風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -34ページ目
先週の休みの日のことだけれど、いつもの公園で石碑を見つけた。
おぉ⁉ いつの間に建ったんだろう。

近づいてみたら、どう見ても新しくはない。彫られた日付をみたら古かった。

道路と公園の間にある植え込みは草木が生えて、ちょっとうっそうとしている。
その草が刈られて初めて石碑を認識したのだ。

公園の中の植え込みも刈られて、すっきりとしていた。そしてそこに、菜の花を見つけた。

たったの二株ひょろりと生えているだけなのだけれど、それにずっと気づかずにいたのだ。

見ているようで見えていないんだな。僕は自分の目の不確かさにかなり驚いた。

自転車を押しながら日差しを避けられるベンチを目指していた時、それは現れた。

鳩の死骸だ。それも、頭の部分がない。
野良猫にやられたのだろうか。
鳩の死骸を見るのは、初めてのような気がする。



僕は近くのベンチに腰を下ろした。でも、ずっと鳩のことが気になっていた。
すると、小学校の3年生ぐらいだろうか、女の子3人が鳩の前で自転車を止めた。

その女の子3人は嫌がることもなく、怖がることもなく鳩を見つめていた。
その顔は、事件に遭遇した探偵並みに真剣だった。
「4匹目だ」
鳩はまあ、匹とは言わないけれど、子供のことだから仕方がない。

4羽というのはこの公園の中でのことだろうか。それとも他でも見たということだろうか。

鳩というと公園か駅前広場と相場が決まっているのだが。

広げた文庫本を読んでいた時だった。
「ぐわっ」と妙な声がした。
見るとグレーの作業着を着た人が黒いビニール袋を手にしている。そこにあった鳩の死骸はすでにない。

誰かが区役所にでも連絡したのだろうか。
居心地の悪さを感じた僕は、また自転車を押した。

植え込みの中にハトの羽が散らばっていた。あの鳩のものだろうか、それとも違う鳩のものだろうか。その横に黄色いタンポポが咲いている。



惨劇とありふれた日常。
日常のすぐ隣にある非日常。
僕は世界を思った。

戦争、テロ、事件、事故。
あるいはいじめ問題。

日常と惨劇の間にある越えられない壁の厚さに、命を落とそうとするひとは、きっと呆然とするに違いない。アウシュビッツのガス室の壁に残されたとされる人々の爪の跡が蘇った。


アウシュビッツのガス室

うつぶせに横たわり、浅い息をする。埃臭い道路の匂いが鼻を満たす。
うっすらと見える視界の中を、人々の足と靴と靴音が忙しなく通り過ぎてゆく。

知らんぷりで行き過ぎるその足の主たちもまた、いつか地面に横たわる。
後悔しないためにも、足を止めなければならないことを僕は知っている。

その人のためではなく、後悔しないためだというのが僕の限界を示しているけれど、それでも僕は声をかける。

「大丈夫ですか?」

後悔だらけの人生で、これ以上の後悔は自殺行為だから。


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“一途な情熱” “果て無く続くように見えた未来”

“諦め” “苦笑” “プライドぎりぎりの折り合い”

かつて流した“悔し涙”や“悲しみの涙”
いま流す“感動”や“共感の涙”

