THE RUINS OF KOBE. -432ページ目

元町6交差点、水のあった風景。

 前回の三宮から西へ'とんで'、西元町へ。

 以前の記事で紹介した、'ホテルシェレナ'跡の袂にある元町6丁目の交差点。

 少し広いのは市電時代の'ジャンクション'の名残か。

 その角にはちょっとした広場があります。



 ヒッソリと端に佇んでいた銘板。

 'きらら広場'と称されるこのスペースには'水のカーテン'を演出するガラス張りのモニュメントがありました。



 画像は現状、左から奥へ向かって並びたつ銀色の'枠'です。

 かつてはこの枠内にガラスがあり、その表面を上から流された水が伝う仕組みになっていました。

 特に何がどうなる訳でもなく、ひたすら流れるだけのものでした。

 前回の噴水の様に'水のある風景'、と評したいところですが、何分'勇み足'感、唐突感を否めず、市民の皆さんも受け入れるには戸惑いがあった様で、此処の話題になっても'アレなに!?'とイマイチ話が盛り上がらなかった経験が多々あります。

 誰もが憂う'掃除大変なんちゃうん、どないすんのん!?'との話題には事欠かず、案の定手の行き届いた状態とは程遠く、実際私の記憶も苔の生えた状態が殆どです。

 どんな事情で何が先行したのかさせたのかさせていまったのか、地域に馴染み、根ざす雰囲気には当初から欠けていた様に思います。

 西へ行く程寂びれ感のます中央区、ホテルシェレナ跡には何ができるのかまだ分かりませんが、この界隈がかつての栄華を取り戻してほしいとの願いが虚しいもの、との事実を突き付けるかの様に、頑丈に佇み続けるのでしょうか。







 この里標は、この広場に据置されていますが、貴重なものではあるも私のテーマから見れば少し古すぎますので一先ず画像のみ、とさせて頂きます。

 この広場の西に、JRが通っていますが、この東海道線高架なる前は'相生橋'なる跨線橋が架けられていました。高架化に伴い撤去されましたが、市電も通っていたこの橋は、存在当時の資料に極めて乏しく、況してや現在の同地点を観察しても本当にそこに橋があったとは考えにくく、疑念さえ抱いてしまいます。

 しかし先日、とある知人から大変大変貴重な資料を閲覧させてもらい、勢い余ってその写真を撮らせてもらいました。

 それを此処に公開させて頂きます。



 といっても、どの方向からなのか、判然としません。東側からか…。



 画像右側は完成、切替間近の高架線か。



 高架工事中…
 橋の上を通過中の市電が写っています。

 以上なのですが、これだけでもメチャメチャ貴重です。

 もう一度ゆっくり見て考察したいです。

 では今記事は此処迄、とさせて頂きます。
(了)

TRIVIAL,BUT MYSTERIOUS…



 画像はとある!?流通センターの中を流れる川に流れ込ませている排水口…なのですが…

 画像ちょっと寄せすぎて分かりにくいですが、5mほど下に水流があるこの川は車道に挟まれている形です。

 画像では水はありませんが、以前はジョボジョボとほぼ一日中排水していました。

 この'排水口'、車道よりも若干高い位置にあるのは画像からもお分かり頂けると思うのですが、という事はここから水を出そうと思えば何らかの形、'圧送'しないといけない訳です。

 ポンプ!?にしては、先述の様に'ジョボジョボと'勢いよく、と言うわけではなく、水量はあったものの、見るからに'自然な流れ'で排出されていました…

 それに、ポンプによる圧送ならアル程度の'脈動'がありそうですが、それもありませんでしたし…

 そもそもこの車道からの高さの為だけに、ポンプを設置する筈もないですよね…

 以前の記事の'御坂のサイフォン'よろしく高い所から一旦地中に潜ってここから再びわざわざ!?高さを稼いで…それで川に捨てる!?というのも考えにくい話です。
 しかも周辺にはこれより高さがある部分は無いです。

 従来あったモノを流用!?…したにしても…イヤ、それも考えにくい(×ヘ×)

 横の水道管!?から分岐させていた!?

 これもやはり高さを稼ぐ必要なく、況してや川に捨てる!?とも考えにくい…

 ウムム、果てしなく'地味'でどうでもよくも、深いナゾです。

 迷宮入りさせたくないなあ…

 思い切って取材を敢行するか…

 かなり勇気が要りますが…

 しかし、解決したい!

