基礎的な官能基変換反応 / カルボキシ基 ⇒ アミド基 | 創薬メモ

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基礎的な官能基変換反応 < カルボキシ基 ⇒ アミド基 > 

 

本エントリーでは、カルボキシ基をアミド基に変換する「縮合剤」について述べる。

 

■ ウロニウム系

 

HATU

 

ウロニウム系の脱水縮合剤は、反応性が高く、かつ、ラセミ化抑制能に優れている。

多くの種類があるが、HATU はその中でも、特に信頼性の高い縮合剤の一つである。

アカデミックや企業の研究現場で、日常的に用いられている試薬だと言える。

 

典型的な反応例は、以下の通りである。

 

 

WO 2011088192 A1

 

反応機構は、以下の通りである。

 

 

HBTU は HATU と同系列の反応剤である。

こちらは、HATU に比べて安価である。

HBTU も HATU 同様、実用性に優れた試薬だと言える。

 

しかしながら、HATU だと綺麗に反応が進行する一方で、

HBTU だと中程度の収率に留まるケースに、個人的にはけっこう遭遇する。

 

ラボレベルにおける「小スケールの実験」では、

試薬コストよりも、実験者のタイムコストの方を重視すべきだと思う。

 

HATU を中心に反応を検討していき、スケールアップの必要性が生じたら、

改めて HBTU の反応性を検証し、コストダウンを志向するのが良いのではないか思う。

 

また近年、新しいウロニウム系脱水縮合剤として、COMU も広く使われるようになった。

 

COMU

 

COMU は HATU と同等以上の反応性を有しており、

基質によっては、色の変化で反応経過を追跡できる。

 

また、以下に示すように、HATU や HBTU においては、

ウロニウム塩とグアニジウム塩の間で平衡状態が存在する。

平衡は、反応性の低いグアニジウム塩の方に偏っている。

 

 

縮合反応において、この平衡が悪影響を及ぼすことは、あんまりないと思われるが、

事実としての「平衡状態の存在」は知っておくべきである。

 

一方で、COMU にはこのような平衡は存在しない。

反応性の高いウロニウム塩としてのみ存在する点に特徴がある。

したがって、HATU などに比べて、反応機構がよりシンプルになる。

これも、一つのメリットであると思う。

 

HATU と同様、COMU も信頼性の高い試薬である。積極的に活用していくべきだと思う。

 

以下は、COMU の反応機構である。

 

 

 

■ カルボジイミド系

 

EDC (WSC)

 

カルボジイミド系縮合剤も、エステル化やアミド化で、汎用的に用いられている。

 

反応基質によっては、ウロニウム系では不良だが、

カルボジイミド系だと綺麗に進行するという場合もある。

HATU などでうまくいかない時は、検討する価値がある縮合剤である。

 

カルボジイミド系縮合剤も多くの種類があるが、最も有名なのは DCC である。

しかし、この試薬が暴露すると、咳やかぶれなどのアレルギー症状が出ることがある。

また、副生成物であるジシクロヘキシル尿素が、精製段階において問題を生じやすい。

 

カルボジイミド系縮合剤の中では、EDC (WSC) が特に有用であると思う。

この縮合剤は、副生成物が水溶性であるため、精製が容易である。

 

以下は、典型的な反応例である。

 

 

WO 2009121872 A2

 

 

 

WO 2004065374 A1

 

カルボジイミド系縮合剤の反応では、

縮合補助剤として DMAP や HOBt を添加する場合が多い。

 

DMAP の添加は、アシルピリジニウム中間体を経由させることで、

脱水縮合の反応を加速させることが主な目的である。

 

一方、HOBt や HOAt は、ラセミ化が懸念される時に、縮合補助剤として添加する。

(自分は経験がないが、Oxyma なんかも、同様に利用可能なのかも)

 

以下は、縮合補助剤として、DMAP を添加した場合の反応機構である。

 

 

EDC の他には、DIC などを使うケースもある。

こちらは、副生成物がジクロロメタンに溶けてくれる縮合剤である。

生成物の溶解性によっては、ジクロロメタンの洗浄による精製が可能である。

基質との相性によって、最適な縮合剤を選択する必要がある。

 

■ イミダゾール系

 

CDI

 

イミダゾール系縮合剤としては、CDI などが有名である。

エステル化、アミド化、ペプチド、チオエステルなどの合成に汎用されている。

 

CDI は、ウロニウム系縮合剤などに比べて安価である。

キロスケールのペプチド合成の実績もあり、

コストが制約条件となる大スケールの合成実験に向いている。

 