あのころ持っていたものを僕たちは失ったけれど、違うものを得てきた。
それがいいのか悪いのかはわからないし、僕たちに変えようもないのだけれど……。

僕たちの流す涙は血液が形を変えたもの。
聖母マリアは、今宵も赤い涙を流すのだろうか。


ミケランジェロ「ピエタ像」


情熱 / Ms OOJA


「情熱」は1996年6月にUAがリリースした通算4枚目のシングル。でも、Ms OOJAの歌がとてもいいです。


作詞︰UA
作曲:朝本浩文

きっと涙は 音もなく流れるけれど
赤裸々に頬濡らし 心まで溶かしはじめる

こわれるくらい 抱きしめてほしかったけど
想い出に笑われて 足跡も傷跡かくす

遠い昔の夢は怖いくらいに広く
こぼれそうに蒼ざめた空に二人抱かれて
遠回りしてあとずさりする
雲を撫でて
ほらね眠りの森が見えた

きっと涙は音もなく流れるけれど
赤裸々に頬濡らし 心まで 溶かしはじめる

こわれるくらい 抱きしめてほしかったけど
想い出に笑われて 足跡も傷跡かくす

遠い昔の夢は甘いくらいに赤く
可哀相な太陽と光る蕾隠して
欲張りなだけ臆病なだけ
鍵をかけた
いつもあなたの森は遠い

もう戻れない 情熱を両手に抱いて
孵らない想い集めて
サヨナラの口づけしましょう

そうね誰より 抱きしめてあげたいけれど
切なさにさらわれて 冗談がやけにむなしい

愛しても愛し切れない夜に
疲れすぎたけど今日もまた
答えのない疑問を抱いて
まぶしい朝日を待ってる

きっと涙は 音もなく流れるけれど
赤裸々に頬濡らし 心まで溶かしはじめる

こわれるくらい 抱きしめてほしかったけど
想い出に笑われて 足跡も傷跡かくす

もう戻れない 情熱を両手に抱いて
孵らない想い集めて
サヨナラの口づけしましょう

そうね誰より 抱きしめてあげたいけれど
切なさにさらわれて 冗談がやけにむなしい


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ミートソースとボロネーゼの違いをくどくどと書いてもしょうがないですね。
大本はおんなじなんですから。作り方は若干違うようですが、ボロネーゼがイタリア由来で、ミートソースは進駐軍経由って感じですかね。

すごく安いレトルトのミートソースは妙に赤くて、味もトマトトマトしています。

それはそうと、4日ぐらい前にこれを食べたのです。↓↓↓↓

予約でいっぱいの店で有名な銀座「ラ・ベットラ」落合務シェフ監修のパスタソースです。じっくりと焼いて煮込んだ粗挽きビーフの旨みが凝縮した味わい豊かなボロネーゼソースです。別添パルメザンチーズで仕上げる本格派です。


内容量:145.5g
価格:250円(税別)
スーパーで買うから、もっと安いですけど。

パルメザンチーズが別添えでついています。うん。おいしいんだけど量が少ない。これはまあ、すべてのパスタソースに言えるんだけど。

で、次の日に2人前で食べてみた。うん、おいしい。おいしいんだけど、明らかに不経済。
そして、思ったよりお肉感が足りない。あらびき肉を調理して冷凍しておけばいいんだな。そう思って買い物かごに入れたけど、散々迷って戻した。

僕はもう、面倒くさいことはできない男になってしまった。
以前は、スペアリブを漬け込んで焼いたりしてたんだけど、もう無理。

で、今夜はこれを食べてみた。↓↓↓↓

しっかり炒めて風味を引き出した香味野菜と、ごろごろとしたお肉の旨みがあふれる深みのあるおいしさをお楽しみください。


内容量:2人前260g
価格:270円(税込)

これも2人前で食べた。
レンジで温めるために封を切ったところ、香りがいい!
食べてみたらお肉感がすごい!

でもなんだろう、この酸味は……。
体調が悪いのだろうか。最後まで酸味が気になってしょうがなかった。
でも、もう一度チャレンジしてみる価値のある商品だった。
お肉ごろごろは嘘じゃなかった。

次に食べたときに酸味を感じなかったら、コスパも考えて僕はこれをイチ押しにするだろう。

この間久しぶりに食べたのがこれ。↓↓↓↓


内容量:80g×2袋
価格:250円(税別)

ゆでたパスタにそのままあえるだけ!
牛肉、炒めた玉ねぎ、トマトペーストに、キユーピー自慢のドミグラスソースとフォン・ド・ヴォーを加えてじっくり煮込んだ、肉のうま味がつまった濃厚なミートソースです。


タバスコは大丈夫でも、パルメザンチーズはもうダメだろうな。そう思って新しいのを買った。

どれどれと冷蔵庫を見ると、4年も前に賞味期限が切れていた。
僕はそれぐらい、レトルトのミートソースを食べていなかったことになる。

量が少ないしお肉感は望むべきもないのだけれど、味的には好きです。
え、これっぽっち? と思える内容量80gの割にはよく伸びるというべきか。

この間のブログに、ペペロンチーノに塩昆布と書いた。
だからといって、いきなり振りかけて食べるわけではないのです。

ペペロンチーノを味わい、パラっと振った塩昆布風味のペペロンチーノを食す。そう、交互に食べるのです。
味が単調なパスタを最後までおいしく食べる僕なりの方法。

ラーメンなら、麺をすすり、スープを味わい、チャーシューを頬張り、麺をすすり、メンマを口に運ぶ。どんぶり一杯が飽きないのです。
蕎麦もそう。ざるそばなんて、蕎麦とつゆと刻み海苔とネギとわさびだけ。それなのに最後までおいしい。日本の食べ物はすごいなあ、と思う。でも、パスタは飽きる。

