか」
月兎は、前髪が浸からないように片手で髪を押さえながら、飲みにくそうに赤出しを啜った。
「それでもな、アリスの中のどこかに、生きたいと願うこころが、まだかろうじてあったんやな。
その気持ちがカタチになって、わてらが生まれたんや。
そういうわても、アリスの中にいったい何人の人格が住んでるんか、はっきりとはしらんねんで?
そやけど、わてらが順番に入れかわって、アリスがアリスでいる時間を少しでも減らして、彼女のことを救おうとしてるんや。
あのクリニックに通わしたんもわてらやし、だから、べっぴんのチェン先生がアリスのこころを完全に治してくれたら、そのときはもちろん、わてらは喜んでアリスのこころから出ていって、消えてしまおう思てるんやで?」
「はあ」
ぼくは曖昧に相槌をうった。
To be continued.




