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ごまめが歯ぎしりをやめる日

くだらない事をうだうだと書ける今日という日に、心から感謝。

ただ斜め前のアスファルトを、


ぼやけ気味な視界で見つめながら、


ひたすら登る。歩いて登る。



今年も疲れきってしまった。

でも、すっかり日が落ちた去年に比べれば、まだ周りは明るい。



3kmの急坂。

タイムの貯金は十分作ってきたとはいえ、走ることはできず。


一歩一歩、重りをひきずって、さらに地面に足の裏を吸いつけられているかのような感覚。

毎年経験する辛い時間をどうやってやり過ごそうか。1kmが本当に長い。


残り4km。

今年も甘いミルクティーを頂く。毎年、本当にありがたい。


残り3km。

この状況でも走っている人には感服しかない。自分もそうでありたいとは思っていながらも、身体が言うことを聞かない。心も折れてしまっている。


残り2kmが近くなって、少しずつ前が開けていく。


勾配も徐々に和らぎ、「もうすぐ終わるよ!」の声が聞こえてくる。




もうすぐ終わる。



早朝から始まった長い道のりが。


自分を苦しめてきた時間が。


目の前の厳しい上り坂が。


そして、今日という日が。




残り2km。


ゴールの賑わいが聞こえてくる。


早くあの場所にたどり着きたい。



下りに身をまかせて、走り出す。


多くのランナーが最後の力を振り絞っている。自分も負けてはいられない。


フォームもへったくれもなく、とにかく手足を力の限り動かして走る。



残り1km。


この1kmのために、99km頑張ってきた。


沿道の声が増えてくる。一声もらうたびに、感極まる。


100kmともなれば、毎年完走できる保証も自信も手ごたえもない。



今年も、何度も「やめたい」と思った。何度も「無理だ」と思った。

ネガティブなことを思いながらも、脚だけはゴールに近づいていた。


自分をごまかしながら、なんとか今年も100kmに手が届きそうだ。



陸上競技場につながる道を、今年も走る。


この1日を労う、たくさんの声が飛んでくる。

普段の大会で、これほどまでに声援をもらうことはない。

それだけ、ウルトラを完走するのは大変なことなのだ。

本当に嬉しい。心から思う。「走ってよかった」と。



無事に、最後の直線。そして無事に、ゴールテープを切る。

13時間7分34秒。



タイムロスがありながらも、昨年より20分以上縮めることができたが、

それよりも、とにかく無事に帰ってこれた。ホッとした。



レース中は「もう来ない」だったのが、

ゴールした直後は「分からない」になり、

今では「来年も」。



道中に険しさがあってこその達成感。

やっぱり、ウルトラマラソンはいいスポーツだ。


10kmあたりで「今日ダメだ。これは完走厳しい」と弱気になり、



20kmあたりで「身体が動かん。早く帰りたい」とさらに弱気になり、



30kmあたりで「あと70kmもあんの?無理無理無理」と絶望感に苛まれ、



40kmあたりで「朝からこんなとこで何やってんだか・・・」と自分に呆れ、



60kmあたりで「来年は71kmに戻ろう」と100km引退を決意し、



70kmあたりで「もう出ない。こんなレース」とウルトラ引退を決意する。




毎年同じだ。


走行中は驚くほど、ネガティブのオンパレードだ。




でも、毎年80kmあたりで、


リタイヤしたランナーを乗せた収容バスの姿を目にするようになる。



「あれには乗らない。絶対に乗ってたまるか」



こう思ったところで、ようやく気持ちが前に向く。


これも、毎年同じだ。



右、左と、無理やりにでも足を前に出していく繰り返し。


これが普段の練習なら、「いつ止めてもいいですよ」という指示の元であったなら、まだ精進湖にも辿り着かないあたりでとっくに気持ちは切れているはずだ。自分の走力ではせいぜい70kmあたりが「限界」である。



でも、毎年、残りの30kmを、意地で走っている。


笑って帰りたい。悔しい思いをしたくない。何より自分に負けたくない。



だんだんとフォームの上下動が大きくなって、わき腹や背中が痛い。

両腕もきつい。両足は痛いを通り越して、鉛のように重い。

そして身体の内側も、いわゆる呼吸筋が焼けるように熱く痛む。



こんな思いまでしながら、ゴールテープが切れずメダルももらえず、関門で収容だなんて冗談じゃない。



残り30kmを5時間13分。残り20kmを約4時間。残り10kmを2時間30分以上の貯金で抜ける。

今までになく、終盤も足が動いてくれた。もう大丈夫。あとは路面の凹凸(転倒や捻挫)にだけ気をつけて進めばいい。



河口湖を背中にし、いよいよ富士北麓へと向かっていく。


厚い雲の向こうに姿を隠した富士山。その雲は麓にまで降り、霧となって視界を遮る。



道が少し、賑やかになる。通行人や観光客も、我々ランナーに応援を送ってくれる。


「チャレンジ富士五湖は応援が寂しい」と文句を言う人もいるみたいだが、天候も変わりやすい複雑なコースながらも、山中湖からずっと、沿道だけでなくエイドのスタッフ、ボランティアの皆さんも含め、今年もいろんな人からのいろんな応援に励まされた。声援やメッセージ、ハイタッチなど・・・苦しさを癒し、走る支えにもなった。感謝したい。本当にありがとう。



