絶頂の瞬間、君はそう叫んだ。
そのとき僕は、醒めた頭で大筋を悟った。
おっぱい触って。
触れた君の乳房は、その中に、まるでヌーブラでも仕込んだかのような感触だった。
妊娠しちゃった。
その言葉を聞いたとき、それは僕の子供じゃないと推測するのは、期間的にもいとも容易(たやす)かった。
今度は堕ろすから、○○ちゃん、結婚して。一緒にいて。
君は僕より3才年上の、23才だった。
ドアチャイムを鳴らしても反応がないことを不審に思った僕は、通路の端まで歩いて、窓を確認した。部屋に明かりが灯っている様子はない。
階下まで降りた僕は、小指の爪の半分ほどの小石を二つ三つ拾って、また階段を上がった。そして、窓に向かって投げた。
しばらくして、部屋の中から気配がした。
起きた。
そう安堵した僕の前で、ドアは開き、突如黒いものが眼前を覆った。
そしてそれは、僕に向かって襲いかかってきた。
仕事仲間とともに、しこたま酒を飲んだ僕は、その瞬間、思い出していた。
君が、○○ちゃん、今夜は来ないで、と言った言葉を。
部屋の中には、僕の整髪料も、僕のコロンもあった。
婚約者のいる君に、別の男が存在する痕跡は十分すぎるほどに残っていた。
君がなぜ、結婚を振り切ってまで、こんな僕に向かって走ってきたのか、それは、僕の中で、永遠の謎だろう。
それを解き明かす鍵は、僕の手の中にはない。
いや、それどころか、きみはすでに、結婚していたのではないかという疑念さえ、この僕には解く手立てがない。
男のパンチは、決して存在を脅かすほどのものではなかった。
僕がその気になれば、多分、瞬殺できるほどの相手であったろう。けれど僕は、一切の抵抗をしなかった。殴られながら、申し訳ないことをしたと、己の愚かさ加減を呪っていた。
「あなた、やめて! やめて! ○○ちゃん、来ないでって言ったじゃない」君の絶叫を聴きながら。
僕が君の嘘に騙されてつきあいを始めたのなら、それはそれで、僕が馬鹿を見ればいい話だった。
僕は何も、壊したくはなかった。
あれで、僕たちは終わった。
だから、あの夜の君の顔は見ていない。
傷にかさぶたができ、それがはがれかかった頃、仕事場に電話があった。
「○○さん、電話です」
「ん? 誰?」
「分かりません」
「○○ちゃん?」
電話の向こうで懐かしい声がした。
「○○ちゃん、元気だった? 会いたいね……」
その直後、誘われて仕事を移った僕は、君からの電話に出ることは二度となかった。
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