もちろん、反応基質によって、優れた相性を発揮することもある。

選択肢の一つとして、知っておくべき縮合剤である。

 

以下は、典型的な反応例である。

 

 

WO 2007127765 A1

 

反応機構は、以下の通りである。

 

 

反応機構を見ても分かる通り、CO2 ガスが出るので、密閉条件にしないようにする。

 

■ ホスホニウム系

 

PyBOP

 

ホスホニウム系縮合剤も、非常によく使われる反応剤である。

HOBt や HOAt を含む PyBOPPyAOP は、ラセミ化抑制能が高い。

反応速度も速いという印象を持っている。

 

個人的には、ウロニウム系縮合剤を中心に合成を進めていて、

何か問題が起きた時に、ホスホニウム系縮合剤を選択肢に入れることが多い。

 

ホスホニウム系の中で、最初に開発された試薬は BOP である。

この試薬は「副生成物である HMPA の毒性が高い」という問題がある。

毒性を低減する目的で開発されたのが、PyBOP や PyAOP である。

 

以下は、典型的な反応例である。

 

 

WO 2009143404 A1

 

反応機構は、以下の通りである。

 

 

■ その他の縮合剤

 

・T3P

 

T3P

 

T3P は、非常に優れた縮合剤である。

反応速度も非常に速く、愛用している研究者も多いのではないかと思う。

 

基本的な縮合剤を試して、結果が不満足だった場合、そのまま T3P を検討する場合が多い。

酢酸エチル溶液、DMF 溶液などの状態で市販されている。

 

典型的な反応例は、以下の通りである。

 

 

US 20150218102 A1

 

反応機構は、以下の通りである。

 

 

・DMT-MM

 

DMT-MM

 

DMT-MM は比較的新しい縮合剤の一つで、トリアジン系に分類される。

この試薬の強みは、溶媒に「低分子アルコール」や「水」を用いることが可能な点である。

アルコール溶媒や水にしか溶けない基質の場合、重宝する縮合剤であると言える。

副生成物は水溶性であるため、洗浄により容易に除去できる。

 

典型的な反応例は、下記の通りである。

 

 

WO 2014086805 A1

 

反応機構は、以下の通りである。

 

 

・向山試薬

 

向山試薬

 

向山試薬は安価であり、基質一般性も高く、精製も容易である。

嵩高いアミンや電子求引基の入ったアニリン等では失敗するケースが多いが、

実用性と低コストを兼ね揃えた試薬であり、大スケール合成などで重宝する。

 

以下は、典型的な反応例である。

 

 

US 20040209857 A1

 

反応機構は、以下の通りである。

 

 

■ 実用的な反応とは

 

牛丼のチェーン店である吉野家には、以下のような理念がある。

 

「うまい、やすい、はやい」

 

実用的な有機反応という概念も、この理念に近いものがある。

 

・実用的な有機反応

 

うまい

 

・高収率

・高選択的(位置選択性&立体選択性)

・優れた原子効率

・優れた基質一般性

・優れた再現性

 

やすい

 

・試薬コストが安価

・反応コストが安価(室温&空気中でOKなど)

・精製コストが安価

 

はやい

 

・反応速度が速い

・反応の準備が容易

・実験操作が容易 (熟練を必要としない)

 

脱水縮合剤の開発は、有機反応における「実用性追究の歴史」だと言える。

 

脱水縮合の原理は、どれもほとんど同じである。

カルボキシ基を活性エステルに変換して活性化し、

アミンによる求核置換反応を経て、アミド結合を形成するというものである。

 

縮合剤における付加価値は、斬新な活性エステルのデザインだけでなく、

実用性追究によって生じた貢献に大きく依存していると思う。

 

現在、利用できる縮合剤の多くは、副生成物は水溶性で除去が容易である。

混ぜればすぐに反応が完結する。おかしな副反応も起こりにくい。

便利な時代になったということである。

 

現代の脱水縮合剤は「実用的な有機反応」を考える上での良い手本である。

有機合成化学者が用いる「信頼できる道具」としての価値を十分に有している。

 

■ 総説

 

Amide bond formation: beyond the myth of coupling reagents

Chem. Soc. Rev. 2009, 38, 606.

 

Peptide Coupling Reagents, More than a Letter Soup

Chem. Rev. 2011, 111, 6557.

 

Nonclassical Routes for Amide Bond Formation

Chem. Rev. 2016, 116, 12029.

 

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