生きてるうちにはいろんなことがあって、心底楽しかったり心躍るほど嬉しかったり、バケツでも蹴飛ばしたいぐらいに腹が立ったり、歯噛みするほど悔しかったり。
僕が生きてきて思うのは、人には群れがあるんだってこと。
ここでいう群れというのは、学校や職場の仲間や友達とかじゃなくて、属としての群れ。
それはまるで、サファリのバッファローや象やサイやライオンや、インパラやキリンやヌーみたいにまるで違う生き物だということ。

僕たち人間は、その属の個性を薄めながら、ある種の調和を図っている。日頃はあまり意識しないけど、ひとってなんらかの範疇に収まっているということ。
ちなみに範疇の意味は「同じ性質のものが含まれている範囲、部類」なんだけど。
非難されたことがあるだろうか。弾劾されたことがあるだろうか。
その時ひとは気づく、いつもはまったく意識することはないけれど、その溝は思いのほか深くて暗いのだと。
それはそうだ、そもそも見えているというか見ているものが違うのだし、えさも違うのだ、価値観が違う。

みんなもそうかもしれないけど、僕がここでこんなブログを書いているなんて実生活では誰も知らないことで、僕はここですべてのしがらみを捨てて素の自分になっている。
だからなんというか、僕がここで伝えたかったことは、君を理解する人は必ずいるってこと。
君はガゼルなのかもしれないし、フラミンゴなのかもしれない。だから、ライオンが君に示す無理解はきみのせいじゃない。
もう9月に入った。暑さがぶり返す日はあっても、平成最後の夏は終わった。
ひとが10年しか生きなかったら10回、ひとが30年しかいきなかったら30回、人が80年生きても80回しか夏はない。
万感の思いを込めて、さよなら夏。
さよなら夏の日/山下 達郎
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