RC


コアなロックファンがパンクロックやニューウェイブにイカれていた時代に、フォークっぽいメロディーの曲を、大胆にアレンジしたサウンドと、まるで演劇のような発声のVOCALで、突如、日本のロックシーンに登場したRCサクセション。僕にとっては、セックスピストルズやローリングストーンズよりも衝撃的な存在だった。

僕の好きなRCの曲の歌詞の一部を書いてみる。


君を呼んだのに                       BEAT POPSより抜粋

バイクをとばしても どこへも帰れない バイクをとばしても 帰り続けるだけの僕らは
寄り道をしてるんだ

描きあげたばかりの 自画像を僕に ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(便箋と番号)が見
せる絵の具の匂いに 僕は ただ泣いていたんだ

車はカバのように つぶれていたし 街中が崩れた 

それで 君を呼んだのに  それで君を呼んだのに
君の愛で間に合わせようとしたのに


君が僕を知ってる                         EPLPより抜粋

今までしてきた悪いことだけで 僕が明日 有名になっても
どうってことないぜ まるで気にしない 君が僕を知ってる

誰かが僕の邪魔をしても きっと君が いいこと思いつく
何でもないことで 僕を笑わせて 君が僕を知ってる

何から何まで君が わかっていてくれる
上から下まで全部 わかっていてくれる

離れ離れになんかなれないさ

RCサクセションの全てのラブソングは、この2曲の間にあると思う。

『愛し合ってるかい?』流行語にまでなった、清志郎さんのステージでの叫びは、愛しあうことの難しさを知っている男の切なる願いとして、僕らの心の奥底に響いたのだ。

感覚はPILやプリンスに、感情はRCサクセションに…。僕にとっての20代は、そんな複雑な時期がずっと続いていた。

1982年発売の『BEAT POPS』は、それまでのフォーキーなニュアンスが残るRCが、ロックのスタイルのみで勝負に出た作品。ファンの間でも賛否両論はあるが、アルバム全曲を通して聞くと、当時のRCが『日本のロック』を完成させたことが分かると思う。『君を呼んだのに』は、アルバムのラストから2曲目。チャボの歌うのどかな曲『ハイウェイのお月さま』がラストに配されたことで、後味がすっきりする作品になっている。

その数年後、RCを解散した清志郎さんは、ソロ活動を続けている。しかし、僕はこの頃のRCサクセションのように聞きこむことはない。パートナーだったギターのチャボの存在がRCの独特のビートを作っていたのかもしれないと思う。チャボの作る独特のビートで忌野さんの詩は歌として聞き手に伝わる魔法を手に入れていたのかもしれない…ちょっと、言いすぎか?

忌野清志郎さんは、現在病気で療養中。復帰してくれることを切に願っている。

さて、忌野さんだけ、なぜ敬語になるんだろ…?
マラッカ


ロンドンでパンクロックが生まれた時期、日本のロックはどうだったか?実は現在のように、メジャーシーンで注目されるようなアーティストは、ほとんどいなかったのだ。つまり、日本のロックは現在のインディーズかそれよりもマイナーなものだったと言っても過言ではない。もっと言うと、1970年代の中ごろまでは、『ロックを英語と日本語のどっちで歌うか?』が、音楽雑誌で真剣に議論されていたのだ。

そんなシーンの中で、つまり、英米のロックを真似していたバンドの中、強烈なオリジナリティで異彩を放っていたのがパンタだった。HALを結成するまでの彼は頭脳警察という伝説のバンドで、かなり過激な歌を歌っていた。中には、学生運動とリンクしたような政治的な歌もあった。ソロになってからの2作『PANTA‘X WORLD』と『走れ熱いなら』にもその色合いは少し残っていた。今回紹介するのは、パンタ&HAL名義の1作目。

トレードマークだった長髪を切り、少しお洒落なスーツに身を包んだパンタは、セッションマンが結成したようなファンキーな音のバックバンドに支えられながら、少し鼻にかかった男っぽい声で歌う。相変わらずシュールな歌詞、すこし感傷的な独特の骨っぽいメロディー…しかし、それまでのように空回りしている感じはなかった。僕にとって、日本のロックが初めてリアルに聞こえた瞬間だった。