ステラシアターの関門を通過。

エイドでコーラをグイと飲み干す。今年もあと5kmの道となった。


ランナーが着るウエアの背中につい目が行くほど、多種多彩になった。


自身が所属するランニングクラブの名前やロゴ。

あるいは自らに対する戒めや教訓みたいなメッセージが書かれたウエアを着て、走っている人もいる。


言葉の内容は、「走る」のようなシンプルなものもあれば、「踏み出せば その一足が・・・」とか「一歩ずつゴールへと近づいている」とか。


追い抜き、追い抜かれを繰り返すたびに見えるその背中に、時には自らが励まされたり気力をもらったり、走りながら見ているだけでも、楽しいものである。



しかし、よりによって心身ともに疲れきっているこのタイミングで、

私にとっては「悲しい」と思える光景を目にすることになってしまう。

80km過ぎ。復路の西湖に差し掛かったあたりの事だった。



私を追い抜いて行く、男性ランナー。



彼が着ていたTシャツの背中に書かれていたのは、




『現在の政権与党に対する、批判的な意味を込めたメッセージ』 だった。





誤解のないように書いておくが、


ウエアに書いてあったフレーズが「No」の意味であろうが「Yes」の意味であろうが、私自身の「悲しい」に変わりはないということ。




昔から、世界中のいろんな場所で、たくさんの人が唱えている。



スポーツに「政治」を持ち込んではいけない。




右翼だの左翼だの、原発反対だの賛成だの、法案制定だの増税だの護憲だの改憲だの・・・


思想や立ち位置、その考え方がどうであれ、


政治に関する論議を「スポーツの場」に持ち込むことは、タブーである。



それはプロに限らず、アマチュアでも市民愛好家のレベルでも一緒だ。


競技に集中し、日頃の成果を発揮し合う場所に、政治への意見、主張に対しての同意や共感、意識高揚を促すメッセージなど、関係ないし必要もない。





・・・歴史ある大会の地で、なんて事をしてくれた。




自分が正しいと思っていることなら、 どこで何をやってもいいのか。

それは表現の自由、とはいわない。ただの傍若無人。

場違い、という意味においては行為として「レース中の立ち小便」と同列だ。




おそらく本人は、公共の場において1人でも多くのランナーに、背中のメッセージを伝えたかったのだろう。それが届いた人、その行為に賛同する人もいたかもしれない。


でも私のように、不愉快に感じた人もきっといたはずだ。



完走を目指して必死に走るランナーに、何を余計な情報を与えようとしているのか。

あのTシャツを着て走った本人が考える「良い政治」というのは、ランニング、そしてスポーツに対する「冒涜」を経なければ達成されないものなのだろうか。





東京マラソンをはじめとした陸連公認の大会においては、

政治的、宗教的な主張、広告宣伝を記したウエアの着用は禁止されている。


もし本人がそれを分かった上で、ルール順守の監視が厳しくない大会を選んで走っているとしたなら・・・




私は、あの日の彼の行為を「過ち」だと思っている。


言いたいこと、伝えたいことがあっても、場所をわきまえてくれ。

やってはいけない場所では、もう二度と、絶対にやらないでくれ。




スポーツの大会において、こんな輩が今後、1人たりとも現われることが無いよう願いたい。



スポーツに「政治」を持ち込んではいけない。


スポーツに「政治」を、持ち込ませてはいけない。






不意の雨がこの日のピークを迎えるタイミングで、

前半の正念場、富士北麓公園への上りに差し掛かった。



雨よけのウエアを再度身にまとうランナーも少なくなかったが、気温が高い上に局地的な雨であれば、何もしなくて問題ない。


足の疲れが出てきているが、そこそこのボリュームとはいえ、この上りを歩き通すほどの時間的な余裕はないし、最後にこれ以上の勾配が待っているのであれば、ここはしっかり走っておきたい。


昨年と同じく、ローギアでも確実にグイグイと、リズム良く走っていく。

憂鬱な時間はなるべく早く終わらせたい。数十人ほどのランナーを追い抜いて、38km。富士北麓公園の関門を15分の貯金で通過。



ここのエイドで一息・・・の、つもりだったのだが、



「水がないよ!」



テーブルの前には「水待ち」のランナーが多数。100kmの第3ウェーブは、全体の走行順では最も後ろになる。このエイドも最後に訪れるブロックになるとはいえ、水切れは想定外だった。



