僕にとってはじめての小説『アルバトロスを探せ』が完成したのは、もう3年以上前のことになります。書き始めたのは多分6年ほど前から。自分自身を確認し、癒すためというのが主な目的だったのですが、途中、netで知り合った顔も知らない人や某出版社の方に励ましてもらいながら、やっと完成しました。出来上がった作品は…傑作!というものではなく、何か自分の稚拙な内面を拡大したようなものになりました。

勿論、本気で小説家を目指した訳ではなく、前述のとおり自分を確認する為でした。
が、しかし、自分にとって満足できない作品というのは辛いもの。しかも、自分で考えてしまったこと、書いたことというのは、丁寧に考え直さないと変えられないものですね。一度は、このブログの小説をすべて消してしまおうかと思ったのですが、自分に対して嘘をつくようで考え直しました。

自分自身のあまりうまくいってない社会生活。そして、素直に恋愛ができないという事実。それはきっと自分自身の思考の現れなのでしょう。この冴えない自分自身をもう一度考え直す為に、もう一度小説を書くことにします。

今のところ、『アルバトロス…』を書き直すのか、新しい小説を書き直すのかは決めていません。ですが、多分テーマは似たようなものになると思います。

またお会いできる日まで

See You!


ryu
ryu’s novel-夢遊病


たまたま2年ぶりに町で会った友人に誘われ、元ストリートスライダーズのハリーのライブに行ってから、すっかりスライダーズに嵌まってしまった。オリジナルの音源は2枚を残して全部聞いたんだけど、やはりイイ。ストーンズと比較されるのはしょうがないんだろうな。まあ、似てるもん。2nd『がんじがらめ』から始まって『JAG OUT』『夢遊病』『天使たち』『BAD INFLUENCE』までの5枚は一気に聞いても飽きないくらいの名作ぞろい。というか、名作という言葉はあまりスライダーズには似合わない気もする。(1st聞いてないけど、きっといいんだろうな…)ミック・ジャガーと同じように、文学を歌えるヴォーカリストは日本にもいたぞ!安易な表現だが、やはりそういう気になってしまう。

さて、『いいものはいい!』では、このブログの読者のみなさん(いるんかいな?)に申し訳ないので、ryu的分析を施してみようと思う。

リトルストーンズの異名で語られるスライダーズ。何がそんなに似ているのか?と言うと、ギターがリズムを作ってしまうところだと思う。ブルースの影響を随所に感じさせはするが、やはりストーンズのキースのギターの影響が強い。それも、スタイルをパクっているのではなく、黒人音楽を異化してしまうところまでがそっくりと言っていいのではないか?海外のバンドを含めても、これほどまでストーンズに似ているバンドは個人的に知らない。

じゃあ、スライダーズはやはりリトルストーンズなのか?と言われると…。ある面当たっているが、全てがストーンズというわけではない。その傾向が顕著になった時期の作品がこの作品『夢遊病』だと思う。2ND『がんじがらめ』のようなタイトでブルージーなスライダーズファンには少し物足りないかもしれない。それは否定しない。しかしそれまでのハリーにはあまりなかった、日本語の歌が作り出すビートをこの作品で存分に聞くことができる。その後の『天使たち』『BAD INFULENCE』は、この『夢遊病』で獲得したビートをベースにしていると思う。実際、この作品以降、日本語の歌としてとても聞きやすくなっていると思う。

この作品含め、殆どが廃盤。しかし、スライダーズは、今のロックファンにも必要なバンドだと思う。再結成…ないかなぁ、ハリー、頑固そうだもんなぁ。
dirty


パンクロックやニューウェイブのアーティストたちが目の敵にしていたのが、60~70年代の大物ロッカーたちだった。中にはWHOやドアーズのように、ラジカルなパンクロッカーから先輩扱いされるアーティストもいたが…。ストーンズが特にやり玉にあげられることが多かったのは、金の匂いがしたこと、それに現役バリバリだったことが原因だったと思う。

