マラッカ


ロンドンでパンクロックが生まれた時期、日本のロックはどうだったか?実は現在のように、メジャーシーンで注目されるようなアーティストは、ほとんどいなかったのだ。つまり、日本のロックは現在のインディーズかそれよりもマイナーなものだったと言っても過言ではない。もっと言うと、1970年代の中ごろまでは、『ロックを英語と日本語のどっちで歌うか?』が、音楽雑誌で真剣に議論されていたのだ。

そんなシーンの中で、つまり、英米のロックを真似していたバンドの中、強烈なオリジナリティで異彩を放っていたのがパンタだった。HALを結成するまでの彼は頭脳警察という伝説のバンドで、かなり過激な歌を歌っていた。中には、学生運動とリンクしたような政治的な歌もあった。ソロになってからの2作『PANTA‘X WORLD』と『走れ熱いなら』にもその色合いは少し残っていた。今回紹介するのは、パンタ&HAL名義の1作目。

トレードマークだった長髪を切り、少しお洒落なスーツに身を包んだパンタは、セッションマンが結成したようなファンキーな音のバックバンドに支えられながら、少し鼻にかかった男っぽい声で歌う。相変わらずシュールな歌詞、すこし感傷的な独特の骨っぽいメロディー…しかし、それまでのように空回りしている感じはなかった。僕にとって、日本のロックが初めてリアルに聞こえた瞬間だった。

その後、『1980X』という、よりロック色の強いレコードを発売後、大阪の御堂会館ではじめてパンタ&HALのライブを見た。今もその感動は覚えている。

数年後には、RCサクセションや佐野元春など、オリジナリティを持った日本のロックが登場してくる。また、インディーズでは、スターリンを始めとしたパンクバンドも第1期全盛期を迎える。それらのアーティストと比べても、やはりパンタの歌は異彩を放っている…というか、何か文学的な感じがするのだ。資質として一番近いのは、意外とミスチルの桜井氏かもしれない。

とにかく、この作品は日本のロックにとって金字塔のような作品と言っていいと思う。

現在も活動中のPANTA。HAL再結成なんて…ないかなぁ?