明日を見つめて~神崎美里の告白②
上京に対し当然のように両親は良い顔をしなかった。それでも自立という言葉を盾にして半ば強行的な感じで出てきてしまったが、罪悪感よりも自由という名の誘惑による期待感の方が強くて胸が高鳴っていた。部屋は東京の都市部から少し離れた小さな学生の町の如何にも『貧乏』という言葉が似合う木造のボロアパートの一番奥の角の部屋で、家賃は月々4万5千円。トイレとバスルームは辛うじてあるものの、一人で入っても狭いと感じられるほどの大きさで、入り口の扉を開けてすぐ正面左側に小さなキッチン。その奥にリビングとして4畳半の部屋がひとつ。リビングの左手奥に寝室用の3畳間と押入れを含めた『2K』。洗濯機はベランダの外に置き、小さな屋根の下の物干しスペースと共用で、まさに・・・昔の古いドラマで見たような貧乏な役柄の人が住んでいたアパートそのままだった。
それでも何もかもを独りで決め、自分から行動を起こさなければ何も始まらないという環境はとても刺激的であったのは言うまでもなく、その『自分の城』を持ち、リアルな『自由』へのスタートラインに立つという今までにない感覚に興奮を覚えた。
しかしそれも最初の1週間ほどだけで、それ以後・・・このアパートから逃げる様に去るまでの間は、思い出したくもないくらい辛く、嫌な世間のリアルを目の当たりにした。
まず最初に起こったのは、洗濯物の下着が盗まれるという事件で、干してあった下着だけが取り込む時に無くなっていてそれが連続して3日続き、4日目からは洗濯物自体を外干しから部屋干しに変えざるを得なくなってしまった。
次に起こったのは、部屋の電話番号への無言電話。上京時の私にディスプレイ付の電話を買えるお金などなく、近くの中古リサイクルショップで買ったダイヤル式・・・所謂『黒電話』で、もちろん着信音(呼び鈴)はあの懐かしいベルの『ジリリリリリリリ~ン』というのは言うまでもない・・・・当然のように良く響くしウルサイ。
で・・・その無言電話は日に2、3度。私がいるのを知って掛かってくる。時間などお構いなしで、朝だろうと夜中であろうと容赦ない・・・・・もちろん出なければあの『けたたましい音』が鳴りっぱなし。仕方なく受話器を取れば無言。私から何かを言っても無反応なので、『もしもし?』と言って10秒間何の反応も無ければそれで受話器を戻すという自分の中の『10秒ルール』を作って頑張ったけど、さすがに毎日それが続くのが辛くなって、結局10日ほど経った頃に電話線のソケットを電話機から抜いて電話番号ごと解約。携帯電話を持つお金など持っている訳も無く、通信手段の無いまま我慢の日々が続いた。
そして止めは真夜中に私の家の玄関口まで来てノックをして立ち去っていく・・・『ストーカー行為』であった。あれは今思い出しても身体が震えると同時に背筋が凍る。同じ時間ではなかったものの、私がウトウトとし始め、眠りに就くか就かないかの時間にタイミングよく、静かに歩く僅かな足音と共に現れ、私の玄関の前で止まり『コン・・・・・コン・・・・・・』と2回ノックをする。そのまま2、3分・・・長い時は5分くらい玄関前でジッとしている。その存在感が布団の中にいる自分の所にまで伝わってきて、身体を震わせながら『絶対に入ってこないで!!早く居なくなって!!!』と何度も心の中で叫び続けた。
≪続く≫
明日を見つめて~神崎美里の告白①
春の暖かな陽気の中、品川の駅に程近いオープンカフェで神崎美里は遅い朝食を摂っている。カフェの前の道に目を向ければ、行き交う人と多くの車がそれぞれの目的や業務に向かっていて、それと対照的な自分がどうにも現実から切り離された存在のように感じられる。
神崎美里28歳・・・・地元の高校を卒業後、東京へ上京し、いくつかの掛け持ちのアルバイトを経て、人伝の紹介により練習生として芸能界の世界に入る。2年程の練習生期間のあと歌手として本格的にデビュー。数年が立つ中でやっとこの1、2年で徐々にではあるが知名度も上がり始めている。