意気盛んだったジョン・ライドンの発言に対して、リーダーであり、バンドのスポークスマン的役割でもあったミック・ジャガーは、パンクロックをほぼ完全否定した。ただし、『ロックは使い古された表現で、もう何も期待できない。世界を変える力なんかない。パンクロックだって同じだ』と。それは、60年代後期のヒッピー全盛時代にも彼の口から出た発言だった。そして、その発言はその後のストーンズを決定づけることにもなった。

80年代初期のディスコブーム、それに乗っかる形で解体していく大半のニューウエイブ勢を横目で見ながら、ストーンズはストイックとも言える、一見地味な作品をリリースし続けていた。今日紹介するのは、86年発売の『DIRTY WORK』。

ストーンズのファンが選ぶ代表作は、70年初期~中期の作品が多い。ブルースの影響が濃い『レット・イット・ブリード』、ニューオリンズの香りが漂う『スティッキー・フィンガーズ』、その続編の『メインストリートのならず者』。この3枚はほとんどのストーンズファンのフェイバリットではないかと思う。確かに分かりやすいし、名曲も多い。

しかし、久々にストーンズを聞き直してみて思ったのは、その後の作品がもっと凄いんじゃないだろうかいうこと。どこがどう凄いのか?

結論から言うと、ストーンズの音楽は『音の文学』だと思う。ミック・ジャガーの歌がそう思わせることが一番の原因だが、黒人音楽を異化してしまうキースのギターがあってはじめて、ストーンズの音楽は成立している。キースのギターに耐えられるヴォーカルは、そういないだろう。いや、ミック・ジャガー以外にはいないのではないかと思う。要は文学を歌うことのできるヴォーカリストなのだ。

『DIRTY WORK』には、分かりやすい名曲はない。その理由は明確だ。70年代初期にロックが持っていた全体性は、対ベトナム戦争に象徴される反社会を前提にしたものだった。しかし、今やその旗手だったストーンズが槍玉にあげられるという現実。それ自体が、ロックには社会に対して何の力も持ちえないことを皮肉に証明していた。

このアルバムには贅肉がない。もっと言うと、社会からもパンクロッカーからも否定されて骨格だけになったストーンズの1986年が刻まれている。ジャケットは、まるで黒人が着るような原色のスーツとシャツ、パンツをまとったメンバーが、しかし黒人にはないようなだるくて厳しい表情でソファを囲んでいるというもの。そして、その音楽は、黒人音楽をベースにしながら…という、従来のストーンズのものではなくなっていた。

1曲目のイントロで、ハイハットとバスドラの上に絡みはじめるキースのギターは、黒人音楽を完全に抽象化してしまっている。そして、そこにストーンズの本質はあると思う。抽象化されたこのギターなくして、ミック・ジャガーの歌は成立しえないのだ。

異化された黒人音楽から抽象化された黒人音楽へ!ストーンズが凄いのは、80年代中期の浮かれた時期に、その革命を自然にやってしまったことにある。当時は、誰もこの作品がそれほど凄いものだとは思わなかった。僕もそうだった。
TERMINAL


80年代前半に活躍した日本のパンクバンドを語る時、外せないのが『スターリン』。そのリーダーであり、VOCALだったのが遠藤ミチロウ。DOORSや吉本隆明のファンだということ。ステージを降りた時の純朴そうな風貌。東北生まれというコンプレックスをアイデンティティにしているところ。20代の頃の僕にとって忌野清志郎とともに一番リアルな存在だった。

スターリンの音と暴力的なステージは、多くのパンクロック少年・少女を虜にした。もっと言うとスターリンのような音のバンドが、雨後の竹の子のように生まれ、ライブハウスで活動しては消えていった。スターリンの音には、フリクションのようなアーティスティックなニュアンスはないし、INUのような優美さとも無縁だった。しかし、その頃の平凡な少年少女の不幸な感受性を結果として代弁しえたという意味で、他のバンドの音にはない淘汰力を持っていた。一度だけ観たスターリンのライブでのミチロウさんは圧倒的にカッコ良かった。黒いゴムボールのようにポンポン跳ねながら、ひたすら観客をアジテートしていく。ロックのコンサートというよりは、格闘技を見ている感じに近かった。

