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明日を見つめて~野上 薫の告白⑩

【忘却の柩】(ボウキャク ノ ヒツギ) 第1話
昔々・・・・1人の青年が身分の差を越えた愛に走ろうとした。しかし家族中の反対に遭い、苦悩の果てに家を飛び出して消息を絶った・・・・・・。
青年は日本から遠く離れ、オーストラリアを経由して南極大陸に向かう外国のコンテナの船上に立っていた。遥か先に見える白い氷壁を見つめ、懐に仕舞っておいたブランデーを口に付けて強いアルコールを体内に流し込んで身体を熱く燃やす。そうしていないと極寒の地ではあっという間に体温と水分を奪われて危険な状態に陥ってしまうのだ。
海は穏やかだが、吹きすさぶ風の冷たさは尋常ではない。それでも青年はデッキから離れようとはせずただじっと氷壁を睨み付けていた。
『希望破れた自分には、この先の未来は無い・・・・出来るなら誰にも知られず静かに眠りたい。』
そして青年は一人南極で最後を迎えた。


時は流れ、現代・・・・・・・青年が南極で最後を迎えてから約90年がたったある日。
その青年が氷漬けになった状態で発見され、日本いや世界中が騒然となった。しかしそれだけでは済まなかった・・・・・・なんと冬眠に近い仮死状態で生きているというのだから更に驚愕・仰天モノ。すぐに世界中の英知と技術を結集しての蘇生作業が行われ、氷を溶かすのに10日。(削ったり割ったりした場合、凍っている肉体までも傷付ける可能性がある為に、時間は掛かるが一番安全という方法で行われた)
凍った身体の体温回復に5日の時間を要し、そして16日目・・・・・全世界の人々が生中継で見守る中、ゆっくりと瞼を開き身体を起こした。その瞬間、世界中から祝福の声と拍手喝采が沸き起こり、ありとあらゆる国・人種・宗教を超えて三日三晩の間お祭り騒ぎが続いた。


それから更に2週間掛けて、身元(姓名・年齢(生年月日も含む)・住所)の確認と記憶障害の有無、人間的身体能力などを検査し、その検査結果で異常なしという診断が下された。
姓名(名前)は山科隆一郎/1900年(明治33年)8月4日生まれのA型(血液型は自称→検査結果はO型)/苗字から読み取れるように公家(華族)の山科(伯爵)家の流れを汲む。隆一郎の記憶の聞き取りによると・・・・・隆一郎が長男で下に弟一人、妹一人がいた。家は裕福であったが、厳しい父の元で家督継承の為の訓育を強要され続けたという。母は父親とは正反対の人で、優しく物静かであり、厳しい父に押え付けられている自分を理解し、いつも慰めそして励ましてくれていた。また隠居した父方の祖父と家の中の世話をしてくれていた女中二人と同居していて、家は現在の東京都世田谷区船橋に位置すると説明。それから更に記憶の検査(検証)から 【何故、南極大陸に行ったのか?】 という話に移ると顔色を曇らせて無口になってしまった。調査員たちは無理強いをせず、ゆっくりとでも本人が真実を語るまでじっくりと待つ姿勢を貫き、そして沈黙から三日後にその真実が彼の口から語られた。


≪大友純子という一般の女性に惹かれ、結婚を決意するも家族・・・・特に父親から反対され家出同然で飛び出した。何もない(全てを失った)自分に彼女の心を繋ぎとめられないと思い込み、失意のうちに日本を離れ、(日本を)遠ざかるにつれて今度は生きる希望の欠如から死に場所を求めるようになり、気が付いたら南極にたどり着いた。≫・・・・・・・・・・・・・・・これが全ての事の始まりであった。


南極での発見から1ヶ月が経ち、あらゆる束縛 (前述の検査などを指す) から解放され、隆一郎は生家へと戻ることになった。しかし南極での発見からずっと不思議な事に隆一郎は青年の姿のまま現代で生を継続している。 (齢は当に百を越えている!!!) そして本人の記憶と時間は南極で身を投じた時で止まっており、彼の中では今も大正時代の自分の時代が流れていて・・・・・20世紀を越え、21世紀を迎えたなど知る由もなく、もしそれを知った時のショックによってまた衝動的に身を投げられてはいけないと、彼を生家へと護送する際には細心の注意 (外の景色を見せない/生家の付近を全て大正時代にするなど) が払われ、 もちろん今も現存する生家には同じ家族構成を揃えて彼の家族として演技をする事となった。
果たして彼は真実を知るのだろうか?
そして真実を知った時に彼は一体、どのような選択をするのだろうか?



