終末の唄_042
「さて」
月兎はお茶を一口飲んで、言った。
「あんたはんを待ってたわけやけど――」
イクラの皿が流れてきて、彼の意識はそちらに向かい、話がまた中断した。
「ああ、ごめんやで? ええと、なんやったっけかな?
ああ、そうや、そうや。あんたはんを待ってたわけ、やったな?」
「ええ」
「あんたはんも、アリスが多重人格者やってことは、たぶん、聞いたことあるんやろう?」
「ええ。柿ピーが言ってたのを、少しだけ聞いたことがあります」
「柿ピー? なんやそれ?
あっ、それってひょっとして、あんたはんがたまにいっしょにバスに乗ってる、あのイケ好かんチビのことかいな?」
「たぶん、そうだと思います。月兎さんの言う、”イケ好かんチビ”のことです」とぼくは、言った。
月兎は二皿続けて流れてきたハマチを、二皿ともすかさずとった。
そしてビールの残りを一気に飲み干し、小さなゲップをしたあと、またインターフォンに向かってビールの追加をしようとした。
「ちょっと待って、月兎さん。ぼくはビールは飲まないから、ぼくの分を飲んでよ」
「そうなんか? ほんまに? 遠慮してんのとちゃう?」
「ほんとに、アルコールはダメなんです」
「もしもし、聞こえた? そういうことやから、ビールの追加は取りやめや。もういらんでえ」
月兎は再びインターフォンに向かって、そう怒鳴った。そしてもう一度ゲップをした。
ぼくはアリスのキュートな顔と、月兎の下品な態度とのギャップにどうもうまく慣れることができずに、ずっとおかしくてたまらなかった。
「ええとー、イケ好かんチビの話やったなあ。まあいいわ、そんなことは、どーでも。
えー、つまり、重要なことは、なんでアリスが多重人格になってしもうたか、ってことや。
なんでか、わかるか?」
「いや、わからないけど」とぼくは、言った。
「かわいそうに、アリスはな、過去にひどい目にあったことがきっかけで――どんなひどい目にあったかは、話がなごうなるんでいまはおいとくけどな、彼女のこころの中に自殺願望が芽生えてしもうたんや。
わてがしってるだけでも、もうすでに四、五回はリストカットして、自殺未遂してるんやで?」
「そうなんですか」
「ああ、もうっ。
どーでもいいけど、この前髪どないかならんのかいな。ほんまうっとうしいなあ。
今度アリスがしらん間に、パーマ屋いって切りたおしたろか」
月兎は、前髪が浸からないように片手で髪を押さえながら、飲みにくそうに赤出しを啜った。
「それでもな、アリスの中のどこかに、生きたいと願うこころが、まだかろうじてあったんやな。
その気持ちがカタチになって、わてらが生まれたんや。
そういうわても、アリスの中にいったい何人の人格が住んでるんか、はっきりとはしらんねんで?
そやけど、わてらが順番に入れかわって、アリスがアリスでいる時間を少しでも減らして、彼女のことを救おうとしてるんや。
あのクリニックに通わしたんもわてらやし、だから、べっぴんのチェン先生がアリスのこころを完全に治してくれたら、そのときはもちろん、わてらは喜んでアリスのこころから出ていって、消えてしまおう思てるんやで?」
「はあ」
ぼくは曖昧に相槌をうった。
To be continued.


月兎はお茶を一口飲んで、言った。
「あんたはんを待ってたわけやけど――」
イクラの皿が流れてきて、彼の意識はそちらに向かい、話がまた中断した。
「ああ、ごめんやで? ええと、なんやったっけかな?
ああ、そうや、そうや。あんたはんを待ってたわけ、やったな?」
「ええ」
「あんたはんも、アリスが多重人格者やってことは、たぶん、聞いたことあるんやろう?」
「ええ。柿ピーが言ってたのを、少しだけ聞いたことがあります」
「柿ピー? なんやそれ?
あっ、それってひょっとして、あんたはんがたまにいっしょにバスに乗ってる、あのイケ好かんチビのことかいな?」
「たぶん、そうだと思います。月兎さんの言う、”イケ好かんチビ”のことです」とぼくは、言った。
月兎は二皿続けて流れてきたハマチを、二皿ともすかさずとった。
そしてビールの残りを一気に飲み干し、小さなゲップをしたあと、またインターフォンに向かってビールの追加をしようとした。
「ちょっと待って、月兎さん。ぼくはビールは飲まないから、ぼくの分を飲んでよ」
「そうなんか? ほんまに? 遠慮してんのとちゃう?」
「ほんとに、アルコールはダメなんです」
「もしもし、聞こえた? そういうことやから、ビールの追加は取りやめや。もういらんでえ」
月兎は再びインターフォンに向かって、そう怒鳴った。そしてもう一度ゲップをした。
ぼくはアリスのキュートな顔と、月兎の下品な態度とのギャップにどうもうまく慣れることができずに、ずっとおかしくてたまらなかった。
「ええとー、イケ好かんチビの話やったなあ。まあいいわ、そんなことは、どーでも。
えー、つまり、重要なことは、なんでアリスが多重人格になってしもうたか、ってことや。
なんでか、わかるか?」
「いや、わからないけど」とぼくは、言った。
「かわいそうに、アリスはな、過去にひどい目にあったことがきっかけで――どんなひどい目にあったかは、話がなごうなるんでいまはおいとくけどな、彼女のこころの中に自殺願望が芽生えてしもうたんや。
わてがしってるだけでも、もうすでに四、五回はリストカットして、自殺未遂してるんやで?」
「そうなんですか」
「ああ、もうっ。
どーでもいいけど、この前髪どないかならんのかいな。ほんまうっとうしいなあ。
今度アリスがしらん間に、パーマ屋いって切りたおしたろか」
月兎は、前髪が浸からないように片手で髪を押さえながら、飲みにくそうに赤出しを啜った。
「それでもな、アリスの中のどこかに、生きたいと願うこころが、まだかろうじてあったんやな。
その気持ちがカタチになって、わてらが生まれたんや。
そういうわても、アリスの中にいったい何人の人格が住んでるんか、はっきりとはしらんねんで?
そやけど、わてらが順番に入れかわって、アリスがアリスでいる時間を少しでも減らして、彼女のことを救おうとしてるんや。
あのクリニックに通わしたんもわてらやし、だから、べっぴんのチェン先生がアリスのこころを完全に治してくれたら、そのときはもちろん、わてらは喜んでアリスのこころから出ていって、消えてしまおう思てるんやで?」
「はあ」
ぼくは曖昧に相槌をうった。
To be continued.