 近日、何とか頑張ってみます!^^;
(了)

JR三ノ宮駅前ロータリー。



 思えば随分遠くへいってしまいまして、久々に本題、と云うべき'THE RUINS OF KOBE'シリーズに回帰し、暫く関連記事を上げていきます。

 画像はJR三ノ宮駅前ロータリー西側にある、というかあった…というべきなのか、噴水…跡です。

 先日兵庫県の情報番組で、'姫路菓子博'の開幕カウントダウンパネルが設置された…と、私はこの'噴水広場'に設置された、と言っていたように勘違いしており、結果からいえば噴水広場ではなく、パネルはそごうの壁に設置されていたのですが、それをキッカケに撮影に赴き、記事にできたので…まあ。

 すみません、シノゴノ。

 して、画像…の奥は今は丸井がテナント入っていますが… チナミに此処に出来る迄は関西人にはトクと馴染みの薄かった丸井、しかし私はサンテレビで再放送されていた'特捜最前線'のエンディングの夜景に'○Ⅰ○Ⅰ'マークが映っているのを発見し、関東ではトラディショナルな存在だったのだな~と認識しました( ̄~ ̄;)

 して、その前…

 の前は何やったか…

 ふと思いを馳せるも、忘れました…

 何とか思い出してみます。

 その代わり!?に思い出したいのは、かつてこの画像の丸井の手前のフラワーロードの交差点より少し南側の道の真ん中に、清酒'百万両'の看板があった…
 夜はネオンサイン、小判の形の中に'百万両'の文字が入って点滅していたのを思い出しました…

 今はないですが、当時センターグリーンベルトがあってその中にあったのか…!?

 当時の写真を見てみたいです。

 あと、センター街の入口上、その前はトーアロードにもあった'SONY'のネオンサイン、大きくて豪華やったけど、よく'タマ切れ'してそのままになってた…

 一人ノスタルジイ、悦に入ってます、すみません。

 この噴水…は、数年前にその機能をオミットされ、私はいつかまたその麗姿を…と望んでいましたが、結局埋められて花壇が据付けられ、現在に至っています。



 近寄り見ると、柱部に残るノズル部分。
 かつてはここから勢いよく水が噴射され、派手さはなかったものの美しいコントラストを描いていました。

 あらためて今見ると、美しい花壇ですが、やはり噴水の頃を知る目には一抹の寂しさを以ての光景にしか映りません。

 そのせせらぐ音一つをとってもあればやはり落ち着きます。
 マイナスイオン、という事なのでしょうか、その有ると無きの違いに'水のある環境'の大切さを教わる様な気がします。

 この'噴水'を囲む広場は文字通りの市民の憩いの広場でしたが、ふとまた記憶が…

 十数年前の黄昏前時、まあ別に憩っていた訳でもなく、腰を掛けて文庫本小説を読んでいたら…

 いかにも'ソレ'っぽい、否そのまんまの容姿の若い女性が私に声をかけてきました。

 案の定'宗○'、私は言葉を憚らず速やかに御退場願いましたが、そういった行為はああいう場所で今も脈々と続けられているのでしょうか。

 否定も肯定もしませんからひたすら拘らないでほしいものです。



 花を植えられた方には申し訳ないかもわかりませんが私は目もくれず観察、撮影してました[・・;]

 画像、現在の状態の説明がなされた銘板です。



 旧、噴水時代の銘板、私が見たかったのはこれ、当時を偲べる物です。

 しかし、更に、花に埋もれていたのは…



 幼少だった当時にそれを知るよしもなく、存在のみ親しんでいましたが、'ポートピア'81記念'だったのですね。

 これを見つけて初めてそれを知り、私は人目を憚らず暫し立ち尽くしました。

 形が残されているのは嬉しいですが、駅前にこんな'遺物'とは…

 それを知り、殊当時を慈しんでしまう私には'まやかし'と映ってしまうのは無礼千万、穿ち過ぎですね。

 しかし、今の神戸、上辺だけの華やかさに空洞化たる不安感は拭えず、悲しくもそれを象徴するかのような構造物に、どうしても見えてしまいます…

 いつしか、噴水の水の音と共に、あの頃の神戸を再び…

 ホント、穿った締括りでごめんなさい。

 しかし、そこから私は神戸の精髄を見いだしてゆきたいのです。

 それを踏まえ、以降も記事を上げさせて頂きます。
(続)

ドデモよすぎ&遅すぎ!? ランチ特稿。

 …そうか~ あのキテレツ水陸両用MSも大河原氏のデザインか…
 ∞の才能があるんでしょうね…

 いつかは作ります、ジュアッグ( ̄~ ̄;)



 蔵出し画像ですみませんが、こちらも以前神鉄の踏切'付近'で見つけた標識です…

 創業当初から'電'鉄なのに汽車…イヤそれはいい、ヤタラと劣化している…それもかまわない…

 何が言いたいか、この標識、踏切ら50m位離れた所にあるんです…

 …そりゃ少しは見通し悪いかもしれませんが、キワキワ公道ながら民家の軒先にあり…
  コレクション!?かと見紛う位置にあるのです。

 この画像は∞無意味なのですが、それを言いたかっただけなのです…

 最近標識がかぜで飛んだ、というニュースが頻発していますが、確かに根元が錆びていたりして少し歪んでいたりするものをよく目にする様な気がします。
 気を付けないといけませんね…。

 以上です、夜記事から久々!?に神戸へ戻りますので宜しくお願いします^^;/~
(了)

別府鉄道。 ~東播磨を駆けた小粋なディーゼルロコ。

 昨日の記事から引っ張ってしまってすみません。

 しかし、この機関車に一つの記事を掛けたい程、意外な、そして驚愕の事実を取材時に発見したのです。

 この機関車は、'であいのみち'周辺を大中遺跡を含めた博物館にすべく整備中、という事もあり前述の事務所が開いていない時は近くで見る事はできず、以前数度訪れた時も離れた柵越しからピョンピョン跳んで!?観察!?!?していたに留まっていました。