≪続く≫


明日を見つめて~野上 薫の告白⑨

『心と身体は別物だ』 そういって彼はなかなか私と付き合おう (そもそも道端で救いの手を差し伸べただけで、その後の展開にはお互いの意志の疎通など全く存在していない) としてくれなかった。それでも粘りに粘ってあの情事から3ヶ月ほど過ぎた頃にやっと首を縦に振ってもらえた。 (きっと半分以上はしつこい私に折れてくれたんだと思うけど)


彼の名は佐々木征二。年は21歳で私よりも2つ年上の役者志望のフリーター。小さな劇団に所属していて、昼間は高円寺駅近くのコンビニで、夜は新宿の歌舞伎町にある居酒屋でアルバイトをしながら、ほとんどの時間をアルバイトと演劇の時間に費やしている・・・・・と征ちゃん (これが私が付けた愛称) は付き合うにあたって私に説明をした。
私は私で昼間は専門学校、夜はキャバクラでアルバイトをしていたので、会える時間は極々限られてはいたものの、家が近所だった事とお互いに夜のアルバイトから帰宅の時間が似ていた事もあって、その帰宅に合わせて私の家で一緒の時間を過ごすのがほとんどだった。


そういえば私に手を出そうとしたあいつの事だけど・・・・あれから1ヶ月ほど店に来なくなり、それはそれで面倒事が一つ減ったと素直に喜んでいたものの、あいつなりにほとぼりが冷めたのだろうか?頃合を見計らったように何もなかった顔をしてまた来店してきては、奈津芽先輩を指名している。そして私の事を警戒しているのか?あの1回限りで指名をしてくる事はなくなった・・・・・なんとまぁ図太いというか何というか、結局のところほとんどの事が元の鞘に収まったような具合といえば聞こえは良いのだろう。


何はともあれ私の意志とは関係もなく月日は流れ、季節は夏から秋へと移り変わっていった。
10月に入ると季節は一気に変わって、9月まで続いた燃えるように暑い毎日が嘘のように無くなり、日差しも柔らかく、また吹き抜ける風にも爽やかな色を感じる。特に夜は部屋の窓を開けておくと次から次へと風が通り抜けていき、時折悪戯をしていったように勉強部屋の机の上に置いておいた学校の資料が何枚か風に舞って床に落ちていたり、窓の端に畳んでおいたカーテンが風によってヒラヒラと踊りだしてカーテンを掛けたような状態になっていたり・・・・とその他にも様々な変化を残していった。


征ちゃんとの時間も最初はなかなか巧い具合に噛み合わずに、時間がずれる様なことがしばしばあったものの、今では「だいたいこの位」という行動パターンというか、ある程度の誤差の読みが出来るようになって、上手に時間を合わせて一緒に帰途へ着くに至っている。
この日もお互いにアルバイトがあって、待ち合わせを仕事の終了後くらいの時間にし、仕事が終わって高円寺の駅に向かうとちょうど征ちゃんが駅の階段を下りて来たところで、私の姿を見つけると小走りに駆け寄って 『ただいま』 って言うから 『おかえりなさい』 と答えると、私の手をサッと取って 『じゃ、帰ろうか?』 という短いやり取りと共に私たち二人は手を繋いで歩き出した。
帰り道の途中にあるコンビニで350mlのビールやらチュウハイやらと一緒にちょっとしたつまみもしくは軽い目の夕食になるような物を買い、それを持って私の部屋へ戻りリビングスペースのテーブルで顔を見合わせて今日一日分の祝杯(?)を揚げた。


そしてさっきも書いたように窓を開け放して、風が吹き抜けていく様を肌で感じながらそのまま向こうの景色に目を向けていると、征ちゃんがそばに寄ってきて私の事を覗き込んできた。
彼のことについて・・・・・最初は捉え所の無い印象が強くて、なかなか分からない部分があったけど、こうやって少しずつでも同じ時間を過ごすようになると何となくだけど癖とか時々の雰囲気で何を求めているかとか、そういった心が分かるようになるもので、この日もそんな感じがしたから 『何かお願い事?』 って聞くと少し照れたような顔をしながら舞台公演などのお知らせのチラシ・・・・いわゆるフライヤーを私の目の前に差し出したので、手に取ってみると薄暗くて最初は分からなかったものの、よく見ると<氷漬けになっている征ちゃん>という構図になっていて、上から順に劇団名・公演タイトル・出演者およびスタッフ名・公演日時などが印字されていて、出演者の一番上に 「佐々木征二」 と征ちゃんの名前が入っていた。