そこで、ミートソースにはなにか。
梅干しでなのです。箸休めに梅干し。けっしてふざけているのではありません。

そして今日もまた、時間が無くなりました。
では、また。


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「女性の方は土俵から 降りてください」
八角理事長が謝罪し、当然のことながら批判が殺到しているので、僕があえて書くことはないかな。

土俵に駆け上がった女性の方たち、素晴らしかったですね。プロフェッショナルを見ました。

日本相撲協会、国技でもないのに思い上がってませんかね。いえいえ、国技だったら思い上がっていいという意味ではありませんよ。何事も謙虚が大事です。

そうそう、相撲は国技として法的に定められたものではないことぐらい、賢明な皆様はご存じでしょう。
にもかかわらず「相撲は国技」とする声をよく耳にする。国技館という名称も詐欺っぽい。

ただ相撲の場合、公式文書の中で国技であることを否定されなかったことがあるのですね。

そのひとつが「財団法人日本相撲協会」に改称した時です。日本の上の「大」が抜けただけなんですけどね。

監督官庁である当時の文部省、現在の文部科学省に提出した文書で、「寄附行為・第3条」に「この法人は、わが国固有の国技である相撲道を研究し……」と明記してあるにも関わらず、省令認可された事によるものです。これ、うっかりしてませんかね。

ん、待てよ。
認可されたのは大相撲じゃなくて相撲道だ。相撲道といえば貴乃花親方だ。
ま、面倒だからそれは置いておいて。

いっそのこと、武道、スポーツ部門で、「何を国技にすべきか」国民投票でもやればいいのに。

僕はどうだろう?
まだ子供と呼んでもいい年齢から部屋に入門し、世間を知らないまま育っていく若者たち。
大関、横綱なんてものにもなれば、好待遇だ。勘違いしまくるのは無理もない。

そんな中でも、僕が理想的な力士として思い浮かぶのは、元関脇寺尾(現錣山親方)かな。



相撲好きでもないから、彼の人となりなどは知らないのだけれど、道を究めようとした人のようにも見えるし、世間を知っているようにも見える。

相撲道の精進は、人間道の精進でもあるべきだ。それを、「ごっちゃんです」の皆様と相撲協会の方々に望むのは無理だと思う。

だから、相撲はいきなり落選。お疲れさまでした。

だとすると柔道かな。柔術というものが日本で生まれ、嘉納治五郎が「講道館」を設立し、柔道となった格闘技。僕はかなり大雑把にこのようにとらえています。批判は受け付けません(笑)

その後、世界に広まり、世界と戦うようになった柔道。
うん、僕は柔道と書いて投票するだろう。

そうだそうだ、日本相撲協会評議員会議長を退いた池坊保子を、全柔連の会長に頂いて、あのわけのわからないメイクで、つじつまの合わないボケをやってもらおう。

そして、ついに怒った山下泰裕に一本背負いの後、押さえ込まれて虫の息だ。
うん、うん、それが一番すっきりする。

表は風の音がすごい。
今朝は熟睡しているとんでもない時間に電話で起こされて仕事に向かったので、眠いです。

皆様のところへは訪問しないで寝ます。
おやすみなさい。


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一日過ぎてしまったけれど、4月4日はアメリカの生んだ偉大な人の亡くなった日だった。

Darkness cannot drive out darkness; only light can do that. Hate cannot drive out hate; only love can do that.

闇は、闇で追い払うことはできない。光だけがそれを可能にする。憎しみは憎しみで追い払うことはできない。愛だけがそれを可能にする。

The ultimate tragedy is not the oppression and cruelty by the bad people but the silence over that by the good people.

