THE RUINS OF KOBE. -420ページ目

TODAY IS ANOTHER DAY.

 衝撃の一報から一月経ちましたか…

 お別れ会、も盛況の様相、大変多くの人々の心に残っていてるようでとても嬉しいですね…

 誰かが大泣きしてましたか、ンなコトはドデモよく。

 壇上の写真は「FOREVER YOU」の頃のものか、'FOREVER~'も私はよく聴きました。

 あと、前にも触れた「TODAY IS ANOTHER DAY」

 を中心に少しずつ聴いています。

 して、私は全くかまわず、大歓迎なのですが、微笑ましい!?ユニーク!?!?な'引用'が見られ…

 アンマシ多くを挙げはしませんが、一つ、発売当初から気になっていたのは…

 「マイフレンド」。

 のイントロ…

 '80'sの洋楽を親しんだ人なら、すぐわかる!?

 殊'MTV'を観ていて'???'乍ら強く印象に残るあの曲…

 そう、'ダイアモンド=デイヴ'ディヴィッド=リー=ロス氏の大ヒットナンバー、ビーチボーイズの名曲カバー「カリフォルニア=ガールズ」…

 のイントロを最早まんま!?!?と言って良い位…

 マンマですよね!?

 初めて聴いた時私はかなり驚きましたが^^;

 そんな遊び心も散りばめてくれている珠玉の数々、これからの季節の思い出と共に、楽しみたいと思っています。

 ここ最近の週末は音楽づいている私です、明日ですも。明後日も…

 また記事に上げるかもしれません。
(了)

天空の汽車。



 今回は、国鉄有馬駅跡500m程北部を流れる十八丁川に遺る最大の遺構、橋脚と橋台を紹介します。

 画像なのですが、この遺構以北は山道となり若干の残姿はあるものの、以南、国鉄有馬駅跡迄の区間は自然への回帰著しく、未開の地、となっております(行かれた方が如何なるトラブルや事故に巻き込まれても一切の免責を私は此処に宣言しておきます。)



 更に近寄ってみましょう。



 橋台を真横より。



 同真下より。



 橋台を真後ろ?北側より、スナワチこの撮影地点にあったハズの築堤はキレイに無くなっています…(‥;)



 橋台を見上げた地点より振り向いて橋脚を。



 橋脚&橋台の2ショット。此処から見上げる鉄橋上を列車が駆け抜ける姿はまさに「天空の汽車」。

 こんな山中に汽車とは不思議、とさえ云える光景だったでしょう、田園の中を、山裾をかすめ、ロッドを軋ませ喘ぐようなドラフト音で小さな汽車が黒煙に空を染め後進で列車を押し上げて行く…かなり貴重な風景だったでしょう、もし今も有馬線が存在していたならディーゼルカーや電車では太刀打ちできず、機関車による運行が続いていたかもしれません。

 そもそも道場~有馬の高度差はかなりあり、道場界隈で雪が降っていなくても有馬では大雪、と気候に明らかな差異が生じる位の相当なものです。

 ですから路線跡を辿る度に本当に此処を汽車が走ったのか、と疑念を感じてしまう程の急勾配が車道や築堤跡、となって姿を遺しているのです。



 橋脚袂より以南を。草木の生い茂り甚だしく、しかしスカイラインを見ると、ミョーにちょうどシカク!?にヘコんでいますね。線路跡だから!?でしょうか。



 この生い茂り様では仰ぎ見る以外手段はありませ…

 '無いですね'。(-_-)

 六十数年の時を経て、掻き消されつつある線路跡、しかし私の疑問は募るばかりナリ、鋭意調査を進めていきます。



 今記事最後にオマケ!?画像、は橋脚&橋台以北に遺る線路跡、画像の竹林部のみが凹んでいて築堤が設けられているせいか!?現時点、竹には蝕まれてはいません。しかし足下にはチョコチョコ'タケノコ'が^^;