私が征ちゃんの方に顔を向けると、更に照れた加減が増した感じで 『今度の舞台・・・・とりあえず主演なんだけど観に来るかな~っと思って』 なんて子供が恥ずかしそうに言う仕草に似てて可愛いと思ったのもあるけど、こうやってフライヤーなどを渡された事によって 「やっぱり役者さんをやっているんだなぁ」 とちょっとだけ私の知らない征ちゃんに出会えて嬉しい気持ちになった。
私は二つ返事で観に行くと答えると、それを聞いた征ちゃんも 『これで下手なところ見せられないな』 といって意気込みを見せつつも、残り少なくなってしまったお酒をもう一度掲げて 『成功を祈って・・・・くれるかな?』 と弱気な発言をしながら公演に向けての乾杯を求めてきたので、軽く缶をぶつけると残り分を一気に飲み干し、そしてお互いに目が合った。
何も言わずに目を閉じると、征ちゃんの顔が近付いてきて自然と唇と唇を重ね合わせた。短いキスから唇を離し囁くように 『征ちゃん、頑張ってね』 と言うと征ちゃんもまた私の囁きに呼応する様に 『ありがとう』 と短く囁いて私に答えた。
征ちゃんの顔を見ると、お酒と今のキスによって濡れた唇が夜の月明かりでキラキラと輝いていて、その輝きに誘われるがままもう一度唇を重ね合わせた。今度は長く時間を掛けてお互いを深く繋ぎとめるように・・・・・・・窓の向こうでは今夜も静かに夜景がいつもの通りそこに存在し、煌びやかなネオンや赤い信号灯を点しつつ、遠くから私たちを見守ってくれている。


≪続く≫


明日を見つめて~野上 薫の告白⑧

一瞬の出来事だった・・・・何がどういう原理(※下記参照)でそうなったのか訳が分からなかったが、彼の胸板に添えていた両腕に軽い衝撃を感じたかと思ったら、あっという間に体勢が入れ替わり、上になった彼は左腕だけで私の両腕を頭の上で押さえていた。そして抵抗ができない状態から自由の利くの右手を使ってブラジャーを持ち上げ、固定している腕の高さまで持っていき左腕に持ち替える。そうして晒された乳房へ照準を合わせてまた自由になった右手を使って私の肌に触れてきた。
乳房を優しく包んだかと思えば瞬間的に強く握りつぶし、私が小さな悲鳴を上げるとすぐに力を抜き、痛みをはぐらかす感じに指の先端で乳房全体のラインをなぞる・・・・・身体の表面と内面に刺激を与えるようなその行為を何度か繰り返されるうちに<包む→握る→触れる>という3つの刺激すべてが気持ち良いという反応に変わっていき、感情も苦痛の痛みから快感の恥じらいへと変化し、徐々に押し寄せてくる快楽の波に呑まれないように首を大きく横に振っては、自我を保とうとする自分がいた。


行為は止まる気配も無く、今度は顔を私の胸に埋めて舌先を使って・・・・耳/首筋/鎖骨/脇の下/脇腹/乳頭へと乳房から得た刺激をより広範囲に広げようと蠢き始め、各々の部位に触れられると連鎖反応で自然と身体が反応し、今度は与えられる刺激から逃げようともがく。しかし頭の上でがっちりと抑えられた彼の左腕はビクともせずその束縛から逃げることができない。
やがて身体全身に刺激が行き渡った頃には私の息が上がり、抵抗する意志も無くなって、身体に充満した快楽を沈めたくてどうしようもない状態となり、顔を狂おしい表情に変えて息絶え絶えに、命乞いをするかのように彼に性行為を懇願した。


しかしその懇願には応じてくれず、無言で更なる刺激を与えてきた。私はもう声を出すことも出来ず、ただ押し寄せてくる波に身体を預けるように身を任せていた。頭の中は真っ白になり、何も考えられない・・・・まして自分を保つ力さえ持っていない。しかし何かが弾け、それによって押し寄せてくる大きな波の予感を本能的に感じ取った。津波のような波は身体だけでなく、真っ白になっている頭にまで呑み込む様な勢いで私に襲い掛かり、沸き起こる恐怖によって振り絞るような雄叫びにも似た声を上げたと同時に身体が大きく波打つように数度痙攣を起こし、私は絶頂を迎えた。


