52. 『神さまがくれた漢字たち』・・・
先日、娘の家庭訪問のとき、担任がたままた国語の先生だったので、漢和辞典について聞いてみた。私は結構マニアックなものが好きで、漢字の成り立ちが載っているものが欲しかった。娘に買い与えようと言う気など毛頭ない。私が欲しいのだ。(笑)それで白川静さんの名前が出て、やっぱりそうかぁ、と納得した。白川静さんは以前から、何だか面白そう~と、目を付けていた人だった。ちょっとネットで調べてみると、某大学の講義にいきついた。それは白川さんが直接講義をしているものではなかったけれど、白川静の漢字の世界というような題だった。ビデオ形式になっていて、40数分あった。何だかわくわくした。自分が大学に通っていた頃は、ただただ単位を取るために通っているだけで、決して講義にワクワクしながら出たことなんかなかったなぁ。今考えるともったいないことかも・・・。いくつかの漢字を事例を挙げながら説明していて、それは興味深かった。例えば、「道」という字・・・。しんにょうが道を表しているのに、どうして首がついているのか・・・。それは昔、部族同士が戦ったとき、勝った方が負けた方の武将の首を首ちょうちんにして、道を歩いたのだそうだ。そして「鎮」と言う字が示しているのは、その首をさかさまにして地面に埋めて、魂を沈めるという意味から来ている、ということだった。ふ~む。。。なるほど・・・。何だか納得できる。さっそく本屋に行ってみた。辞書の横に、『神さまがくれた漢字たち』という本が置かれていた。白川さんの監修となっていた。パラパラと見た時点ではまってしまった。面白い♪私はこういう類のものに極めてはまりやすい。(笑)値段も¥1,200と手ごろだった。まだ、全部を読んではいないが、漢字の裏に神が見え隠れする。もともと漢字は庶民のものではなかったそうである。先日ネットで見た講義でも、そんな風に説明されていた。神の意思を聞く(お告げを聞く)特権階級のもので、甲骨文字から来ていると説明されていた。神の意思を聞くものが王として国を治める。王は神と人との媒介者として、方向性を定めるという重責を負っていたのだ。その文字を見ていると、はるか彼方、まだ人と神が繋がっていた頃の、原初の何かを彷彿としている感じがしてきた。王は、神に祈り、神の声を聞き、神を讃え、神を祭った。その欠くことのできない媒体が漢字だったのだ。この本は結構面白かった。