 更に以北は若干の遺りを見せますが、3km弱\500-の誰も使わない阪神高速のランプ設置に因って破壊され、見る影もなく…

 そして、暫し車道、中国道西宮北I.C.へ…

 …!!
(続)

国鉄3050型蒸気機関車。

 …今となって資料探りに躍起になるも、なかなか乏しく…

 やはり戦時下に廃止、撤去された事もあり、そんな時期に記録を残すなぞ為されるハズもないか…

 と半ば諦めてはいるものの、この際思い切って!と、道場町の広場でゲートボールを勤しんでおられたご年配の方に声をかけてしまいました^^;

 オヤツをわけてもらいながら(‥;)色々な話を。

 駅前の広場で遊んだお話。

 夕方の便を合図に家に帰ったお話。

 そして、新道場駅で出征を見送ったり、また…遺骨を受け取りにいったり…

 と、大変貴重な話を伺う事ができました。

 そして、区役所道場出張所に行けば何かあるハズ、と教えてもらい、御礼を申し上げ早速!と赴いてみました。

 すると、「道場の歴史」なる小冊子を入手、3ページながら貴重な記述がありました。

 …実は「道場町史」なる大きな本もあり、その中6ページほど掲載されていたのですが、値がかなり張るのでひとまず^^;

 小冊子「道場の歴史」の中には、他に現在の国道176号線や中国道のルートからの敷設計画もあったとあり、赤坂峠に阻まれ計画は断念…とありました。

 確かに中国道の西宮北~宝塚の区間は凄まじい急坂、特に下り側は雨天時は事故が頻発する危険!地帯です。

 迂回ルートもなく、トンネル掘削の予算も捻出できるほどの路線でもなかった有馬への鉄道での東からのアプローチは、結局三田~塩田~道場~二郎~山口~有馬コースの選択が為された、という変遷の様です。

 …そして、嬉しかったのが'汽車'に関する記述。

 "開業当初(大正四年)は3050型、晩年はC12型が使用された"、とありました。

 私が他に入手した資料と比べると、私なりに若干疑問が発生!?してしまうのですが…

 '開業当初'に使用されたとされる3050型蒸気機関車、即ち先記事に上げた画像の汽車、と…いうことになるのでしょう、では少し考察してみましょう。



 画像を加工してみましたが、アメリカ・ボールドウィン社製の当時の機種の傾向も踏まえて、プレーリー配置で間違いない様です。

 只今、現時点'3050型'に関する資料は得られておらず…

 国鉄表記からして、旅客型タンク車、というのは間違いはないのですが…

 して先程の'疑問'に際し、まず私が以前仕入れた資料には'4500型'蒸気機関車がほぼ専用に近い形で投入されていた、との記述がありました。

 この'4500型'に関してはマレー式というかなり特殊な車輪配置で、2両しか輸入されなかった'珍品'、いうなれば'高価'なモノですが有馬線の急勾配や急カーブを考慮すると必要性止む無しか、と頷けるものですが…

 十年近く活躍していたハズなのですが、それだけ特殊な機体に関して触れられていないのが、どちらに関しても疑問を呈さざるを得ません。

 加えて'晩年はC12型が投入された'、と…

 これに関しては'C12型'、これは国産タンク車の名機、400両近く量産されたものの…

 当時貨物輸送が全国的に繁忙を極めていた筈であり、客貨双方に活躍できる'C12型'が有馬線の様な閑散区に投入されたとは、私的には考えにくいのです…

 あともう一つ、有馬線で使用されていた機関車が九州で保存されている、との情報も得ました。

 これに関しても早い段階で調査し、風化しつつある資料を少しでも掻き集め、史実を見極めていきたい、と思います。

 次記事には'補遺'として、資料探しにあたり浮かび上がってきたその他の史実を述べておきたく、挙げさせて頂きます。
(続)

