風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -27ページ目

『元気ですか? 浮上したら漁火がきれいだったので送ります』彼からの2ヶ月ぶりのメールはそれだけだった。

聡子が出会った冬原は潜水艦乗り。いつ出かけてしまうか、いつ帰ってくるのかわからない。そんなクジラの彼とのレンアイには、いつも7つの海が横たわる……。

表題作はじめ、『空の中』『海の底』の番外編も収録した、男前でかわいい彼女たちの6つの恋。有川浩がおくる制服ラブコメシリーズ第1弾。

「BOOK」データベースより



関東地方の台風も過ぎ、曇りと日差しを繰り返すいつもの公園で『クジラの彼』を読み終えた。糖度の高い有川浩の文体にも慣れたのだろうか、眉を顰(ひそ)めることもなく読み終えた。

5歳の娘を膝に抱いた榛名高己の回想から始まる物語『ファイターパイロットの君』はなかなかよかった。
『空の中』の登場人物榛名高己と、F-15パイロットの女子自衛官武田光稀のアナザーストーリーだ。
結婚してたんだね。

娘の誕生日に間に合わせようと娘の背丈ほどのテディベアの人形の入った背嚢を背負い、駐車場のランドクルーザーに走る光稀。しかしハンドルを操り帰り着いた家に娘の笑顔はなかった。寝てしまったのだ。
涙が出るストーリーだった。

そんな中でも『国防レンアイ』が一番好きかな。男女で好みが分かれそうな短編集だった。

『海の底』の夏木と望の『有能な彼女』もよかった。会話の展開が僕の意表を突き続けるから、有川浩はやっぱり女なんだなと思った。

持っていて損はない一冊だと思う。
読んでではなく、持っていて、である。短いから読み返してもいいだろう。

突っ込みどころはほとんどなかったから、『塩の街』や『空の中』に比べ有川浩は明らかに上手くなっている。ひとりの作家の成長をまざまざと見せつけられた思いだ。


話は変わって、ここしばらく僕がブログを書かなかったのには理由がある。
終戦の8月が近づいているからだ。

陰りゆく愛に』で現在と過去を行き来する男を題材に特攻を描いたけれど、戦争をもうひとつ取り上げたい。そう思ったのだ。

真珠湾攻撃を候補に挙げて資料を集めたけれど、難しい。
なぜなら、小説の登場人物が何を語ろうと自由なのだけれど、実在の人物山本五十六となればそうもいかないからだ。

「眠れる巨人を起こし奮い立たせたも同然ではないか」
映画『トラトラトラ』で真珠湾攻撃後に山本五十六が発した言葉だ。標的とする空母がいなかったからだ。空母を叩き、早期の講話を計る、それが五十六の狙いだった。

眠れる巨人扱いされたアメリカでは拍手喝采だけれど実際の山本五十六はそんな言葉は口にしていない。

宣戦布告後の攻撃のはずが、手違いもあって掟破りの奇襲となってしまったことをひどく残念がったのだけは確かだ。

実在した人物を使って嘘は書けない。嘘を書いてはいけない。
かといって、僕は連合艦隊司令長官山本五十六の人となりを知っているわけでもない。日頃どんなしゃべり方をする人だったのかも知らない。

僕が知っているのは断片的だ。

”常在戦場”を藩風・藩訓する越後長岡の出身。
敬愛してやまない長岡の大先輩である河合継之助と山本帯刀を心の支柱にしていた。
博打が強かった。お妾さんもいた。
日独伊三国同盟にも、日米開戦にも反対だった。

残念だけれど、うん、たぶん間に合わないな。


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日曜は早々と9時には公園に着いて、有川浩の『海の底』を開いた。