 …イヤ、実はアンマシ言いたくなかったのですが…

 黙っているのも憚られ!?
 どって事ないんですが、また恥ずかしい、というかオマヌケハプニングがあったのです…

 高砂線と合わせて別府鉄道も一通り一日かけて取材した翌朝、撮影画像を'フォルダ'分けしようと寝呆けて操作していたら…

 気付いたら別府鉄道の画像全部無くなってました。

 フォルダ移動と削除を間違えたのです。

 ヤムナシに後日再撮影に赴き、駆け足でパシャパシャと…

 つまり、別府鉄道の記事の画像は全て'再撮影'時のものです。

 何とか9割方、記事に影響を及ぼさない程度に回復させる事はできました。

 ホントドンクサイ話が多くて申し訳ないです。

 しかし、そのお蔭を以て!?'1割'を補って余りある大発見を得る事ができたのです。

 ではそれを'画像'を交えて紹介していきましょう。



 正面より。斯様なスイッチャー級は本線を走る機関車に比べかなり小さいイメージがありますが、こうして間近で見ると迫力があり、頼もしくさえ感じられます。



 公式側…より。前回は事務所閉まっていたので工事現場にコソリと'侵入させて頂いた'ので[・・;]文字通り'非公式側'からの撮影でした(×。×)、すみません。

 して、撮影し忘れて大変申し訳ないのですが、画像'←コレ'とある部分、DLなのに!?エラくデカイ'コブ'があります…昔のアメ車よろしくスーパーチャージャー!?!? ソレはないでしょうが…現時点では解明できておりません。
 でもチトカッコイイ^^;



 近寄って初めて気付いたのですがかなり変わった方式の動力伝達です、エンジン回転を運転台下で変向後そのまま左右に出力させ、主連棒を介して車軸に伝えています。

 従軸は無しの動軸は3軸、即ちトーマス君と同じ配置、という事になります。

 ロッド(主連棒)を忙しく動かして進む姿はさぞかし可愛らしかった事でしょう、見たかったものです。しかし軋むロッドの摺動音はけっこうウルサかったのではないかと想像に難くありませんが。



 制動筒(空気貯)から伸びる棒が引っ張られ、車輪に制輪子(ブレーキパッド)を押し付けます。客車と同様に簡易な構造が可視範囲に剥き出しでとても判りやすく、一日中観察しても飽きない、と思います。

 この再撮影時は事務所が開いていましたが、カギ借りるのは嵩高いかな~と思って躊躇いましたが、多少時間に余裕があったので思い切って拝借し、車内を。そこで見たのは…



 一先ず順次画像を^^;通常の空気ブレーキとは別に、非常用の'手動式'ブレーキのハンドルです。



 運転台床下、変向器部。蓋を開けさせてもらいましたが^^; 頑丈な歯車箱の表面を拝むのみでした。



 エンジン側の壁より顔を出している…ファンとフィン。暖房装置!?



 運転台は斯様のレイアウト…と、しかしよく見ると背もたれはあっても椅子がない、さぞかし辛かった…!?



 ザ・ガマン(爆古)、空気イスではなく^^;、前後に運転台がついており、往路復路とイスの向きを変えて操縦する訳なのですね、ちょっとしたルパン状態です^^;この大きさの機関車なら殊珍しい訳でもないのでしょうが、当然乍ら!?前後同じモノが付いているのを目の当たりにすればやはり、不思議&興味深いですね。



 運転席からの眺め。思ったより悪くない様に思いますが、機関助士がいた訳でもなく、右側の視認性は皆無ですね。



 計器各種。スピード、e/g回転、空気圧、油圧等…



 足下。椅子に座らせてもらってみて愕然としましたが、この機関車は現存、形として遺っている物としては大変、大変貴重なものではないでしょうか。

 機械式、スナワチ'クラッチ'式です。



 '←コレ'と示したのが'シフトノブ'、ペダル左側が'クラッチペダル'、右側が'アクセルペダル'、の様です。ブレーキは手で操作する様です。



 見にくいですが銘板には'昭和28年製'とあります。
 かつて青森県に存在した'南部縦貫鉄道'で使用されていたレールバスが'機械式'が採用されていた様ですが、通常の鉄道車両が液体式(現在の自動車のオートマチックの基となったのです)なのに対し、当時はその技術が確立していなかったのでしょうか。

 全国に存在した同様の多数の入換機関車の中にどれ程機械式の物が存在したのか分かりませんが、ロッド式の動力伝達方式も踏まえ、殊静態保存されているこの車両はかなり稀有な存在であると思われます。

 また、鍵を借りる際の記帳には意外に多くの人に愛されている様です、幸い状態も良好、とこしえに此処に'生きて'ほしいものです。

 今となっては資料もかなり少ないでしょうが、'機械式'の機関車がどれ程存在したのか、少しずつ調査を進めてみたいと思います。
(了)