最大の悲劇は、悪人の圧制や残酷さではなく、善人の沈黙である。

Martin Luther King, Jr. (キング牧師)

Happy Birthday-Stevie Wonder


スティービー・ワンダー、1981年発表の曲。
シングルはアメリカのビルボード・ホット100に入ることができなかったが、イギリスではワンダーにとって最大のヒットとなり、全英シングルチャートで1981年8月に2位を記録した。
─Wikipediaより─
↑↑↑↑このあたりがアメリカという国の限界だろうか。

私にはどうしてもわからない
正しいことをするために命を懸けた人なのに

彼の偉業を記念する日を
どうして持つことができなかったのか

この世の中には
理想というものを理解できない人がいて
彼らがそれを幻にしてしまった

だけどみんなわかっている
彼が戦ったものがいつか実を結ぶことを

だってみんな心を込めてこう歌うから
ありがとう
Martin Luther King
誕生日おめでとうって


★キング牧師の誕生日は1月15日。
『ハッピーバースデー』は、それを記念日としないアメリカに対する、抗議を込めたスティービーワンダーの歌でしたが、その後、1月の第3月曜はマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの日(Martin Luther King Jr. Day)として国民の祝日になりました。

「I Have a Dream」(私には夢がある)で知られる有名な演説を行った人物。
1964年のノーベル平和賞受賞者。2004年の議会名誉黄金勲章受章者。
アメリカの人種差別(特にアフリカ系アメリカ人に対する差別)の歴史を語る上で重要な人物の一人である。

1968年4月4日に遊説活動中のテネシー州メンフィスにあるメイソン・テンプルで “en:I've Been to the Mountaintop”(私は山頂に達した)と遊説。

その後メンフィス市内のロレイン・モーテルのバルコニーでその夜の集会での演奏音楽の曲目を打ち合わせ中に、白人男性で累犯のならず者、ジェームズ・アール・レイに撃たれる。
弾丸は喉から脊髄に達し病院に搬送されたが、間もなく死亡した。
─Wikipediaより─

39歳の短い生涯でした。



ジョージア州アトランタで、牧師マーティン・ルーサー・キングの息子として生まれたマーティン・ルーサー・キング Jr.
アメリカはもう、人種差別と闘う彼ほどの人物を生むことはないような気がする。

僕の Jr はあなたからいただきました。


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200X年、謎の航空機事故が相次ぎ、メーカーの担当者と生き残った自衛隊パイロットは調査のために高空へ飛んだ。
高度2万、事故に共通するその空域で彼らが見つけた秘密とは?

一方地上では、子供たちが海辺で不思議な生物を拾う。大人と子供が見つけた2つの秘密が出会うとき、日本に、人類に降りかかる前代未聞の奇妙な危機とは―すべての本読みが胸躍らせる、未曾有のスペクタクルエンタテインメント。

─「BOOK」データベースより─

『塩の街』に続く、自衛隊三部作の2作目。
残り三分の一ほどを、4時間ぐらいかけて公園で読み終えた。

途中で文庫本を閉じ、タバコに火をつけ、コーヒーを飲みながら思いを馳せる。
僕の読書は、誰よりもきっと遅い。

文章がひどく読みづらいなあ、というのを、冒頭からかなりページが進むまで感じた。

それでも、突飛で不思議な話を思いつく人だな、すごいな、というのが素直な感想。

ライト・ノベルを前提として書かれた最後の小説になるのだろうか? そのせいか、恋愛模様は相変わらず甘々だ。
大人が読むには堪えないレベルだけれど、ラノベという性質上それは無理もないのかも。

不満を上げれば、視点の転換がわかりずらかったこと。
これ、だれの視点だろう?
そう思ってページを戻ることが度々あった。やがてそれにも疲れて読み進めることになる。

最初の三分の一は、あまり面白くない。それを越えたあたりから物語が動き始める。
僕みたいな一般人のブログならまだしも、文中に()で括った文章を入れるのもいただけない。

人様に強くお勧めするものではないけれど、内容的には面白かった。若い人には心に残る小説になるかもしれない。それが読後感だった。

メーカー担当者春名高巳。男みたいな口をきく自衛隊の女性パイロット武田光稀三尉。(この設定がいかにもだけれど、若い二人の甘々見え見えの恋愛模様)←かなり強引だけど()で括るとはこんな感じ? これは文章の放棄に近い。 

海辺でフェイクを拾い心を通わせた高校生の斉木瞬。おそらくは正しくない道を選んで高知を離れた瞬を取り戻そうとする幼馴染の天野佳江。読む人それぞれに共感できる人物もいそうだ。

それよりも誰よりも、高知の川魚漁師宮じいの発する言葉と存在感が圧倒的だった。
この人を描けるということは、有川浩の底力は並ではないことをうかがわせる。


宮じいが漁をした仁淀川


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出勤途中のビルのちっちゃな花壇に、カタバミが咲いている。
まさかカタバミを植えるとは思えないから、自生したものなのだろう。

