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ごまめが歯ぎしりをやめる日

くだらない事をうだうだと書ける今日という日に、心から感謝。

ウルトラマラソンは「中毒性のあるスポーツ」という人がいる。


しんどい、痛い、辛いという思いしかない時間を過ごしているのに、しばらくもすると喉元過ぎれば何とやらのごとく、また同じことを経験しに行ってしまう。


中毒性、ではなく、忘れっぽい。

いや、単にバカなのかもしれない。無論、良い意味で。


100kmも走ればトラウマになってもいいような疲労感なのに、どうしてだろうか。



「もう来ない」 一年経って 「また来たよ」



今年も来てしまった。

「第26回 チャレンジ富士五湖」 FUJI 4LAKESの部。その距離100km。



「日本一景色のいい野球場」といわれる富士北麓球場、

の隣にある富士北麓公園陸上競技場に、今年も来てしまった。



年明けからのロング走は、フルマラソン1本に30kmが4本。


いつもより少し足りない上に、3月末の「板橋cityマラソン」の後に風邪を引いてしまい、難聴かと思うような耳鳴りまで続いて直前はほとんど走れなかった。


それでも天候が良ければ何とかなるものだが、今年はスッキリしない曇りベース。山の天気は変わりやすい。標高がバラバラの富士五湖では、なかなか予報もあてにならない。



前日の夕方。

河口湖畔にあるホテルの大浴場から、眼下の雲を自ら振り払うように、富士山のてっぺんが姿を現した。

おそらく明日は、厚い雲に覆われることだろう。

よそ見などせず、目の前の道に集中するのみ。


前厄、本厄とクリアしてきた100kmを、後厄の今年も踏破して、

目指すは霊峰富士の麓を舞台とした、この上ない「厄落とし」である。



ゴール後、


そそくさと着替えて荷物をまとめ、

会場を出たのが19時過ぎ。



・・・普段なら遅くとも21時半には帰宅できているのだが、



・・・帰ってきたのは、日付替わって午前0時過ぎ。(´д`lll)



(他の方も同じ思いをされたと思うが)

帰りの中央道は事故に次ぐ事故で、ほとんど進まず。

途中のSAで休んで様子も見ても、渋滞は変わらず・・・



やっとのことで帰ってきたら、



無事に留守番を努めた、たま胡(猫)も「やれやれ」の顔。


完走メダルを見せても、文字通りの「猫に小判」。


留守番のお礼に缶詰を少し多めにやったのだが、

慌ててガツガツ食った反動で全部ゲーと吐いてしまい(´д`lll)

おかげで余計な仕事が1つ増える。



急いで風呂を沸かして風呂に入り、

上がったら筋肉痛が出そうな場所に湿布をバンバンと貼って、寝る。


思えばドタバタの夜であった。




月曜が仕事であるならば、

今年も普通に起きて、普通に出勤。


これは自分のポリシー。というか市民ランナーの義務。


重い足を引きずりながら歩くのも、もうすっかり慣れてしまった。



(おしまい)


ステラシアターのエイドでコーラを2杯グイと飲み干し、


いよいよ最後の坂へと入っていく。




・・・が、すでに体力の貯金は0となって、

今年も悔しいかな、歩く気力しか残っていない。



制限時間まであと1時間20分。

幸い、時間の貯金はある。


重い足を引きずるように、

日が落ちて暗い山道をトボトボ登っていく。


12分/kmという遅さ。

周りの中ではもっとも遅く、後からどんどん抜かれる。


95kmを過ぎたというのに、

今年もこの上なく辛い時間になった。



残り4km。


良かった。今年も 温かいミルクティー に救われる。



知らぬ間に身体が冷えていく中で、

本当にありがたい1杯だ。

「毎年ありがとうございます」とお礼を告げる。



気力を戻して、残り3km。



ゴールの富士北麓公園から声が聞こえてくる。


あそこまでたどり着ければ、今年の行は終わる。


いい天気で良かった。

雨に濡れることも、水たまりに足を冷やすこともない。


日は暮れてしまったが、富士山も長い時間見ることができた。

大変な行程だったけど、今年もゴールできそうだ。



残り2km。道は下りに入る。


とてつもなく足は重いが、最後は走ろう。


最後のエイドで水を含み、いつもの通り、徐々に明るくなってゆく富士北麓公園への道を進んでいく。




残り1km。


1年で最もしんどい1km。





公園に面する歩道を、今年も感極まりながらゆっくり走る。


やがて歩道を右折し、競技場に向かう直線へ。

待っていた嫁が、カメラを構えていた。


ここでは気丈に振る舞い、左手でこぶしを作った。



その先に、たくさんの人だかり。

そして、たくさんの声。



「◎*$#>◆&+♪☆@♭!!」



まったく聞き取れないほどに、いろんな言葉が重なり合った。


でも、うれしかった。ここで泣かされてしまった。



競技場のトラックに入る。


残り50m。



スタートから踏み続けた1本の道。


後ろを振り返って足跡をしみじみ眺めるより、

前を向いて先を目指す。



マラソンは人生みたいなもの、とは思わない。


しかしウルトラマラソンは人生みたいなもの、かもしれない。


100kmという「我が道」。


慌てず、急がず、でも、止まらず。


ここに他者との競争はない。

しかし自分自身とは常に戦い続け、最後は必ず勝たねばならない。


「もうやめたい」と、毎年必ずどこかで思う。


それでもやめないで続けられるかを、100kmの間ずっと試されているようにも感じてしまう。



そして、最後には

「やめなくて良かった」という感慨と共に、ゴールテープを切るのだ。




re

(とんでもない顔でゴールしたので、写真は割愛します)