公園ではフリマをやっていたけど、暑い中出かけてくる人は少なく午後の1時を回ったころには広げた荷物をまとめて帰り支度をする人も多かった。

あの様子だとひとつも売れなかった人も多いはず。それを見ていてちょっとかわいそうになってしまった。

汗はかいたけれど、うす曇りだったのでそれほど暑くもなく読書日和だった。

僕はそもそも暑さに強く、今年の夏は暑くなりそうです、なんて長期予報を聞くと嬉しくなるタイプ。
あぢ~あぢ~などと言ってはいてもちっとも苦ではないのです。

28度の除湿、風向きは自動設定。
そう信じ込んでいたのだけれど、寝ていてあまりの寒さに気がついたのです。あ、風向きは一番上にしてちょいと押し上げるんだった。

そう、エアコンの風がベッドを直撃するのです。おかげさまで夏風邪をひいてしまい、まだ治りきっていません。

設定温度は29度まで上げましたが、肩口から上半身に掛けるための肌掛け布団の備えは必須です。

そして、コバエの大発生。
網戸に2枚貼り。吊るすタイプも置いてあるのに大発生。ふたつで3000円は下らないのに意味がない。

台所ではスプレーをまいたけど、部屋ではそうもいかない。
前回まったく効果のなかった『めんつゆトラップ』に再び挑戦。

めんつゆ1:水1:台所洗剤ちょっと。

これが今回はすごい威力を発揮したのです。
台所に置いた分にはたいして取れなかったのに、テーブルに置いたものには大量に取れました。

めんつゆトラップはショウジョウコバエにしか効果がないようなので、そのせいなのだろうか?

気をよくした僕は、昨夜ちょうど食べ終わった牛角キムチの入れ物が口が広くて良さそうなのでめんつゆトラップを仕込みました。

さっき帰ってきて確認したら、これまた大量捕獲。持ち上げて蛍光灯にかざしてはニマニマしているのです。

話は戻って、『海の底』を読み終えて、BOOKOFFで『クジラの彼』を買いました。
自衛隊三部作の登場人物が出てくるらしい。

表題作「クジラの彼」はまさしく『海の底』の優男冬原と彼女のお話でした。

ふむ、有川浩もこうやって上手くなってきたんだな、そんなことを思った一話でした。


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4月。桜祭りで開放された米軍横須賀基地。停泊中の海上自衛隊潜水艦『きりしお』の隊員が見た時、喧噪は悲鳴に変わっていた。
巨大な赤い甲殻類の大群が基地を闊歩し、次々に人を「食べている!」自衛官は救出した子供たちと潜水艦へ立てこもるが、彼らはなぜか「歪んでいた」。
一方、警察と自衛隊、米軍の駆け引きの中、機動隊は凄絶な戦いを強いられていく――ジャンルの垣根を飛び越えたスーパーエンタテインメント。

「BOOK」データベースより



自衛隊三部作、3作目。今回の敵は人を食う巨大ザリガニの大群。
潜水艦乗りの夏木と冬原コンビが救出した子供たちを連れて”きりしお”に立てこもる。

警察がたとえ恥をかこうと、武器を持たない機動隊ではなく火器を使える自衛隊に引き渡すべきと判断した明石警部と烏丸参事官コンビが、動かない官邸を相手に画策をする姿も面白い。

”きりしお”立てこもりの最年長で唯一の女子森生望(高3)と夏木、冬原どっちが絡むのか?
またもや甘々に行くのかと思ったらそうでもなく、エンディングが、あぁなるほどね、できれいに終わってよかった。
自衛隊三部作の中では僕的には一番いい作品だと思った。

そのうち、『図書館戦争』にも手を伸ばしてみたい。


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もしも時が、音もなく過ぎてゆくものなら、僕たちはきっとこんなにも苦しみはしない。

足元を脅かすぐらい揺れて、耳を塞ぎたくなるぐらいに風が吹き、風が鳴る。



もう僕を覚えていないはずの娘よ、どうかそばにいない父親を疑わないでほしい。僕はずっと君を思ってきたし、馬鹿みたいにまっすぐ生きてきた。

父の日が来るたび思った。そんな日なんて必要ないじゃないかと。君が誰の似顔絵を描くのかと、僕は君の逡巡を思い心を痛めていた。

彼氏はいいひとかい?
口が滑らかな男には気をつけなさい。
謝るよりも先に、言い訳を口にする男にも気をつけなさい。

謝るは君にだ。
言い訳は自分の保身のためだ。
その順序を間違える男はだめだからね。

年数とか時代を見る時、娘の生まれた時を基準にする癖はいまだに抜けていない。どこまでも愚かしい男だろう。

拓郎シリーズ、とりあえず最後の曲はやっぱりこれです。

サイコロみたいに振出しに戻ったら、人は成長するだろうか。

しぼったばかりの夕陽の赤が
水平線からもれている
苫小牧発・仙台行きフェリー
あのじいさんときたら
わざわざ見送ってくれたよ
おまけにテープをひろってね
女の子みたいにさ

みやげにもらったサイコロふたつ
手の中でふれば
また振り出しに戻る旅に
陽が沈んでゆく

女や酒よりサイコロ好きで
すってんてんのあのじいさん
あんたこそが正直者さ
この国ときたら
賭けるものなどないさ
だからこうして 漂うだけ

みやげにもらったサイコロふたつ
手の中でふれば
また振り出しに戻る旅に
陽が沈んでゆく

サイコロころがしあり金なくし
フーテン暮しのあのじいさん
どこかで会おう 生きていてくれ
ろくでなしの男たち
身を持ちくずしちまった
男の話を聞かせてよ
サイコロころがして