その後、『1980X』という、よりロック色の強いレコードを発売後、大阪の御堂会館ではじめてパンタ&HALのライブを見た。今もその感動は覚えている。

数年後には、RCサクセションや佐野元春など、オリジナリティを持った日本のロックが登場してくる。また、インディーズでは、スターリンを始めとしたパンクバンドも第1期全盛期を迎える。それらのアーティストと比べても、やはりパンタの歌は異彩を放っている…というか、何か文学的な感じがするのだ。資質として一番近いのは、意外とミスチルの桜井氏かもしれない。

とにかく、この作品は日本のロックにとって金字塔のような作品と言っていいと思う。

現在も活動中のPANTA。HAL再結成なんて…ないかなぁ?
parade


パンクからニューウェイブへとシーンが変遷していく中で、いくつものバンドが生まれては消えた。PILやクラッシュ、Jamが第一世代だとすると第二世代のアーティスト達の多くは、それらのバンドが獲得した財産の上に乗っかろうとしたのかもしれない。ストーンズのミック・ジャガーとデヴィッド・ボウイは、そうしたニューウェイブのアーティストたちに対して、正確な距離を取った発言と、それにリンクする素晴らしい作品をリリースし続けていた。

元々、パンクロックやニュー・ウェイブのスタイルが生まれたのは、従来のロックのスタイルで表現できない感覚や感情が僕らの中に生まれたからだ。その事実に自覚的なアーティストは案外少なかったんだろうな。もっと言うと時代に踊らされたのだ。それは僕も同じ事だが…。

さて、そんな時代の空気に踊らされていたロッカーやロックファンにとって、アメリカから登場したプリンスは衝撃だった。オーセンティックな感情と最先端の感覚が見事に融合された音は、少しづつエネルギーを失っていくニューウェイブにすがるロックファンをことごとくさらってしまった。前置きが長くなったが、今回紹介するのは1986年発売の作品『Parade』。

この作品は、クリストファー・トレイシーというジゴロの人生を描いた映画のサントラとして発売された。前々作『パープル・レイン』は、映画・レコード共に大ヒットしたのだが、この映画はさんざん。肝心のレコードの方も当初はあまり売れなかったらしい。しかし、僕は未だにこの作品の影響を受け続けている。

乱暴に言ってしまうと、この作品のテーマは、現代社会での生き難さだと思う。クリストファー・トレイシーというジゴロはプリンス自身がモデルだろう。モダンな弱さを抱えたトレイシーの内面が、まるで水墨画のようなシンプルなタッチで描かれている。プリンス自身はこの作品をあまり好きではないらしい。確かに、他の作品と比べるとプリンスらしいボルテージの高さはないし、若干ユーモアに欠ける気もする。しかし、僕を含め多くのファンがフェイバリットにあげるのは、この作品がそれまでのロックやパンク、ニューウェイブのスタイルでは表現したくて表現しきれなかった感情を言い当てているからだと思う。

90年代は、市場に歩み寄ったかのような少し凡庸な作品もリリースしていたプリンスだが、ここ数年の作品はプリンス本来のクラシカルでモダンな感覚が蘇ってきた。30年以上もイノベーションを続けてきた彼の創造力は、一体どうやって生まれているのか?この作品、『PARADE』から数えて3つめの作品、通称『ラブ・シンボル』発売後のインタビューに、その謎を解く鍵がある気がしてならない。

『愛と金は別のものだって、みんなわかってくれればいいのに…』
paul 222
paul 22


前回のジャム評を書いたことがきっかけで、ポール・ウェラーのソロ名義の何枚かのアルバムを聞きなおしてみた。これがすごくいいのだ!今回は、発売されたばかりの新作『22 DREAMS』を中心に、ジャム解散後の彼の軌跡を紹介。

ジャム解散後の彼は、スタイルカウンシルというスタイリッシュなソウル系のバンドを結成した。メンバーに黒人を加えた通称スタカンは、かってのジャムで出来なかった、白人のソウルミュージックを追求したユニットだった。ジョン・ライドンのPIL、『sandinista』以後のクラッシュと比べても、彼の変貌にファンは驚いた。しかし、かれにとってスタカンは必然だった。元々ソウルミュージックを愛するポールのスピリチュアルな内面は、ギターのコードワークが中心のジャムのスタイルでは、十分に表現しえなかったのだろう。

