渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -79ページ目

オペラ座の怪人

なんで、こんなに差があるんだろう……


ミュージカルはアメリカ人にとって、日本人の歌舞伎だと聞いたことがある。

つまり白人が歌舞伎をするくらいには、日本人にとってミュージカルは手の届かないものなのだ。


それでも。


あれだけのモノを魅せられてしまうと。

思春期に観ていたらきっと、ミュージカルの道へ進んでいったに違いない。


端々(はしばし)の役でさえ。

活き活きとしている。

歌がちゃんと歌えている。


というのも、恥ずかしいくらい。


それならお前は、指先なら腐っていてもいいのか、と言われているような気がした。


マーケットの違い、と言われればそれまでだけど。


金勘定なしにいつか勝負する日が来ないと、超えられないなにかは絶対にある。


泣けた。



それは、物語が悲しいからだけではなかった。

もっとも大切な要素ではない。

年明けは舞台稽古から。

いままでじぶんも何度か呼んでもらっていた劇団の主宰が、うちの事務所内でワークショップをやるというので有志数十人が集まった。

映画の世界でも、名実ともに日本を代表する殺陣(たて)集団が顔をそろえる。


個人的にいい殺陣とは、ドラマがあること。

演技と同じ。

ただ速いとか力強いのとは、きっと対局にある。


じつは事務所の傾向としては完全に映像系で、ふだん殺陣の機会はすくない。

それでも、みんな熱中して取り組んでいる。


この劇団はどちらかといえば、つかさんの流れなので音楽もどんどん聴かせる。

そのなかでリアルな声量では、舞台が成立しない。

ただしトレーニングでじぶんの大きな声に慣れていない俳優は、リアリティーが吹き飛んでしまうのを恐れて冒険できないでいる。

もっと出して! 見えないよ! と言われる。

すると、単純に歌ってしまう。声優志望者には多い。


それでも出さないことには、評価すらできない。

たとえば講師に言われたのと同じことを、別のひとから言われるのだけでもよい機会になる。


かれらの何人かは、じぶんの範疇(はんちゅう)にないものが、うまくイメージできないでいる。

そうなると結局は、本番前に調整して気持ちの悪いまま千秋楽を迎える。

または観客に届かないまま、綺麗だったよ、カッコよかったよ、とだけ感想をもらうことになる。


それは大きな声を出せる身体を持ち合わせていないからではなく。

殺陣ならパワーやスピード、正確性がないからではなく。

このへんを演出や演技講師が混同してしまうと、本人とともに路頭に迷う。


リアリティーは必要だが、もっとも大切な要素ではない。

NEC"Aterm WR8750N"

バッファローの"WBR-G54"からNEC"WR8750N"へ変更。


感涙!


速い!



そうだよなぁ、このルーター10年前のだもんなぁ……。



(゚o゚;; ハッ!
今まで光の意味、なかったんじゃ……!



新しいPCを買う前に、なんでこうしなかったんだろう、盲点だった。