みやげにもらったサイコロふたつ
手の中でふれば
また振り出しに戻る旅に
陽が沈んでゆく
戻る旅に 陽が沈んでゆく



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反体制的な音楽と捉えられていたフォークソングも70年代になると節目を迎えます。
当時のフォークソングの多くは「私たち」と歌いましたけれど、それが「私・僕」へと移り変わってゆきます。

そんな時代背景の元、「結婚しようよ」は大ヒットをしました。
反体制的なフォークソングは変わり始めたのです。

しかし、「結婚しようよ」は当時のすべての若者に受け入れられたわけではありませんでした。それまでの反体制的なフォークを好む人達からは軟弱な歌だと反発を受けたのです。あの拓郎がコンサート会場で「帰れ」コールを浴びる事もあったようです。

深夜放送で「結婚しようよ」が初めて流れた日の朝、クラスがこの歌の話題で持ちきりになったことを覚えています。

そんなふうに、テレビに映る学生運動を見て、何がしたいんだろうこの人たち、と思った僕たちの世代はとても衝撃を受け、とても素直に「結婚しようよ」を受け入れました。

その「結婚しようよ」のB面です。
裏返してこの歌が出てきたときは感動しました。

短いイントロの中に、押さえる指で叩くように音を鳴らすハンマリングや、押さえた指を動かして音の高さを変えるチョーキングが使われていますね。美しいです。

こういう歌を佳作というのでしょう。惜しくも入賞は逃したけれど、それに次ぐという作品です。




とても気になるのですが、作詞伊庭啓子(四角佳子)と出ますが、全くの別人です。
四角佳子さんといえば拓郎の最初の奥さんですが、伊庭啓子さんは広島フォーク村の人のようです。


バスが止まって 外は雨がふっている
ガラス窓に いっぱい並んだ雨だれの
むこうで誰かが タバコに火をつけた

そろから人は 皆 傘をさして
まれで心を 傘でかくせるみたいに
そして黙って 雨の中を歩いてる

それから雨は どこかの風と一緒に
茶色のハッパを 一枚落としていった
それから 皆 雨にぬれて歩いてる



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「B面」……もう死語になっていますけれど、アナログ・レコード時代の裏面ですね。

わざわざ書かなくても、僕のブログの読者の方ならお判りでしょう。今はカップリング曲というのでしょうかね。

A面は一押しの曲で、B面はおまけ、みたいなところがありました。A面を堪能してから、ちょっとワクワクしながらB面に針を落とすという楽しみもありました。

がっかりだよぉ、って曲も多い中、A面を凌いでヒットした曲もあります。

こんな曲たちです。

GARO「学生街の喫茶店」
キャンディーズ「年下の男の子」
加山雄三「旅人よ」
松田聖子「Sweet Memories」
ヒデとロザンナ
「愛の奇跡(L'AMORE E UN MIRACOLO)」

浜田省吾「もうひとつの土曜日」
小田和正「ラブ・ストーリーは突然に」
PRINCESS PRINCESS(プリンセス・プリンセス)「M」
DREAMS COME TRUE(ドリームズ・カム・トゥルー)「未来予想図Ⅱ」
鈴木聖美 with Rats&Star「ロンリー・チャップリン」
荒井由実「ひこうき雲」
松山千春「銀の雨」
久保田利伸「流星のサドル」

そんな中、ヒットこそしなかったものの、ファンには根強い人気を持つ歌もあります。

「シンシア」のB面「竜飛崎」
「シンシア」と同じくムッシュかまやつさんとデュエットですが、ここは拓郎一人で歌っています。

まだ青函連絡船が津軽海峡を渡っていた頃、1974年7月発売の隠れた名曲です。拓郎らしい歌いっぷり。いい歌です。



ちなみにバックバンドは”愛奴”ですが、ドラムを始めて間もない浜田省吾が叩いています。

拓郎さんは、ヘタクソなドラムなのに一度も怒らなかった……ただ遠慮がちに『おい、チューニングだけでもチトやん(河内)に見てもらうか?』とおそるおそる聞いてきた」と語っています。

