真珠湾攻撃の日に寄せて
1941年(昭和16)12月8日、日本海軍の機動部隊が、ハワイ真珠湾に集結していたアメリカ太平洋艦隊を奇襲攻撃した。これにより大東亜戦争(太平洋戦争)が始まった。
しかし、実のところ真珠湾に米軍の主力はおらず、旧型の戦艦が主だった。空母に至っては無傷だった。

日本が卑怯者扱いされる真珠湾攻撃は、宣戦布告無しの奇襲などではなかった、という話はここではやめておこう。
あの当時、日本に「宇宙戦艦ヤマト」があれば勝てただろうか?
さすがに一隻では無理か……。
大和は4月6日15時20分に出撃した。艦艇は10隻、第二艦隊旗艦大和以下、軽巡洋艦矢矧、駆逐艦冬月・涼月・磯風・浜風・雪風・朝霜・霞・初霜。
主砲は世界最大の46センチ砲で、速力はこの規模の戦艦では驚異といえる27ノットを誇った。
大東亜戦争(第二次大戦)では戦艦同士の砲撃戦から、空母と航空機を主体とした戦いに時代は移り変わっていた。
それを考慮しないで造られた大和は、無数の航空機の爆撃に晒され、自慢の46cm主砲が活躍する機会もほとんどなく、海に散った。
九州沖の海底に眠る戦艦大和と、3.000人あまりの乗組員の冥福を祈る日としたい。
「進歩のない者は決して勝たない。負けて目覚めることが最上の道だ。日本は進歩ということを軽んじすぎた。私的な潔癖や徳義にこだわって、真の進歩を忘れていた。敗れて目覚める。それ以外に、どうして日本は救われるか。今、目覚めずしていつ救われるか。俺たちは、その先導になるのだ。日本の新生に先駆けて散る。まさに本望じゃないか」
─元大和乗組員著「戦艦大和の最期」─
さらば地球よ 旅立つ船は 宇宙戦艦ヤマト
宇宙戦艦ヤマト 組曲 指揮/宮川泰
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