一見お洒落なスタカンは、バブルの影響もあって日本でもよく売れた。ジャムとの一番の違いは、女性ファンがついたこと。その後、何枚かのアルバム制作とツアーを経て、彼はソロで活動を始める。

僕はこの頃、ポール・ウェラー名義で発売された数枚のアルバムをよく聞いていた。ポールは、ぼくより二つ上で、ほぼ同年代。つまり、プライベートで抱えていた問題もダブっていたからだ。僕は、まるでバイブルのように彼の作品を毎日聞いていた。

さて、今回紹介するのは、2005年発売の『As Is Now』そして最新作『22 DREAMS』。どちらも、若いロックファンにも聞いてもらいたいと思うくらい清冽な印象の作品。

『As Is Now』は、大人になったJamと言えば分りやすいだろうか。元々、ポール・ウェラーの音楽は、アコースティックなニュアンスのエレクトリック・ギターが特徴的なのだが、このアルバムでは、そのスタイルが進化している感じ。オアシスのギタリスト、ノエル・ギャラガーがポールを師匠扱いするのも分かる気がする。

『22DREAMS』の方は、ポール・ウェラー自身によるトリビュートアルバムのような作品。少しわかりにくいかな?普通トリビュートアルバムは、ファンが敬愛するアーティストの曲を自分なりにアレンジして演奏するものだが、今回のアルバムは、ポール・ウェラー自身が、過去の自分の音楽を客観的な視点からアレンジしているような気にさせるのだ。最近のブリット・ポップやJazzの影響も随所に感じる。どういう訳か、全21曲で『22 DREAMS』。22曲目は君自身の夢を語って!というメッセージのよう…。ポール流のファンに対するメッセージなのだろう。もっと言うと、ロックアイコンとしての自らを繊細な手つきで否定しているのかもしれない。世間が認める存在の大きさでは比較にならないかもしれないが、このアルバムは『BEATLES』のアルバム、『サージェントペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド』を連想させる。あたりまえのことだが、音楽は夢であり幻想である。というか、夢や幻想としてしか、他者に伝わっていかない。前述の大物パンクロッカー、ジョン・ライドンやジョー・ストラマーではなく、何故ポール・ウェラーが現在進行形のロッカーでいられるのか?その答えはこの作品の中に詰まっている。
jam


ピストルズ、クラッシュと並んで人気だったパンクバンドがジャムだった。そのリーダーだったのが、現在でも精力的に活動するポール・ウェラー。自らに大胆なイノベーションを義務付けていたジョンライドンやジョー・ストラマーと比べて、ポール・ウェラーには、どうしても地味な印象が付きまとう。ビートは性急だが、コード進行や歌のメロディーは普通っぽいのだ。当時の僕にとって、あまりピンとこないアーティストだった。

このアルバム『The Gift』は、ジャム名義の最後の作品として発表されたもの。今、聞いてみるとパンクロックというより、ソウルの影響を受けたファンキーなブリティッシュロックと言ったほうがいいと思う。

当時のロンドンは不況にあえぎ、失業率も高かった。このアルバムには、そんな場所に生きる若者の気持ちが詰め込まれている。R&Bの定着した現在の日本で今リリースされたとしたら、大ヒットするんじゃないだろうか?そんな気になるほど、よく出来たアルバムなのだ。彼の歌は、とりたてて語ることのない普通の人々の苦しみや悲しみを代弁している気がする。

亡くなってしまったジョー・ストラマー、ほぼ隠居に近いジョン・ライドンと比べ、地道にアルバムをリリースし続けるポール・ウェラー。このアルバムを聞いていると、音楽を愛する彼の芯の強さが伝わってくる。ベストは『カーネーション』。手元に歌詞がないので、詳しい説明はできないが、彼の誠実さが伝わってくるとてもよく出来たメッセージソングだ。

1960年生まれの僕は、パンクロックが生まれニューウェイブになる様をリアルタイムで体験した。誰もが経験する、自分は天才ではなかった!という失望感から立ち上がる時期にPILやクラッシュ、ジャムの音楽はあった。ジャムの音楽とポール・ウェラーの生き方は、今も僕を励ましてくれる。