印象的なフレーズ”竜飛岬よ どてっ腹を ぶちぬかれちゃったね”は青函トンネルを掘るさまです。


「竜飛崎」
作詩:岡本おさみ
作曲:吉田 拓郎

六月の春が いちどに花ひらくこの岬には
秋にあじさい咲くという
また来てしまった しょせん帰りゆく この旅なのに
あゝまだ津軽は 吹雪です
凍え死ぬこともないな ぼくの旅
竜飛岬よ どてっ腹を ぶちぬかれちゃったね

丸太でかこった 家族が躰寄せる この漁村には
寒く灯(あかり)がついている
やさしい 夕暮れ にぎわいもうすい 船着場には
あゝもう野良犬が住みついた
ドロ運びのおばさん お達者で
竜飛岬よ どてっ腹を ぶちぬかれちゃったね

海峡を越えて 鉄打つ響き渡る 室蘭の夜
赤い火の粉が ふりそそぐ
道ひとつ決まらぬ 生まれついての ろくでなしには 
あゝ悲しみでさえも 海の汚点(しみ)か 

過ぎてゆくばかりだな ぼくの旅
竜飛岬よ どてっ腹を ぶちぬかれちゃったね
凍え死ぬこともないな ぼくの旅
竜飛岬よ どてっ腹を ぶちぬかれちゃったね



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もうひとつあげたい拓郎のB面があるのですが、それはまた。

ひどい暑さが続く中、被災して避難されている方たちを思うと、ただ唇を引き締め眉をしかめるしかない非力な自分を恥じる。

こんな時こそ、国はその顔を見せるべきだろう、「望むべくもない」とすでに国民に思われているところが国家としていかがなものか。

政治家と書いて、”情け知らず恥知らず”と読む。
だけど、そんな僕だって、そんな中の一人にすぎないことを知っている。
忸怩たる思いである。
別バターンやその流れから様々なアレンジがありますが、初期バージョンの「マークⅡ」です。
拓郎らしからぬところが好きです。

歌はできたけれど、曲名が決まらない。確かに、僕が考えてもタイトルを決めにくい曲です。

そんな時、喫茶店にいた拓郎の視線の先をコロナ・マークIIが走っていった……。
それがタイトルになりました。

”年老いた男が川面を見つめて
時の流れを知る日がくるだろうか”




さよならが言えないで どこまでも歩いたね
街あかりさえ消えて 足音が淋しいよ
わかってくれる ただ一人の君を
はなしたくないのに
冷たいこの世界

みつめたら泣いていた いとおしい君だった
悲しみをこらえてる 傷ついた若い恋
また会う時は 大人になっているだろう
別れたくないのに
冷たいこの世界

また会う時は 大人になっているだろう
別れたくないのに
冷たいこの世界

年老いた男が川面を見つめて
時の流れを知る日がくるだろうか



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信じるって、何だろう。
なんだと思う?