絶頂を迎えた私を解放するように左腕の力を抜き、身体の自由を与えてはくれたものの、もう身も心も散って果てたように動かすことも出来ず、痙攣のような状態が続いているのか?息継ぎも小刻みで、時折ヒッ・・ヒッ・・・・・ヒッ・・・と不安定な呼吸になっていた。
そんな状態の私に向かって彼の唇が、無防備にもだらしなく開いている私の唇を覆う。彼の唇はとても柔らかく、一瞬キスをされているとは考えられなかった。彼は私の上唇と下唇を愛しむ様に交互に優しく食み、それからだらしなく開いたままの口の中へ自らの舌を侵入させてきた・・・・・彼の舌先が私の舌をチョンチョンと突き私に合図を送ってくるが何も反応できない。それを知ってか知らずか合図は送ったものの特に舌に固執することも無く、口の中のあらゆる箇所に舌先を差し込んではその感触を確認して愉しんでいた。


十分に愉しんだのだろうか?
唇を離し、私の目を覗き込むような感じに見つめてくる。そして優しく囁くように 『入れるよ』 と短い言葉を紡ぐ・・・・・私は最後の力を振り絞るように彼へ向かって腕を差し伸べると、その腕に包まれるように彼の上体が私の身体へと沈み込み、彼が私の中へと入ってきた。
その衝撃は初めてではないにしろ、絶頂を迎えた私の中でより大きく弾け飛ぶような・・・・身体が粉々になってしまうのではないかと思うほどだった。
彼のグラインドに合わせて私も全身で受け入れ、その中で起こる摩擦によって更なる快感が生まれ、より深く・・・より強く・・・より大きな淫欲を欲しようとお互いがお互いを求め合った。私は自分を抑えることなく嬌声を上げ、また彼も同じように自らを抑制せずにグラインドを繰り返して、私に向かって強く刺激を求めつつまた、与え続けてくれた。


私の身体が2度目の絶頂を迎えようとし、私は何度も彼に向かって絶頂の瞬間を共に迎えたい意志を伝えた。それに応えるように彼の動きも大きく勢いを増していった。
そしてついに絶頂と同時に私は再びあの雄叫びにも似た声を上げて果て、また彼も獣のような声を上げて頂点へと登りつめた。その時・・・・私の身体を気遣ってか膣外へすべて放出させ、それが終わると私の身体に崩れるように身体を預け、彼もまた共に果てた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どれだけの時間が過ぎたのだろう?
気が付けば私は眠ってしまったようで、全てがあの時の果てたままの状態になっていて、当然のように押さえ込むような圧力を全身に感じていた。それはほんの数時間前まで全く見ず知らずだった彼の大きな肉体の重さで、私に覆いかぶさるような状態で静かな寝息を立ててぐっすりと眠っていた。
行為の最中はこの重みが良いと感じていたが、終わってしまうとあまりの重さに息苦しくて耐えられず、ここから抜け出そうという考えがいの一番に浮かんだ。
どう抜けようか?考えるよりも先に身体が動いた・・・・・・彼の首に回していた腕を解いて肩に添え、軽く右側へ流れるように押すと不思議とその方向へと素直にコロンと寝返りを打つように転がってくれ、意図も簡単に自由になった。反動で起きたりしてないか様子を窺うと、まったくそんなことも無く、何事も無かったように静かに規則正しい寝息を立てて寝続けている。


ベッドから抜けようと身体を起こすと、夜明けを告げるかのように少し白み始めた空と、ここに越して来てからずっと気に入っている窓の向こうに見える新宿方面の夜景が脇目に映り、その方向に目を向けた。ちっぽけな部屋だったかも知れなかったけど、今考えると当時の私にとってこの景色を手に入れた瞬間が大人の階段の第一歩だった・・・・・・・・静寂な中に立ち並ぶビル群に備えられた赤く点灯する航空障害灯やわずかに残るビルの白い明かりが点在する景色。
そして今夜、その景色にマッチして聞こえてくる彼の静かな寝息が、私をもう一段上へ押し上げてくれた様な気がする。
私はしばらくの間、その景色に目を向けながら今夜一晩の情事を長い目で振り返り、ひと通り頭の整理をつけてから静かにベッドから抜け出してユニットバスへと向かい、熱いシャワーを浴びて今夜の記憶を身体の中に閉じ込めた。