美里は目の前に広がっていた・・・と言っても小さめのパン3つとミニサラダ、それとプチカップに盛られたスプーン3杯分ほどのヨーグルトという少な目の朝食を、ハーブがほのかに香る紅茶と併せて食べ終え、その食器を片付け易いように整えていると、近くを店員が通ったのでに声を掛け、食器を片付けてもらうと同時に同じ紅茶のお替りを頼む。
『だいぶ日が照ってきたから、今度は冷たい方でお願いね。』
畏まりましたと返答をして店員はその場を去り、何もなくなったテーブルの上で軽く頬杖をつきながら目の前の景色に目をやっていたという次第だ。
この遅い朝食を摂っている現実と切り離されているような自分と、上京当時のリアルに明日をどう生きようかと考えていた自分を比較対象して考える癖は、美里にとってはもうごく日常的な事となっている。
『東京に来て・・・もう9年弱。あの頃ってこんな風な自分を想像もしてなかったなぁ。あの頃の自分が今もあのままだったら。』
そこで一度言葉を切り、そして当時の事を想い返す・・・・嫌な思い出を蒸し返したかのように顔を顰め、それから自分で切った言葉の先を繋げた。
『きっと生きていなかったかも。』
そう自分の中で言葉を言い終えると同時に、店員が朝食と同じハーブティの冷たい物を持ってきて、テーブルに置き一礼して去っていった。
柔らかい日差しを受けてキラキラと輝くハーブティに手を伸ばし、そしてゆっくりと口の中へ注ぎ込むと先ほどのほのかな香りと同時に、身体の中をひんやりとした感覚が広がってゆく。
その冷たさが今の・・・現実と切り離されているような自分とをつなぎ合わせてくれているような錯覚を覚え、そっと目を閉じて顔を上向きにする。閉じた瞼の上に差し込む日差しが暗いはずの視界を明るくし、そのままでもう一度、冷たいハーブティを自分の中へと注ぎ込んだ。
≪続く≫
明日をみつめて=1
序 ~明日をみつめて~
暗闇の空が白み、新しい夜明けが訪れる。
晴天の日もあれば、曇天の日もある。
時に雨天であったり、雷鳴の轟きや降雪とてある。
そして自然もまた、様々な姿に変化して我々の目を楽しませてくれる。
日々の繰り返しによって年月を重ね、
その年月によって人もまた変化し成長していく。
同じ日々の繰り返しのようで、全く別の毎日が過ぎている。
それを知らずに時を重ね、滅びる瞬間を迎える。
どうすれば『私』という有意識をより鮮明に受け止められるのだろう?
どうすれば『私』の中の無意識を見つめられるのだろう?
それはきっと先の見えない明日をみつめている事と同じなのではないだろうか?
明日をみつめるよりも、明日につながる過去と今を『私』は大事にしたい。
彼の言葉より・・・
“我々の歴史の中に我々の未来の秘密が横たわっている”
砕いて云うならば『過去を知ることにより学ぶ』(HISTORYの言語に繋がるギリシア語らしい)
それは正に『過去→現在→未来』の方向性を象徴していると思う。
未来は過去と現在という時間軸から繋がる未知の世界である。
その未知な世界の為の『今』を生き抜く事こそが我々の使命なのではないだろうか?
多くの疑問を提示したが、決してこの場において明確な解答を得ようとは思わない。
ましてや人々に求めるつもりは毛頭ない。
何故ならば・・・今を生きている『私』自身が答えとなっていく事になるだろうから。
“明日をみつめて”
それは今という時間を継続した先に存在する『私』自身の姿そのものであって、
私は決してどこかへ行く訳でもない・・・ましてや突然その存在が消える事もない。
必然として存在し続ける私が私であり続けているだけである。
この自問すらも今を未来へ繋げる為のプロセスのほんの一部でしかないのであろう。
今、この瞬間、瞬間を未来の自分の為に・・・
『著者』より