国鉄有馬線を走った汽車の'謎'を解く。
以前にも大きく採り上げた国鉄有馬線、確かにそこを汽車は走っていた。
しかし、六十数年の刻を経た、様々な謎を孕む現在の姿。
今回は大変難易度の高い、しかし知りたいと思わずにはいられない、有馬線に使用されていた蒸気機関車について。
考えてみれば当時の動力は汽車のみとはいわずもがな、各本線は無論の事、亜幹線、閑散線の隅々に至る迄、高価な汽車を配備しないことには列車は動かせなかった訳で(純!? サブ-_-)。
今記事はひとまず画像、元有馬駅前に現在もある乙倉橋の欄干に据えられている絵(写真?)と概説を。
解説は次記事にて。
有馬駅舎。手前が旧乙倉橋。この絵葉書が交通科学博物館にあります。
開業当時?の有馬駅。
汽車を拡大。汽車は三田方面に三田向きに接続され、スナワチ有馬方面列車の汽車は後部に後向きに接続されていた様です。
約13kmを30分近くかけたのんびりした運行であったのと、急勾配対策…でしょう。
更に汽車の車輪部を拡大、見たところ1ーCー1のプレーリー配置、時代から見ても輸入蒸機には間違いありません…
詳細は次記事にて。
欄干にあった銘文。
では現時点解明できている史実を次記事で述べる事とします。
(続)
しかし、六十数年の刻を経た、様々な謎を孕む現在の姿。
今回は大変難易度の高い、しかし知りたいと思わずにはいられない、有馬線に使用されていた蒸気機関車について。
考えてみれば当時の動力は汽車のみとはいわずもがな、各本線は無論の事、亜幹線、閑散線の隅々に至る迄、高価な汽車を配備しないことには列車は動かせなかった訳で(純!? サブ-_-)。
今記事はひとまず画像、元有馬駅前に現在もある乙倉橋の欄干に据えられている絵(写真?)と概説を。
解説は次記事にて。
有馬駅舎。手前が旧乙倉橋。この絵葉書が交通科学博物館にあります。
開業当時?の有馬駅。
汽車を拡大。汽車は三田方面に三田向きに接続され、スナワチ有馬方面列車の汽車は後部に後向きに接続されていた様です。
約13kmを30分近くかけたのんびりした運行であったのと、急勾配対策…でしょう。
更に汽車の車輪部を拡大、見たところ1ーCー1のプレーリー配置、時代から見ても輸入蒸機には間違いありません…
詳細は次記事にて。
欄干にあった銘文。
では現時点解明できている史実を次記事で述べる事とします。
(続)