生きてきた中で、ひとはみな裏切られたり、傷つけられたことがある。
そのたび人は、落ち込んだり恨んだりする。

それを経験してもなお、信じようとするのはなぜなんだろう。
その人が信じられるのか、それとも理想を願って信じたいのか。

信じていた人が見えないところで裏切っていたらなかなか気づかない。
それを疑わなかった自分は、まるで道化だね。

君はどっちだろう。
信じられる人だろうか。
君を裏切った人みたいな、嫌な人にはなりたくないよね。

僕?
どうだろう。
ただひとつ言えることは、僕は結構頑固な古い水夫だということ。
そしてみな、古い水夫になっていくのさ。

明日が晴れなのか凪ぎなのか、それを知るのはやっぱり古い水夫なのさ。




「イメージの詩」(イメージのうた)は、よしだたくろうのデビューシングル。 1970年6月1日にエレックレコードから発売された。

─Wikipediaより─


これこそはと信じれるものが
この世にあるだろうか
信じるものがあったとしても
信じないそぶり

悲しい涙を流している人は
きれいなものでしょうネ
涙をこらえて笑っている人は
きれいなものでしょうネ

男はどうして女を求めて
さまよっているんだろう
女はどうして男を求めて
着飾っているんだろう

いいかげんな奴らと口をあわせて
おれは歩いていたい
いいかげんな奴らも口をあわせて
おれと歩くだろう

たたかい続ける人の心を
誰もがわかってるなら
たたかい続ける人の心は
あんなには 燃えないだろう

傷つけあうのがこわかった昔は
遠い過去のこと
人には人を傷つける力があったんだろう

吹きぬける風のような
おれの住む世界へ
一度はおいでョ
荒れ果てた大地にチッポケな花を一つ
咲かせておこう

おれもきっと君のいる太陽のあるところへ
行ってみるよ そしてきっと言うだろう
来てみて良かった 君がいるから

長い長い坂を登って
後ろを見てごらん 誰もいないだろう
長い長い坂をおりて
後を見てごらん
皆が上で 手を振るサ

きどったしぐさがしたかったアンタ
鏡を見てごらん
きどったアンタが映ってるじゃないか
アンタは立派な人サ

激しい激しい恋をしているおれは
いったい誰のもの
自分じゃ 言いたいのサ
君だけのおれだと 君だけのものだと

裏切りの恋の中で
おれは一人もがいている
はじめから だますつもりでいたのかい
僕の恋人よ

空を飛ぶのは 鳥に羽根があるから
ただそれだけのこと 足があるのに
歩かない俺には 羽根も生えやしない

人の命が絶える時がきて 人は何を思う
人の命が生まれる時には
人はただ笑うだけ

古い船には新しい水夫が
乗り込んで行くだろう
古い船をいま 動かせるのは
古い水夫じゃないだろう

なぜなら古い船も 新しい船のように
新しい海へ出る
古い水夫は知っているのサ
新しい海のこわさを

いったい
おれ達の魂のふるさとってのは
どこにあるんだろうか
自然に帰れっていうことは
どういうことなんだろうか

誰かが言ってたぜ
おれは人間として 自然に生きてるんだと
自然に生きてるって
わかるなんて
何て不自然なんだろう

孤独をいつの間にか
淋しがり屋と かんちがいして
キザなセリフをならべたてる
そんな自分を見た

悲しい男と 悲しい女の
いつものひとりごと
それでも いつかは
いつものように 慰めあっている



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夜の帳が、音もなく静かに降りる。
そのように、人生も終わってゆくのだろう。

思い出ばかりが増えている気がするけれど、忘れ物の数は、きっと、もっと増えている。
だけど、それを取りに過去に戻ることは、できない。

いつか誰かが、僕を思い出してくれることはあるだろうか。
ここに確かに存在した僕のことを。

そう、僕が誰かを思い出すみたいに。
それは、忘れ物を思い出すみたいに。




少しだけ 疲れた顔で 君は静かに 眠ってる
スタンドの 淡い光 そっと睫毛の 影が出来る

昔より 愛が足りない 君はぼんやり 呟いた
費した 君との月日 惜しみはしない 僕がいる

Goodbye day 今日が終り
One more day また一日
何ごともなく それでいい Oh

Goodbye day ケリをつけて
One more day また一日
新しい日に すればいい

てのひらに 口づけすると そっと力を こめてくる
無意識に 甘えてるだろ 僕が隣りに いることに

こんなにも 愛は深いよ それに気づかぬ だけだろう
余りにも おだやかすぎて 時の流れに 埋もれるから

Goodbye day そして I love you
One more day また一日
信じていれば それでいい Oh

Goodbye day そして I love you
One more day また一日
おだやかならば それでいい

Goodbye day そして I love you
One more day また一日
信じていれば それでいい Oh

Goodbye day そして I love you
One more day また一日
おだやかならば それでいい


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好き……嫌い。

かなり好き……相当嫌い。
すごく好き……大嫌い。

嫌いな理由ならいくつも指を折れる。

だけど、好きな理由は難しい。
人を好きになるのに理由はないから。

もしも ”なぜ” を言えたなら、それは多分後付け。



ほらほら、また君の周りで天使たちがあわててる。
いつも急なのよねって。




「はぐれそうな天使」(はぐれそうなてんし)は、来生えつこ作詞、来生たかお作曲の曲。1985年に来生たかおのオリジナル・シングルが発売され、翌1986年に岡村孝子のカバー・シングルが発売された。

─Wikipediaより─


足元くすぐる波さえ 少し遠慮がち
私は無邪気になれずに 海と話してる

あの人のこと 気にしすぎてる
友達が言い笑うつもりが 泣きそうになった

恋したら 騒がしい風が吹き
はぐれそうな天使が 私のまわりであわててる
恋したら 雲の流れも速く
はぐれそうな心が あわててる

見つめているだけでふいに 熱くこみあげる
あの人にも気づかれてる 隠せない心

夢はいくつも飛び越えたのに
まるで少女のときめきほどに はがゆい気分で

潮風に 体ごとさらしたら
少しは楽になると 思いたった私が不思議
潮風に逆にあおられそうな
あやうい恋心に あわててる

恋したら騒がしい風が吹き
はぐれそうな天使が私のまわりであわててる
恋したら雲の流れも速く
はぐれそうな心があわててる



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