≪続く≫





(原理=左腕をはじく→崩れたバランスの反動を使うのに右肩に手を添えて軽く押す→身体の左側に腕を回して回転の勢いを付ける→回転させると同時に素早く身体を入れ替える→力が入っていない両腕を頭の上で固定する)  ※やり方を間違えると腕の骨を折る可能性があります/真似しないでください


明日を見つめて~野上 薫の告白⑦

あっという間に5階の私の部屋の前まで送り届けられ、彼がゆっくりと姿勢を低くして私をそっと降ろしてくれる。酔いが残っていたが、もう自分の意思である程度のことはできる状態まで回復はしていたみたいで、立ってもそれほど身体が振られはしなかった。
私を降ろした彼が立ち上がってこちらに振り返る・・・・・振り返り様に目と目が合い、思わず私は彼の素顔や姿に見惚れてしまい、ジッとそのままで見つめ合ったままの状態になってしまった。何とも言葉にするには難しいその場の空気から逃げるように何も言わずに動き出したのは彼の方だった。


『じゃあ、これで・・・・』 そう言って私の横をすり抜けて逃げようとした彼の腕を咄嗟に掴む。
・・・・・・あの時、どうして私は彼を引きとめたのか未だに分からない。しかし今考えると・・・恋に落ちたといっても嘘では無いだろうし、本能的にといえばそれはそれでまた不思議なめぐり合わせを感じずにいられない。
とにかく掴んだ腕を離さずに私は無言で彼を自分の部屋に連れ込んだ。
ワンルームと言ってもそれなりに広さがあり、また部屋にはちょっとした仕切りというか区切りみたいな部分がいくつかあった。玄関を開けてすぐ右手にキッチンとユニットバスに続く扉があって、正面の広いスペースをリビングのように使い、そのリビングを中心に正面奥と左手奥にその区切りの部分があって、正面奥の区切りの先を寝室。左手奥の区切りの先を書斎というか勉強部屋としていた。


<酔った勢いではない――これだけは今でも断言できる>
彼を部屋に連れ込んだ私は、すぐに正面奥の区切りを越えて寝室へと引っ張り込み、そのまま一緒にベッドへ倒れるように傾れ込んだ。
上着を剥ぎ取り、Tシャツを捲り上げ、彼の上に乗る体勢になって現れた素肌に手を差し伸べ、その温もりと適当な肉付きの身体を直に感じ取る。それはまるで動物的本能が欲求を満たそうとする時に起こす行動に似ている。
上に乗ったまま私も自分の着ている服を脱ぎ捨て、その体勢のままで彼の身体の至る場所に手を滑り込ませたり、また広い胸板に顔を埋めては、その見事な起伏の整った肉体の表面に<自分の物だという目印>を付けるかの様に唇や舌先、時に歯で刺激を与えながらキスマークをはじめ、舐めた後の滑り気や浅い歯形を残していった・・・・・こういった時、私は視覚よりも身体全身の触覚の方に比重が偏る。目を瞑り、触れた箇所から伝わるあらゆる情報がより私に興奮を与えてくれる。


それらの愛撫において彼は時折反応を見せ、その反応によって私の中の欲求は満たされようとしていた・・・・・しかしそれは単なる自己満足でしか過ぎず、埋めていた顔を上げ、彼の表情を窺おうと閉じていた目をゆっくりと開けると、そこには素面のままジッと私を真顔で見ている彼の顔があった。
その瞬間、満たされつつあった欲求や興奮のすべてが怒りのような感情へと変わり、その押さえ切れない感情のままに彼の頬を引っ叩いた・・・・・それでも彼の表情は変わることなくジッと私を見つめ、その反応や表情がより私の感情を逆撫でし、更に二度張り上げた。
そして感情に支配された頭の中に浮かぶありとあらゆる罵声の言葉で詰り、同時に広い胸板に爪を立てて引掻いて、相手の心を揺さぶり続ける・・・・・それでも彼の心の牙城は崩れない。


<男のくせに、立つモノも立たないなんて・・・・・>
確か・・・・私の記憶の中にある最後の罵声はこんなような内容の言葉だった。怒りに任せた自分をコントロールできず、肩で大きく息継ぎをし、罵声によって声が掠れて咽喉も渇く。何が私をこんなにしたのかという理解に頭と身体がついてこない・・・・・まさに動物そのものの自分の姿だ。
しかしその言葉によって彼を突き動かすことができた。いや、もしかしたら仕方なく私に付き合おうと心が妥協したのかも知れない。あの時の事を訊ねた覚えは無いので真意は分からないけど、それをきっかけに私と彼の立場が逆転した。