そこに土があれば、植物は育ち、花は咲く。そんな中でも、道ばたにカタバミはよく似合う。



空に雲、花にそよ風、夜の月。
自然のものはとてもバランスがいい。

アスファルトにビル群。空に飛行機。道路にあふれる車。
人間の作り出したものは、どこか Cool で雑多だ。

似合うものと、似つかわしくないもの。
人類は地球に発生した癌細胞だと言ったのは誰だったろう。

けれど人間も、捨てたものではない。
愛に戸惑うことを知っているから。


ルパン三世・愛のテーマ/EGO-WRAPPIN' AND THE GOSSIP OF JAXX


水木一郎もいいけれど、愛のテーマは EGO-WRAPPIN' にとどめを刺す、と僕は思う。

作詞:千家和也
作曲:大野雄二

風に髪をとかれ おやすみのくちづけを
愛を胸に抱いて ふるえて眠れ
いつの日に結ばれる まだ見ない あなたよ
この体も まごころも贈りたい
昨日から 明日へ
愛を胸に抱いて ふるえて眠れ

夜が夢を運び おやすみのくちづけを
愛を胸に抱いて ふるえて眠れ
淋しさ に涙して いま何処に あなたよ
この想いも ときめきも伝えたい
昨日から 明日へ
愛を胸に 抱いて ふるえて眠れ


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人間とはそもそも、争いを好む生き物なのだろうか。
それとも、友好的で中立的で穏やかな生き物なのだろうか。

人種差や個人差はあるだろうけれど、それほど争い好きとは僕には思えない。
けれど、社会を見ればどうだろう。
そこは競争と潰し合いで満ちている。

僕たちに提供されるすべてのサービスは、競争の中から生まれてきていることは間違いない。
組織が勝ち残るための手段に他ならないのだ。

組織や国家がそうさせるのだろうか。
しかし、組織も国家も人で出来上がっている。
それを指揮するのもまた、人だ。

考えてみれば、精子が卵子にたどり着くまでには熾烈な競争と淘汰が繰り広げられている。そもそも、僕たちのDNAの中には競争原理が組み込まれているようにも思える。

けれど、それは僕たちの本質にかなっているのだろうか。
僕たちの本質と肉体は、違うものの手によるものではないか。
僕の考えはいつもそこに行きつく。

僕たちがさらされている競争原理の根本は何かと考えれば、お金なのではないだろうか。
人類は自ら生み出した便利なものに、振り回されているさまなのではないのか。

話はちょっと脱線するけれど、関西方面に住む霊感の強い女性がいた。母子家庭だった。
その人は人の相談を受けたりもしていた。

けれど、お金は取らない主義だった。だから貧乏をしていた。
もうすぐ携帯が止まる、と笑った。
口座番号を教えろ、と、僕はお金を振り込んだ。

そして電話口で僕は言った。料金は取りなさいと。
それが、自分の助言に責任を持つ、ということだと。

僕の言葉が正しかったのか間違っていたのかはわからない。
彼女は電話口で言った。
「清貧でいましょうね」と。

僕たちは、笑いと、ありがとうという言葉が心を浮き立たせることを知っている。
むしろ、彼女のほうが正しいのかもしれない。

人類は自らの手で、競争社会を終わらせることができるだろうか。競争のない世界を、生きているうちに目にすることができるだろうか。

僕は、そんな世界を見てから死にたい。


WINDING ROAD 絢香×コブクロ


作詞:絢香・小渕健太郎・黒田俊介
作詞:絢香・小渕健太郎・黒田俊介

曲がりくねった道の先に
待っているいくつもの小さな光
まだ遠くて 見えなくても
一歩ずつただそれだけを
信じてゆこう

すべてを愛せなくても
ありのままの心で
何かをただひとつだけ
愛し続けてる人
その誇らしげな顔には
何にも負けないほど大きな
やさしさがあふれだしてる

曲がりくねった道の先に
待っているいくつもの小さな光
まだ遠くて 見えなくても
一歩ずつただそれだけを
信じてゆこう

にぎりしめた手のひらじゃ
何にもつかめやしないと
開いた指の隙間から
いつか手にしたままの
夢や憧れの種が
僕にだけ気づいてほしそうに
あしたへと芽を出している

逃げ出してた昨日よりも
ぶつかり合った今日にこぼした涙
立ち止まった自分をつれて
夢見てたあの日の僕に
会いにゆこう

hey hohoho papa papa papa
dadadadadada papapapapa
奮い立たせる

曲がりくねった道の先に
待っているいくつもの小さな光
まだ遠くて 見えなくても
一歩ずつただそれだけを
信じてゆこう

正しさという狭い出口を
くぐれない思いが僕を
奮い立たせる
lalalalalala lalalalalala
lalalalalala lalalalalala