去年より厳しくなることは承知の上だったので、

焦ることなく、時間に追われることなくゴールできたのが何よりだ。



今年はずっしり重い、プレミアムな完走メダル。

何としても持ち帰りたかったので、とにかく良かった。



雨に打たれることなく、寒さに凍えることなく、

帰り支度ができる。これもまた良かった。



無事に行を終え、安堵と満足感に浸りつつ、

今年も嫁の運転する車の助手席で、ぐでーっとなる私であった。



(実はまだつづく)



長い長い1日が、暮れようとしています。




長い長い100kmの道を行くランナーを見下ろすのは、


4年ぶりにその姿を現した世界遺産・霊峰富士。



晴れてよかった。本当によかった。


年に1度の荒行も、いよいよクライマックスを迎えます。






・・・とまぁ、



長い距離を走っていると、考えることもなくなるので、

自分自身を思いっきり美化した「脳内実況」をやるランナーも、あれこれブログを読んでいると意外に多いらしい。


(こだわりのある人は、実況のアナウンサーも指定してイメージするみたいで。私の場合は・・・読者にご登録頂いている縁もあるので「癒し系実況」こと 野村達也さん にお願いしようか(`∀´))




河口湖に背を向け、いよいよ夕映えの富士山と対峙します。



残り7.5km。もう踏破すべき湖はありません。

あとは富士北麓のゴールを目指すのみ。



しかし最後に待っているのは、残り5kmからはじまるのぼり坂。



完走という「勝利」の目前に立ちふさがる、このレース最大の「苦難」に挑みます。





脚がほとんど上がらなくなり、

緩やかな上りが続く県道707号では、途中の赤信号ストップを「やった、ラッキー…」と思えるほど、疲れきっていた。

(あくまで信号という不可抗力。自分の意思で止まるのではない、という意味で)



嫁も反対側の歩道から応援してくれていたが、

今年もこのあたりから、徐々に視野が狭くなっていく。。




河口湖ステラシアターの手前、

精も根も尽き果てようとしていた時、



傍らを、1台のバスが通りすぎて行った。

乗っているのは、いろんな理由があってリタイヤを余儀なくされたランナー達。




ぼんやり外を眺めている人もいれば、


ただうなだれている人もいて、


まだ戦いの途中である私に、目線を向けている人もいた。




冷たい雨に打たれた一昨年、

車内で「もう2度と乗りたくない」と思った収容バス。



乗りたくないんだったら、自分の脚でゴールするしかない。

ふとしたきっかけで、目が覚めるものである。




凹みかけた気持ちを立て直し、残り5km。


95km地点。河口湖ステラシアターのエイドに着く。



長居はせず、すぐコースへ。


ゴールへと続いていくその先を、見上げる。



いよいよ今年も、あの坂を残すだけとなった。




(つづく)




※ごまめ知識(5)※


「河口湖ステラシアター」といえば、

イルカさんが毎年夏にコンサートを行うことで有名ですね。


歌もさることながら、

世界一オーバーオールの似合う女性だと思います。




72km過ぎ、旧精進小学校の関門エイド。




「・・・うっ」



練習、レースを通じてはじめて、



ひねった。






1句。川柳を。




(この大会ではコース上で選手に「ウルトラ川柳」なるものを募集している。各エイドに投函箱があり、入選すれば毎年いいものがもらえるそうだが、ただでさえ疲れているのに川柳なんぞひねる余裕などあるはずもなく、いつも素通りしていたのだが、今回は意を決してひねってみた)



・・・約3分のタイムロス(何をしてんだか)。



ここからは約28kmの復路。もうゴールに向かっていくだけだと考えれば、いくぶん気持ちも楽になる。


しかし今年はその前向きな気持ちに反してダメージが大きく、このあたりから肋骨の周辺が痛み出す。

去年もそうだった。フォームが崩れてしまい、身体の上下動で揺さぶられた痛みが最も早く出るのが、肋骨のいちばん下あたりになる。


肩も両腕も痛い。

腰から下は重い。

年に1度経験する、とんでもない疲労感を背負いながら、

青木ヶ原、野鳥の森公園、そして「前を見過ぎてはいけない」下辺の西湖をクリアしていく。

「長居したくなるけど、してはいけない」西浜小のエイドを出て、眼前に広がる河口湖。


ああ帰ってきた・・・と感じる瞬間だ。


下辺の河口湖も、長い道のり。

それでもゴールがうっすらと見えてくる距離。「右、左、右、左・・・」と呟きながら、自らを奮い立たせる。



そういえばスタート前。

間寛平マイスターは、こうも言っていた。




完走するためには・・・


右の脚を出したら、今度は左の脚を出す。


その、くり返しですわ(笑)




何もない時に聞いたらギャグにしかならないが、


実践の場で思い出せば、「その通り」なのだ。



「右、左」のくり返し。

何千回、何万回、何十万回・・・

積み重ねた者しか前に進めない、苦しくて尊い反復運動。。




めっちゃしんどいで。


めっちゃきついで。




寛平師匠。あなたがスタート地点で言うたことすべて、

90kmを過ぎた河口湖の湖畔で、私の全身に「真実として」覆いかぶさっています。



・・・今年も、耐えよう。今年も、切り抜けよう。




92.5kmの標識。



河口湖に別れを告げ、いよいよ、富士山の正面へと向きを変える。




(つづく)



※ごまめ知識(4)※

間寛平師匠が動物のイラストを描く時は、

どんな動物でも「鳥の足、まゆげあり」です。

安定の面白さです。