≪続く≫


明日を見つめて~野上 薫の告白⑥

声がした方へ振り返ると・・・・私の後ろについていたあいつ越しに整ったスタイルをした若い(といっても私よりもちょっと年上っぽい)男子がこちらに強い視線を向けて立っていた。私もそうだけど、あいつもまさかの展開に驚いたようで、その酒臭い図体を振り返らせたまま動けないでいる。
彼は動けないでいる私達の所へ歩み寄り、そして少し脅かすような口調で淡々とあいつに言葉を投げかけた・・・『俺、今の全部見てたけど、それでもこのまま中に入るんですか?』
立場が逆転し、今度はあいつの方が言葉を失って缶ビールを持つ右手がブルブルと震えている。それに付け加えるように言葉が続く・・・・『このまま帰って寝るか、捕まって交番行きかどっちにしますか?』


さすがにトドメの一言が効いたのか、軽く舌打ちをするとバツの悪い雰囲気から逃げるように私をその場に残し、彼の横を何も言わずに通り抜けてどこかへと消えていった。
あいつの姿が見えなくなると身体中の緊張が解かれ、その安心からか私はその場にペタンとお尻から地面にへたり込んでしまった。
彼はへたり込んだ私に手を差し伸べて身体を起こしてくれると、さっきの淡々とした口調とは打って変わって、穏やかで優しい口調で 『危なかったね、大丈夫かい?一人で立てそう?』 と声を掛けてくれた。
私はまだ酔いが残っていて身体がフラフラとしており、また呂律も上手く回らなかったけど、彼の言葉に頷き 『大丈夫れす・・・・助けれくれてありがとうごだいました。』 とお礼の言葉を言い、起こしてくれた身体をフラつかせながら自分の足でマンションの入り口へ足を踏み込ませた。


しかし・・・・入り口を入ってすぐにある4段ほどの下り階段で足を踏み外して、そのままよろけながら前のめりに転んでしまった。(実は路地よりもちょっと低地になっていて、この時以外でも何回も踏み外してはよろけている)起き上がろうにも腕に力が入らないし、おまけに視界もユラユラと揺れていて、身体の向かう方向が定められない。
そうやって上手く起き上がれないでいる私を見かねたのか、彼が私の前に回りこんで目の前で片膝を付いてしゃがみ、負ぶるから乗れと言わんばかりに逆手で手招きをしてくる。
この年で人に負ぶわれるという事を考えると妙に恥ずかしくて、その厚意に対し素直に応じる気持ちにはなれず、彼の背中をじっと見つめたまましばらく止まってしまった。
彼も彼で私のことを心配してくれているのだろう・・・・辛抱強くその姿勢のままこちらを見るでもなく、黙って私の反応を待っている。


(今考えると)きっと私が根負けをしたのだろう。這うように彼の背中に近付き、そのまま引き込まれるように背中に身体を寄せ、腕を彼の首の脇から前に突き出して全てを任せきるように負ぶわれた。
彼が立ち上がると視界がグッと高くなって、今まで見たことのない景色が彼の頭越しに広がり、それと同時に彼の背中を通して男性の逞しさを感じ取る。・・・・・・そのまま自動的に歩き始めるかと思えばそういう訳でもなく、少しの間その場で立ち上がったまま止まっているので、不思議に思って声を掛けようとすると、彼の方から背中越しに声が聞こえてきた。
『君の部屋・・・何階なの?』
そういえば負ぶってもらいながら何も言っていなかった自分が恥ずかしくなってしまい、それと同時にとても言い辛い気持ちも手伝って言葉が出てこなかった。
それを知ってか知らずか、彼はもう一度優しい口調で問いかけてきた・・・・『言ってくれないと、部屋に送り届けられないんだけど。ね、何階?』


この状況に至って既に私は自分の足で歩いて部屋に帰ることを諦め、またこの大きな背中の心地良さから離れられなくなってもいた・・・・・仕方なく私は素直に自分の部屋のある階を彼に伝えた。
『5階・・・・一番上の階段を上りきった左奥の部屋です』
それを聞いた彼は『よし、行くよ』 と一言私に言葉を掛けて、何も言わずにスタスタと歩き始め、(エレベーターがないマンションだったので)私を負ぶったまま階段を一段一段上がっていく。
一歩一歩進むたびに身体に伝わってくる振動が気持ちよく、その揺れと彼の背中に身を任せて私はそっと目を閉じた。


≪続く≫