国鉄有馬線を走った汽車の'謎'を解く。

以前にも大きく採り上げた国鉄有馬線、確かにそこを汽車は走っていた。

 しかし、六十数年の刻を経た、様々な謎を孕む現在の姿。

 今回は大変難易度の高い、しかし知りたいと思わずにはいられない、有馬線に使用されていた蒸気機関車について。

 考えてみれば当時の動力は汽車のみとはいわずもがな、各本線は無論の事、亜幹線、閑散線の隅々に至る迄、高価な汽車を配備しないことには列車は動かせなかった訳で(純!? サブ-_-)。

 今記事はひとまず画像、元有馬駅前に現在もある乙倉橋の欄干に据えられている絵(写真?)と概説を。

 解説は次記事にて。



 有馬駅舎。手前が旧乙倉橋。この絵葉書が交通科学博物館にあります。



 開業当時?の有馬駅。



 汽車を拡大。汽車は三田方面に三田向きに接続され、スナワチ有馬方面列車の汽車は後部に後向きに接続されていた様です。

 約13kmを30分近くかけたのんびりした運行であったのと、急勾配対策…でしょう。



 更に汽車の車輪部を拡大、見たところ1ーCー1のプレーリー配置、時代から見ても輸入蒸機には間違いありません…

 詳細は次記事にて。





 欄干にあった銘文。

 では現時点解明できている史実を次記事で述べる事とします。
(続)

 ビ~ナスブリッジ

 陽も暮れなずみ取材も終盤、山へ大移動し、ビーナスブリッジへ赴きました。

 夜景も一番'おいしくない'!?画像で申し訳ありません。



 …色々なメディアで採り上げられていますが、地元的には、アンマシ行かないですね、思いおこせばデートで赴いたのは高校生の時か…

 そうそう、大物歌手が亡くなった私の誕生日の次の日やったわ、よう覚えてる…

 その後、諏訪山公園方面へ歩いて下りたのですが、足元にヤタラとフンが多くて気まずくなったのを覚えとります(-_-)

 時に、最近夜中にここから喚いているC.M.連発していますね、某歌い手さん、'ユルカワ'ライブですか、私的には一方しか感じませんが。

 楽曲はともかく、私はああいうプロモーションは好きではありません。

 別に実力で勝負して、とかいうつもりはありません。

 どんな事情があるんやらしらんけど、ヘンに宣伝費かけて…ファンになってくれた人を御座なりにするかの様に消えていく…

 こういった傾向は最近顕著ですが、節操なくプロモしといてその後の活躍はてんでヤル気なし、といったパターンは近年多いです。

 方針様々でしょうが地道に草の根運動する方もいてるのに、夜中とはいえC.M.連発、羨ましい限りです。

 さらにいうならそのC.M.で'きかされる'楽曲、歌詞が…

 説明的でクドい!!!

 ちゃんとインをふめ、とかゴチャゴチャゆう訳でもないです、私は作詞は全くしませんしできません。

 しかし、まんま文章やん、というグダグダとキレの悪い…

 斯様なものは私的には鑑賞に堪えません。

 クドクドすみません、失礼しました、この辺りで。

 

 撮影地点の後ろ側には南京錠がガチャガチャと、興味ないのでスルーしときます。

 して、画像は1枚目よりやや東に振って。

 文字スタンプ入れちゃいましたが、私が云いたいのは'貿易センタービル'。

 かつては神戸経済の象徴たる存在で、昔の写真を見ても誇らしくそびえ立っていましたが…

 現在は市役所も更に高い物が建築され、肩身狭く存在しています。

 横の関電ビルも…

 この関電ビル、緑や青にライトアップされますが激しく'浮いて'いる様に思います。

 貿易センタービル、テナントも侘しく…

 麓にあるサンボーホールではチョコチョコイベント、プロレス等も開催されますが…

 某ムタ氏は天井が低いからアンマシ好きではないそうです^^;

 ブズブズグジョグジョ失礼致しました、では!
(了)