渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -81ページ目

じぶんのなかにいる母親

新たな1歩を踏みだすとき、ぼくたちは決まって躊躇(ちゅうちょ)してしまう。

でもそれは、けっして不甲斐(ふがい)ないからではない。


人間が身を守る大切な本能が息づいている。


じぶんのなかにいる母親が、

○○ちゃん、危ないからやめときなさい。

転んだらどうするの?

失敗したらどうするの?

ふつうに生きてくれればいいのよ。

と、教えてくれる。


むしろ、その能力は失ってはいけないもの。



ただし、じぶんを形成するたいせつな何かは、その声を聞いてどうするのか、にある。

先生(せんせい)

先生って言われるんだね、演技講師をしていると。


先生ってガラじゃないからさ。


名前で呼んでくれない?

って、最初のころは言ってた。


でも、そうすると言いづらくなっちゃうんだね。


社長、とか部長、とか主任、とか先生、って、

声をかけやすいんだ。


年齢が離れていても、それだけで敬っていることになるからね。


個人的には、現場で”監督”って呼ばずにあいての名前を呼びたいけど。

共演者と同じで、どういうひとなのかが演技に影響してくるから、

でもそれが、もしあいての思うところじゃないのなら。


よく知らないときは、みんなと同じように呼ぶべきなんだろうね。


いちど戻る勇気

演技を教えているうえで一番のやっかいは、間違ったアプローチをしてしまっている場合だ。

たいていは、じぶんの成長を信じて走りつづけるものだが、いったん道に迷うと、成功に近づくどころか逆にどんどん遠ざかってしまう。


そんなときは、いちど戻ってこなければならない。


しかし、その非効率に堪えられず、迷子のまま出口を探そうとするなら、講師は無力だ。


これはモデルやアイドルをかじったひとに多い。


そのうえ、へたにキャリアがあるともう、ひとの話しを聞けなくなってしまう。


気持ち的に耳をふさいでやり過ごそうとするなら、かける言葉はない。

だってじぶんの人生は結局、じぶんで責任を負うしかないのだから。