待っていても仕方ないので、そのまま先を急ぐ。

さらに1kmほど進んだ、フィールドセンターにある自販機へ。


小銭は持っておこう。たくさん持っておこう。

昨年も書いたが、自分で水分補給を工面するのも、完走を近づける方法。

富士五湖のコースにはたくさん自販機がある。飲みたいものを飲めばいい。



下りに入る。


昨年はここでブレーキが利かず、両足の人差し指が水ぶくれ+爪が剥がれるという残念な結果になった。



今年はしっかり、かかとと親指の着地をしっかり意識して、前につんのめらないように、ヒザをしっかり使って・・・うまく下りきることができた。



40kmの通過が4時間7分。予定通り。

河口湖に入って、沿道もより賑やかになる。


往路は河口湖の長さが堪え所になる。

まだか、まだか、西湖につながる坂はまだか・・・と思いながら湾曲の1つ1つをクリアしていく。


両太ももが痛み出してきた。でも歩きたくない。

50kmを過ぎても「あと半分」というより「まだ半分」。フルマラソン以上の距離が残っているのに、この足の重さでいけるのだろうか・・・と、毎年思いながら走る往路の河口湖。



56km、足和田出張所の関門も15分の貯金。

雨もあったので、ここでウエアを着替えてひと息挟む。



道は西湖へ。

戻ってくるランナーがだんだんと増えてくる。しかしもともとスタートの時間が早い人たちなので、気にしてもしょうがない。


雨もすっかり上がり、日差しも出てきた。太ももの痛みをエイドの水で冷やしながら、西湖を抜けて野鳥の森公園へ。



今年は長居しなかった。そそくさと吉田うどんを食べ、短いようで長い精進湖への道。

陸橋から下に広がる青木ヶ原樹海は見ることなく、目の前に集中する。


これも短いようで長い精進湖の1周。

足はまだ動いている。ヒザもしっかり前に出ている。道中のペースも落ちていない。

1人ずつ前のランナーを追い抜くことができているのが、気持ちを少し楽にさせた。余計なことは考えず、視線をキョロキョロさせることもなく、とにかく集中・・・



70kmを9時間。つまり残り30kmで5時間の余裕があれば「安全圏」という物差しで考えている。


70kmの通過は幸い、9時間を切ってきた。


精進湖を走り終わった後の関門を通過。もう関門に対して神経質になる必要はない。あとは足を止めないよう、富士北麓公園へ帰るだけ。



一気に上っていく陸橋の復路。

野鳥の森公園へと戻っていくダラダラとした上り。


ここからは、1つ1つの難所を潰していく繰り返し。呼吸筋も苦しくなってくる。

それでもここからは一歩一歩、気持ちで走っていく。





復路の西湖。


ここで、忘れられない光景が目に入った。


いつもより少し早く、午前2時に起床。


いつもの通り、着替えやテーピングなどいつものルーティンを済ませ、3時過ぎにホテルの部屋を出る。


いつものバスに揺られ、富士北麓公園へ。


去年と時間帯は少し違うが、足もとのお世話になっている RxL[アールエル]部長 とお会いし、いつものように写真をパチリ。



いつものごとく、体育館の中で最後の準備。


レース前の腹ごしらえ。いまいち食が進まない。


前の晩、食べすぎたかな・・・

(子供なので、カレーライスを前にするとつい過食してしまう)


おにぎり1個と、大福1個。パックの牛乳。これでいいか。


今日はなぜか、時間の経つのが早く感じる。

ここは、いつも通りの第3ウェーブ(5:00スタート)で良かった。



外が明るくなってきた。気温も例年に比べて高い。雨も止んだようだ。


気がつけば、5:00。

号砲鳴って、今年も100kmの長い旅が始まった。




レースプランは、いつも通り7分/km。

疲れが溜まらないうちは、これで淡々と走ればいい。

いつものごとく、長い下り坂では山のように追い抜かれていく。

軽いフォームで下りていく人、勢い良く下りていく人、皆それぞれのプランがあるのだろう。



初めて出た72kmも含めれば、もう6回目。

序盤から周りを気にしてもしょうがない。



山を下りきり、山中湖へと続く国道138号に出る。


歩道は細く、ほぼ追い抜けない。信号もいくつかある。多少の上り勾配。

勢い良く山を下りていった人がここで集団に揉まれてしまうと、急な減速を強いられて走りにくい区間となる。



淡々と走っていながらも、自然と前のランナーを吸収していく道中。


堅実に走りたいなら、大事にしたい「カメの心」。


ギアを上げなくても、そこから落とさない限りは「大丈夫」なのだ。



小雨が降ってきた。富士山を楽しむことはできない。

カメはカメなりに、山中湖をやり過ごそう。



しかしスタートから1時間。


山中湖に入る手前で、下腹部が痺れ出す。



道なりの公衆トイレを避け、対側のコンビニへ。



・・・一過性のものではないみたいだ。やっぱり食べ過ぎたか。



(結局腹痛との戦いは60km手前まで続いた。西湖まで4回ほど駆け込んだか。後半はトイレも少なくなるので、収まってくれて良かった。。)



いろいろありながらも、最初の関門(山中湖駐車場)を15分前に通過。

少ない貯金での走行が続いても、「15分もある」と思えることが大切。

これもまた「カメの心」である。



山中湖の1周、忍野八海へと抜けるファナック通りは、ペースが近いランナーの集団にくっついて走る。


このあたりで、雨が本降りになってきた。


予報にない雨。リタイヤした3年前の嫌な雨に似ていたが、寒くはないので焦らず走っていれば、いつか止むだろう。



少し疲労の溜まり具合は早いが、富士北麓の入口まで帰ってきた。