菅原君と入れ違うように、お昼ちょうどに秋山さん親子がやってきた。
「秋山さん、そろそろかもしれませんね」声をかけると、秋山さんが顎を引くように頷いた。
「実は昨夜、亜弥には話したんです」
「そうですか。で……どうでした」
亜弥ちゃんは離れたベンチに座り、足をプラプラさせながら海を眺めている。その後ろ姿は、われわれが大人同士の話をしているということに、気づいている背中だった。

「亜弥なりに納得してくれたようです」秋山さんは眩しそうに眼を細め、空を眺めた。今日も晴れ渡り、まばゆい日差しが展望台に降り注いでいた。
「そうですか」私は小さく頷きながら、無理なものを背負ってしまった亜弥ちゃんの細い背中を見た。
「お母さんが生きていればそれでいいって、そう言いましてね」
風に乗って鼻歌が聞こえてくる。けっして楽しくて口ずさんでいるわけではないだろうに。
「自動車事故のような気がしてならないんです」秋山さんはちょっと眉根を寄せた。ここで促す言葉を掛けてはならない。
「最後はしっかりお見送りさせていただきますよ」
「はい、よろしくお願いします」
「秋山さん、この町にはいろんな人たちがやってきます。もう長く、かつて住んでいた家と同じ造りのところに一人で暮らしている方も多い。
そんな中でも、この丘に気づき惹かれるように登ってくる人たちは恵まれています。ここにおいでと声を掛けることは、私にはできないのです」
ゆっくりと地蔵公園の展望台を見渡した。秋山さんは静かに頷く。
「私たち親子が死んだのは、冬だったのかもしれません」
ベンチに腰を下ろした私は、手のひらで隣を指した。

「ハンガーに掛かっていたのが冬物だったからです。そして、目覚めた朝すぐにここに来たんですよね」思い出すように口元を引き結んだ。
「なるほど、そうなんですね。でも、必ずしも季節が連動しているとは限らないのかもしれません。私も、この展望台で秋も冬も過ごしたような気がするんですが、いつも初夏から夏のような気もします。季節なんて、この町を訪れる人たちには関係ないのでしょう」
なるほど、とつぶやきが聞こえる。
「でも、駅長さんがいてくれて助かりました」
「いやなに、これが私の仕事です」
この展望台から今まで何人送り出してきただろう。不慮の事故でなくなった人、事件に巻き込まれた人、病死した人、自殺者、極刑を受けた犯罪者。
「秋山さん、南に向かって歩いたことはありますか?」私は町並みの右手を指さした。
「いえ、ないんですよ」
「この町の南側にJRの駅なんて、きっとないんですよ。岬に灯台が見えますよね」指さした右手の先を秋山さんの視線が追う。
「あれにたどり着くこともできないんです」

「そうなんですか?」
「ええ、この小さな町で完結してるんです。世界中探したってどこにもない、地図にない町なんです。だから南に向かって歩いていくとやがて北側の道路に出るんです」
「試したことがあるんですか」
「はい」
塩田さんからそう聞いて歩いてみたことがあった。
「ずっと歩いていくとカーブがあるんです。それを曲がるとまたこの丘と灯台が見えるんですよ」
「そうなんですね」秋山さんは再び、灯台の方を見た。
「信号もない。車が走っていないからです。誰も働かない。仕事場なんてないからです。それを皆、不思議に思わないんです」
「ああ、確かにそうです」秋山さんは今気づいたように、小さく頷いている。
「ただ、うちの店の若い子らと、小さな店のおばあちゃんと、コンビニの旦那さん。あの人たちは働いています。
旦那さんなんて、何て言うんでしょうか、発注をする機械を肩にかけて一生懸命打ち込んでいます。けれど、配送の車なんて来ないんです。でも、商品は売れてもなくならないんですよ。お金もです」
「これが生きているうちだったら、パラダイスなんでしょうか、地獄なんでしょうか」秋山さんが苦笑した。

私はポケットを探り小銭を取り出した。
「亜弥ちゃん」
私の呼びかけに振り返った亜弥ちゃんは、ちょっとだけ大人になった微笑みを浮かべた。
「喉は渇いてないかい? 何か買っておいで」亜弥ちゃんは、うん、とベンチから飛び降り、走ってきた。
「駅長さんは?」
「ああ、おじさんは大丈夫だよ。秋山さんもよかったらどうぞ」秋山さんは、いえ私はと手を振り、ありがとうございます、と頭を下げた。
「お兄ちゃんにさよならを言ってくる」小銭を握った亜弥ちゃんは、ピンクのワンピースと長い髪を風になびかせながら駆けていった。
「お母さんが生きていればそれでいいって、健気(けなげ)な言葉ですね。いいお子さんにお育てになった」私は万感の思いを込めて秋山さんに右手を差し出した。

ベンチに腰をおろし午後の12時50分を指した腕時計を確認した。今日で終わるなら時間は延ばさなくてはならないだろう。
「お母さん」双眼鏡を覗く亜弥ちゃんが声を掛ける。これがあの子の最後の呼びかけになるのだろうか。吐いた息が少し震えた。
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