渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -82ページ目

現状維持への執着

誰かの実績なりスキルなりが上がっていくと、残りの99人はたいていじぶんたちのところへ引きずり下ろそうとする。


それはけっしてかれらの底意地が悪いからではなく、たんに現状維持への執着、という本能からきている。


なだめたりすかしたり、ときには無視、あるいは怒声をもってなんとか身内に入れたがる。



ひとは、とくに日本人は、多数決に弱い。


とにかく、和(わ)を重んじることにかけては天才だ。



それでいて、だれが総理になってもおんなじだ! なんて、嘆(なげ)いている。



ひとは、それぞれ特長がある。


かつ、他人のそれを認めても、じぶんのがなくなるわけじゃない。

なにを恐れているのか。

むしろ得意なひとにそれらをまかせ、じぶんはじぶんで得意分野を切り拓(ひら)けばいい。


これ以上の、お互いの有効活用があろうか?


かりに、俺にはなにもない! と言い切るひとがいても。

それは他人のせいだ! と原因を押しつけたり、他人へ作用してなんとかなる問題ではない。

まわりはいい迷惑だ。


この業界には才能が集まるが、その特異性でまわりの共感を得られずナーバスになるひとが多い。

じぶんの姿を利用する、俳優なんて仕事であれば、なおさらだ。


学校の先生のように、全員に長所がある! とはぼくには言えない。

だが若いときほど、それらに出合う可能性は大きいだろう。


しかし、一般的な学校に行っていては一般的な人生になっても不思議ではない。


偏差値がどうであれ、たいていの場合それは、雇われ人としての評価だからだ。

矢沢永吉

今年、中学高校と立て続けに同窓会に行ったときに、二次会のカラオケで矢沢さんのモノマネをしていたひとがいて。


とっても惹(ひ)き込まれた。

となりの女の子、そっちのけで。


ぼくはそんなにファンじゃないし、それらの何曲かをすべて知っていたわけじゃないけど。

曲も素敵だろうし、モノマネはたしかに似ていたけれど。

じぶんも酒は入っていたけれど。


この魅了する感覚、ってなんなのかな。


もしかしたら、目の前の矢沢ファンの、彼に対するその想いが。

ひじょうに好ましいと思えたからなんじゃないか。

きっと人間の、深いところで揺さぶられるなにかを感じたからなんじゃないかな。


と、矢沢永吉ドキュメンタリーを観ながら考えていた。


きっとどんなに日本から離れた、矢沢永吉をまったく知らないだれもが。


日本語も、音楽のこともまったく解らないひとでさえ。



観客席にいるかれのファンを見れば、かれがどんなひとなのか分かる気がする。

一点買いの投資家

俳優としての仕事はさまざまだ。


映画やTV以外にもCMやインターネット等、いまや多くのコンテンツが存在する。


もちろん、舞台もある。


しかし若い俳優志望者は、映像志望が多い。

それは当然で、産まれたときから無料で家で観られるのだから、よっぽどの事情がないかぎり舞台に触れ始めることはない。


しかし俳優の活動の場は、大半が小劇団。


毎回のノルマ。稽古期間や本番はもちろんノーギャラだ。

そのほかに衣装や制作、その他もろもろの手伝いにかかわることも多い。


仕事として考えればもちろん破綻(はたん)しているが、表現者は金がすべてではない。

むしろスポンサーがついてその自由が奪われてしまうなら、このままでいい。



ところが。



本当は映画に出たいのだという。


本番を重ねて実力を上げていくのは、素晴らしい。

しかし両輪のうち片方が足りない。

かのじょは映画業界に選ばれていないんじゃなくて、単純に知られていないだけではないだろうか。



マネージャーは? と尋ねると、いない、と。

いつか劇団ごと売れるか、作家が引き上げてくれるのをまっているのだ、と。


だんだん機嫌を損ねてきたようで、ぼくは話を止めた。


一点買いの投資家の結末を、思い出していた。