スターリン解散後の1985年に何枚かのレコードとして発売されたグロテスクニューポップというコンセプトの作品も新しかった。性急でFUNKYな音をバックに、ひたすら、言葉の弾丸を繰り出すスタイルは、もう少しでHIP・HOPになりそうな場所まで、パンクロックを引っ張って行った。もし、この頃のミチロウさんに欠けていたものがあるとすれば、それはそういったスタイルの音楽への愛ではないかと思う。ハードなパンクロックほどには馴染んでない感じが、どうしても否めなかったのだ。『当為としてのニューウェイブ』…何か、そういう観念に囚われていたように思う。

昔のミチロウさんの何枚かの作品を聞き直してみた。そして、ブログで、この作品『TERMINAL』を紹介しようと思った。ミチロウさんのファンなら誰もが認めるスターリン時代ではなく、何故このアルバムを紹介しようと思ったか?一番の理由は、一番ミチロウさんらしいと思ったからだ。

アルバムは、まるでゆっくり流れる冬の水を連想させる曲、飢餓々々帰郷から始まる。曲の途中から、いつもの荒っぽいパンクロックに転調していく。歌の内容は、純朴な若者が少しずつ変わっていく様を抽象的に表現したようなもの。正にミチロウさんだと思う。

その後、何枚かの作品をリリースしながら、ずっとギターひとつで全国のライブハウスを行脚しているミチロウさん。数年前に大阪のハードレインというライブハウスで彼のステージを観た。1時間半ほどのステージの間、100人近い20代の若いファンは、煙草を吸うこともなく突っ立ったまま、ミチロウさんの歌に聞き入っていた。それは30年近く前に観たボブディランのコンサートとは違う形だったが、どこか似ている気がした。
INU


1981年に発売されたこの作品。VOCALは、今や芥川賞作家となった町田康氏(当時は町田町蔵という芸名)。友達から初めて聞かされた時はよくわからなかったが、何回か聞くうちに、PILやFriction(日本のパンクバンド)と同じ位の愛聴盤になった。

この作品のラジカルさは世界レベルだと思う。パンクやニューウェイブ、ロックという枠は必要ない気もするくらい、若さの本質を表現した作品。しかし、パンクロックはおろか日本のロックがろくに評価されなかった時代には、とにかく早すぎた。日本のロック評論家でさえ、当時この作品をちゃんと評価できなかったと記憶している。

町田町蔵は大阪府堺市の出身。語弊があるかもしれないが、一言で言うと荒っぽい下町という感じ。そのせいか、町を歩く素朴な労働者に宛てたような裸の言葉がイタい。彼の歌は、すべて労働者への愛の裏返しなのかもしれないとも思う。彼の言葉が持つ、すこし古風なインテリ臭さが一時は嫌いだった。エリート主義の裏返しとしか思えなかったのだ。しかし、そう思うことそのものが、実は自分に対しての嫌悪だといくことにも気がついた。
彼なりの戦略だったのかもしれない。彼の歌は、聞き手がインテリ然としていることを許さないのだ。

当時、ほとんどの日本人にとって、ロックやパンクロックは観念的なものだった。つまり、ロックで食うことができなかった。その時代に、何人かの若者が世界レベルの作品を作ってしまったのだ。

『イギリスやアメリカのロックばっかり聞いててどうするんや?!!!』

この作品を聞いていると、そんな気にさえなる。ロックを聞かない人にも聞いてほしいと思う。横光利一や太宰治や村上春樹や高橋源一郎や中上健次やヘルマン・ヘッセやなんかと同じなのだ。表現のスタイルが音楽か小説か…ほんとうにその違いしかない。