振り返ればただまっすぐに
のびていた今日までを
たどる足跡
曲がりくねった道の先に
夢見てたあの日の僕が
待っているから



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水曜日のお休みは、久しぶりに自転車で足を延ばしてみようと決めていた。
土筆はあるだろうか。摘もうかな、どうしよう。とりあえずコンビニの袋をショルダーバッグに入れた。

何年も前だけど、100本摘んだことがある。でも調理するとちょっとになった。それではと、翌週は300本摘んだ。ハカマ(袴)を取るのに往生した。それは当たり前。



出かける前に洗濯をすませ、途中でブラックのボトルコーヒーを買って、とりあえずは読書タイムでいつもの公園に向かった。

うん、ブラックのボトルコーヒーは夏の日の欠かせないアイテムだ。まだ夏じゃないけど、いい陽気だったからそれにした。冬は温かい微糖の缶コーヒーと決まっている。

さて、行こう。文庫本を閉じて河原に向かった。
桜の並木を通り抜け土手を走る。下にはサイクリングコースがある。
土筆を探して右側を見ながら走る。



この、じっと見ていることで、ある現象が起こる。自転車を止めると、手前の草むらが前に進み、ちょっと奥の草むらが後ろに進むのだ。丸くないから時計回りというと変だけれど、そうなる。

これを何というかは知らないけれど、近くの景色は早く流れ、遠くの景色はゆっくり流れていくことに原因があるのだろう。

脳だろうか目だろうか、騙されている。

土筆発見! 
まあ、その前にも見逃しているのだろうけれど、土筆のたくさん生える場所を僕は知っているから気にしない。それはもっと先だ。

しゃがみこんだら目の前に十数本ある。もっと降りれば、きっともっとある。そして振り返ればもっと見つかる。
それが土筆だ。でも、面倒だから指先で撫でただけでやめた。

都立公園に降りた。レジャーシートを敷いて大勢の人たちが花見をしていた。
自転車をゆっくり走らせながら花見を楽しむ。
方向的には南になるだろうか。もう桜吹雪が始まっていた。

だめだ。そのまま書いていたらきりがない。

夜中に、突っ張り棒が落ちた。
洗濯物を干すために、入り口に近い部屋に渡してある突っ張り棒だ。ねじで止めるところが壊れてしまった。これがないとすごく困る。
昼間なら買いに行けたのに、なんでこんな時間に(TωT)

あ、タイトルだ。このままではタイトルが意味不明になってしまう。

都立公園の後に、再びいつもの公園に向かった。
ボトルの缶コーヒーが半分以上残っていたからだ。
これを持って帰っても、家では絶対飲まないことはわかっている。それを飲みながら、少し読書をした。

仕事中や外ではコーヒー系しか飲まないのに、家ではコーヒーは飲まない。
これを、ONとOFFと呼ぶべきか呼ばざるべきか。



あ、タイトルだ。
読書を一休みした僕の目の前を、桜の花びらが車輪のように転がっていく。
僕は心の中で唱える。

だーるまさんが、転んだ!
あ、ちょっとタイミングが……。

だるまさんが、こーろーんーだッ!
あ、またタイミングが。

だるまさんが、転んだッ!
パタッと伏せる桜の花びらが、すごくかわいい。

毎年桜は咲くけれど、同じ桜が咲くことはない。
桜は生涯、一度きり。
散りゆく桜に温かい拍手を。


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春は水仙、春はハナミズキ。
春はタンポポにチューリップ。



春は菜の花、春は梅。
春は土筆にヒヤシンス。



春は桜。風はほんのり薄桃色。



春はプロローグ、すべての始まり。

僕はね、春に生まれたんだ。君の知らない遠いところで。
君はどの季節に生まれたんだろう。

さくら / ケツメイシ


さくら舞い散る中に忘れた記憶と 君の声が戻ってくる
吹き止まない春の風 あの頃のままで

君が風に舞う髪かき分けた時の 淡い香り戻ってくる
二人約束した あの頃のままで
ヒュルリーラ ヒュルリーラ


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